平安夢柔話

いらっしゃいませ(^^)
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陽成上皇、源融の別荘を襲う

2013-06-30 20:25:34 | 妄想ショートストーリー
 今日は、宇多天皇の行幸の日。晴れ渡った空のした、天皇を乗せた牛車が都大路を進んでゆく。

 牛車の中。

天皇の従者:こちらを曲がると陽成院の前です。上皇さまの宮の前を通るのは恐れ多いと存じますが…。
宇多天皇:上皇の宮だろうとかまわぬ。通れ、通れ。
天皇の従者:かしこまりました。

 こちらは陽成院。陽成上皇が庭から通りを眺めている。そこに宇多天皇の行幸の牛車。

陽成上皇:俺は認めないぞ。源定省はかつては俺の臣下だった。だから避けて通れ!
 しかし、牛車は堂々と陽成院の前を通り過ぎていく。

陽成上皇:定省め~。少しこらしめてやる。
上皇の従者: まさか、内裏を襲うのですか?

 この頃、陽成上皇は摂津国にあった備後守藤原氏助の邸を襲ったり、六条の家人の家に乱入したりしていた。

陽成上皇:その通り。明日にでも決行するぞ。
上皇の従者:それだけはおやめ下さいませ!
陽成上皇:なぜだ?俺は上皇だぞ。あいつは帝にあらず、俺の臣下だ。明日、内裏を襲う。よく覚えておけ。

 翌日。

上皇の従者:上皇さま、どうかお考え直し下さいませ。お気持ちはわかりますが、いくら昔は臣下だったとしても相手は帝です。備後守や六条の家人とは違います。これが明るみになったら、ここに住むことが出来なくなるかもしれません。
陽成上皇:(少し首をひねり)そうだなあ。俺も一晩頭を冷やしたら、内裏を襲うのはちょっとまずいなあと思った。しかし俺は馬を乗り回し、どこかの邸を襲いたくてたまらぬ。

 陽成上皇、ほおづえをつき、少し考えている様子。そしてぱっと手を打つ。

陽成上皇:宇治の左大臣源融の別荘が良い。俺が退位させられたあと、あいつめ、臣下のくせに天皇に立候補したそうだ。これは仕返しだ。それに、たとえ俺が左大臣の別荘を襲っても、気の弱い定省め、俺の上皇の称号を取り上げることも流罪にも出来まい。さあ、行くぞ!

 陽成上皇と五、六人の従者、馬で宇治の源融の別荘へ。

陽成上皇:さあ、やっちまえ!

 陽成上皇と従者たち、塀を壊し、中に乱入すると、留守番をしていた融の従者たちを縛り上げ、。建物の一部を壊す。

陽成上皇:融は金持ちだ。金銀財宝はないか?
従者:残念ながら見あたりません。
陽成上皇:それなら仕方がない。これで俺の気は済んだ。融の従者を解放してやれ。まだ馬には乗り足らないから帰りは遠回りして帰るぞ。

 陽成上皇の従者たち、融の従者たちを縛っていた縄を解く。そしてそれぞれ馬に乗り、別荘を去り、山野を駆け回る。


 河原院

 融、陸奥の塩竈の景色を映し出した庭を満足そうに眺めている。

融:私は幸せだ。こんな風流な庭を造り、都にいながら陸奥に行った気分を味わえるとは。これでこの国の帝になることが出来ていたら、言うことないのになあ。まあ、それは贅沢というものか。

 突然、従者が息を切らして駆け込んでくる。

融の従者:殿、大変です!う、宇治の別荘が……、宇治の別荘が上皇に襲われました。
融:(思わず立ち上がり)何と!

 融の従者、上皇が別荘を襲ったときの顛末を話す。

融の従者:幸い、塀と建物の一部が壊されただけで、盗まれた物もなく、けが人もいないそうでございます。
融:しかし、このことは捨てておけぬ。私は帝に訴えて出る。


 内裏。

 融と宇多天皇が向かい合っている。

融:上皇は悪行を重ね、人民を恐れさせております。悪の極みです。左大臣である私の別荘が襲われた以上、もう放ってはおけません。皇族の流罪は先例もございます。上皇の尊号を廃し、淡路国あたりに流罪にしてはどうかと存じます。

 宇多天皇、腕組みをして何か考えている。しばらくして口を開く。

宇多天皇:左大臣、私は正統な帝なのだろうか?
融:(びっくりして)な・何をおっしゃいます。あなたさまは光孝の帝のれっきとした皇子、誰が何と言おうと帝ではございませんか。
宇多天皇:(鋭い口調で)それはそなたの本心か?

 融、びっくりして少し後ずさりする。

宇多天皇:私は一度臣籍に下っておる。しかも、上皇が位についていたときの侍従をやっていたこともあるのだ。年齢も一つ違いだ。はっきり言って私は上皇には対抗意識がある。だから先日の行幸の際も、陽成院の前を堂々と通った。しかし上皇はきっと、臣下から帝になった私に私が思っている以上の敵対心を持っているに違いないのだ。

融:(黙っている)

宇多天皇:左大臣も元々嵯峨の帝の皇子、上皇が譲位したとき、天皇に立候補したそうだな。本心ではここに座っているのは自分なのにと思っているのではないのか?

