平安夢柔話

いらっしゃいませ(^^)
管理人えりかの趣味のページ。歴史・平安文学・旅行記・音楽、日常などについて書いています。

紫式部の娘 賢子

2019-02-17 09:38:50 | 図書室3
 今回は最近、再読した平安小説を紹介します。

☆紫式部の娘 賢子
 著者=田中阿里子 発行=徳間書店・徳間文庫

内容(「BOOK」データベースより)
源氏物語の完成に向けて苦慮し、藤原道長の強引な求愛に懊悩する紫式部。一方、式部の娘賢子は母の厳しい教育を受け、侍女らにかしずかれて成人するが、友人も少なく孤独の身であった。後見もいない賢子の将来を思いやり、母娘ともども皇太后彰子の許へ出仕するようになる。やがて、和泉式部、赤染衛門らとの交際が始まり、さらに、貴紳顕官の子弟たちの誘惑が待っていた…。長篇歴史小説。   

 1986年に、「猪名の笹原風邪吹けば」というタイトルで講談社から単行本で発行され、1992年に徳間書店から文庫化された本です。
 初読は1988年、旧タイトルの単行本で読みました。とても面白かったので2回ほど再読し、いつかこちらで紹介してみたいとずっと思っていました。今回、10年ぶりぐらいに読んだのですがやっぱりおもしろかったので、紹介させていただきます。
 今回は文庫の方で読んだので、記事タイトルも「紫式部の娘 賢子」としました。。
 なお、25年以上前に出た本なのですでに絶版です。でも、amazonで中古本が出品されているようですし、図書館には置いてあると思いますので、興味を持たれた方はそちらで探してみて下さい。

 タイトル通り、紫式部と藤原宣孝との間に生まれた娘、藤原賢子の生涯を描いた小説です。
 十代半ばで皇太后彰子の許に出仕、何人かの公達と恋をして藤原兼隆との間に娘を出産、同じ頃に誕生した親仁親王(後の後冷泉天皇)の乳母となります。40歳近くになって、後に大宰大弐となる高階成章と結婚、天王の乳母として従三位に叙せられ、「大弐三位」と称せられた賢子の生涯を、当時の宮廷社会の歴史を背景に、様々な人物と関わらせながら描いています。

 で、私は以前、賢子の人物伝をこちらの記事に書いたので、彼女についての詳しいことは書きませんが、今回、再読してみて「これは著者の田中阿里子さんの創作なのでは」と思われることや印象深かったことを以下に記述します。

☆里下がりし「源氏物語」を執筆中の紫式部を道長が訪ねる場面がある。紫式部にとって道長は憎らしくも愛しい人。

☆具平親王が身分の低い女性との間にもうけ、紫式部のいとこの伊祐の養子となった頼成が小説の初めの方でちらっと登場する。頼成は賢子の幼なじみという設定。

☆兼隆、成章意外で賢子が関わる公達は藤原定頼、藤原公信、藤原頼宗など。
 特に頼宗は賢子が長い間思いを寄せた愛しい人。
 以下、著者の創作と思われるので、ネタバレです。
 賢子は幼い頃、賀茂祭で1人の公達に心惹かれるのですが、その公達が頼宗。
 一方それとは知らず頼宗は、出仕前の賢子に文を送るが、母と乳母の判断でその文は隠され、賢子は長いこと、その事実を知らずにいた。
 その後、賢子は兼隆との間に娘をもうけるが離別という紆余曲折を経て、2人は恋人同士に。しかし数年後、親仁親王の嫉妬を気にする頼宗は賢子との別れを決意し、賢子は成章の妻になることに。 

☆こちらもすごいネタバレですが。
 成章は賢子と結婚後、任地の阿波で現地の身分の低い女性との間に娘をもうける。その娘は成長してから成章と一緒に上京し、賢子の身の周りの世話をする小間使いとなる。
成章と死別後、賢子は宮中に上がるとき、娘を自分の世話をさせる女嬬として伴っていたが、たまたま娘を残して里下がりしている間に、娘は後冷泉天皇に召され妊娠する。
 その後、娘は男児を出産し、そのまま亡くなってしまう。娘が成章の子だということも、男児が後冷泉天皇の落としだねということも伏せられ、賢子が成章との間にもうけた為家の養子になる。つまり表向きは賢子の孫として養育されるというわけです。。
 このことに関して著者は小説の末尾で、帝のご落胤を為家の養子にしたというのは噂であって確証はない」と書かれていましたが、このようなことが絶対になかったという確証もないような気がします。
 このことが描かれるのは小説の終わり近くになってからですが、初めの方での頼成の登場は、後冷泉天皇のご落胤を為家の養子にすることへの伏線だったのですね。
 同時に、当時は父が天王や親王であっても、母親の身分が低ければ臣下の養子になるか出家するしか道がなかったわけで(上で書いた成章の妾腹の娘もそうですが、身分の低い母親から生まれた子への差別は臣下でも一緒ですよね)、少し哀れにも思えます。

 なお私は、賢子の人物伝でこの小説のことをちらっと紹介し、賢子の生んだ娘は兼隆の子とも公信との子とも取れるような書き方をしていたと書きましたが、今回再読してみたところ、著者は兼隆の子と考えていたのではないかという気がしました。私も兼隆の子と思っているのでほっとしました。
 それはともかくこの小説、300ページくらいでそれほど長くないのですが、50年余りの時代が描かれているため登場人物が膨大です。その点、ちょっと混乱するかもしれませんが、主要登場人物の性格の書き分けがはっきりしています。
 おとなしく誠実だけど少し優柔不断な頼宗、豪快でユーモアのある成章などはその典型、だと思うのですが、紫式部と賢子の性格や人生観の違いの書き分けも顕著だと思いました。
 そんな2人の違いを表しているせりふは、紫式部が「人は40になったら死ぬ準備をしなければならないのよ」と言っていたのに対し、40歳で成章との子を出産したこともあるのでしょうけれど、40歳になった賢子は、「私はこの子が40になるまで生きるわ」と言ったことでしょうか。
 早く両親と死に別れ、宮中で辛い目に遭いながらも自分の力で人生を切り開き、乳母として後冷泉天皇に信頼され、思いがけない運命も受け入れて前向きに生きようとする賢子からはたくさん、元気を頂けたような気がしました。

