平安夢柔話

いらっしゃいませ(^^)
管理人えりかの趣味のページ。歴史・平安文学・旅行記・音楽、日常などについて書いています。

王朝文学入門

2019-10-05 09:52:24 | 図書室2
 今回は最近読んだ平安文学関連の本を紹介します。

☆王朝文学入門(角川選書 489) 
 著者=川村裕子 発行=角川学芸出版 価格=1760円

本の内容紹介
 『源氏物語』や『枕草子』などの物語・エッセイ、『土佐日記』『蜻蛉日記』などの日記文学を中心に、ジャンルごと・年代順に主要王朝作品を総まくり。あらすじ、各作品の特徴・ポイントを初心者にもわかりやすく解説。千年も前の世界の人々が、私たちと同じように悩み、愛し、苦しむ姿を捉えた文学の魅力に迫る。王朝文学の全体像を知るための入門書の決定版。作品世界の理解を助ける便利な「楽しい王朝文化ミニ辞典」付き。

〈目次〉
はじめに―王朝文学の扉を開けて
1 夢を追いかけて―物語とエッセイ(物語の親―『竹取物語』
王朝の音色物語―『うつほ物語』 ほか)
2 自分をみつめて―憂愁の日記文学(海に漂うせつない思い―『土佐日記』
絶望を超えて―『蜻蛉日記』 ほか)
3 楽しい王朝文化ミニ事典(王朝の社会生活(官職、年中行事)
王朝の通過儀礼(元服、裳着、結婚、葬儀) ほか)

 専門の先生が平安時代の古典を物語・エッセーと日記文学に分け、時代順にわかりやすく紹介した1冊です。
 紹介されている古典は、竹取物語・うつほ物語・落窪物語・伊勢物語・大和物語・源氏物語・枕草子・土佐日記・蜻蛉日記・和泉式部日記・紫式部日記・更級日記です。この手の本にはあまり紹介されていない、「うつほ物語」「大和物語」が取り上げられているのに惹かれたことと、川村先生の本は以前にも読んだことがあり、文章がわかりやすくてとても好感をもっていたので、手に取ってみたのでした。

 で、「王朝文学入門」というからには簡単な入門書なのかな?とおもいきや、かなりマニアックな詳しいこと、今までとは違った視点からの古典の読みどころなどが書いてあって、新しい発見がたくさんありました。以下、少しですがそのあたりのことを書いてみます。
*この本は、視覚障害者用ネット図書館「サピエ図書館」からダウンロードした音声データで読ませていただきました。そのため、本文中に使われている漢字などは調べられなかったため、引用箇所で本文とは違った漢字を使用している可能性があります。どうかご了承下さい。

☆竹取物語の「三」というキーワード
 竹の中から発見されたときの姫の身長は三寸、姫は三ヶ月で大人になった。「なよたけのかぐや姫」と名づけられたときの宴会は三日続いた。
 更に、かぐや姫に求婚した五人の貴公子ですが、最初の三人とあとの二人には大きな違いがあるというのです。
 つまり石作皇子、車持皇子、阿倍ご主人は偽の宝物を作ったり探させたりしているのに対し、大伴御行と石上麻呂は自分で命がけで探しに行っているのですよね。
 そのため、元の竹取物語は最初の三人だけで、跡から二人、つけ加えられたという説が生まれたのだそうです。これは知らなかったです。

☆更級日記の作者の夢 
 更級日記は原稿用紙百枚程度の長さ。しかし、その中に40年以上にわたる作者・孝標女の人生が1つのテーマに沿って書かれていて、構成がとてもしっかりした作品なのだそうです。
 私は「更級日記」を何度も読んでいるのですが、この本で解説されていた、孝標女は友達が多いこと、宮仕えに夢を持っていたことには気がつきませんでした。
 特に宮仕えについて。孝標女は32歳頃に後朱雀天皇の皇女、祐子内親王の許に宮仕えに出るのですが、翌年に結婚し、常勤の宮仕えからパートの宮仕えになってしまうのです。それで満足していたと思っていたのですが、日記のラスト近く、夫の死の記事のあとにこんな文章があったことに、この「王朝文学入門」で気づかされました。以下、この本に書かれていた現代語訳を引用します。

引用開始 ー
 長年、天照大神をお祈り申し上げなさいと見てきた夢については、高貴な方の御乳母さまとなり、宮中あたりにお仕えして、天王や皇后のご恩恵に預かるだろう、と、夢解きがいつも判断していたのです。
      ー引用終了

 結局、この夢解きの予言は当たりませんでしたが、孝標女はいつもこの予言を心のかてにしていた、つまり、常勤の女房となり、高貴な方の乳母になる夢を抱いていたのですよね。
このことに関しては、今年6月にNHK総合で放映された歴史秘話ヒストリア「物語に魅せられて 更級日記・平安少女の秘密」でも紹介されていましたが、いまいち根拠がわからなかったので、更級日記本文にこのようなことが書かれていたことに気づかされ、すっきりしました。いずれにしても、今までの「更級日記」の作者のおとなしくて控えめな女性というイメージが少し変わって来そうな感じがします。

 その他にも、
 「落窪物語」の、「落窪の姫の裁縫の才能、、つまり姉妹の婿君の装束を整える能力」について、落窪の姫がいなくなったあと三の君が蔵人の少将に去られてしまった理由は、彼女に装束を整える能力がなかったから。「源氏物語」の、光源氏と藤壷の間にある「閉ざされた御簾」と、柏木と女三の宮の間の「開いてしまった御簾」について、「蜻蛉日記」の、結果がわかっているのに、過去の自分の気持ちになって文章を書く能力など、「あ、そうだったのか」と思わせる記述がたくさんありました。期待していた「うつほ物語」や「大和物語」も、あらすじや要旨がよくわかって嬉しかったです。

 それから最後の章の「王朝文化ミニ事典」、古典を読む上で参考になりそうな平安時代の衣食住についての事項が完結にまとめられていました。特に装束と食べ物については、装束体験をさせて頂いたり、王朝料理を頂いたりしたときのことを思いだし、楽しく読みました。その他にも年中行事など、とても参考になりました。

 全体的に文章もわかりやすいので、これから古典を読んでみたいと思っている方にも、上で書いたようなマニアックなことも書いてあるので、たくさん読み込んでいる古典大好きな方にもオ薦めの1冊です。

