続々・郷秋<Gauche>、都会に行く

 性が合わないので余り都会には行かず、いつも横浜の奥の里地・里山を徘徊している郷秋<Gauche>ですが、たまには都会に出かけていくこともあります。今月は2日に表参道に行ったのに続いて6日に四谷、7日には荻窪に行って来ました。そして今日は都内3箇所を回って来ると云った具合で、今月は図らずも3度も都会に出かけてしまった郷秋<Gauche>なのでありました。

 この3回でつくづく思ったのはNikon(ニコン)D40XとRICOH(リコー)GX200の間のカメラが欲しいということです。具体的に云うならば、オリンパスのE-P1が欲しいということです。

 2日にはGX200を持って行きましたが、ここで感じたのはGX200の高感度時ノイズの多さです。広角側24mm(35mm換算、以下同様)からのズームレンズはとても使いやすく、ツータッチで露出補正できるのは実に便利なのですが、如何せんノイズが多すぎです。昼間や明るい室内なら何の問題も無いのだと思いますが、暗めの室内では相当厳しいですね。

 6日にはCOOLPIX S52を持っていきましたが、高感度時のノイズがGX200よりも少ないのと、手振れ補正が予想以上に効果があったのは以外でした。ただしレンズの広角側35mmからでは物足りず、せめて28mmから欲しいのと、特に広角側での歪曲収差(画像のゆがみ)が大きいのが気になりました。

 7日はD40X+18-70mmを使いました。当日の撮影内容から言えば、その任を十二分に果たしたと云えますが、欲を云えばAF(オートフォーカス)スピードの遅さ、ピントポイントの少なさ、シャッターボタンを押してからデータを記録し次の撮影スタンバイOKまでのレスポンスの悪さが気になりました。そして最大の問題はD40Xを入れるためにはそれなりの大きさのバッグが必要になると云うこと。

 今日はD300+18-200VR(マルチバッテリーパックMB-D10は装着せず)とGX200を持っていきましたが、結果としてD300を使ったのは極僅かで、ほとんどはGx200で撮影することになりました。

 さてさて、そんなこんなでわかったのは、要するにスナップ用にはGX200やCOOLPIX S52では帯には短く、D300では襷(たすき)には長く、D40Xでは如何にも中途半端。結論としてはGX200よりも大きく高性能で、D40Xよりはコンパクトでさり気ないカメラが必要だということです。

 冒頭に結論を書いてしまいましたが、郷秋<Gauche>的都会スナップに最も相応しいカメラを各社のラインナップから選ぶとすれば、一番近いのがOLYMPUS(オリンパス)E-P1になると云うことです。最大のメリットは、ある程度の大きさのイメージセンサーを搭載していることから高感度の低ノイズが期待できることと、SLRのような仰々しさが無いので街中で撮っていても目立たず周囲の人が意識しないこと。

 上記の点だけで云えばSIGMA(シグマ)のDP-1、DP-2も候補に上がるのですが、残念ながらこちらはレンズ交換ができない。街中や室内でのスナップですからFish Eyeや300mm以上の望遠レンズを使うわけではないのですが、やはりレンズ交換ができて28mmから150mm程度までカバーできれば色々なシチュエーションでの撮影に対応出来、大変便利であることは紛れもない事実です。
 
 と云う訳でますますE-P1が欲しくなってきた郷秋<Gauche>なのでありますが、年内にはE-P2発売との噂しきり、1年後には現在メインにしているD300のリプレイス時期がやって来る(正確にはリプレイスではなく買い増し)ことを考えると安易に手を出すことが出来ない状態であることもまた事実。うぅぅぅ・・・ん、悩ましいぞ。

「郷秋<Gauche>、都会に行く」シリーズ
いつもは里地・里山を徘徊している郷秋<Gauche>が都会で撮った写真です。
続々・郷秋<Gauche>、都会に行く(この記事)
続・郷秋<Gauche>、都会に行く
郷秋<Gauche>、都会に行く

郷秋<Gauche>が書いたオリンパス・ペン E-P1関係記事
余りにも酷過ぎるDIAMOND online
E-P1は「オヤジ狙いの高級カメラ」?
オリンパス・ペンE-P1のデザインについて考える
オリンパス・ペンE-P1について考える(その2)
オリンパス・ペンE-P1について考える(その1)
オリンパス・ペンE-P1の問題は


 郷秋<Gauche>が今日、出かけた最初の場所がここ。
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レクサスHS250h、1ヶ月で1万台受注とトヨタの責任