 また、賢子が宮廷で生きた時代は藤原頼通が関白だった時代とほぼ重なります。道長が築いた栄華が次第に衰退し、院政期に向かっていく時代についても詳しく知りたいと、この小説を読みながら思いました。

☆コメントを下さる方は掲示板へお願いいたします。
トップページへ


橘三千代

2017-05-01 10:12:07 | 図書室3
久しぶりに自信を持って紹介できる歴史小説に出会えました。

☆橘三千代 上
 著者=梓沢 要 発行=新人物往来社(kadokawa)

内容(「BOOK」データベースより)

女帝の時代陰で女帝を操ったひとりの女がいた!犬番の娘から己の才覚一つで、位人臣を極めた後宮女官・橘三千代。初めて描かれる橘三千代の愛と野望の生涯!『百枚の定家』につづいて俊英が書き下ろす渾身の歴史巨篇。

橘三千代 下
 著者=梓沢 要 発行=新人物往来社(kadokawa)

内容(「BOOK」データベースより)

名族・橘氏はたったひとりの女から始まった!天武・持統・文武・元明・元正・聖武―六代の天皇に仕え、後宮を束ねて皇位継承に絶大な影響力を持った橘三千代。美努王の妻から藤原不比等のもとへ―激しくしたたかに生きた波瀾の一生を鮮烈に描く雄渾の歴史巨篇。

*この本は2001年3月に新人物往来社から単行本として発行されたそうですが、現在では絶版のようです。興味を持たれた方、図書館か古書店を当たってみて下さい。

 紹介文にもありますように、天武天皇から聖武天皇までの六代の天皇に女官として使え、文武天皇と聖武天皇の乳母として権勢を振るった女性、橘三千代の生涯を描いた小説です。 

 三千代は元々、県犬養三千代といい、決して家格の高い家の生まれではありません。幼いときに母を失い、継母との折り合いはあまり良くなかったものの、しっかり者の乳母に育てられ、乳兄弟や兄たちに囲まれてのびのびと子供時代を送りました。。
 そして15歳の時に初めて出仕、最初、美努王の妻となり、のちに藤原不比等と再婚、多くの子女にも恵まれ、上で書いたように2人の天皇の乳母として位人臣を極めます。

 で、この本を読んだ感想はやはり、三千代のたくましい生き方にすっかり魅了されてしまいました。
 例えば、軽皇子(後の文武天皇)や首皇子(後の聖武天皇)を皇太子にするときの手段を選ばない様子、しかし、その蔭で犠牲になった人たちのことも決して忘れていないところが人間的でもありますが。
 文武天皇の夫人になっていた宮子(不比等が別の妻との間にもうけた娘)が妊娠すると、再び乳母になろうと、不比等の子を絶対に身ごもってやると決心するところ、それを実行してしまうところなどすごい。ちなみにこの時に宮子が産んだのが後の聖武天皇、三千代が産んだのが後に聖武天皇の皇后となる安宿媛(光明皇后)です。
ラスト近くに聖武天皇の気鬱を治そうと、文字を書いた亀を偽造するところはどきどきしてしまいました。ともあれ、自分の才覚ひとつでのし上がっていったところは見事です。

 更に、持統・元明・元正といった女帝たちや三千代の子供たちなど、オリキャラも含めて脇役の人物もとても魅力的に描かれていました。
 登場場面は少ないのですが、特に印象に残ったのは三千代のいとこ、安倶利女です。
*以下、ネタバレがあります。知りたくない方は少し飛ばして読んで下さいね。
 彼女は「私は草壁皇子の子を産む」という野望を持って三千代と一緒に宮中に仕え始めるのですが、事件に巻き込まれて宮を去ってしまいます。
 その後、三千代の兄と結婚するものの子のないまま先立たれ絶望するのですが、「今度は子をたくさん産めという夫の遺言を思い出し、10歳も年下の同族の男と再婚、10人近い子をもうけるのです。
 三千代とは全く違った生き方ですが、こちらもたくましいと思いました。そしてそのたくましさが後世、三代の斎王に受け継がれるのかと。作者のイキな仕掛けですね。
 なお、この安倶利女という女性は多分、作者の創作だと思います。調べてみたところ、井上内親王の母方の祖母(あえてこういう書き方をしますが)は未詳とのことでした。だからこそ想像できるわけで。(^^)

 そうそう、草壁皇子の描き方もとても良かったです。私はどちらかというと王津派だったのですが、この作品の優しくて繊細で、それでいて強いところのある草壁皇子がとても好きになりました。ただ、唐突に退場してしまってびっくりしましたが。

 そして、やはり不比等というのはすごい政治家だなと。藤原氏の基礎は不比等と三千代によって築かれたものかもしれませんね。
 不比等の息子たち、いわゆる藤原四兄弟もなかなか個性的に描かれていて良かったです。長屋王事件の前の藤原四兄弟が決して一枚岩でなかったのが少し意外でしたが。四兄弟の中で一番目立たない麻呂が、亀を偽装するときにしっかり存在感を現していたのが嬉しかったです。

 というようにこの作品、登場人物の描き方や筋運びなど、最初から最後まで楽しく読むことが出来ました。もちろん、歴史小説なので特に後半部分は登場人物たちの臨終などシビアな部分はありますが、久しぶりに面白い歴史小説を読むことが出来たという印象です。お薦め☆です。

☆コメントを下さる方は掲示板へお願いいたします。
トップページへ

望みしは何ぞ

2015-11-19 10:28:41 | 図書室3
 今回は最近、再読した平安小説を紹介します。

☆望みしは何ぞ ー王朝・優雅なる野望
 著者=永井路子 発行=中央公論新社

本の内容
 摂関政治から院政への橋渡し役をはからずも演じた、道長の子、藤原能信―。藤原摂関家と天皇家を中心に、皇子誕生をめぐる閨閥による権力抗争を、道長亡きあと、王朝社会の陰の実力者となった能信を通して描いた歴史大作。平安朝三部作「王朝序曲・この世をば」の完結篇。