☆コメントを下さる方は掲示板へお願いいたします。
トップページへ

紫式部の恋 ~「源氏物語」誕生の謎を解く

2018-06-11 10:50:31 | 図書室2
久しぶりに源氏物語関連の本の紹介です。

☆紫式部の恋 「源氏物語」誕生の謎を解く
 著者=近藤富枝 発行=河出書房新社(河出文庫) 本体価格=780円

要旨 文学史に燦然と輝く名作「源氏物語」。その誕生の裏には、作者・紫式部の知られざる恋人の姿があった…。長年、「源氏」を研究してきた著者が、推理小説のごとくスリリングに作品を読み解いていく。作品合作説から、登場人物の自殺説など、作品に新たな光をあて、さらなる物語の深みへと読者を誘う。

目次
第1章 王風競わず
第2章 作者を考える
第3章 紫式部の恋
第4章 うつりかわり
第5章 物語の構成
第6章 宇治
第7章 残んの香

 この本を初めて読んだのは2000年頃でした。
 「源氏物語」の成立過程や、登場人物のモデルのことなどが興味深く感じて、夢中になって読んだのを思い出します。

 再読は2012年の今頃でした。私はその頃、だんなさんがリハビリのために転院した病院に付き添っていたのですが、個室でバストイレがあり、食事も出して頂けるという、恵まれた環境だったし、だんなさんも快方に向かっていたので、余裕があり、入院中の4週間の間に9冊の本を読了しました。その中の1冊がこの本で、初めて読んだときと同じく、興味深く楽しく読みました。
 で、家に帰ったらブログで紹介しようと思っていたのです。しかし、介護が忙しく、そのような余裕は全くありませんでした。
 そして最近、再々読したので、紹介させて頂くことにしました。

 とにかく、この本、面白いです。
 光源氏のモデルは誰かという話から始まり、作者は誰か、1人で書いたのか合作かという考察、紫式部の生涯、源氏物語に関する考察を、著者の大胆な説も交えてわかりやすく解説されています。

 印象に残った論功について、少し書かせて頂きます。

☆「源氏物語」の主要登場人物には母がいない人物が多い。それに対して、父との結びつきが強い。特に、桐壺帝と光源氏、明石の入道と明石の上、朱雀帝と女三の宮、八の宮と大君・中の君の4組は特にその傾向が強い。また、弟がいる姉も多い。
 これは紫式部の環境と告示しているので、「源氏物語」の主要な作者は紫式部と考えて良いのではないか。

☆紫式部は幼い頃、宮仕えをしていた。その宮仕え先は父為時と親しかった具平親王の千種殿。
☆紫式部はいつの頃からか具平親王を恋するようになり、男女の関係も多少、持ったのではないか?
 そして、宮廷社会のあれこれ、漢籍や文学論などを親王から教授されており、「源氏物語」を書く上での知識となった。
 しかし、具平親王には為平親王女という立派な妻がおり、受領階級の自分は親王の正式な妻にはなれないと考え、悩んだ末、紫式部は越前守となった為時に付き従い、京を離れたのではないか。
☆紫式部は、道長の娘、彰子の許に宮仕えしたことが具平親王を中心とする「千種殿グループ」を裏切ってしまったと考え、自分を恥じていた。

☆「源氏物語」の第1部(桐壺~藤裏歯)は紫の上系と玉鬘系に分けられる。
 玉鬘系に登場する空蝉、夕顔、末摘花、玉鬘は紫の上系には全く登場しないため、最初に紫の上系の巻が書かれ、あとから玉鬘系の巻が書かれた。
そして、紫の上系は紫式部が書き、玉鬘系は合作。男性心理も書かれていることから、弟の惟規が深く関わっていたのではないか。
*惟規については、紫式部の兄説もありますが、この本では弟説を採っていました。私も弟説と考える方が自然ではないかと思っています。

 その他、「宇治の大君は自殺ではないか」とか、女三の宮が降嫁したことで悩む紫の上には、彰子が入内したときの定子が深く映し出されており、体制批判ということで道長の機嫌を損ねたのでは」など、興味深いことがたくさん書かれていました。

 さらに著者の後書きによると、源氏物語が書かれてから数十年後、、具平親王の子孫である堀河天皇が帝位に就いたり、やはり具平親王の子孫の(女原)子が後朱雀天皇の中宮に立ったり、その他にも源氏や王氏の血を引く女性が中宮や皇后に立ったりした。これは「源氏物語」の理想を実現したようなもので、「源氏物語」の魔力が現実の歴史を変えたのではと書かれていて、こちらもなるほどと思いました。

このように「源氏物語」と紫式部についての興味深い論功が満載の1冊です。お薦めです。

☆コメントを下さる方は掲示板へお願いいたします。
トップページへ

『源氏物語』の京都を歩く

2015-04-26 10:18:45 | 図書室2
 今回は、『源氏物語』の舞台を訪ねる本を紹介します。

☆『源氏物語』の京都を歩く
 著者=槇野 修 監修者=山折哲雄 発行=PHP研究所・PHP新書

内容(「BOOK」データベースより)
千年にわたって読みつがれ、今なお人びとの心を揺さぶる『源氏物語』。その主人公、光源氏や女人たちが見た平安の都の場景とは―。本書は五十四巻からなる長編のあらすじを丁寧に紹介しながら、ゆかりの寺社、庭園、風物を訪ね歩く。若き源氏が暮らした京都御所をはじめ、空蝉、夕顔、紫の上、玉鬘といった女たちとの逢瀬の場となった洛中、東山、北山、嵯峨野の名所へ…。小路から大橋、河畔、山々に至るまで、京都の風光には『物語』の気配が溶け込んでいる。カラー写真も揃え王朝絵巻が甦る源氏紀行の決定版。