 7月14日にトヨタが発売した、レクサスブランド初のハイブリッドカー、HS250hが発売後1ヶ月で1万台を受注したとのびっくりのニュース。トヨタブランドのプリウスが大量の受注で話題になったばかりだが、2005年のレクサスブランドの国内展開以来、販売目標台数を達成できないでいたレクサス車が今度は捌き切れないほどの注文を受けているようである。

 先にレクサスブランド初のハイブリッドカーと書いたが、正確には「レクサスブランド初のハイブリッド専用モデル」である。ご存知の方も多いようにレクサスでは既存のモデルをハイブリッド化したLS600h/LS600hL、GS450h、RX450hをラインナップしている。最もこのどれもが売れているとはいい難く、そんな中でのHS250hの大量受注はトヨタ&レクサスとしては売れしい悲鳴であろう。

 しかしだ、日本を代表するトップ企業が、受注しておきながら「納期が9か月後」(8月7日以降の受注分のプリウスについては納期が2010年4月以降になるらしい)などということが、企業の社会的責任において許されるのだろうか。1か月で1万台受注したとされるHS250hも同様。月販目標台数が500台のHS250hで1万台の受注とは、トヨタ&レクサスにとっては万々歳かも知れないが、プリウス同様の納車が数ヶ月先になるのだとすれば「客が何ヶ月待ってでも欲しいと云うから」では済まされまい。

 走行0kmに限りなく近い新古のプリウスがプレミアム付きで取引されている実態もあるようだが、要はトヨタが社会的責任をどれ程感じているかということである。普通の市民に普通のクルマを普通の価格で普通の納期で提供するのがトヨタの使命ではないのか。トヨタはトヨタであり、フェラーリではないのだから。

郷秋<Gauche>が書いたレクサス関係記事
レククスHS250h、1ヶ月で1万台受注(この記事)
中古のレクサスを買ってクビになった社長
レクサス惨敗
LEXUS LS460(後席)インプレッション
レクサスLS600hは小食な恐竜?
ウィリアムズ・レクサス!
ハイブリッドで24時間レース

 トヨタ車については、2000GTとiQ以外に書いた記憶が無い郷秋<Gauche>なのだが、レクサスについては結構書いていることが判明。ホンダシンパの郷秋<Gauche>としては我ながら意外ではあるが、それだけレクサスには期待しているということである。


 例によって記事本体とは何に関係もない今日の一枚は、今年最後の青田。既に穂を出し始めた田んぼもあるが、この田んぼの稲は穂を出す直前。9月に入ると田は見る見る金色(こんじき)に変わっていく。
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空蝉

 文字通り蝉の空(殻)。つまり蝉の抜け殻なのだが、これを見ているとどうしてだろうか、ただ蝉の抜け殻と云うのではない遠い昔の記憶、いや自分自身の記憶ではない何千年、何万年も前の記憶が蘇るような不思議な感覚に襲われる。


 この空蝉は我が家の物。横浜に越して11年になるが、数年前からクスノキの下に蝉の幼虫が這い出してきた孔が開き、空蝉を見るようになった。勿論昼間はクスノキとその隣なりのエゴの木で蝉が鳴いている。今年見つけた孔は七つ。我が家の庭で生まれた蝉が七匹いるということだが、孔の数は毎年少しずつ増えているような気がする。果たして来年はいくつの孔を見つけることができるのか、今から楽しみである。
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樽詰めハイボール

 低価格のモノが受ける昨今である。ビール系飲料ではサントリーがイオングループ向けに1缶100円の第三のビールを供給し一気にシェアアップを図ろうとしているが、同社は今度は樽詰めのハイボールの出荷を始めるらしい。

 ハイボールとはウイスキーの炭酸(ソーダ水)割りのことだが日本では50年ほど前、つまり郷秋<Gauche>の親父世代が若い頃に流行っていたようである。郷秋<Gauche>が学生の頃には「コークハイ」と云って、ウイスキーをコーラで割ったものがあったが、郷秋<Gauche>は余り好きではなかった。

 ハイボールが廃れてからのウイスキーは水割りにして飲むのが一般的になったようだが、郷秋<Gauche>はオンザロックで飲むのが好きだ。めったに行くわけではないが、たまにバーで飲むときにはいつもウイスキーやバーボンのオンザロックだ。バーテンダーが氷の固まりから時間をかけて丸く削りだした氷の入ったオンザロックはウイスキーが急に水っぽくなることも無くウイスキー本来の味を長く楽しむことができる。