*なお、この本は以前、中央公論新社から単行本と文庫本で出版されていたのですが、現在は絶版になっているようです。但し、amazonのKindle版は入手可能なようなので、詳しくはamazonのサイトをご覧下さい。


 藤原道長の摂関政治が絶頂期を迎えた頃から、それが徐々に翳り初め、やがて院政期へと移っていく時代を、藤原道長の子、能信の目を通して描いた歴史小説です。

 この小説は長和二年(1013)の賀茂祭から始まります。
 当時、能信は三条天皇の中宮、妍子の中宮権亮で、彼女の身の回りの世話や雑務などで忙しい日々を送っていました。妍子は懐妊中で、同じ年に出産、しかし、周囲の期待に反して産まれたのは皇女でした。
 能信は間もなく、誰にも気がつかれないように泣いている妍子を見てしまい、「この不運な人に一生ついて行こう」と決心するのです。そして、その時に産まれた不運の種の皇女にも…。

 実は能信は、妍子や道長の跡を継いで関白となる頼通・教通、後一条・後朱雀両天皇の母として絶大な権力を握ることになる彰子とは母が違います。 
 彼らの母が源倫子(鷹司殿)にたいし、能信の母は源明子(高松殿)。そして、鷹司系の子供たちに較べて能信たち高松系の子供たちは同じ道長の子でありながら一段低く見られ、出世も遅れを取っていました。
 高松系の子供たちの中でもとくに、負けず嫌いで勝ち気な能信は、そんな状況が我慢できないでいました。
 そこで、皇子を産むことが出来ず、鷹司系の中で阻害されるようになってしまった妍子親子に肩入れし、自分の運を開いていこうと決心する、このことがこの小説の大きな鍵となっています。
 ちなみに、妍子が産んだ皇女は後に後朱雀天皇に入内し、後三条天皇を産むことになる禎子内親王です。

 この小説を読んだ感想を一言で言うならば、皇子を産めなかった妍子の孫が天皇になり、皇位がその子孫たちに受け継がれていく歴史の不思議さを感じたということでしょうか。
 そして、後朱雀天皇や後冷泉天皇に入内した頼通・教通の娘たちが皇子を産まなかったという偶然が重なったとはいえ、禎子内親王・尊仁親王(後の後三条天皇)親子に協力し、尊仁親王を東宮にすることに成功しその後宮に自分の養女を入れて皇子(後の白河天皇)を産ませることで摂関期から院政期への橋渡しをした能信の功績は大きいと思いました。

 このように、少しマイナーな人物の生涯を史実に沿って描いた小説はともすると単調で無味乾燥なものになりがちですが、どうしてどうしてこの小説、能信の微妙な心の動きが詳細に描き込まれているので退屈さを感じません。
 特に、道長や同母兄の頼宗との微妙なやりとりは読んでいてドキドキしました。

 また、永井さんの他の小説にも言えることなのですが、登場人物の描き方が巧みで生き生きしています。権力者道長、おっとりとした妍子、勝ち気な禎子内親王など…。
 特に面白いなと思ったのは能信の養女で尊仁親王の後宮に入ることになる茂子です。彼女こそ院政を始めることになる白河天皇の母となる女性ですが、物事に動じない、明るく覇気のある女性に描かれていて、こんな彼女の大胆な性格が後の白河天皇に受け継がれていくのかもしれないと思いました。ただ、早く亡くなってしまったことが残念でしたが…。
この茂子は閑院流藤原氏の女性なのですが、摂関家以外の女性の血が天皇家に入ったのも結果的には良かったのかもしれない…と思いました。摂関家の娘たちに皇子が産まれなかったのは、何代にもわたる天皇家と摂関家の血族結婚の弊害だったのかもしれませんね。

 この小説は、「王朝序曲」」この世をば」に続く、平安朝三部作の完結編とも言える小説なので、前のに作品と一緒に読むこともお薦めします。
 あ、「この世をば」、まだこちらでしっかり紹介していませんでしたね。思い入れの強い作品なのでなかなかレビューが書けないというのもありましたが…。出来るだけ早く再読して紹介しなくては。

☆コメントを下さる方は掲示板へお願いいたします。
トップページへ

泣くな道真 大宰府の詩

2015-04-14 15:16:15 | 図書室3
 今回は先日、読み終わった平安時代の大宰府を舞台にした小説を紹介します。

☆泣くな道真 大宰府の詩
 著者=澤田瞳子 発行=集英社(集英社文庫) 価格=562円

[要旨]
 右大臣だった菅原道真が大宰府へ左遷された。悲憤慷慨する彼にお相手役の保積もお手上げ。そこへ美貌の歌人恬子が現れ、博多津の唐物商へ誘う。道真は、書画骨董の目利きの才を発揮し、生気を取り戻す。その頃、朝廷に出す書類に不正が発覚し、府庁は窮地に。事態を知った道真は、自ら奇策を…。朝廷を欺き、意趣返しなるか!日本史上最も有名な左遷された男の活躍をユーモアのなかに描く歴史小説。

 澤田瞳子さんの小説は、2年前に紹介した「満つる月の如し 仏師・定朝」もそうですが、他にも2冊読んでいて、どれも時代考証と筋運びが見事。こちらの小説はタイトル通り、大宰府に左遷された菅原道真を描いているとのこと、これは読むしかないと思い、手に取ってみました。

 大まかなストーリーは要旨に書いてある通りなのですが、もう少し詳しく、登場人物の紹介もしながら書いてみます。

 昌泰四年(901)二月、右大臣から大宰権帥に左遷(実際は流刑)されてきた道真の世話を命じられたのは、大宰府庁きっての怠け者、保積といううだつの上がらない男。
 彼は婿養子で、妻に頭が上がらず、出世もあきらめ、仕事中には居眠りをしているような男でした。しかし、「この男なら口も堅そうだし、多少の物事にも動じない」と上司に誤解され、密かに道真の世話をすることになってしまったのでした。