目次

『源氏物語』の場景を訪ねる前に
第1章 冒頭巻の「桐壷」から「帚木」「空蝉」「夕顔」を読む(『物語』の時代背景と「京都御所」
若き源氏の恋と「京都御苑」周辺
源氏の女人彷徨と東山山ろくの寺社)
第2章 幼妻をえる「若紫」から失意の「須磨」「明石」までを読む(紫の君の登場と洛北の山寺
危険な情愛に溺れる若き源氏
源氏の光と影を映す洛外の地
『源氏物語』はどのように執筆されたのか
流離生活を余儀なくされる源氏の君)
第3章 復権の「澪標」から華麗な六条院の巻と「玉鬘十帖」を読む(政権に復活して権門家への道を歩む
『物語』の主人公が源氏の次世代に
「玉鬘十帖」にみる源氏の変容
加齢な六条院での愛の暮らし
玉鬘に悩まされる男君と女君)
第4章 『物語』の白眉「若菜上下」から次世代の巻と源氏の終末を読む(『物語』の最長編となる「若菜」の上下巻
「盈つれば虧くる」―たちこめる暗雲
光源氏の長大な物語の終焉)
終章 三世代目の巻々と「宇治十帖」の男女を読む(源氏亡きあと『物語』はなにを描く
宇治十帖と宇治の風光)

*なお、この本は現在、絶版のようですが、amazonでは中古品や電子書籍を購入できるようです。
 詳しくはこちらのページをご覧下さい。
 ↑のページからはこの本の内容、目次を引用させて頂きました。

 『源氏物語』のストーリーを追いながら、舞台となっている京都の寺社などを紹介した本。源氏物語を読みながら、京都のあちらこちらを旅行している気分になることが出来る1冊です。写真や地図も豊富でわかりやすいです。

 紹介されている場所は

 京都御所(雨夜の品定めなどの舞台となった)

 河原院跡とその周辺(夕顔が変死したなにがしの院のモデル。私はなにがしの院のモデルは千種殿だと思っているのですが、この説もしっかり紹介されていました。

 鞍馬寺(源氏が紫の上を見いだしたなにがしの寺のモデル)

 野々宮神社(源氏と六条御息所の別れの場所)

 清涼寺(源氏が造営していた嵯峨の御堂のモデル)

 仁和寺(朱雀院が出家後に住んだ西山の寺のモデル)

等々。

 その他、物語の直接の舞台にはなっていませんが、上賀茂神社、下鴨神社、清水寺、嵯峨の大覚寺、宇治の平等院なども丁寧に紹介されています。

 時には京都を飛び出し、住吉神社(明石の君と京に去った源氏が遭遇する場所)、石山寺(紫式部が『源氏物語』を執筆し始めたという伝説がある)、長谷寺(玉鬘と右近の再会の場所)も紹介されていました。

 また、『源氏物語』の成立過程や、作者複数説についても解説されています。
 私は「源氏物語」は基本的には紫式部が一人で書いたと思っています。しかし、成立過程で同僚女房たちが、「ここはこうした方がいいのでは」などと意見し合ったりして、多生他の人の創作も混じり、それを紫式部が編集した…という箇所もあったかもしれませんよね。特に玉鬘十帖や匂宮三帖などはその色が濃いかもしれません。

 それはともかくとして、この本を読むと、『源氏物語』のスケールの大きさ、舞台が今の京都市全体、さらには宇治や住吉、遠く須磨・明石、九州にまで及んでいることをひしひしと感じることが出来ます。
 そして、『源氏物語』の原文や現代語訳を読んでみたい、源氏物語の地理について、詳しく解説している本をもっと読んでみたい、さらには実際に京都に行って、物語の舞台を歩いてみたいという気持ちにさせられます。

 『源氏物語』の地理や歴史についての入門書として、この本は最適だと感じました。

☆コメントを下さる方は、掲示板へお願いいたします。
トップページへ

平安人の心で「源氏物語」を読む

2014-07-01 09:50:24 | 図書室2
 本日は、先日読み終わった古典エッセイの紹介です。

☆平安人の心で「源氏物語」を読む
 著者=山本淳子 発行=朝日新聞出版・朝日選書919 価格=1620円

商品の内容

平安貴族の意識と記憶をひもとき、リアルな宮廷社会へと読者を誘う。そこに生きた平安人と同じ心で読めば、『源氏物語』の本当の面白さが、その奥深さが見えてくる。なぜ、宮廷の女君たちは、かくも熱中したのか?平安をひもとく全六十五編!

[目次]

第1章 光源氏の前半生(一帖「桐壷」―後宮における天皇、きさきたちの愛し方
二帖「帚木」―十七歳の光源氏、人妻を盗む ほか)
第2章 光源氏の晩年(三十四帖「若菜上」前半―紫の上は正妻だったのか
三十四帖「若菜上」後半―千年前のペット愛好家たち ほか)
第3章 光源氏の没後(四十二帖「匂兵部卿」―血と汗と涙の『源氏物語』
四十三帖「紅梅」―左近の“梅”と右近の橘 ほか)
第4章 宇治十帖(四十五帖「橋姫」―乳を奪われた子、乳母子の人生
四十六帖「椎本」―親王という生き方 ほか)
第5章 番外編 深く味はふ『源氏物語』(平安人の占いスタイル
平安貴族の勤怠管理システム ほか)

 著者の山本淳子先生が、2011年から2013年にかけて朝日新聞出版から週刊で刊行された「絵巻で楽しむ源氏物語54帖」に連載されたエッセイを1冊にまとめたのがこの本です。

 内容は、「源氏物語」のそれぞれの帖のあらすじを簡単に紹介したあと、その帖に関連した平安時代の歴史、人物、生活習慣、「源氏物語」に関連した様々な情報などが合計4ページでまとめられています。なので興味の赴くまま、さくさくと読むことが出来る1冊です。

 感想を一言で言うなら、この本とても面白かったです。「源氏物語」を読んだことのある人なら誰でも知っていそうな基礎的な事柄から、かなりマニアックな話までバラエティーに富んでいて、新しい発見の連続でした。