 そんな丸い氷の入ったオンザロックもいいが、大きく割った氷が二つ三つ入ったウイスキーもいい。何がいいかと云えば、グラスを持ったときに聞こえる氷と氷が触れある音がいい。アイスメーカーで作った四角い氷の入ったオンザロックは、だめだな。まず第一に氷が透明じゃない。氷の温度が低いからすぐに解けてウイスキーが水っぽくなってしまう。自宅では止む無く冷蔵庫が勝手に作ってくれる氷を使うことが多いけれど、気が向くと「ロックアイス」を買ってきて氷の触れ合う音を楽しむこともある。

 話が横道に逸れた。今日はハイボールの話だ。ハイボールと云えば、飲食店で一杯ずつ作るのが当たり前だった(たすだ)が、このところ若い世代で人気が高まっていることから現場の手間を省くためにサントリーでは樽詰めのハイボールを東京・大阪など都市部の居酒屋やレストラン向けに出荷を始めるということだ。

 ウイスキーは同社の「角瓶」を使いアルコール度数は8%で、グラスに氷を入れると飲み頃の6~7%になるらしい。炭酸のガス圧は「チューハイ」などより30%高めて清涼感を出すのだという。出荷される樽は10L入りで、グラス60杯分というから一杯あたりは166ccと少ないが、氷をタップリ入れると大きめのタンブラー一杯分になるのだろうか。


 例によって記事本文とは何の関係もない今日の一枚は、鉄砲百合(てっぽうゆり)か高砂百合(たかさごゆり)、あるいはその交雑種。鉄砲百合だとばかり思っていましたが、帰ってきてから調べてみると、葉の形は高砂百合に近いようです。ただ、交雑種も多いようで、郷秋<Gauche>の眼力ではその同定は難しそうです。
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久しぶりの夏空

 じりじりと照りつける太陽の下、汗を流しながら森を歩いたのは久しぶりのことでした。今年の夏はいったいいつ梅雨が開けたのかもわからないまま立秋となり、このまま本当に秋になってしまうのかと心配したほどでした。

 勿論歩くのには涼しい方が良いのですが、やはり夏は暑く冬は寒くないと、写真を撮るのにも季節感が写り込まないような気がします。今年もたくさんの蝉が鳴いています。特に先週辺りからは森の中では喧しいほど。

 地面を見ると蝉が長い眠りから覚めて這い上がってきた穴が沢山開いています。廻りには掻い出した土も無くどうしてこんなんにきれいな穴が開くのか不思議です。上を見上げると沢山の空蝉。四つも五つもついている枝もあります。

 日照不足で米の作柄が心配されていますが、これから暫くの間の好天で持ち直すことができるでしょうか。食料自給率が極端に低い日本です。せめて米だけは国内で育て作ったものを食べたいものですね。


 今日の一枚は、青い空と紅葉葵(もみじあおい)。アオイ科ハイビスカス属の多年草でアメリカ東南部原産。大きく切れ込んだ葉がその名の由来。雄しべと雌しべが一つの柱状になって大きく突き出しているのはハイビスカス属の特徴ですね。
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嘘をつく数字

 7月23日に 人はなぜ騙されるのか という小文を書いて掲載した。騙しのテクニックは巧妙であったり稚拙であったり色々だが、言葉によって信じ込まされてしまう騙しが近頃横行している。「振り込め詐欺」や「ねずみ講」紛いの儲け話だ。

 「振り込め詐欺」や「ねずみ講」紛いには騙されない人も、うっかり騙されてしまうことがある。それは「数字による騙し」である。

 例えば昨日書いたシボレー・ボルトの燃費。クルマ好きなら、プリウスでさえ38km/Lなのに、いきなり100km/Lなんて燃費を鵜呑みにはしないが、クルマに詳しくない方が、ちゃんとした(しているはずだと信じている)新聞に「シボレー・ボルト、驚異的な燃費。100km/L」と書かれていたら信じてしまう。

 問題はどのような基準でその数字が導き出されたのかということである。シボレー・ボルトの燃費については昨日書いたとおり、82kmの走行距離のうちガソリンを使って走ったのは僅か18kmでしかないのにも関わらず82kmすべてを18km分のガソリンで走ったかのような計算をして導き出したインチキな数字であった。数字はいともたやすく人を騙す力を持っているのだ。

 例えばアンケート調査の結果。支持政党を尋ねるアンケート調査を実施したとしよう。1000人を対象に調査をした結果、800人から回答を得た。その結果、自民党支持者が780名であった。素晴らしい。今度の選挙は自民党の大勝利である。でも、幸か不幸かこんなことはありえない。しかしだ、回答者の97.5%が自民党支持であったことは事実である。こんな数字が出て来る理由は簡単で、調査対象者全員が自民党党員だったとしたら、当然の結果である。この場合には、回答率の異常な高さにもインチキの源が隠れている可能性があるから注意を払うべきである。