 で、その道真というと、すべてに希望をなくし、「そなたたちは都の命令を受けてわしを殺しに来たのじゃな?えーい、放せ放せ」とまで言う始末。

 そんな道真を救ったのは、大宰府庁の実質的な長官、大宰大弐の姪の小野恬子がふとしたことで手に入れた舶来品の筆を見たことでした。

 恬子は為子内親王に使えていた女房で、内親王が世を去ったあとに都を捨て、おじを頼って大宰府にやってきた二十代半ばの女性。美貌で歌の才もあり、都でも大宰府でも男たちを手玉に取っていました。実はこの恬子、小野篁の孫という出自で、歴史上の有名人なのですが…。あれ?ちょっと活躍する時代が遅いのでは?とも思いましたが、確かに「小野篁の孫」という説もありますものね。(^^)

 それはともかく、恬子が持っていた筆を見て、唐物好きの道真の目が覚め、恬子と保積に命じて博多の唐物商に案内させます。書画骨董の目利きに優れた道真は店の女主人に認められ、「菅三道」と名乗って5日に1回、この店で目利きとして働くことに。

 こうして元気を取り戻した道真でしたが、そんな彼を大きな不幸が襲います。大宰府に連れてきた幼い息子が急死…。道真は再びふさぎ込んでしまいます。
 そんなときに発覚したのが大宰府庁の役人による横領事件でした。道真はその解決方法を考え出し、再び明るさを取り戻していきます。

 そして夏も終わりに近づいた頃、宇佐八幡宮への勅使が急遽、大宰府に寄るという知らせが…。しかも勅使はかつて、道真の菅家廊下に出入りしていながら道真を左遷した首謀者、藤原時平にすり寄って行ったような男。
 もし道真が元気になって生き生きしているような所を見られたら、大宰府からもっと辺鄙な土地に移されるようなことにも鳴りかねません。そこで道真の考えたことは…。

 読み終わった感想は、この小説で描かれているように道真が大宰府で生き甲斐を見つけ、元気に生き生きと暮らしていたとしたら…、そして、道真を暖かく見守っていた大宰府の人々がいたとしたら…、すごく嬉しいということでした。

 この小説は道真の幼い息子の死や、阿弥陀如来画像の下で死んでいく名もない庶民の老人が描かれるなど、シビアな場面もありますが、全体的にはとても明るく、ユーモアに富んでいます。

 書画骨董の目利きが抜群であることを見抜いた博多の唐物店の女主人が道真に対して言った
「そなた、この店の目利きとして働かぬか」
を読んだときは爆笑してしまいましたし。道真がこの申し出を受け入れたときは「おいおい大丈夫か?見つかったら大変なことになるのでは」とつっこんでいました。
 さらに道真が女主人から名を問われ、偽の出自と名前を名乗ったときは再び爆笑してしまいました。

 ユーモラスの中に、大宰府で生き甲斐を見つけ、庶民の生活に目を向けて真の「右大臣」となっていく道真、その道真の世話をすることで成長し、変わっていく保積の姿にはしみじみと心が暖かくなりました。人は逆境の中でも生き甲斐を見つけられると力づけられているような気がしました。

 そして痛快だったのは、エンディング近くの宇佐八幡宮の勅使に対する道真の応対。将来、道真の怨霊が雷神になって都を脅かすという伏線も描かれていましたし。
 250ページほどの本なので長すぎず短すぎず、楽しく読むことが出来た1冊でした。
 そうそう、当時の大宰府や博多の事情もしっかり描かれていて、興味深かったです。お薦め☆です。

☆コメントを下さる方は掲示板へお願いいたします。
トップページへ

玉の緒よ 式子内親王の生涯

2015-03-08 09:58:20 | 図書室3
 今回は、源平争乱期から鎌倉初期という激動の時代を生きたひとりの女性の生涯を描いた小説を紹介します。

☆玉の緒よ 式子内親王の生涯
 著者=神部眞理子 発行=文芸社 価格=1836円

[出版社商品紹介]
 平家の繁栄と凋落、源氏の台頭など、激しい時代のうねりの中で翻弄される式子内親王の生涯を史実とともに繊細流麗に描いた歴史小説。


 百人一首89番目の歌「玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることのよわりもぞする」をはじめ、情熱的な恋の歌を詠んだ事で知られる式子内親王の生涯を、激動の時代の移り変わりと共に描いた小説です。
 私は2年ほど前から式子内親王の歌に心惹かれていて、彼女のことを色々知りたいと思っていたので手に取ってみました。

 この小説の主人公はあくまでも式子内親王ですが、物語の前半部分と後半部分に他に一人ずつの主人公がいるという印象を受けました。

 小説前半のもう一人の主人公は式子の兄、以仁王です。
 この小説はそもそも、以仁王が密かに元服するところから始まっていますし、源頼政、仲綱など、彼と関わりの深い人物もたくさん登場します。以仁王の視点で物語が展開する場面も多いです。

 そして、以仁王が平家との宇治川の戦いで戦死したあと、彼と入れ替わるように登場するのが後半部分のもう一人の主人公、藤原定家です。前半の以仁王と同様、彼の視点で物語が進む場面がちらほらあります。
 式子内親王の忍ぶ恋の相手は誰かという問題には色々な説があり、定家とか、法然、あるいは式子には恋の相手はおらず、あくまでも想像の恋によって歌を詠んだとか、様々なことが言われています。
 法然も、式子の心を救うという重要な役で登場しますが、この小説での式子の忍ぶ恋の相手はあくまでも定家です。しかも相思相愛、でも決してその感情を表に出すことは許されないという感じに描いています。読んでいて少し切なかったです。

 その他、定家の姉、中将、竜寿という式子の女房たちは終生、式子の許に従い、彼女と定家を結びつける重要な役として登場しますし、吉田経房も、式子の家司として協力する好意的な人物に描かれています。
 そうなのです、この小説、マイナーな人物も含めて源平、鎌倉初期の人物が総登場します。それらの人物がどのように描かれているかも、この小説を読む楽しみだと思います。
 特に私は、登場シーンが一カ所だけでしたが、藤原多子が強烈でした。