 以下、内容の一部を紹介します。

・平安時代の寝殿造りは大きな体育館のような所にすだれや障子戸などで仕切りがしてあるだけの建物。なので話し声は筒抜け、秘密は絶対に作れない。
・光源氏と源頼朝の血筋の違いは、光源氏が一世の源氏であるのに対し、頼朝は十世の源氏。しかも源氏の父、桐壷帝が英明な帝であったのに対し、頼朝の祖、清和天皇は藤原氏に実権を握られた影の薄い帝だった。
・光源氏と朧月夜が始めて男女の契りを結んだのは2月20日過ぎ。この日は下弦の月で、2人の逢瀬の舞台、弘徽殿西殿には月の光は差し込まず真っ暗。紫式部はこんな所まで計算していたのかとびっくり。
・平安時代、猫は貴族のペットであったのに対し、犬は庶民のペットだった。
・一般の親王は次期天皇(皇太子)の補欠のようなもの。帝位につくことはまれだった。光源氏の2人の弟、兵部卿の宮(名誉官職を歴任して風流に生きた親王)と八の宮(政争に敗れ、世の中から忘れられた親王)は親王の生き方の典型だった。
・受領階級でありながら、紫式部は受領に厳しい。常陸介や、伊予介の娘の軒端の荻の描き方は上から目線。なぜなのかというと、桐壷帝のモデルとされる醍醐天皇は紫式部の曾祖父定方の縁者、そしてもう一人の曾祖父兼輔は醍醐天皇に娘を入内させている。舞台を醍醐天皇の時代と設定したことから、紫式部は受領階級を上から目線で描くことが出来たのではないか。

など。まだまだ興味深いことがたくさん書かれていました。

 上で挙げた兵部卿の宮や八の宮もそうですが、自立したしっかり者の女房たち(歴史上にも一条天皇の乳母藤三位などがいた)や玉鬘や近江の君などのご落胤(歴史上にも、和泉式部が敦道親王との間にもうけた永覚などがいた)、「源氏物語」の登場人物には、歴史上に実際に生きていた人物の境遇や生き方がしっかり反映されているのだなと感心させられました。

 そして何よりも印象に残ったのは桐壷更衣のモデルは藤原定子であるという説。
 没落してしまった仲関白家の娘ながら一条天皇に愛され、一度出家して還俗して、一条天皇との間に皇子や皇女を生んだことから世間から非難され、権力者道長のいじめを受けて若くして薄幸な生涯を閉じた定子の面影が、桐壷更衣に映し出されているのではないかというのが、著者の山本先生のお説です。私はこのようなことは考えたことがなかったのですが、うん、納得という感じです。

 この本を読んで私は、「源氏物語」をもう一度通読してみたくなりました。平安時代に興味のある方、「源氏物語」の好きな方はもちろん、これから「源氏物語」を読んでみたいと思っている方にもお薦めの1冊です。

☆コメントを下さる方は掲示板へお願いいたします。
トップページへ

業平ものがたり 『伊勢物語』の謎を読み解く

2011-05-15 21:12:21 | 図書室2
 今回は、「伊勢物語」関連の本の紹介です。

☆業平ものがたり 『伊勢物語』の謎を読み解く
 著者=松本章男 発行=平凡社 価格=2310円

☆本の内容
 妖しく魅惑する125段のテキストの順序を一旦解体し、和歌を軸に並べ替え、再構築を試みる…。封印されてきた在原業平の、天衣無縫の生涯の全貌が、いま鮮やかに浮かび上がる。

[目次]
 忍ぶの乱れ/元服前後/ほととぎす/などてかく/春なき里/忘れ草/とりとめぬ風/露の白玉/都鳥/むさしあぶみ 他

 「伊勢物語」125段を並び替え、そこから業平の生涯を再構築した画期的な1冊です。

 私は以前、同じ著者の「京の恋歌 王朝の婉(京都新聞出版センター)」という本を読んだことがあります。この本は、和歌を中心に、平安時代を生きた歌人たちの人生や恋愛に迫った本で、在原業平の項が特に面白かったのを思い出します。なので今回、amazonで「業平ものがたり」というタイトルと、「松本章男」という著者名を拝見したときは嬉しくて、早速購入して読んでみました。

 そして、期待通り、とても面白かったです。「伊勢物語」や業平について、新しい発見がたくさんあって、知識欲を刺激されました。この本に書かれていたことをいくつか、簡単に列挙してみます。

☆在原業平と関係を持った主な女性は、40段に出てくる召使いの少女、23段(筒井筒の段)の幼なじみの女、2段に登場する西の京の女、紀有常の女(棟梁の母)、染殿内侍(滋春の母)、二条の后藤原高子 斎王恬子内親王

☆業平の初恋の女性は、40段に登場する召使いの少女。彼女は、阿保親王によって業平との仲を引き裂かれたあと、賀陽親王(桓武天皇皇子)の側女になったが、親王の目を盗んで色々な男性と関係を持った。
 やがて京にいられなくなり、地方に下ってそこに住むある人の召使いになっていたが、偶然、地方に下ってきた業平と再会する。その後、女は自分の身を恥じて行方をくらましてしまう。(62段)

☆第60段の、むかし男が宇佐八幡に下ったときの話(女が尼になる話)は、第2段の西の京の女の後日談。

☆業平が東下りの際、奥州にまで足を伸ばした理由は、製塩の技術を学ぶため。妻(紀有常の女)はそのことをあらかじめ知らされており、製塩の技術を学び終えた業平から「すべてうまく行った」という手紙をもらっている。
 晩年、業平は小塩山の麓にて、里人に塩を焼かせていた。

☆業平が紀有常の女に通い始めた頃、有常の邸にて、まだ幼い惟喬親王が養われており、その頃から業平と親しくなっていたのではないか。
 業平と紀有常の女は、業平の度重なる女性関係のため、結局別居状態になってしまったようだが、たびたび文のやりとりをしていたらしい。

 その他、文徳天皇女御の藤原多賀幾子(藤原良相の女)の没年など、歴史的な考察もあって興味深かったです。
 特に、惟喬親王が貞観十四年(872)に突然、出家をした原因について、その直前に権力者藤原良房が危篤になり、その合間を縫って、惟喬親王を皇太子に立てようという一派の動きがあったため、親王は「そのような野心はない」ということを示すために出家したのではないかという考察はなるほどと思いました。

 その他にも、「え、そうなんだ~」という発見がたくさんありましたが、全部書いているときりがないので、このくらいにしておきますね。

 この本を読んだ全体的な感想について。

 私は、筒井筒の段や女が尼になってしまう段などは、業平とは関係ない説話が紛れ込んだとずっと思っていたのですが、これらの段も、業平の物語として読むことが出来るというのは驚きでした。