 パソコン(PC)の所有台数を調査したとしよう。調査対象は1000人。回答率は30%。300人が所有しているPCの合計台数は650台であった。日本人一人当たりのPC所有台数は2.16台である。そんなことはどう考えたって有り得ない。でもだ、上の数字を計算した結果の2.16台は紛れも無い事実である。理由は簡単。調査がインターネット上で行われたのだとしたら当然の結果である。

 インターネットユーザーなら最低でも一人一台のPCを持っている。演歌歌手のリサイタル来場者に好きな音楽ジャンルを聞けば、大部分の人が「演歌」と答えるし、ロックコンサートの会場で聞けば「ロック」と答える。アンケート調査で大切なのはどのような人に、どのような方法で調査したかである。これを確認しないまま数字を鵜呑みにすると大きな勘違いをしでかすことになる。

 グラフも同じだ。例えば折れ線グラフ。縦軸と横軸の目盛間隔の取りようで、急激(大幅)に上昇しているように見せることも、ほとんど変化が無いように見せることもできる。写真も同じ。少ししかないのに沢山あるかのように見せることもできるし、その逆も可能だ。騙しのテクニックはいくらでもある。

 ただし、数字やグラフや写真の名誉の為に云っておくならば彼らには何の責任もない。数字やグラフや写真が勝手に嘘をついているのではない。騙そうとしている何者かが無理やり嘘をつかせているか、見る私たちが勝手に騙されているだけなのだから。


 例によって記事本文とは何の関係も無い今日の一枚は、ゴーヤー(にがうり)。最近は夏の間の日除けにもなると云うので窓際のプランターで栽培されているものも良く見かけるし、スーパーマーケットにも並んでいます。20年前には首都圏ではではまず見かけない野菜でしたが、随分とポピュラーになったものです。
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GMシボレー・ボルトの燃費、98km/Lは嘘

 新生GMが2010年に発売予定のプラグインハイブリッド車、シボレー・ボルトの市街地燃費が、230MPG(マイル・パー・ガロン、つまり98km/L)になるとの見込みであることを公表したが、これは嘘である。嘘と云ってまずければ、「数字のマジック」であると云い変えてもいいが、そのマジックはかなりインチキに近いマジックである。

 シボレー・ボルトはバッテリーが無くなるまではプラグインEVであり、その後はシリーズ方式のハイブリッドカーとして走行するクルマであるが、98km/L(1ガロンのガソリンで230マイル走行できると)と云う途方もない燃費は次ぎのようにして算出されたものである。

 走り出しは先に記したようにプラグインEV、つまり充電ステーションや家庭で充電したバッテリーとモーターだけで走行する。フル充電の場合この状態で64km(40マイル)走ることができる。64km走るとバッテリーが無くなり、そのままだと当然止ってしまう。

 それじゃ困るから今度は発電用の1.4Lのエンジンが始動し発電機を回してモーターに電力を供給し、同時にバッテリーを充電する。満タンのガソリンで更に約400km走行できる。最初の64kmと合わせて480km走行できることになるが、98km/Lと云う燃費は発電機用エンジンが始動を初めてから18km(11マイル)、合計82km(51マイル)走行した時点でのものである。

 発電用のエンジンならば燃費的かつ排ガス浄化的に最も効率の良い回転数を維持していれば良いから18km走るためには0.5Lでは足らないかもしれないが(日本のメーカーなら0.5Lよりも少なくてよいエンジンを作るだろう)1Lは必要ないだろう。間を取って0.75Lのガソリンが必要だったと仮定すれば、トータル82kmを0.75Lのガソリンで走行したことになるから燃費は109km/Lとなるが、発電しながら走っている場合だけの燃費は24km/Lとなる。

 ほらね、98km/Lは嘘、嘘と云ってまずければ、限りなくインチキに近い数字のマジックだということがわかったでしょう。それにしてもシリーズ方式ハイブリッド状態での走行燃費がもし24km/Lだとしたら、10・15モードで38km/L(JC08モードで32.6km/L)を謳うプリウスよりの40%近くも燃費が悪い事になる。まっ、GMの技術力と云うのはこの程度だと云うことなのかな。


 例によって記事本文とは何の関係もない今日の一枚は、なるせの森の尾根道にあるコナラの大木です。
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「普段の備え」か「不断の備え」か

 Yahoo! Newsに「『普段の備え』が被害拡大防ぐ=6割以上が家具固定-静岡地震」と云うタイトルの記事があった(8月12日(水)4時55分配信 時事通信)。

 やっぱり備えあれば憂いなしと云うことだなと思いながら、あれっ?「普段の備え」?「不断の備え」じゃないのか?と云うわけでさっそく調べてみた。勿論、困ったときの「広辞苑頼み」だ。