 もちろん、式子の心の動きや行動もかなり詳細に描かれています。

 ただ、小説の3分の2くらいが終わるまで、式子は肉親や親しい人が政争の渦に巻き込まれ、心を痛めてはいるもののあくまでも傍観者のように思えました。そのようなわけで式子の影は薄く、ストーリーも何か単純で淡泊に思えてしまったのですよね。

 しかし、式子が同居していた八条院子内親王と以仁王の忘れ形見の姫を呪った疑いをかけられ、八条院御所を出て白河押小路殿に移り、やがて出家という道を選んでいくあたりから、物語が一気に動き始めます。 

 その後も式子の身の上には不幸が降りかかります。
 父・後白河院からせっかく譲られた大炊御門殿は九条兼実に横領されたまま返してもらえず、他人の邸宅を転々としなければならなかったり、橘兼仲夫妻の託宣事件に巻き込まれて洛外に追放されそうになったり…。
 「私はみんなに迷惑をかける。生きていても価値のない人間なのだ。」と反問する式子に私は、「絶対にそんなことはないよ。あなたはたくさんの素晴らしい歌を作ってしっかりと後世に名を残したのだから」と語りかけてあげたくなりました。

 でもこの小説、決して暗くじめじめした場面ばかりではありません。
 式子を支えるたくさんの人たちの暖かい心遣いにはほっとさせられますし、ラストシーンを読んだとき、「この本を読んで良かった!」と思いました。そしていつまでも式子内親王のことを考えていたい気持ちになりました。感動が長く心に残る、そんな1冊です。

☆コメントを下さる方は掲示板へお願いいたします。 
トップページへ

ぬけまいる

2015-02-10 10:02:10 | 図書室3
今回は、先日読み終わった時代小説を紹介します。

☆ぬけまいる
 著者=朝井まかて 発行=講談社
価格=1620円(単行本) 832円(講談社文庫)

[要旨]
 一膳飯屋の娘・お以乃。御家人の妻・お志花。小間物屋の女主人・お蝶。若い頃は「馬喰町の猪鹿蝶」と呼ばれ、界隈で知らぬ者の無かった江戸娘三人組も早や三十路前。それぞれに事情と鬱屈を抱えた三人は、突如、仕事も家庭も放り出し、お伊勢詣りに繰り出した。てんやわんやの、まかて版東海道中膝栗毛!

 江戸に住む女3人が伊勢神宮へ旅をする道中を描いた時代小説です。

 時は黒船が現れる10年ほど前…。

 一膳飯屋の娘、お以乃は独身で、様々な奉公先を転々としたあと、今は母の店を手伝っている身。
 この先どう生きていったらいいかわからないまま戯作を書き、弟が奉公する版元に持ち込みますが、原稿を読んだ弟から、「才能がない、やめた方がいい」と一蹴され悶々とした気分に。
 そこへやってきたのが幼なじみのお蝶。彼女もまた、家庭の中で疎外感を感じ、恋人に浮気され、鬱憤を晴らすためにお以乃の所に来た様子。
 更にもう一人の幼なじみ、お志花もどうやら複雑な事情を抱えている様子でお以乃を訪ねてきます。

 そこで、「3人で旅にでも出ようか」という話になり、伊勢に抜け詣りしようということになって即出発。

 こうして始まった伊勢旅行はまさに珍道中。
 出発した早々、巡礼を騙った小娘一行にだまされ、全財産を巻き上げられてしまいます。
 途方にくれた3人ですが、小田原でふとしたことから知り合った団子屋老夫婦のもとで旅人たちのための足裏マッサージ稼業をやってお金を稼ぐことになります。

 こうして少しお金を貯め、再び旅に出た3にんですが、抜け詣りのため手形がなく、箱根の関所を通ることができません。そんな3人を助けてくれたのは、宿でたまたま隣同士の部屋になった駿河国の商人を名乗る長五郎という、彼女たちより少し年下の男でした。

 さらには、江戸に行った店主の留守番替わりに店を任されたり、たまたま泊まった宿屋のごたごたに巻き込まれたり…と、色々なことが起こります。

 読み進むうちに、2つの謎が気になってきます。

 一つはお志花の抱えている事情。他の2人の事情は語られるのに、なぜかお志花についてはラスト近くまで謎のままです。
 もう一つは箱根で3人を助けた長五郎の素性。彼は3人の道中の所々にちょこちょこ顔を出すのですが、どうやら堅気ではないということが次第にわかってきます。実は彼は歴史上の有名人物なのですが、それがわかったときはびっくりしたと同時にやっぱり…という感じでした。

 そんな謎のほか、3人が出会う人たちがみんな魅力的。そんな魅力的な人たちとの心温まる人情エピソードにはほろりとさせられます。
 また、主人公の3人が個性的で、それぞれ感情移入できました。3人とも、女のたくましさが感じられてすがすがしかったですし。そして、一緒に旅をしている気分になって楽しく、上で書いた謎も気になって、2日間で読了してしまいました。

 この小説は江戸時代が舞台ですが、完全なフィクションですので誰でも楽しく読むことの出来る1冊だと思います。特に、時代劇の好きな方と旅の好きな方には絶対にお薦め☆です。

☆コメントを下さる方は掲示板へお願いいたします。
トップページへ

かぐや姫の物語

2014-01-20 10:31:39 | 図書室3
 本日は最近読んだこの本を紹介します。

☆かぐや姫の物語 「竹取物語」
著者=高畑 勲(脚本)・坂口理子(ノベライズ) 発行=角川書店(角川文庫)
 価格=462円

 最近公開された映画「かぐや姫の物語」のノベライズ版。

 平安時代初期の古典「竹取物語」を原作として作られたという映画なので、見てみたいと思ったのですが、私は映画館に行く機会をなかなか作れないのでこのノベライズ版を読んでみました。映画は多分、テレビでオンエアーされるものを見ることになると思います。