 もちろんこの本は、著者独自の説が述べられているので、全部うのみにしてしまうのは危険かもしれません。
 例えば業平と高子のロマンスは、この本では天安元~二年(857~858)頃と書かれていましたが、私は、高子が清和天皇の大嘗祭で五節の舞姫となった貞観元年(859)以降だと思っています。また、高子の実父、長良を良房の弟(実際は兄)とするなど、細かい記述で気になるところはありました。

 でも、「伊勢物語」を業平の生涯に沿って読み直すという試みは、とても魅力的で、何回も言うようですが、新しい発見の連続でした。業平と伊勢物語に興味のある方にはぜひお薦めしたい1冊です。


☆コメントを下さる方は、掲示板へお願いいたします。
トップページに戻る

王朝女流歌人抄

2010-01-20 12:17:08 | 図書室2
 今回は、昨年の暮れに読んだ平安時代関連の本を紹介します。

☆王朝女流歌人抄
 著者=清水好子 発行=新潮社

内容(「BOOK」データベースより)
 美麗な衣の下で、ひそかに心をときめかし、苛烈に競い、その真情を歌に托した女性たち―。その生涯をたどり時代を見つめ、彼女たちの才華を愛でる著者が、積年の想いを、源氏物語の背景とも重ねて、その歌底にひそむ、心の襞を繙いた待望の書。

[目次]
 伊勢
 斎宮女御徽子女王
 和泉式部
 右大将道綱母
 清少納言
 赤染衛門

*現在では絶版のようです。興味を持たれた方、図書館か古書店を当たってみて下さい。

 平安時代中期の6人の女流歌人を取り上げ、彼女たちが遺した家集を中心に和歌を紹介しながら、その生涯に迫った本です。

 では、この本を読んだ私の感想を、歌人ごとに簡単に書いてみますね。

☆伊勢

 「伊勢集」の書き出しが、「源氏物語」の書き出しと酷似していて驚きました。紫式部は、「伊勢集」を意識して「源氏物語」の冒頭部分を書いたのかもしれませんね。
 伊勢というと、藤原仲平や宇多天皇、敦慶親王との恋で有名ですが、宮使え先の主人の宇多天皇中宮、藤原温子(藤原基経女)とも、堅い主従関係で結ばれていたようで、伊勢の新しい一面をかいま見たような気がしました。

☆斎宮女御徽子女王

 この方は何と言っても、交際範囲が広く、様々な人と歌のやりとりをしています。
 夫の村上天皇とはもちろん、継母であり後宮の競争相手でもあった貞観殿尚侍藤原登子(藤原師輔女)、馬の内侍、源順、また、村上天皇皇女の資子内親王や選子内親王(いずれも徽子女王の産んだ皇女ではない)など…。徽子女王が様々な人たちから慕われていたことを、改めて感じました。

☆和泉式部

 和泉式部というと、為尊親王や敦道親王との恋で有名ですが、最初の夫、橘道貞との贈答歌も意外に多いことに驚きました。また、家集からは、晩年にも年若い恋人がいたらしいこともわかるそうです。和泉式部は何歳になっても恋する心を忘れなかった女性なのかもしれませんね。
 ただ、娘の小式部内侍に先立たれたときに詠んだ哀切な挽歌が紹介されていなかったのがちょっと残念でした。

☆右対照道綱母

 言わずと知れた、「蜻蛉日記」の著者。
 なのでこの章は、主に「蜻蛉日記」から歌を紹介しています。彼女が詠んだ歌は、日常生活の中での恋愛の歌が中心で、物詣に出かけた時など、旅行中にはほとんど歌を詠まなかったようです。風景に絡めて恋情をつづった歌なども詠んで欲しかったですね。

☆清少納言

 清少納言は、「枕草子」の中では、楽しいことや美しいことを中心に書いていて、日常生活の苦悩についてはほとんど書いていません。しかし家集には、恋の苦しみを綴った歌もあるようで意外でした。
 ただ、清少納言の家集は散逸している部分が多いそうです。もっと完全な形で現在まで残っていたら、私たちは清少納言についてもっと知ることが出来たのに…と、ちょっと残念に思いました。

☆赤染衛門

 夫の大江匡衡を支える賢夫人というイメージが強い赤染衛門ですが、若い頃の恋人、大江為基のことをずっと忘れなかったようです。彼女が晩年に編んだ「赤染衛門集」は、為基を追慕する目的で作られたとも言われているそうです。彼女もまた、恋多き女性だったのかもしれませんね。

*赤染衛門については、当ブログ内のこちらのページもよろしければご覧になってみて下さい。

☆まとめ
 「王朝女流歌人抄」を読んで、平安時代は歌を詠むのが日常的だったということを再認識させられました。現代でいうとメールのようなものなのかもしれません。
 そんな彼女たちが詠んだ歌の意味を理解するのはなかなか大変ですが、この本では、一つ一つの歌の意味についても現代語訳されているので、内容がわかりやすいと思います。

 それと、この本のもう一つの特徴は、各章の冒頭に、その章で取り上げている歌人の詳しい系図がついていることです。
 伊勢や道綱母は藤原北家の人で、遠縁ながら藤原摂関家と血縁関係がありますし、清少納言は天武天皇の血を引いています。このように、和歌だけでなく、彼女たちの系譜も興味深いです。


☆コメントを下さる方は掲示板へお願いいたします。
トップページに戻る

謎解き源氏物語

2009-10-01 21:24:58 | 図書室2
 今回は、「源氏物語」に隠された謎をわかりやすく解説した本を紹介します。

☆謎解き源氏物語
 著者=日向一雅 発行=ウェッジ 価格=1890円

本の内容
 源氏物語に散りばめられた数々の謎-。さまざまな仕掛けを解き明かすにつれて浮かび上る物語の奥深さ。恋物語であると同時に王朝政治をテーマにした源氏物語の二重性をあざやかに読み解く。

[目次]
桐壺帝とはだれか
光源氏はいかにして帝王になるのか
「雨夜の品定」の蘊蓄の出典はなにか
彼らはなぜ素姓を隠して愛し合ったのか
光源氏はなぜ朧月夜と密会を重ねたのか
光源氏はなぜ須磨に下ったのか
予言はどのようにして成就したか
光源氏の政権運営はいかに巧妙であったか
光源氏の子弟教育はどのようなものだったか
光源氏はどのように正月を過ごしたか
玉鬘はなぜ九州までさすらうのか
女三の宮の登場の意味とはなにか
桐壺更衣入内の「謎」が明らかとなる
落葉の宮の人生は読者に何を問いかけるのか
光源氏にとって人生とは何であったか
宇治十帖が語るものとはなにか
浮舟よみがえりのメッセージとはなにか