 「不断」について広辞苑にはこう書かれている。
  1. 絶えないこと。絶え間の無いこと。「不断の努力」
  2. (「普段」とも書く)平生。平常。「普段の心がけ」

 ついでに新明解国語辞典第4版も引いてみた。
  1. 絶えず続けていることを表す。「不断の努力」
  2. 何事も無く毎日繰り返される起居。常日ごろ。「普段」は借字。「普段着」

 「『普段』とも書く」(広辞苑)「『普段』は借字(新明解)と云うことは、やはり正解は「不断の備え」だろう。もし「普段」と云う字を使いたいのなら「普段からの備え」としないと意味が通じないよね。


 例によって記事本文とは何の関係もない今日の一枚は、狐の剃刀(きつねのかみそり)。狐の剃刀はヒガンバナ科の多年草だから、自然環境が破壊されていなければ、去年咲いていたところに出向けは今年も見ることができる。彼岸花同様、葉のあるときには花は無く、花のあるときには葉のない「葉なし花なし花(ばな)」である、狐の剃刀はお盆の頃に咲き、彼岸花は文字通りお彼岸に咲く。命名は、葉が剃刀に形に似ていること、花の色が狐の赤毛を思われることからとの説があるが、どうだろうか。茎を含めた花姿全体はこちらのページの8月3日の項をご参照ください。
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ハムト、ATM、NHK、NSX、ブンブン

 すべて今流行の若者言葉なのだという。

【ハムト】 「公」と云う漢字を上下に分解するとカタカナの「ハ」と「ム」。それにトイレの「ト」をつけて「公衆トイレ」の意味(らしい)。

【ATM】 「あ(A)なたの便り(T)を待って(M)いる」の略語(らしい)。しかしだ、「便り」とは云ってもまさか切手の貼られた封書のことじゃなくて、当然E-Mailのことなんだろうな。

【NHK】 勿論だが、日本人なら誰でも知っている「日本(N)放送(H)協会(K)」のことではなく、「何か(N)変な(H)感じ(K)」の意味(らしい)。しかしだ、「日本(N)放送(H)協会(K)」にしたって日本人以外にはまったく理解できない略語だから、「何か(N)変な(H)感じ(K)」との違いはその知名度でしかないとも云えるな。

【NSX】 当然のことだが、ホンダが創ったスーパースポーツのことではない。先のATMやNHKとまったく同じパターンで「何(N)をして(S)も×(だめ)」の略(らしい)。

【ブンブン】 上の三つとは違ったパターンの登場だ。セブンイレブンのこと(らしい)。ファミリーマートの事を「ファミマ」と云うのと同様、セブンイレブンじゃ長いから単純に省略しただけのことだが「ブンブン」は云い易くて語感も悪くないから「ファミマ」よりも普及するかも。

 今日の記事はこちらを参考にして書いたものだが、次々と生まれては消える若者言葉や流行語、果たしてこの5つの中で3年後にも使われている言葉がいくつあることやら。

 「近頃の日本語は乱れている」なんて指摘を時々耳にするけれど、これは「最近の若者は」と同じで、実は何百年も前から云われ続けてきた結果が今の日本語になっているんじゃないかと云う気がする。だとしたら新奇な言葉にも目くじらを立てる必要は全然無く、時間が取捨選択してくれるのを待てばいいんじゃないかって、郷秋<Gauche>は思うんだ。ただし、知らないであろうと思われる世代の人との会話には、共通言語を使用する心遣いが当然必要だけどね。


 例によって記事本文とは何の関係もない今日の一枚は、ルドベキア。ルドベキアは明治時代中期に移入さえた北アメリカ原産の植物。当初は切り花として利用されていたようだが、日本の気候が余程気に入ったようで圃場を逃げ出しいまや雑草状態。
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酒井法子容疑者失踪事件

 郷秋<Gauche>の独り言についに芸能ネタ登場、ではない。
 人権上あるいは個人情報保護の観点から気になる点があるので、これについて書こうと云うのである。

 酒井法子容疑者は今月3日未明、夫である高相祐一容疑者が渋谷区道玄坂の路上で覚せい剤取締法違反(所持)容疑で逮捕され現場に姿を現したが、子供がいるからと任意による取調べを拒否した後に行方をくらました。先に酒井法子「容疑者」と書いたが、この時点の酒井さんは、重要な参考人ではあっても容疑者ではない。