融:そ・そんな…。

宇多天皇:上皇は先日の私の行幸の態度が気に入らなかったのであろう。本当は内裏を襲おうと計画していた、でもそれは差し支えあるからと誰かに止められたのであろう。その代わり、左大臣の別荘が襲われてしまったのだろうな。すまないことだ。

融:もったいないことで…。

宇多天皇:上皇の尊号を廃し、流罪にすることは簡単だが、それでは角が立つ。そなたの別荘の修理は上皇方に命ずるが、他にはおとがめはないものとする。行幸の時、陽成院の前を堂々と通ったのは私の失敗だった。これからは、もう少し上皇に気を遣うことにしよう。

融:しかし、それではまた、上皇は悪行を重ねます。

宇多天皇:そなたの別荘を襲ったことで、上皇も少しは気がすんだのではないかな。大丈夫だ。私も色々考えていることがあるのだ。

 融が退出したあと。

宇多天皇:(心の中で)上皇の尊号を廃したりするのではなく、上皇の取り巻きの勢力を縮小した方がよさそうだ。上皇の母后が、東光寺の僧と密通している噂があるらしい。これを利用して、母后の皇太后の称号を奪ってしまうというのが一番賢明なやり方かもしれない。このままだと皇太后のもう一人の皇子、貞保親王を担ぎ出す勢力も出てくるかもしれないのだ。それを阻止し、我が子にこの玉座を伝えるためにも…。
 でも今はそれはやるまい。しかし時期が来たらきっと…。

*この文章は一部史実と逸話をもとにしていますが、ほとんど私のフィクションです。ご了承下さい。

☆登場人物紹介

 陽成上皇
 第57代天皇。藤原基経によって17歳で退位させられ、82歳で崩御するまで上皇として過ごす。宇多天皇に対抗意識を持つ。

 宇多天皇
 第59代天皇。光孝天皇の皇子。一度臣籍に降下し「源定省」と名乗っていたがその後即位する。陽成上皇より一つ年上。

源融
 嵯峨天皇の皇子。臣籍に降下し最終的には左大臣となる。六条に広大な河原院を築き、「河原左大臣」と称される。*「晩秋の京都へ」枳殻邸(渉成園)河原院のおもかげを伝える京都の庭園の旅行記。源融を簡単に紹介してあります。

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一条天皇と猫の命婦

2013-05-26 19:19:32 | 妄想ショートストーリー
 内裏、几帳の蔭で一条天皇が笛を吹いている。

 突然、笛を吹くのを辞める一条天皇。几帳の中に1匹の猫が入ってくる。猫は嬉しそうに「ニャー」と鳴きながら、一条天皇の膝の上に乗る。
一条:おお、命婦。かわいいなあ。

 猫の命婦、嬉しそうに喉をゴロゴロ鳴らす。

一条:私はそなたに五位の位を与えてやった。位をもらった猫など、古今東西探してもそなただけしかいるまい。

 一条天皇はにこにこしながら命婦の背中を撫でる。

 突然、命婦が膝から降り、周りをきょろきょろ見回す。そして再び膝の上に乗り、顔をこすりつけて一条天皇の手をペロペロなめ、「アー」とかすれた声で鳴く。

一条:おや?そなた、おなかが空いているのではないのか?

 ちょうどその時、藤三位が通りかかる。一条天皇、鈴を鳴らして藤三位を呼ぶ。

藤三位:主上、何でございましょう?
一条:命婦がおなかを空かせているようだ。何か食べる物を持ってきてくれないか。
藤三位:かしこまりました。でも、変ですね。命婦のお食事は橘三位にお願いしてあったはずですのに。

 藤三位、心の中で、「橘三位、本当に気の利かない女」と思いながら局を出て行く。

 やがて命婦のもとに干し魚と水が運ばれてくる。命婦は目を輝かせ、一心不乱で食べている。
 やがて食事を終えた命婦、満足そうに「ギャー」と大きな声で鳴く。そして局の中を走り回る。そのうちぴょんと飛び上がり、几帳の上に乗ってしまう。そして几帳の上を歩いている。

一条:(几帳の上を歩いている命婦を見ながら)ははあ、うまいものだなあ。

 突然、命婦がバランスを崩して足を踏み外し、几帳の上から落ちる。一条天皇、びっくりして息を飲む。一瞬の後、命婦は一条天皇の前に四つ足で立っている。

一条:(命婦を抱きしめ)大丈夫か?怪我はないか?

 命婦はしっぽを振り、再び局の中を走り回る。

一条: ああ、良かった~。

 命婦、三度一条天皇の膝の上に乗り、膝の上でくるっと丸くなる。

一条:(命婦を撫でながら)本当にそなたはかわいい。ずっと元気でいてくれよ。

(登場人物紹介)
一条天皇
 第66代天皇。猫好き。

☆命婦
 一条天皇から五位の位を授かった猫。

☆藤三位
 一条天皇の乳母。平惟仲の妻。周辺人物、橘三位との関係については当ブログ内の「こちらの記事」参照。

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