 「源氏物語」を恋愛小説と同時に「政治小説」と捕らえ、物語に隠されている数々の謎をわかりやすく解説した本です。それと同時に、源氏絵がカラーで多数掲載されており、見て楽しむことが出来る本でもあります。

 では、本の内容と感想に移りますね。

 一言で言うならば、この本とても面白いです。
 私も以前から、「源氏物語」は、左大臣と右大臣の対立を初め、光源氏と頭中将の権力争い、後宮における妃たちの勢力争いなど、政治的な面にも触れていて、そのことが物語をいっそう面白くしていると感じていました。なので、この本で解き明かされていた、源氏物語に描かれた政治や歴史拝啓の謎解きの部分は特に興味を持って読みました。

 例えば、「桐壷帝のモデルは醍醐天皇であり、光源氏は源高明である。」とか、「桐壷帝は天皇親政を実現しようとしていた。」などの記述はわくわくしました。その他、私がこの本を読んで興味を持った事柄を3つほど、簡単に列挙してみますね。

○光源氏は、朧月夜との密通を「罪」と意識していなかった。なぜなら、朧月夜は朱雀帝の女御や皇后ではなく、尚侍という女官の身分だったからである。そのため、光源氏は自ら須磨に退去した。これは、文徳天皇の時代、在原行平が何らかの事件に巻き込まれて須磨に退去したことが準拠となっている。「古今集」の行平の歌の言葉書きから、彼の須磨退去は、流罪でも左遷でもなかった事がうかがえる。

○玉鬘に求婚した大夫監のモデルは、肥後の豪族、菊池氏である。紫式部は、いとこに当たる肥前守平惟将の娘と文通していたので、彼女から九州の事情を色々聞いていたのではないか。

○明石一族の祖先は皇位継承に敗れた親王である。そのため子孫は皇位に執着した。按察使大納言は桐壷更衣を桐壷帝に入内させ、皇子誕生を期待した。そして、按察使大納言の甥に当たる明石の入道は、娘の明石の上を天皇の外戚になりうる身分である光源氏に託し、子孫が天皇になることを熱望した。

 ね、何かわくわくしませんか?特に、明石一族の祖先の話は目からウロコでした。

 もちろん、恋愛小説としての「源氏物語」についてもしっかり解説されています。紫の上、玉鬘、女三の宮の結婚には、当時の女の幸せとは何かという問題が含まれているようです。「源氏物語」には、今も昔も変わらない、深い問題がたくさん隠されているのですね。改めて、「源氏物語」の深さを再認識させられた1冊でした。

☆コメントを下さる方は掲示板へお願いいたします。
トップページに戻る

杉本苑子の枕草子

2009-09-24 21:01:48 | 図書室2
 今回は古典の現代語訳の本の紹介です。

☆杉本苑子の枕草子(わたしの古典9)
 著者=杉本苑子 発行=集英社

内容(「BOOK」データベースより)
 中宮定子に仕えた清少納言が、後宮の好尚や有り様を記録した『枕草子』は、一人の作家による随想と小説を、一冊にまとめた作品集といっていい。「春はあけぼの。やうやうしろくなりゆく山ぎわ…」この冒頭は、あまりにも有名である。にくきもの、心ときめきするもの、見ぐるしきもの等々、清少納言が、その美意識をすみずみにまで生かしきった世界が、いま現代語訳で新たに蘇る。

*この本は初め、「私の古典」シリーズの第9巻として単行本が出版され、その後、集英社文庫から文庫化されましたが、単行本・文庫本ともに現在では絶版のようです。興味を持たれた方、図書館か古書店を当たってみて下さい。
 なお写真は、私が所持している「私の古典」シリーズの単行本です。


 以前に紹介した「円地文子の源氏物語」「阿部光子の更級日記/堤中納言物語」と同じく、私の古典」の中の1冊です。

 私はこの本を20年くらい前に購入しました。そして、折に触れてはぱらぱらとめくって拾い読みし、「枕草子」の世界を少しずつ楽しんでいたのですが、お恥ずかしながら全部読んではいませんでした。今度、最初から最後まで読み通してみたのですが、訳者の主観を交えることなく、清少納言が表現した世界をそのまま再現してくれていて、とてもわかりやすく読みやすい訳だと思いました。

 ただ惜しいことに、この本、全文訳ではありません。面白そうな章段が半分くらい取り上げられているだけです。でも、有名な章段は網羅されているように思えましたので、枕草子ってこういうものなのだ~と、大まかな内容をつかむのには充分な本だと思います。

 特に、歴史小説家の杉本苑子さんらしく、日記的章段と呼ばれる章段の訳に力を入れているような気がしました。
 清少納言が、中宮定子の出産のため、平生昌の邸宅にお供をする話、積善寺供養の話、雪山がいつ消えるか賭をした話などは、一つの物語として楽しく読めました。宮中に出入りする貴族たちの描写の章段も面白いです。私たちは「枕草子」によって、一条天皇御代の宮廷の様子を生き生きと知ることができるのですが、それを杉本さんはそっくりそのまま、この本で伝えてくれています。

 また、「枕草子」には、現代でも通じるようなことがたくさん書いてあると、改めて感心しました。
 特に、「そうそう!」と思ったのは、「うれしきもの」の中にある、「初めて読む物語の一の巻が面白く、続きが読みたいとあこがれていたとき、二の巻が入手できたときの喜び」という文章。よくわかるなあ。そして、そのあとの、「物語が進むに従ってつまらなくなるものもあるけれど」もわかる気がします。千年前の人も現代人と同じ事を考えていたのですね。

 他にも、「そうそう」と思った文章は数え切れないくらいありました。これを機に、ぜひ全文訳のものも読んでみたいと思いました。

☆コメントを下さる方は掲示板へお願いいたします。
トップページに戻る

うつほ物語(ビギナーズクラシックス 日本の古典)