 行方不明になった酒井さんの行方を警察当局は当然捜索していたのだと思うが、結局7日に自身に対して逮捕状が出たことを知った酒井容疑者(この時点以降容疑者)が、8日に自ら警察に出頭するまで、警察はその足取りをつかむことができなかった。

 問題は「4日午後3時頃、山梨県身延町で酒井容疑者の携帯電話の電波が確認された」ことが、逮捕状請求前にマスコミ等で報道されたこと、つまり、容疑者になる前の酒井さんが、山梨県身延町辺りに潜伏している可能性があることを警察が報道各社に向けて発表したこと、同時に、その情報源となった「身延町において酒井容疑者の携帯電話の電波を確認」した事実を、携帯電話会社が情報として警察当局に提供したことである。

 繰り返すが、酒井さんに対する逮捕状が用意されたのは7日であって、それ以前の再会さんは自由と権利が守られなければならない一市民であったはずである。

 あるいは警察はその時点で捜査令状を取り、それを根拠にして携帯電話会社に対して酒井さんの携帯電話利用履歴の開示を求めたのかも知れない。詳しくは判らないが常識的に考えて、刑事事件が発生した場合、関係すると思われる場所に対する捜査令状を取り、容疑が固まったところで逮捕状を請求するのであろう。今回の事件の場合、7日に逮捕状を取ったことは報道されているが、捜査令状を取ったことは報道されていない。家宅捜査はニュースになるがニュースにならない捜査として、携帯電話利用履歴の開示を求めたということなのだろうか。

 携帯電話は、友人・知人、仕事関係を含め交友関係のある個人の情報がもっともコンパクトに集積された機器であり同時にその所有者の居場所を相当な精度で探知することのできる機器でもある。

 今回の事件では山梨県身延町で酒井容疑者の携帯電話の電波が確認されたことから、警察が捜査員を派遣するなど現時では大騒ぎとなっていたようであるが、携帯電話会社に対する情報提供依頼が適法に行われたものだとしても、逮捕状が出る以前に、その情報がマスコミで大々的に報道されると云うのは大いに問題である。

 郷秋<Gauche>がPHSのユーザーであることはこのblogの読者の多くは既にご存知の事実であるが、PHSの一つの基地局がカバーする範囲は最大でも半径500mと、一般の携帯電話と比べると極端に狭い。その狭いエリアを、PHSを持って移動すれば、郷秋<Gauche>の足取りはたちどころに判ってしまう。もし、ウィルコムがその情報を開示すればと云うことだが。

 あるいは郷秋<Gauche>がクルマで移動したとする。郷秋<Gauche>のクルマのナンバーはすぐに判るから、Nシステムのデータを解析すれば、郷秋<Gauche>がどの道を通ってどこに向かっているのか、警察当局はたちどころに郷秋<Gauche>の動向をつかむことができる。(Nシステムについてはその内にゆっくり書くことがあるかも知れない。無いかかも知れない。気になる方は検索してみてください)

 しかし恐ろしい時代がやってきたものだ。携帯電話一つ、クルマ一台でその所有者が今どこにいるのか、たちどころにわかってしまうのであるから警察国家と云っても良いほどである。

 だからもし、郷秋<Gauche>が犯罪を起こし、なおかつ逮捕されたくなくて逃走する場合には、PHSは持っていかない、ノートPCも持っていかない(ネットに接続したところで、携帯電話同様、一定の範囲で居場所が特定されるだろう)、自分のクルマは使わない、レンタカーを借りる場合には偽の免許証で借りるようにしなければならない。こう云うことは地震に対する備えと同じで、常日頃から心得ておかなければならないことである。とは書いても、別に犯罪を犯す予定はまったくございませんので、どうぞお気遣い無く。って、意味不明(^^;。


 例によって記事本文とは何の関係もない今日の一枚は、不思議な渦。良く見ると、蜘蛛の巣の中心部に描かれていることがお判りいただけるだろう。蜘蛛の巣は先に放射状の糸を張って、その後で中心から渦巻き状に円を書いていくのではないかと思う。だとすると、この白い渦は、出した糸に不純物が混じっていたために白く太くなってしまったということになるだろうか。どなたかご存知の方がいましたら是非謎解きをお願いいたします。
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古書に走る新刊書店

 もう4年近く前になるが、郷秋<Gauche>が新刊書 vs 新古書 と云う小文を書いたのを覚えておられる方はいるだろうか。

 今日、ネットで「新刊と古書の併売 書店再生の秘策となるか」と題する記事を見つけた。(8月9日20時6分配信 産経新聞)それによれば、新刊書店が続々と古書ビジネスに進出しているのだという。この業態は「広島を本拠地とするフタバ図書が始めた(らしい)」と、4年前に郷秋<Gauche>は書いた。同社は2005年に豊島区内に東京進出一号店を出店、さらに昨年10月に東京都江東区にオープンしたTERA南砂町店では、売り場の3分の1にあたる約300平方メートルを古書コーナーに当てているようである。