 *以下、ネタバレがかなりあります。

 大まかなストーリーは「竹取物語」の原作とだいたい同じでしたが、「うまくふくらませているな」という印象を受けました。それと原作にはあまり描かれていない、かぐや姫の細かい心の動きにもスポットが当てられていました。原作と異なる部分もあります。そのあたりをちょっと書いてみたいと思います。

・うまくふくらませていると思った部分
 幼い頃のかぐや姫の様子が詳細に描かれていました。
 原作でも、かぐや姫は成長が早かったと描かれていましたが、「かぐや姫の物語」では、姫がどのように成長していったか、とりわけ近くに住むきじしの子供たちとの交流が詳細に描かれています。それが、姫が後に5人の貴公子との縁談を断ることになる伏線のようにも思えました。

・ 原作と違う部分。
 原作では、かぐや姫は、ずっと竹藪の近くの翁の田舎の家にいるように描かれていますが、「かぐや姫の物語」では成長すると育ての親の翁・嫗共々、都に出て生活するようになります。都の生活にどうしてもなじめず、田舎での暮らしをなつかしむ姫の様子は少し痛々しかったです。

 5人の求婚者に対して。
 原作では姫が、貴公子たちに、私のことを本当に大事に思っているなら宝物(絶対に手に入りそうもない)を持ってきてと難題を押しつけたように書かれています。
 「かぐや姫の物語」では貴公子たちの方が姫をそれぞれの宝物にたとえたことから、姫が、「それならその宝物を私に持ってきて下さい」と言っていました。
 私は原作でこの部分を読んだとき、「かぐや姫ってちょっと高飛車な女ではないの?何か納得できない」と思ったのですが、こういう描き方なら納得がいきます。

きじしの子、捨丸、女房の相模、女童といったオリキャラが登場しました。
 特に捨丸と姫の交流は、この物語に更に深みを与えているように思えました。

 それと、嫗がいい味を出していました。姫の幸せを願う気持ちは翁も同じなのでしょうけれど、嫗は同じ女性の立場で姫に寄り添い、優しく見守っています。素敵な女性だと思いました。この物語の登場人物の中では嫗が一番好きかも。

・読んだ感想
 読みながら、少し涙ぐんでしまいました。
 特に石上麻呂の死を知らされた姫が、「私は偽物、私と関わった人は不幸になってしまう」と取り乱す場面は身につまされました。ラストの「あなたが待っているなら帰りたい」にも涙が…。かぐや姫がとても身近に思えました。

 ただ、かぐや姫はどうして月からこの世界に降りてきたのかについてははっきりした答えが書かれておらず、大きな謎が残りました。それはそれぞれのご想像にお任せしますということなのでしょうか。

 でもそれを差し引いてもなかなか読み応えのある作品でした。
 物語のあちらこちらに出てくる童歌の節回しを聴いてみたいとも思ったので映画のテレビでのオンエアーを待ちたいと思います。

☆コメントを下さる方は掲示板へお願いいたします。
トップページへ

女人平家

2013-07-13 20:50:19 | 図書室3
 今回は、平家の栄枯盛衰を女性たちの視点から描いた小説を紹介します。

☆女人平家 上
 著者=吉屋信子 発行=角川書店・角川文庫

内容(「BOOK」データベースより)
 牡丹の花が今を盛りと咲き誇る平家六波羅邸―。平家の嫡男平清盛は、牡丹園のほとりで1人の娘に会い、見初めた。兵部権大輔平時信の娘時子である。清盛に後妻として嫁した時子は、先妻の子重盛をはじめ、異腹の子供たちも皆邸に引き取り、自分の子同様大切に育てた。男の子たちは平家軍団の根拠地で武士に、女の子たちは西八条の私邸で雅な姫たちに―。慈母観音のような時子ではあったが…。時子と6人の姫たちをめぐって物語は展開する。

☆女人平家 下
 著者=吉屋信子 発行=角川書店・角川文庫  

内容(「BOOK」データベースより)
 西八条の私邸で大切に育てられた6人の姫たちは、平家のために政略的な結婚を余儀なくされ、それぞれ権門に嫁していく。その頂点が徳子の入内であった。その陰には、大江広元への淡い恋を秘めながら、帝の目に止まるのを恐れて他家へ嫁がせられた異腹の娘佑子の悲劇があった。やがて徳子は男子を生み、安徳帝となり、清盛の栄華は極まったかに見えたが…。滅びへと向かう平家の歴史を、清盛の妻時子と6人の姫たちを通して描く。

*この本は、朝日新聞社からも発行されていましたが、現在ではいずれも絶版になっているようです。興味を持たれた方、図書館か古書店を当たってみて下さい。

 タイトル通り、平家の栄枯盛衰を清盛の妻時子と、娘たちの視点から描いた小説です。

 清盛の娘のうち、最も有名なのは高倉天皇に入内し、安徳天皇をもうけた徳子(建礼門院)だと思いますが、この小説で中心となっているのは、藤原隆房室となった佑子と、藤原信隆室となった典子です。2人とも史料にはほとんど記載されていないと思いますので、小説で描かれている事項の多くは作者のフィクションと思われます。でも、筋運びがとてもうまいなと思いましたので、少々ネタバレになりますが、この2人について書かせていただきますね。
 なおこの小説、私は20年前に読んだことがあり、今回は再読でした。それで、20年前と較べて違った感想を抱いた部分もあったので、そのあたりも書いてみます。

 佑子は、清盛の脇腹の娘で、わけあって生後間もなく尼寺に預けられ、9歳の時、それを哀れに思った時子に引き取られ、西八条の邸に連れてこられます。
 美貌で頭の良い佑子は周りを感心させ、姫たちの家庭教師だった世尊寺伊行の推薦で秀才の誉れの高い大江広元が、彼女の漢学の師として招かれます。
 やがて2人は密かに恋し合い、将来を誓い合うようになるのですが、佑子はある日、西八条に行幸した高倉天皇の目に止まってしまいます。高倉天皇に入内させるのは正妻時子の生んだ徳子という周りの思惑、藤原隆房の佑子への執心などが重なり、佑子は無理やり広元への思いを断ち切られ、隆房に嫁がされます。この部分は読んでいてとても辛かったです。

