久しぶりに古代史小説が読みたくなり、この本を再読してみました。
☆裸足の皇女
著者=永井路子 発行=文芸春秋
内容(「BOOK」データベースより)
曽我赤兄を祖父にもつ、天智帝の皇女山辺は大津皇子と結ばれる。まさに皇后の座にいま一歩―。古代の朝廷に渦まく熾烈な権力争いと、奔放な恋の顛末を描き出した9篇の小説。
*画像は、私が所持している単行本ですが、現在では単行本・文庫版ともに絶版のようです。興味を持たれた方、図書館か古書店を当たってみて下さい。
では、この本に収められている9篇の短編と簡単な内容を紹介します。なお、☆以降はえりかによる一言感想です。
冬の夜、じいの物語
冬の夜に、白橿のじいが、姪の娘に当たる亜香女に語る昔物語。白橿のじいは若い頃、蘇我稲目の邸に仕える奴だった。蘇我稲目には、欽明大王の妃になった娘、堅塩媛と小姉君がいたが、堅塩媛の子供たちは大王位についたりして優遇されているが、小姉君の子供たちはなぜか悲運の人生を送った。この小説は、白橿のじいと亜香女の会話によって、そのあたりの謎に迫ったものである。
☆白橿のじいと亜香女の会話が次第に緊迫感を帯びてきてスリルを感じました。それにしても古代史はわからないことが多いですね。
裸足の皇女
天武天皇の崩御の直後、謀反の疑いをかけられて非業の最期を遂げた大津皇子の妃、山辺皇女の生涯を、父天智天皇の崩御、壬申の乱、その後に続く祖父、蘇我赤兄の流罪などの歴史事項と絡ませて描いた小説。
☆この小説に出てくる大津皇子、私のイメージとはちょっと違っていました。彼はもう少し、影のある人物だと思うのですよね。それと、皇女の乳母、胡奈女が怖かったです。彼女は有間皇子の恋人だったのかしら?こんな風に、ちょっとミステリーっぽいですし、山辺皇女の心の動きが詳細に描かれていて面白かったです。裏切り者というイメージのあった蘇我赤兄の人間的な一面もかいま見られました。
殯の庭
天武天皇と藤原鎌足の娘、五百重娘との間に生まれた新田部皇子の生涯を、様々な人々と絡ませながら描いた小説。
☆父帝のモガリで兄たちの様々な言動を耳にし、世の中のことを少しずつ知っていく様子、母方のおじに当たる藤原不比等や、不比等と母との間に生まれた藤原麻呂への愛憎の入り交じった複雑な思い。色々なことを見聞しながら、自分の進むべき道を見つけていく新田部皇子の心の動きがとても面白いです。彼の周りの人たちも魅力的に描かれているので、短編ながらとても読み応えある作品だと思いました。当時の同母兄弟の結びつきの強さ、異母兄弟の結びつきの稀薄さも感じられます。
*以下四編は、大伴坂上郎女を主人公にした小説です。
恋の奴
大伴坂上郎女の最初の夫は、天武天皇の皇子、穂積皇子。そして穂積皇子は過去に、高市皇子の妃になっていた但馬皇女と許されぬ恋をした経験があった。そのことを異母兄の大伴宿奈麻呂から聞かされた郎女は、皇子が遠くに行ってしまうような寂しい気持ちを味わうのだが…。
☆若い郎女を静かに恋している穂積皇子と、やはり郎女を暖かく見守っている宿奈麻呂、二人とも素敵です。郎女がこれからどうなるのか、先が気になります。引用されている「万葉集」に収められた穂積皇子と但馬皇女の歌もいいですね。
黒馬の来る夜
次に郎女の夫になったのは藤原不比等の四男、藤原麻呂だった。しかし宿奈麻呂は、この結婚には反対のようだ。そして間もなく、麻呂の訪れはまれになり、郎女と宿奈麻呂はついに結ばれることになる…。
☆もう一人の異母兄、大伴旅人が郎女の結婚に賛成した理由は、「これを機に大伴の家が権力者、藤原氏に近づけるかもしれないという思わくがあったのですね。それに対して、郎女をひそかに恋している宿奈麻呂は、ただ郎女の幸せのことだけを考えて反対したような気がします。それと、ところどころに郎女の歌が引用されていたところが興味深かったです。
水城相聞
郎女が宿奈麻呂と結ばれて数年後、もう一人の異母兄で大宰帥となっていた旅人の妻が亡くなり、郎女が主婦替わりに太宰府に呼ばれたため、彼女は奈良の都からはるばる九州に旅することとなる。そこで彼女が出会ったのは、旅人の部下の大伴百代だった。
☆初めは鈍感で実直すぎる百代にいらいらしていた郎女が、突然彼を恋してしまうところがとても面白いです。旅人の描き方や、太宰府を舞台にしているところも新鮮ですし、短いながらとても読み応えある作品だと思います。