 約8万冊の古書在庫はすべて来店客から仕入れているとのことで、驚くべきはその買い取り価格。村上春樹の最新長編『1Q84』は在庫が不足しているとして1890円の定価の半額以上の1000円で買い取っているらしい。もっともこれは特別な例で、一般の文芸書の場合には発売6カ月以内で定価の30%というのが相場らしい。

 統一店で新刊書と古書とを取り扱う動きは広がっているようで、全国に200店以上を展開する文教堂も、6月から約20店で本の買い取りを試験的に開始しているとの事である。ただし、文教堂の場合には現時点では在庫集めの買い取りだけで古書の販売方法は検討中であるという。しかし、買い取り価格の一覧を店内に張り出していると云うから、既存の古書店には大きな脅威となるに違いない。

 新刊書店が古書に触手を伸ばすのは、厳しい経済環境やネット書店の台頭により小規模店の廃業、不採算チェーン店の閉店など、書店を巡る環境の悪化により危機感募らせているからである。本がネットで買えるだけではなく、本に書かれている内容を文字情報として購入する時代が目の前に来ているわけだから、大手とは云え安閑としてはいられないわけである。

 古書を扱うとは云っても、既に「雑誌屋」に成り下がって久しい新刊書店が目指すのは利益であり、その対象は売れ筋の文芸書だけのことだろう。いつ売れるとも知れないが、価値ある書籍を見極め仕入れ、次ぎの読み手が現れるまで書棚に並べておく気骨ある親父が切り盛りする古書店を冷やかすような面白味を期待することはできないだろう。新刊書店にしても古書店にしても、その店なりの特徴と面白みのある店が少なくなってくるのは残念なことである。


 例によって記事本文とは何の関係もない今日の一枚は、空蝉。
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米の花

 「米の花」とは、まったく正しくない。正確には稲(いね)の花である。稲の実の外皮つまり籾殻を取り除いたものが米。この状態のものを玄米と云い、このままだと炊いても美味しくないので精米してから食べるのが普通である。

 しかし米は不思議だ。先に花と書いたけれど花弁が無いから花のようには見えない。籾殻の裂け目から蘂だけを外に出している。花が咲いたあとに実が生りその中に種があるのが普通の植物のように思うのだが、稲の実には「実」らしいものが無く、我々が食べているのは多分、種なんだと思う。

 林檎の木に生るのはリンゴで、葡萄の木にはブドウが生る。胡瓜にはキュウリが生り、茄子にはナスが生る。でも、稲に生るのは米であり、稲の実と云う言い方は余り聞かない。稲の実が米と呼ばれるのは、英語でCow(牛)の肉がBeef(牛肉)と呼ばれ、Pig(豚)の肉がPork(豚肉)と呼ばれるのと似ていて、命名の考え方が日本語的じゃないように思える。


 今日の一枚は、稲(いね)の花。田植えから2ヶ月半で花が咲き、もうひと月もすると稲刈りである。稲の生長は本当に早い。
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団扇

 団扇(うちわ)とは、自分で扇ぐものではなく、扇いであげる、あるいは扇いでもらうものであると誰かが書いていた。
 
 確かに自分で自分を扇いでも生ぬるい風が来るだけだが、人に扇いでもらう風は涼やかで心地よい。暑いだろうから扇いであげようという優しい心が涼を呼ぶのだろう。クーラーなど、その存在さえも知らなかった子供時代、暑くて眠れぬ夜に蚊帳の下に延べられた布団の脇に座る母が扇いでくれた時の心地良さが記憶の底から蘇る。

 今年の7月は異常気象であったと新聞が伝える。明けたはずの梅雨がいつまでも居座り、夏らしいぎらつく太陽を見ぬまま、気がつけば、立秋である。

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葬送

 8月1日に伯父が帰天した。その葬儀が昨日あり参列した。「帰天」と書けばお気づきの通り伯父はカトリックの信者であったのだが、郷秋<Gauche>は、その葬儀が四谷の聖イグナチオ教会で行われるとの連絡を受けるまで、伯父がカトリックの信者である事を知らなかったので大いに驚いたのだが、87歳で帰天した伯父は2年前、85歳の時にカトリックの洗礼を受けていたことを葬儀当日に知った。