2009-08-02 10:31:40 | 図書室2
 今回は、最近読んだ古典の本の紹介です。

☆うつほ物語 (ビギナーズクラシックス 日本の古典)
 編者=室城秀之 発行=角川学芸出版・角川ソフィア文庫 価格=860円

☆本の内容
 源氏物語に先行する壮大な長編物語。ある貴族の四代にわたる秘琴の伝授を主題とし、源氏・藤原氏両家の皇位継承をめぐる対立を絡めて語られる。異国の不思議な体験や琴の伝授にかかわる奇瑞などの浪漫的要素と、皇位継承や結婚に関する世俗的な話題を併せ持つ。絶世の美女への求婚譚、三奇人のエピソードも登場し、波瀾万丈の展開が楽しめる。膨大なため全体像がみえにくかった作品を初めてわかりやすく説いた古典入門書。

[目次]
俊蔭/藤原の君/嵯峨の院/春日詣/吹上・上/祭の使/吹上・下/菊の宴/あて宮/内侍のかみ/沖つ白波/蔵開・上/蔵開・中/蔵開・下/国譲・上/国譲・中/国譲・下/楼の上・上/楼の上・下


 「うつほ物語」という古典は、タイトルは聞いたことがあるものの、内容についてはほとんど知りませんでした。でも、面白いと聞いていたので、いつか読んでみたいと思っていました。なので、ビギナーズクラシックスのシリーズに「うつほ物語」が入っているのを知り、早速購入してみました。

 さて、この本の内容ですが、同じビギナーズクラシックスの「紫式部日記」の紹介でも書きましたが、この本も全文が載っているのではなく面白そうな所だけの抜粋です。

 本の構成は、各章段の初めに簡単な解説があり、次に現代語訳、続いて原文が掲げられ、最後に編者による詳しい解説がついています。そして、紹介されている原文・現代語訳以外の箇所は、この編者の解説で補われています。省略は多いですが、この1冊を読めば、「うつほ物語」のだいたいのあらすじがわかるようになっています。また、所々に、平安時代に関する基礎知識についてのコラムも差し挟まれていました。全体的にはわかりやすく、読みやすいという印象です。

 本を読んだ感想を一言で言うならば、「うつほ物語はなかなか面白い」です。以下、物語の簡単なあらすじと、私の感想を書かせていただきます。

 その前に、「うつほ物語」の概要を述べますと、この物語は10世紀に成立した日本最古の長編小説です。作者は不明ですが、源順(嵯峨源氏)説などがあります。伝奇的要素と世俗的要素を兼ね備え、これより前に書かれた「竹取物語」の影響を受け、後世の「源氏物語」に影響を与えたと言われています。

 では、ストーリーと私の感想に移りますね。

 遣唐使として派遣されることになった清原俊蔭は、渡唐の途中で嵐にあって船が難破し、ペルシャ国に流れ着いてしまいます。そして、その土地で不思議な天人と出会い、秘琴の術を伝授されます。このあたりは伝奇的で、「竹取物語」の影響を受けていると感じました。

 さて、二十数年後に日本に帰った俊蔭は結婚して娘をもうけ、その娘に秘琴を伝授することになります。やがて俊蔭は亡くなり、娘は長じて太政大臣の息子、藤原兼雅との間に仲忠をもうけます。
 しかし俊蔭の娘は、貧しさのため北山に隠れ、木の空洞の中(うつほ)で仲忠を育て、同時に秘琴の術を彼に伝授します。
 そうこうしているうちに2人は兼雅に見いだされ、仲忠は兼雅に引き取られることになります。

 ちょうどその頃、源正頼の娘、あて宮がたいへん美人だと評判になっていました。あて宮の求婚者は数知れず、その中には仲忠も混じっていました。仲忠はやがて、嵯峨院のご落胤で、同じように秘琴の伝授を受けている源涼とライバル関係になります。2人は宮中で見事な琴の演奏の対決を行うのですが、その際、天人が降りて来るという不思議な場面もあります。

 ところで、このあて宮の求婚者たちのエピソードは悲喜こもごもで大変面白かったです。

 あて宮の求婚者の中には上流貴族の貴公子だけではなく、うだつの上がらない学者や老人も混じっていました。
 その一人に、あて宮にしつこく求婚する上野の宮という宮もいて、あまりのしつこさに困った正頼は偽のあて宮を仕立て、上野の宮に奪わせます。宮は偽のあて宮をほんもののあて宮だと思いこみ、長く一緒に暮らす…というこっけいな話もありました。
 また、妻子がいるのにあて宮に執心する実忠という貴族も登場し、家庭をかえりみなくなった父実忠に心を痛め、それでも父を慕いつつ病気になって死んでしまう真砂子君という幼い少年の哀れな話も載せられています。このように、あて宮の求婚者たちのくだりでは、それだけででも短編小説になり得るような話が数多く語られていました。

 さて、色々な紆余曲折はあったものの、あて宮は結局東宮に入内します。そして、仲忠は朱雀帝の女一の宮と結婚しました。やがて朱雀帝は退位し、東宮が即位するのですが、次期東宮をあて宮(藤壷)の生んだ皇子にするのか、兼雅の娘、つまり仲忠の異母妹(梨壷)の生んだ皇子にするかで争いが起こります。この場面も、陰謀あり政略ありでなかなか面白いです。また、この場面は「源氏物語」の左大臣と右大臣の争いを連想させられます。

 このように、「うつほ物語」は、「源氏物語」に影響を与えたと思われる場面が所々あります。
 俊蔭の娘は、朱雀帝に見いだされて尚侍になるのですが、帝が蛍を放ち、その光で尚侍をかいま見る場面は、「源氏物語」の「蛍」の巻で光源氏が放った蛍の光で兵部卿の宮が玉鬘をかいま見る場面とよく似ています。
 また、東宮はあて宮が入内すると、彼女にすっかり心を奪われ、他の妃たちの嫉妬を招くことになるのですが、これは桐壷帝が桐壷更衣一人を寵愛する場面に影響を与えたとも言えそうです。

