宜野湾振興は基地が阻害しているという嘘

「沖縄に内なる民主主義はあるか」を当分の間は、
狼魔人日記の江崎さんがネット販売をしてくれることになりました。
申し込みはメールでできます。

ブログ 

狼魔人日記


メール ezaki0222@ybb.ne.jp

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

沖縄教販の売れ行きは好調のようだ。

狼魔人日記


光と影

のブログで宣伝してくれたおかげだ。
とても感謝する。
「沖縄に内なる民主主義はあるか」
Booksきょうはんで発売決定」

8月11日発売
とよみ店
豊見城市字根差部710番地

TEL・FAX(098)850-8001
8月11日発売
一日橋店
南風原町字兼城530番地

TEL・FAX(098)889-7695
8月11日発売
安謝点
那覇市安謝664-32番地

TEL・(098)-9402・FAX(098)988-8387
8月11日発売
美浜店
北谷町美浜8-3(イオン北谷店内二階)

TEL・FAX(098)982-7695
8月15日発売
やいま店
石垣市真栄里292-1番地

TEL(0980)84-3003・(0980)84-3456
8月15日発売
宮古店
宮古島市平良字西里1290番地

TEL・FAX(0980)74-3828
8月15日発売
宮古南店
宮古島市平良字松原631番地

TEL・FAX(0980)79-0013
8月14日発売
県庁売店
8月13日発売
空港売店



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



奄美大島の人口推移をみると。
昭和 25年 21万6110人
平成 22年 7万0400人

米軍基地のある宜野湾市の人口増加は6万3688人
昭和35年(1960年) 2万9,501人
平成24年(2012年) 9万3、189人
米軍基地のない糸満市の人口増加は2万5630人
昭和35年 (1960年) 3万3,580人
平成24年 (2012年) 5万9、210人
米軍基地のない石垣市の人口増加は1万0314人
昭和35年(1960年)  3万8481人
平成24年 (2012年) 4万8795人

宜野湾振興は基地が阻害しているという考えが
沖縄の識者や政治家の多くをしめている。
この考えに反論する人は誰もいない。
だから、宜野湾振興は基地が阻害しているというのが正当な理論として定着している。
本当にそうだろうか。
まず、奄美大島の戦後の人口推移をみてほしい。
奄美大島には米軍基地がない。
農業が盛んでさとうきびが主産業である。
奄美大島は戦前の沖縄と同じ産業形態である。
その奄美大島は人口が三分の一に減っている。
戦後は電化製品など生活が向上したために生活費が戦前に比べてぐんとあがった。
戦前は21万人が生活できた奄美大島だったが
戦後は7万人しか生活をすることができなくなったということである。
やんばるや離島などの農業中心の地域は奄美大島と同じ運命をたどっている。
宜野湾市の戦後の人口増加は6万3688人である。
3倍に人口が増えている。
普天間飛行場など多くの土地が軍用地に取られた宜野湾市はなんの特徴もない地域である。
平野もないし栄えている港もない。
経済が発展する要素がほとんどない。
それなのに人口が3倍にも増えたのである。
糸満市は漁港があり、
昔から漁で栄えた地域であり、
南部の中心地であり、
那覇市にも近いから経済が発展する要素は宜野湾市よりも数倍ある。
しかし、糸満市の人口増加は2万5630人であり
宜野湾市の6万3688人の半分以下である。
石垣市も宜野湾市よりも人口が増加する要素は高い。
しかし、石垣市の人口増加は1万0314人であり宜野湾市の六分の一である。
糸満市も石垣市も経済発展の環境は好条件であり
目覚ましく経済は発展しているほうである。
しかし、宜野湾市に比べると経済発展に大差がある。
宜野湾市と糸満市、石垣市の違いは米軍基地があるかないかである。
宜野湾市は普天間飛行場がど真ん中にあったから
普天間飛行場を取り巻くようにして街が発展してきた。
宜野湾市には畑や田んぼはないし、
工業地帯もなければ糸満市のような漁港もない。
あるのは住宅と商店である。
宜野湾市は軍用地を除外して計算した人口密度では世界一であるそうだ。

宜野湾市の驚異的な経済発展は米軍基地があったからである。
宜野湾振興は基地が阻害しているというは真っ赤な嘘である。
「市の中央部には普天間飛行場、
北側にはキャンプ瑞慶覧があり、
市民の時間的、経済的損失は計り知れない」
と松川宜野湾服市長は指摘しているが、
彼のいう経済的損失とはなんだろう。
軍用地を返還したほうが宜野湾市の経済は発展するというのだろうか。
普天間飛行場だけで60億円の軍用地料がある。
普天間飛行場を返還すれば60億円以上の経済を生み出せるというのだろうか。
「経済損失は計り知れない」といいながら、
返還跡地になにをつくれば経済が発展するのかをまだ誰も提案することができない。
公園や福祉関係の事業などを提案したりしているが、
そのようなもので経済発展することはない。
IT関係事業や工業関係の事業をする場所はすでにうるま市の埋め立て地にあり、
まだ30%しか使用されていない。
普天間飛行場跡に企業を誘致するのは他地域とダブってしまうからできない。
いきつくところは住宅と商店街である。
しかし、ハンビー・美浜、泡瀬ゴルフ場跡のイオンモール、
宜野湾西海岸のサンエーコンベンションシティー、ドンキー
などがあるなかで普天間飛行場跡に商店街をつくっても繁栄する可能性は低い。

今のところ普天間飛行場の移転にメドがついていないから、
現市長のように「経済損失は計り知れない」などといって、
補助金を多くとるのに利用できる。
それは宜野湾市が得することだからそれでいいかもしれないが、
普天間飛行場やズケラン部隊の返還が現実になると
宜野湾市の経済が衰退する可能性は高い。

返還跡地の利用で唯一有効であるのはカジノであるが
宜野湾市の中心にカジノをつくるのは無理だろう。
カジノならキンザ跡地が適している。
普天間飛行場跡地の有効利用の提案はまだない。
恐らくないだろう。経済効果はゼロに近い住宅と公園、
福祉関係事業の建物が建つのではないだろうか。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« オスプレイ配... 彼らが絶対に... »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。