 亡くなった伯父は私の母の兄で12人兄弟の五男、母のすぐ上の兄であった。伯父は多くの兄弟姉妹の中でただ一人学問の道を歩み、某国立大学の学長を務め、退官後は更に某私立大学の学長も務め10年前には勲二等瑞宝章叙勲するなど、云わば一族の出世頭であったからその葬儀は盛大で、約800の会衆席の半分以上が埋まったかに見えるほどの参列者があった。

 郷秋<Gauche>の独り言の「旅日記」をご覧になられた読者諸兄姉は、郷秋<Gauche>が歴史的建造物、取り分け教会堂に興味を持っていることをご存知のことと思うが、そんな郷秋<Gauche>としては比較的近くにありながら、また幾度もその前を通りながらなかなか訪れる機会の無かった聖イグナチオ教会を訪ねる絶好の機会となった伯父の葬儀ミサであった(聖イグナチオ教会自体は比較的新しい鉄筋コンクリート造りの建物である)。

 学生時代からプロテスタント教会形式の教会堂と礼拝形式には慣れ親しんでいる郷秋<Gauche>であるが、カトリック教会での葬儀ミサは初めての経験であり「教養としての宗教」として、カトリックについて理解する良い機会となった。最初に伯父が「帰天」と書いたが、実はこの言葉はMicrosoft IMEの漢字辞書には収められていない、カトリック信者が死んだことを指す言葉で、文字通り天に帰る(神の元に帰る)と云う意味である。

 同じ事をプロテスタントでは召天と云う。実はこの漢字もMicrosoft IMEの漢字辞書には無く「しょうてん」を変換すると「昇天」と云う字が出てくるが、「昇天」とはイエス・キリストが死んで天に昇ったことを指す言葉であり、一般の信者は天に召されるという意味で「召天」と書く。昇天、帰天、召天は、聖職者をカトリックでは「神父」、プロテスタントでは「牧師」と呼ぶことなどと共に知っておきたい言葉である。

 自然発生的な多神信仰を含む広い意味での神道と仏教が支配する日本における我々のキリスト教に関する知識は、例えばクリスマスやイースターなどのイベントを通しての表面的なものだけであることが多いが、広く、特に欧米の文化を理解しようとする時に、キリスト教に関する知識は実は非常に重要なものとなる。一神教であるキリスト教に関する基本的な理解がないと、多神教的土壌で生まれ育った私たち日本人の多くは、時に彼らの文化を読み違えることになるからである。

 と、偉そうなことを云っても、まだまだ勉強が足りない郷秋<Gauche>であるので、今日の独り言は自戒の念を込めてのものとして、お許しいただきたい。


 聖イグナチオ教会内部の正面のキリスト像。壁に描かれた十字架の上に位置するが磔の姿ではなく、手を広げすべての人を受け入れながら天に昇らんとするように見える。


 真上を見上げるとこのような感じ。ゴッシク様式の教会堂に多いリブ・ヴォールト天井(神様のおられる天の国を表現している)を現代的に解釈したものと郷秋<Gauche>は理解したがどうだとうか。


 会堂の後方上部、つまり祭壇と会衆の背中を見る位置に設置された素晴らしいオルガン。コンサートホールに設置されているオルガンはステージ正面に位置し鍵盤はその直下にあるから、オルガン奏者は聴衆(と指揮者)に背を向けて演奏することになる(古くは鏡で、今はテレビモニターで指揮者を確認できるようになっている)が、このオルガンは、鍵盤ユニットをパイプ群から離し、奏者がミサの進行をその目で直接確かめながら演奏できるよう、合目的的に設置されている。
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ニコンがViewNXの最新バージョン公開

 ニコンの写真画像データブラウジングソフト、Nikon ViewNXの最新バージョン ver.1.40が公開されました。今回は主としてD300S、D3000、COOLPIX S1000pj、COOLPIX S640、COOLPIX S570、COOLPIX S70等の新製品対応です。話題の新製品を購入予定の方はお早めのバージョンアップ作業をお勧めいたします。

 さて、上に書いた新製品の内、最も注目すべきはS1000pjですね。これはデジタル方式カメラ登場後、もっとも大きな変革をもたらしたものとして歴史に名を残すカメラとなる事は確実です。S1000pjについては近々ゆっくり書きたいと思います。


 例によって記事本文とは何の関係もない今日の一枚は、季節の花「臭木」。葉を千切ると悪臭がすることから付けられた名前ですが、赤いガク(初めは緑色)、白い5枚の花弁、大きく突き出した蘂を持つ美しい花です。秋に赤紫に熟した実は鳥の餌となり、鳥はその種を糞と共に撒き散らします。それまで樹木の無かった土地に真っ先に姿を現す先駆植物の代表的な一つです。
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