<b>東京書籍が日教組の圧力から脱した</b>

東京書籍が日教組の圧力から脱した

 東京書籍は二〇一五年四月から使用する小学六年生用の社会科教科書(上)で、三月末で検定合格したのにもかかわらず、記述内容を変更した。

 ひめゆり学徒については、一三年五月に東京書籍が文科省に提出した申請本では「当時の教育では、投降することは非国民だと決めつけられていたのです。(中略)わたしたちも万一の場合に備えてエリの後ろには青酸カリをしのばせ、手榴弾一個は肌身離さず持っていました。(中略)岩間では数名ずつ円陣をつくって手榴弾で自殺しました」と記述していたが、変更後は、当時の教育や自決に関する記述はなく「(中略)右往左往しながら必死に逃げ回っている群衆めがけて艦載機が低空飛行しながら機銃操作を続けてきた」と同資料館のガイドブックから引用した証言を掲載した。
 一三年五月の申請本提出後、ひめゆり資料官側から、
一、 青酸カリの部分の記述は同資料館が蓄積している証言にはない。
二、 動員されたひめゆり学徒二二七人のうち自決が確認されているのは八人。現行記述だと多くの学徒が自決したとの印象を与えてしまうーとし、変更を求めた。
東書側はすでに検定手続きが進んでいたため、検定合格後に訂正申請した。

 八重山採択地区協議会で公民の教科書は育鵬社版に決まったにもかかわらず、竹富町は育鵬社版を拒否して選んだのがた東京書籍であった。いわゆる東京書籍は革新派や沖教祖好みの内容である。
日教組の圧力が強い多くの学校が東京書籍版版を採用している。
 その東京書籍が検定で合格したにも関わらず沖縄関係の内容を訂正したということは、日教組の圧力から脱する決意の表れである。
 青酸カリを所持していた記録がないのに所持していたと書き、自決した学徒は八人であるのに、実数は記述しないで、多くの学徒が自決したように思わせるように書くというのはあってはならないことである。ところがそのような記述が文科省の検定に合格しているというのだからなおさらの驚きである。この記述は前からずっとあったということであろう。教科書でありながら史実を無視するとはあってはならないことである。しかし、それも日教組が好む内容にすれば教科書が売れるものだから、東京書籍は日教組の要求に応じた書き方をしていたのだ。しかし、東京書籍は日教組の好む内容を止めて史実により忠実な内容に改定した。東京書籍は日教組の呪縛を解いたのである。

 沖縄戦だけでなく、尖閣問題の内容も訂正した。六年生用では東京書籍だけが尖閣問題に触れていなかったが、「日本固有の領土である尖閣諸島の領有を主張するようになりました」と尖閣が日本固有の領土であることを認めている。

 識者は「領土教育を重視する政権の意向が圧力として働いている」
 高島琉大名誉教授は「東京書籍は五年の教科書で領土問題を記述しているのに、わざわざ訂正申請してまで六年用に登場させるのは政権の意向と無関係ではないはず」と話す。

 政権は国民の代表であるのだから教科書内容にある程度影響を及ぼすのは当然である。むしろ国民の代表者ではない日教組が教科書の内容に圧力をかけてきたことのほうが問題である。
日教組は教科書の採択の実験を握り、日教組のイデオロギーに近い内容の教科書を採択させてきた。沖縄では「現場の教師が生徒のことをよく理解している。だから、教科書は教師が推薦する教科書を採用するべきだ」と沖教祖は主張し、沖教祖のイデオロギーに近い教科書を押し付けてきた。多くの教科書が日教組の圧力を受けてきた。

 東京書籍が内容変更をしたのは日教組の圧力から脱して、普通の内容になったことを意味する。日教組の左翼イデオロギーがてっちあげた沖縄戦や尖閣の内容が教育の場からなくなるのだ。それは画期的である。
 
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