 佑子の婚約を聞いた広元も失意の底に突き落とされます。しかし彼は、親友が源頼朝の乳母の縁者であったことからそのいとこを妻に娶り、頼朝に将来を賭けようと決心、やがて源平合戦が勃発すると鎌倉を本拠とした頼朝に招かれ、京を去ります。つまり、平家から見ると敵方へ行ってしまったわけです。

 20年前に読んだときは、佑子の恋人を後に鎌倉幕府の政務官となる大江広元を持ってきた筋運びのうまさに感心し、ラストの2人の再会にも感動しました。
 今回ももちろん、そのあたりに感動はしたのですが、新しい道を選び取ることによって失恋の悲しみを克服した広元に較べ、佑子がかわいそうだと思いました。どうしても愛せない夫と連れ添い、広元への思いと悲しみを胸に秘め、流されるままに生きるしかなかったのですから…。
 それと、隆房が悪く書かれすぎ…。実際の彼は平家の公達からも信用があり、後に『平家公達草紙』を書くことになる教養人なのです。

 実はこの小説、40年以上前にドラマ化されていて、最近もBSで再放送されたそうです。我が家はBS契約をしていないので見ていませんが、ご覧になった方もいらっしゃると思います。
 それで、twitterでも話題になり、ドラマについてのツイートをまとめて下さった方もいらっしゃって、私も少し読ませていただきました。
 ツイートを拝見した限り、ドラマは原作に忠実に作られているようです。その中で、「ラストに広元との恋に心の整理がついた佑子がその後、隆房と仲良く暮らし、隆房は平家の人たちへの思い出を胸に『平家公達草紙』を書いたと思いたい」と書いていた方がいらっしゃいました。私も全く同感です。

 佑子についてはこのくらいにし、典子の方に話を移しますね。

 典子は時子の末娘で甘やかされて育てられるのですが、突如西八条に引き取られた佑子に感化され、彼女を慕うようになります。思ったことを率直に何でも言い、怖い者知らずのわがままな姫です。

 そんな典子の婿は普通の公達では無理だと周囲は判断し、選ばれたのは30歳以上年上の藤原信隆でした。2人は一子をもうけ、仲睦まじく暮らしていたのですが、結婚生活は短く、やがて信隆は世を去ります。でも、優しい継子の信清や殖子に「母上」と大事にされ、典子は安定した暮らしを送っていました。
 ところが、殖子は高倉天皇に見初められ、守貞親王と尊成親王をもうけます。高倉天皇の中宮は典子の姉、徳子なので、典子は複雑な立場に置かれることになります。
 更に木曾義仲の軍が京に近づくと平家は徳子の生んだ安徳天皇を奉じて都落ち、密かに比叡山に登って都落ちを逃れた後白河院は新しい帝を立てます。その新帝こそ、殖子の生んだ尊成親王(後鳥羽天皇)だったのでした。都落ちした安徳天皇の叔母でありながら、新帝の継祖母となってしまった典子の立場はいよいよ複雑なものとなり、彼女は色々悩むようになりますが、悩みながら大きく成長していきます。そして、平家の滅亡も冷静に受け止めるのです。末っ子でわがままだった典子が立派な女性に成長していく、このあたりも小説の大きな読みどころだと思います。

 以上、佑子と典子について述べてきましたが、小説にはその他、多様な人物が登場します。時子と清盛の新婚時代とか、佑子に献身的に仕える乳母、汐戸の一家の物語など、様々なドラマが描かれています。
 悲恋や平家の滅亡など、重い内容の話が多いのですが、時にはほっとさせられるほほえましいエピソードも挟まれています。何より小説のラストの典子の一言「平家は女人によって今でも滅びませぬ。」は明るい希望を与えてくれます。読み応えのある長編歴史小説だと思います。

☆コメントを下さる方は掲示板へお願いいたします。
トップページへ

春の夜の夢の如く ~新平家公達草紙~

2013-06-02 20:23:43 | 図書室3
 今回は、源平時代を扱った小説を紹介いたします。

☆春の夜の夢の如く ~新平家公達草紙~
著者=篠 綾子 発行=健友館

内容(「MARC」データベースより)
 うたかたの如く消えた平家一門の栄華と悲哀と平家公達の恋を織りまぜて描く。「平家公達草紙」の作者と想定されている藤原隆房を軸にした小説。

*すでに絶版になっています。ご興味を持たれた方、図書館か古書店を当たってみて下さい。

 藤原隆房というと、20代の頃に読んだ吉屋信子さんの「女人平家」(とても面白い小説でした、念のため)での悪役イメージが強く、長いこと、あまり良い印象を持っていませんでした。
 でも、平家の公達の華やかな様子を描いた「平家公達草紙」の作者と想定され、出家後の建礼門院徳子にも援助をするなど、実際は親平家派の人物であったことを知り、彼を主人公にしたこの小説を読んでみたいとずっと思っていました。そしてようやく、図書館から借りて読むことが出来ましたので、こちらで紹介させていただきたいと思います。

 この小説は、藤原隆房と、平家の公達の交流を、激動の源平時代を背景に描いたものです。
 「婿入りするなら平家」とずっと思っていた隆房は、清盛の娘、典子と結婚します。ところがその直後、隆房は典子の姉の美しい姿をかいま見て、たちまち恋に落ちてしまいます。その女性こそ、高倉天皇への入内が決まっていた徳子だったのでした。物語は、隆房の徳子へのかなわぬ恋を軸に展開していきます。

 上の方でも述べたように、隆房は平家の様々な人々と交流するのですが、その中でも特に心を通わすのが重衡です。2人の出会いの場面からドラマティックでしたし、重衡が一ノ谷で捕らえられたあと、隆房と再会するシーンも感動的でした。。
 ネタバレになるので詳しくは書けませんが、隆房の徳子へのかなわぬ思いが、この小説では彼女と双子ということになっている重衡に向かっていくのです。そして隆房の徳子への思いが小督の事件へとつながっていくストーリー展開、なるほど、こういうとらえ方も出来るのねと納得でした。

