平安夢柔話

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第53代 淳和天皇

2011-09-17 21:24:18 | 系譜から見た平安時代の天皇
☆生没年  786~840
☆在位期間 823~833

☆両親
 父・桓武天皇 母・藤原旅子

☆略歴

 名は大伴。桓武天皇の第三皇子。

 延暦十七年(798)、元服。
 延暦二十二年(803)、三品に叙せられる。その後、兵部卿、治部卿、中務卿など歴任。
 弘仁元年(810)、薬子の乱で高岳親王(平城天皇皇子)が廃太子されたことにより、嵯峨天皇の皇太弟となる。
 弘仁十四年(823)、即位、嵯峨天皇の皇子正良親王(のちの仁明天皇)を皇太子とする。
 天長十年(833)、皇太子に譲位。太上天皇となって淳和院に移り、淳和院または西院と称した。
 承和七年(840)、崩御。陵は大原野西嶺上陵。

 淳和天皇の業績としては、「検非違使を独立させ、左右検非違使庁を置く。」「巡察使を諸国に派遣した」「皇室の経済の不足を考え、上総・常陸・上野三国を親王任国とした。」ことなどが挙げられます。皇室や国のことを考え、新しい政策を取り入れていたようですね。

 また、淳和天皇は温雅な人物で、風雅・文物をこよなく愛し、宮廷詩人の代表者でもありました。個性の強い兄たち、平城天皇や嵯峨天皇に比べると一見目立たないように見えますが、政治的にも文化的にも優れた天皇だったと思います。ただ、皇位にはあまり執着していなかったようです。


☆父方の親族

祖父・光仁天皇 祖母・高野新笠

主なおじ

 多戸親王 早良親王

主なおば

 酒人内親王


☆母方の親族

 祖父・藤原百川 祖母・藤原諸姉(藤原良継女)

主なおじ

 藤原緒嗣

主ないとこ

 藤原家緒 藤原春津(以上・父は藤原緒嗣


☆兄弟姉妹と甥・姪

主な兄弟(○は同母兄弟 *は異母兄弟)
*安殿親王(平城天皇) *神野親王(嵯峨天皇) *伊予親王 *葛原親王 *賀陽親王 *万多親王 *仲野親王 *良岑安世

主な姉妹(○は同母姉妹 *は異母姉妹
 *高志内親王(淳和天皇妃) *高津内親王(嵯峨天皇妃 *朝原内親王(平城天皇妃) *大宅内親王(平城天皇妃) *伊都内親王(阿保親王妃)
*甘南備内親王 *布勢内親王

主な甥・姪

 高岳親王・阿保親王・大原内親王(以上、父は平城天皇)
 仁明天皇・源 融・源 信 正子内親王(淳和天皇皇后)・有智子内親王(初代賀茂斎院)・源 潔姫(藤原良房室) (以上、父は嵯峨天皇)
 高棟王・高見王(高望王の父) (以上、父は葛原親王)
 平 茂世(平 貞文の祖父)・班子女王(光孝天皇妃 宇多天皇母)(以上、父は仲野親王)
 僧正遍昭(父は良岑安世)


☆主な后妃と皇子・皇女

 正子内親王(嵯峨天皇皇女) → 恒貞親王 恒統親王 基貞親王

 高志内親王(桓武天皇皇女) → 恒世親王 氏子内親王(伊勢斎王)

  橘氏子(橘 永名女)

 永原原姫


☆末裔たち

 淳和天皇の皇子のうち、恒世親王は淳和天皇の皇太子に、恒貞親王は淳和のあとを継いだ仁明天皇の皇太子に立てられましたが、恒世親王はすぐに皇太子を辞退し、二十代半ばの若さで世を去りました。
 また恒貞親王も、淳和天皇の崩御の翌々年に起こった承和の変で廃太子となり、淳和の皇子たちは皇位につくことはありませんでした。皇位は仁明天皇から文徳天皇へと、嵯峨天皇の血統が継いでいくこととなります。

 そこで淳和天皇の末裔たちの項では、承和の変で廃太子となった恒貞親王を「平安時代史事典」をもとに紹介いたします。

○恒貞親王(825~884)

 淳和天皇の第二皇子。母は、嵯峨天皇皇女の正子内親王。

天長十年(833) 仁明天皇の皇太子となる。
承和五年(838) 元服。
承和九年(842) 七月十五日嵯峨上皇の崩御ののちに起こった承和の変により皇太子を廃される。

 その後、淳和院の東の亭に住み、世に亭子親王といわれた。深く仏教に帰依した。

 嘉祥二年(849) 落飾、恒寂と号する。
 貞観十八年(876) 母太皇太后(正子内親王)が嵯峨上皇の故宮を改めて大覚寺となすと同時に初代門跡となる。
 元慶八年九月夜、衣服を浄め仏前に香華を供え、西に向かって結跏趺坐のまま入寂したといわれる。

 なお、同じ元慶八年、陽成天皇が藤原基経によって退位させられたあと、次期天皇の候補の1人にもなっています。性寛雅にして容姿端麗、挙止閑麗といわれました。

 承和の変によって運命を変えられてしまったようにも思えますが、本人は案外、父の淳和天皇に似て皇位に執着はそれほどなく、仏教に帰依する生活に安らぎを感じていたのではないかと思います。また、私の大好きな寺、大覚寺ゆかりの人物でもあるので、何となく親しみを感じます。

☆淳和天皇に関するお薦めのページの紹介

 ヨウダさんのサイト「平安京探偵団」の「こちらのページ
 平安京探偵団の団長先生、山田邦和教授の文章です。
 うちのだんなさんはこの文章を読み、淳和天皇のことが好きになったそうです。淳和天皇の人となりについて熱く語った文章ですので、ぜひご覧になって下さい。


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