メイ氏更迭問題





バイン准教授は沖縄の基地被害を学ぶ学生グループの学習指導官である。バイン准教授は基地被害者である沖縄に同情的な目で見ている面もある。メア氏発言には反論したいが、だからといってバイン准教授に賛成することはできない。
メイ氏発言に対しての抗議の中で、学生たちの最も怒りを買ったのが「ゆすりの名人」発言だったとバイン准教授は述べているが、基地被害者である沖縄の人間を「ゆすりの名人」呼ばわりするのはひどい話である。同じアメリカ人でありながらメイ氏の発言に怒り、沖縄で学生たちが公表したのは素晴らしい行為である。

ただ、メイ氏の視点とは違うが、日米両政府がアメリカ軍の沖縄駐留をせざるを得ないことが原因で、政府が莫大なお金を沖縄に投入するのは当然であると考えていることは「ゆすり」の一種であり、最近は基地がないほうが沖縄の経済は発展するという、経済理論としては成り立たない理論を県事務局がつくったり、政府の沖縄援助はまだ足りないほうであるという理論をつくったりして、遠まわしに沖縄への援助を増やすのを要求している現実がある。ただ、沖縄に莫大な金が投入されたのは、金の一部が自民党に献金や賄賂として流れる仕組みと密接な関係があり、メイ氏のいうほど沖縄が「ゆすりの名人」ではないことは確かである。

メイ氏は沖縄県民を「怠け者」と説明したそうだ。新聞投稿では「ゆすりの名人」「怠け者」に反発する意見が多い。しかし、私はメイ氏が「怠け者」と言ったことに対して猛烈な反発をしていることに苦笑せざるをえない。
沖縄の有名な習慣に「沖縄タイム」というがある。沖縄の人間は約束した時間に平気で遅れるという意味である。つまり、沖縄の人間は時間にルーズであるということを「沖縄タイム」という。これは怠け者ということである。

東京の有名な知識人が沖縄の「なんくるないさ」は素晴らしい生き方であると誉めた。沖縄の人間は東京の人間のようにあくせくしないで、悠然と自然の流れに任せて生きている。だから沖縄は日本一長寿の県になれたのだと、東京の有名な知識人が沖縄の人間の生き方を絶賛したのだ。
沖縄の人々は「なんくるないさ」の思想を自慢するようになった。今では「なんくるないさ」は沖縄人の行き方の象徴になっている。
「なんくるないさ」を「なんとかなるさ」と日本語訳しているが、それは微妙に違っている。「なんとかなるさ」より「なるようになる」が。「なんくるないさ」に近い。

怪我をした時、手当てをしないでも自然に治癒していく。それを「なんくるのういさ」という。のういさというのは治るということである。つまり、怪我をした時、自然治癒することを「なんくる」治るというのである。昔、貧乏で薬がない貧しい農民は、子とも怪我しても治療することができないで、怪我をした箇所を清潔にして後は「なんくるのういさ」と放っておくしかできなかった。
「なんくるのういさ」と「なんくるないさ」とは、なんの努力もしなくて、自然に任せればいつかは解決するという意味である。「なんくるないさ」は怠け者の処世術と解釈できる。

甲子園春夏の大会を連覇した興南高校の我喜屋監督が最初に手がけたのは沖縄特有の「なんくるないさ」精神の排除だったと新聞に書いてあったが、「なんくるないさ」を否定し、野球部員に努力することを教えたから甲子園春夏の大会の連覇があったのだ。
ところが「ウシが行く」の著者知念ウシさんは「我喜屋監督の座右の銘『なんくるならない』は沖縄の伝統的老荘思想の『なんくるないさ』を否定したものではないだろう」と主張し、「力と気力を奪われた植民地像を甘受させられることへの拒否ではないか」とわけのわからないことを述べている。
知念ウシさんはは我喜屋監督の真意を全然理解していないし、「沖縄文化」に浮かれている知念ウシさんは「なんくるないさ」より「努力」が大事であることを見失っているのだ。そんな彼女がメア氏の怠け者発言に怒るのは滑稽である。


メア氏は更迭されたことに反発し、辞表提出した。しかし、東日本大震災が起こったために、政府の要請で連絡・調整業務を担っていたが、一段落ついたので米国務省を退職した。
佐藤氏は米政府がメア氏を更迭したのは米国が人権を尊重する民主主義国だからと説明している。しかし、指導教官のバイン准教授は、国務省関係者はメア氏の言ったことを否定はしていないだろうと述べている。もしそうであればメア氏の人種差別発言が更迭の理由ではないということになる。

アメリカ政府は、革新の稲嶺氏が名護市長になり、普天間基地の辺野古移設が困難になったことを非常に気にしている。アメリカ政府はできるだけ沖縄を刺激しないように神経を使っている。メア氏の更迭もメア氏の発言を問題したというより、メア氏の発言に沖縄が大騒ぎしたから、これ以上沖縄を刺激しないためにメア氏を更迭したというのが本当のところだろう。

沖縄の感情を刺激して普天間基地の県外移設の運動が盛り上がるのを恐れている日米政府は腫れ物に触れるような神経を使って沖縄に接している。
しかし、県外移設の運動が盛り上がっても軍事的な理由で普天間基地の県外移転はしないだろう。日米政府はじっと我慢して辺野古移設のチャンスを狙っている。それまでは普天間基地に駐留し続けるつもりだ。
それが現実だ。

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