 話がちょっと横道にそれてしまいましたが…。東宮には結局、あて宮所生の皇子が立ちました。物語は、仲忠から秘琴の伝授を受けた女一の宮との間の娘、いぬ宮が、嵯峨院・朱雀院の前で琴の演奏をするところで終わります。この時、空が光り、地が揺れるといった現象が起こりますが、伝奇的要素と世俗的要素がよくマッチしていて見事だと感じました。
 また、物語のラストの方で、将来、いぬ宮が新東宮に入内することがほのめかされています。でも、編者の解説によると、これはスムーズには行かないのではないかということです。なぜなら、源涼を初め、娘を東宮に入内させたがっている貴族はたくさんいるとのこと。いぬ宮が将来どうなるかは読者のご想像にお任せしますということなのでしょうね。

 この本を読んで、私は「うつほ物語」をいつの日か全部読んでみたいと思いました。でも、「うつほ物語」は原文と現代語訳が対照になった値段の高い全集でしか出ていないのだそうです。安価な文庫本で出版されないかなあ。それか、現代の作家の方が現代語訳して、「小説・うつほ物語」みたいな形で出版されることも希望します。

☆コメントを下さる方は掲示板へお願いいたします。
トップページに戻る

紫式部日記(ビギナーズクラシックス 日本の古典)

2009-05-27 11:16:11 | 図書室2
 今回は、「源氏物語の時代 ー一条天皇と后たちのものがたり」の著者、山本淳子先生が編集なさった「紫式部日記」の本を紹介いたします。

☆紫式部日記(ビギナーズクラシックス 日本の古典)
 著者=紫式部/山本淳子・編 発行=角川学芸出版・角川ソフィア文庫
 価格=700円

本の内容紹介
 平安時代の宮廷生活を活写する回想録。華麗な生活に溶け込めない紫式部の心境描写や、同僚女房やライバル清少納言への冷静な評価などから、当時の後宮が手に取るように読み取れる。道長一門の栄華と彰子のありさまが鑽仰の念をもって描かれ、後宮改良策など、作者が明確に意見を述べる部分もある。話しことばのような流麗な現代語訳、幅広い話題の寸評やコラムによる、『源氏物語』成立の背景を知るためにも最適の入門書。

[目次]
 1 出産まで
 2 敦成親王誕生
 3 豪華な祝い事
 4 一条院内裏へ
 5 消息体
 6 年次不明の記録たち
 7 寛弘七年記録部分


 「紫式部日記」は文字通り、紫式部が著した日記で、寛弘五年の中宮彰子の出産前後の記録をはじめ、女房勤めのあれこれ、同僚女房たちやライバル清少納言の評価などを綴ったバラエティーに富んだ日記です。
 私は5年ほど前に、講談社学術文庫から出ている「紫式部日記 全訳注(宮崎荘平 校注)」を読んだことがあります。その時の感想は、「面白いけれど、何か話があちらこちらに飛んでいて不思議な日記」でした。なので、「紫式部日記」をやさしく解説したような本があったら読んでみたいとその頃から思っていました。

 それで最近、山本淳子先生の編集なさった「紫式部日記」が出版されたという情報を聞き、ぜひ読んでみたいと思って購入してみました。わかりやすい訳と詳しい解説で、とても読みやすい1冊でした。

 この本の構成は、確章段ごとにまず現代語訳が掲載されていて、その次に原文が掲げられ、続いて山本先生によるその章段の解説が掲載されています。ただ、現代語訳と原文は全文ではなく抜粋です。それでも、解説が充実しているので、これだけ読めば「紫式部日記」のだいたいの内容がわかると思います。

 それで、この本の読みどころはやはり、山本先生の解説だと思います。とにかくわかりやすく、的確で詳しいです。

 例えば、道長が初登場している章段の解説では、道長の生涯、天皇の外祖父になるということの大変さがわかりやすく解説されていて、初心者にも興味が持てるように工夫されています。でも、このような平安時代の基礎知識的な内容だけでなく、「なるほど」という事項も色々と解説されていました。その例を少し挙げてみますね。

 私がこの本で楽しみにしていた章段の一つが、敦成親王生誕五十日の祝の段です。そうです、あの有名な、藤原公任の「あなかしこ、 このわたりに若紫やさぶらふ」が出てくる章段です。

 この段では、めでたいお祝いの席だけあって、列席の貴族たちはみんな酔っぱらっていて、いつもとは違う顔をのぞかせています。紫式部は、その一人一人を細やかに描写しているのですが、最も好感を持って描いたのは藤原実資だったのではないかと思います。紫式部はこの時、実資のことを「感じのいい人」と思って話しかけてもいるのですから…。
 ただ、この時の実資も酔っぱらっていて、女房たちの衣の枚数を数えたりしていたようなのですよね。やはり実資さんも酒の席では羽目を外すのね…と、私は今まで思っていたのですが、山本先生は全く違う解釈をされていました。

 実はこの時期の帝、一条天皇は質素倹約を重んじており、自らもそれを実行していました。なので貴族たちにも倹約令が出ていたのです。そのため実資は、女房たちがしっかりと倹約令を守っているかどうか、着ている装束の枚数を数えて確認していたというのです。やはり神経質で几帳面な実資さん、やることが違いますね。これには「なるほど」とうならされました。

その他、紫式部が清少納言を批判していた理由も解説されていました。
 つまり、控えめであまり仕事の出来ない女房の多かった彰子の後宮に比べ、定子の後宮の女房たちは機知に富み、明るく華やかだった。そのため、定子の後宮をなつかしむ貴族たちがとても多かったようなのです。そのようなわけで、彰子を一条天皇の真のナンバーワンの后にするため、紫式部にとっては清少納言と「枕草子」は超えなければならない大きな壁であり、清少納言と「枕草子」を否定することにより、彰子を持ち上げようとしたようなのですよね。

 ところで、山本先生も強く強調されていることなのですが、私はこの本で今まで気づかなかったことに気づかされました。それは、紫式部の女房としての成長です。寛弘五年頃は、引っ込み思案で、行事の日に遅刻ぎりぎりに出仕し、弘徽殿女御に使えていたことのある左京の馬をからかっていた紫式部が、寛弘七年には行事の日は早々と出仕し、何よりも、彰子の後宮を改良しようと真剣に考えています。そして、彰子の信頼をしっかりと勝ち得ていますよね。やっぱり紫式部はただ者ではないです。


☆コメントを下さる方は掲示板へお願いいたします。
トップページに戻る