 もちろん、「平家公達草紙」の中のエピソードも小説の中に盛り込まれていますので、平家の貴族としての姿を充分堪能することが出来ます。ラストシーンも、目の前に情景がぱっと広がっていくようでとてもきれいでした。楽しくしみじみと読むことが出来た1冊でした。


☆主な登場人物紹介

藤原隆房
 主人公。平凡な好青年だが、時と場合によっては感情が抑えられなくなるときがある。*「私はこの草紙を書くために生まれてきた」というせりふが印象的でした。

平 典子
 清盛の娘で隆房の妻。おとなしい性格だが、自分をはっきり主張するところもある。家族思い。

平 徳子
 高倉天皇の中宮。典子の姉。美しく優しい性格。

平 重衡
 徳子の双子の弟。ユーモラスで人を楽しませる明るいところと、平家のためには手段を選ばない冷徹なところを併せ持つ。隆房とちょっと怪しい関係にも…。*この小説での重衡さん、とても魅力的で、登場するたびにわくわくしました。隆房とのBLっぽいシーンにもどきどき。

平 維盛
 重盛の嫡男。美しくて心の優しい貴公子。気が小さく、政略や戦が苦手。

小督
 隆房の恋人だったが別れ、内裏で女房勤めをするうちに高倉天皇に見初められるが…。

☆舞台となっている年代
 嘉応二年(1170)~文治二年(1186)

☆コメントを下さる方は掲示板へお願いいたします。
トップページへ

愛と野望 源氏物語絵巻を描いた女たち

2013-05-23 10:12:32 | 図書室3
 最近読んだ、院政期の宮廷社会と庶民たちの生活を生き生きと描いた小説を紹介いたします。

☆愛と野望 源氏物語絵巻を描いた女たち 上巻
 著者=長谷川美智子 発行=文芸社 価格=1575円

内容紹介
 時の最高権力者・白河法皇の財力のもとに、鳥羽天皇后璋子(たまこ)は「源氏物語絵巻」制作を下命する。絵巻制作プロジェクトに抜擢された若手の絵師あかねは、仲間たちと研鑽を積むが、彼女とその恋人には隠された出生の秘密があった。璋子の意図するものは何であったのか。複雑に絡み合う人間模様と絵師たちの心意気を描く歴史ファンタジー。

☆愛と野望 源氏物語絵巻を描いた女たち 下巻
 著者=長谷川美智子 発行=文芸社 価格=1575円

内容紹介
陰謀が渦巻く貴族社会は足元から崩壊しつつあった。迫り来る武士たちの雄叫びのなか、「絵巻」はいずこへ。七年の歳月と心血を注いでの完成は波瀾への旅立ちでもあったのだ。絵師たちが命を吹き込んだ作品は、その後、様々な人の手を経て現代に受け継がれてきた。千年の流転の果てに私たちの前に姿を現した「源氏物語絵巻」に捧げる歴史ファンタジー。


 この小説は、40歳くらいの絵師の男が、羅城門で立派な衣装にくるまれた女の赤児を拾うところから始まります。彼女は「あかね」と名づけられて、絵師の娘として育ち、長じて育ての父親と同じ絵師となります。

 ちょうどその頃、鳥羽天皇中宮璋子が顕仁親王を出産します。顕仁親王誕生を祝い、璋子とその養父であり恋人でもある白河法皇は、源氏物語絵巻を作ることを計画し、準備に取りかかります。
 あかねはかつて、璋子に絵の手ほどきをしたことがあり、璋子もあかねの源氏絵を気に入っていたので、彼女は源氏物語絵巻制作プロジェクトに抜擢されます。すでにあかねは父を失い、夫は仕事のため飛騨に行く途中に行方不明になっていたため、「私は千年のちまで残るような素晴らしい絵巻を作るという道を歩こう」と決心するのでしたが。…

 以上が、この小説の序盤のあらすじです。

 読んだ感想ですが、史実とフィクションが非常にうまく融合しているという印象を受けました。登場する歴史上の人物も藤原璋子や白河法皇、源有仁、藤原忠実など多彩ですし、個性的なオリキャラも多数登場します。

 紹介文にもありますが、あかねとその恋人には出生の秘密がありました。それが、この小説の大きなテーマになっています。あかねの真の両親は誰なのか、恋人との運命はどうなるのか、最後まではらはらさせられました。

 それともう一つの大きなテーマは、璋子と白河法皇の関係です。
 この時代を扱った多くの小説がそうですが、この小説も、顕仁親王は白河法皇の子ということになっていました。しかも宮廷のほとんどの人がその事実を知っていました。そしてそのことが、保元・平治の乱へとつながっていくのです。
 璋子は無邪気ともしたたかとも取れる性格の女性に描かれていて、昨年の大河ドラマ「平清盛」の璋子を彷彿とさせられました。

 あと面白いなあと思ったのは、璋子は源氏物語絵巻」を「女の物語」と考えているのに対し、皇位から遠ざけられてしまった輔仁親王の子である源有仁は、「女三宮と柏木の密通を絵巻にし、顕仁親王が正統な皇統ではないと告発する」と考えているところ、立場の違いなのでしょうね。

 そして最後に思ったことは、「この小説で描いているように璋子と関係を持ったり、あちらこちらで子を作っていたのが事実としたら、白河法皇ってやっぱり罪な御方」ということ、そして、絵巻の残りはいったいどこに行ってしまったのかということです。やっぱり源平合戦や応仁の乱、たびたびの火災で焼けてしまったのでしょうか。少し余韻の残る読後感でした。

 ただ難点は、最後の章が少し駆け足になってしまっていたこと、でも、次にどうなるかと気になり、上下2巻を二日で読み切りました。怪しげな陰陽師(この人が物語全体の大きな鍵を握っていたのですが)が出て来るなど、オカルト的、ファンタジー的なところもあり、文章も読みやすく個人的にはかなりお薦めです。

☆コメントを下さる方は掲示板へお願いいたします。
トップページへ