古りにしを
九州から奈良に戻った郎女、しかし彼女を待ち受けていたものは…。万葉の女流歌人を描く四部作、完結編。
☆郎女のその後の生涯を、藤原四兄弟の死、それに続く聖武天皇の都移りなどの歴史事項も織り込みながら描いた作品です。宿奈麻呂が大津皇子と草壁皇子に同時に愛された石川郎女と恋仲だったという事実には驚かされます。それを知ったときの郎女の複雑な心の内がリアルに描かれていて心に迫ってきます。また、郎女が娘に変わって読んだ情熱的な歌も感動的です。
火の恋
高級の蔵部に使える女嬬、狭野弟上娘子と下級官人、中富宅守との許されぬ恋。だが、二人は人目を忍んで逢瀬を重ねた。しかし、宅守の父、東人が大伴子虫に殺されたことをきっかけに、二人の恋は露見してしまう。娘子は女嬬を解かれ、宅守は女嬬と密通した罪で越前に流されてしまう。離ればなれになった二人は情熱的な恋の歌を取り交わすことになるが、やがて娘子は若くしてこの世を去る。
☆女嬬というのは天皇に捧げられた聖女、つまり他の男と口をきいてはいけない、歌を取り交わしてもいけないという決まりになっていました。娘子はあえてその禁忌を破り、宅守との秘めた恋の道を選んだのです。そして娘子は女嬬を解かれて初めて、堂々と宅守との恋の歌を詠むことができるようになったのでした。
娘子がもう少し長く生きていたら、罪を許されて都に帰ってきた宅守と幸せになれたでしょう。しかし、その望みはかないませんでした。それでも娘子は、自分の人生に悔いはなかったと思います。
妖壷招福
菅原清公の下級従者として遣唐船で唐にやってきた登紀麿は、博多に住む水手、川樫からもらった砂金で玻璃壷を買う。彼は川樫の美しい娘、泉女に恋いこがれており、この壺を使って泉女を手に入れようと考えていたが…。
☆この小説は、福岡市の鴻艫館跡から発掘されたガラス瓶の破片から想像をふくらませた話なのだそうです。(作者あとがきより)
私は、平成2年に福岡を訪れたことがあるのですが、その時にたまたま鴻艫館跡の発掘現場の前を歩いて通りました。その時、「ここがこの小説のモデルとなったガラス瓶の破片が発掘されたところなのね」とわくわくしたのを思い出します。庶民の目で見た遣唐使派遣を描いたという点でも面白いと思います。延暦寺を開いた最澄もちらっと登場しますよ。
以上、蘇我稲目の時代から平安初期までをあつかった9篇の短編が収められています。
この本で最も圧巻なのは私見的には、大伴坂上郎女を主人公にした4部作だと思います。
大伴安麻呂の娘で、家持の叔母・姑にも当たる大伴坂上郎女は、「万葉集」に短歌77首、長歌6首、旋頭歌1首が収められている女流歌人です。最初、穂積皇子(天武天皇皇子)に嫁し、その死後には藤原麻呂(藤原不比等四男)の妻となり、続いて異母兄の大伴宿奈麻呂の妻となって二人の娘をもうける…といった、なかなかドラマティックな生涯を送った女性です。
「恋の奴」以下の四編は、そんな彼女の生涯が「万葉集」に収められた歌を引用しながら描かれています。四編を通して読むと、彼女の波瀾の人生と当時の歴史が鮮やかに浮かび上がってきます。
ちなみに…、私は彼女の歌の中では「来むと言ふも 来ぬ時あるも 来じと言ふも 来むとは待たじ 来じと言ふものを」が好きですが、これは麻呂に送ったものだそうです。「来ると言って来ないあなたですもの。来ないと言うならもしかしてくるかしら?いいえ、来ないに決まっているわ。来ないって言っているのですもの」という意味です。
あと、今回再読してみて感動したのが、同じく「万葉集」の歌を題材にした「火の恋」です。思わず上で力の入った感想を書いてしまいました。
もちろん、その他の物語も骨格がしっかりしていて、どれも読み応えがあると思います。
そして、「裸足の皇女」から「火の恋」までは、壬申の乱から奈良時代中期頃までの物語がほぼ年代順に並べられていると共に、各話の登場人物に関連性があるので、それを楽しむのも一興です。「裸足の皇女」の山辺皇女と「恋の奴」の穂積み皇子は、同じ蘇我赤兄の孫ですし、「殯の庭」の藤原麻呂は「黒馬の来る夜」」でも登場してきます。歴史というものはつながっているのだと実感できます。
ぜひこの本で、古代の世界を堪能してみて下さい。
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