今回は、「伊勢物語」関連の本の紹介です。
☆業平ものがたり 『伊勢物語』の謎を読み解く
著者=松本章男 発行=平凡社 価格=2310円
☆本の内容
妖しく魅惑する125段のテキストの順序を一旦解体し、和歌を軸に並べ替え、再構築を試みる…。封印されてきた在原業平の、天衣無縫の生涯の全貌が、いま鮮やかに浮かび上がる。
[目次]
忍ぶの乱れ/元服前後/ほととぎす/などてかく/春なき里/忘れ草/とりとめぬ風/露の白玉/都鳥/むさしあぶみ 他
「伊勢物語」125段を並び替え、そこから業平の生涯を再構築した画期的な1冊です。
私は以前、同じ著者の「京の恋歌 王朝の婉(京都新聞出版センター)」という本を読んだことがあります。この本は、和歌を中心に、平安時代を生きた歌人たちの人生や恋愛に迫った本で、在原業平の項が特に面白かったのを思い出します。なので今回、amazonで「業平ものがたり」というタイトルと、「松本章男」という著者名を拝見したときは嬉しくて、早速購入して読んでみました。
そして、期待通り、とても面白かったです。「伊勢物語」や業平について、新しい発見がたくさんあって、知識欲を刺激されました。この本に書かれていたことをいくつか、簡単に列挙してみます。
☆在原業平と関係を持った主な女性は、40段に出てくる召使いの少女、23段(筒井筒の段)の幼なじみの女、2段に登場する西の京の女、紀有常の女(棟梁の母)、染殿内侍(滋春の母)、二条の后藤原高子 斎王恬子内親王
☆業平の初恋の女性は、40段に登場する召使いの少女。彼女は、阿保親王によって業平との仲を引き裂かれたあと、賀陽親王(桓武天皇皇子)の側女になったが、親王の目を盗んで色々な男性と関係を持った。
やがて京にいられなくなり、地方に下ってそこに住むある人の召使いになっていたが、偶然、地方に下ってきた業平と再会する。その後、女は自分の身を恥じて行方をくらましてしまう。(62段)
☆第60段の、むかし男が宇佐八幡に下ったときの話(女が尼になる話)は、第2段の西の京の女の後日談。
☆業平が東下りの際、奥州にまで足を伸ばした理由は、製塩の技術を学ぶため。妻(紀有常の女)はそのことをあらかじめ知らされており、製塩の技術を学び終えた業平から「すべてうまく行った」という手紙をもらっている。
晩年、業平は小塩山の麓にて、里人に塩を焼かせていた。
☆業平が紀有常の女に通い始めた頃、有常の邸にて、まだ幼い惟喬親王が養われており、その頃から業平と親しくなっていたのではないか。
業平と紀有常の女は、業平の度重なる女性関係のため、結局別居状態になってしまったようだが、たびたび文のやりとりをしていたらしい。
その他、文徳天皇女御の藤原多賀幾子(藤原良相の女)の没年など、歴史的な考察もあって興味深かったです。
特に、惟喬親王が貞観十四年(872)に突然、出家をした原因について、その直前に権力者藤原良房が危篤になり、その合間を縫って、惟喬親王を皇太子に立てようという一派の動きがあったため、親王は「そのような野心はない」ということを示すために出家したのではないかという考察はなるほどと思いました。
その他にも、「え、そうなんだ~」という発見がたくさんありましたが、全部書いているときりがないので、このくらいにしておきますね。
この本を読んだ全体的な感想について。
私は、筒井筒の段や女が尼になってしまう段などは、業平とは関係ない説話が紛れ込んだとずっと思っていたのですが、これらの段も、業平の物語として読むことが出来るというのは驚きでした。
もちろんこの本は、著者独自の説が述べられているので、全部うのみにしてしまうのは危険かもしれません。
例えば業平と高子のロマンスは、この本では天安元~二年(857~858)頃と書かれていましたが、私は、高子が清和天皇の大嘗祭で五節の舞姫となった貞観元年(859)以降だと思っています。また、高子の実父、長良を良房の弟(実際は兄)とするなど、細かい記述で気になるところはありました。
でも、「伊勢物語」を業平の生涯に沿って読み直すという試みは、とても魅力的で、何回も言うようですが、新しい発見の連続でした。業平と伊勢物語に興味のある方にはぜひお薦めしたい1冊です。
☆コメントを下さる方は、掲示板へお願いいたします。
☆トップページに戻る
☆業平ものがたり 『伊勢物語』の謎を読み解く
著者=松本章男 発行=平凡社 価格=2310円
☆本の内容
妖しく魅惑する125段のテキストの順序を一旦解体し、和歌を軸に並べ替え、再構築を試みる…。封印されてきた在原業平の、天衣無縫の生涯の全貌が、いま鮮やかに浮かび上がる。
[目次]
忍ぶの乱れ/元服前後/ほととぎす/などてかく/春なき里/忘れ草/とりとめぬ風/露の白玉/都鳥/むさしあぶみ 他
「伊勢物語」125段を並び替え、そこから業平の生涯を再構築した画期的な1冊です。
私は以前、同じ著者の「京の恋歌 王朝の婉(京都新聞出版センター)」という本を読んだことがあります。この本は、和歌を中心に、平安時代を生きた歌人たちの人生や恋愛に迫った本で、在原業平の項が特に面白かったのを思い出します。なので今回、amazonで「業平ものがたり」というタイトルと、「松本章男」という著者名を拝見したときは嬉しくて、早速購入して読んでみました。
そして、期待通り、とても面白かったです。「伊勢物語」や業平について、新しい発見がたくさんあって、知識欲を刺激されました。この本に書かれていたことをいくつか、簡単に列挙してみます。
☆在原業平と関係を持った主な女性は、40段に出てくる召使いの少女、23段(筒井筒の段)の幼なじみの女、2段に登場する西の京の女、紀有常の女(棟梁の母)、染殿内侍(滋春の母)、二条の后藤原高子 斎王恬子内親王
☆業平の初恋の女性は、40段に登場する召使いの少女。彼女は、阿保親王によって業平との仲を引き裂かれたあと、賀陽親王(桓武天皇皇子)の側女になったが、親王の目を盗んで色々な男性と関係を持った。
やがて京にいられなくなり、地方に下ってそこに住むある人の召使いになっていたが、偶然、地方に下ってきた業平と再会する。その後、女は自分の身を恥じて行方をくらましてしまう。(62段)
☆第60段の、むかし男が宇佐八幡に下ったときの話(女が尼になる話)は、第2段の西の京の女の後日談。
☆業平が東下りの際、奥州にまで足を伸ばした理由は、製塩の技術を学ぶため。妻(紀有常の女)はそのことをあらかじめ知らされており、製塩の技術を学び終えた業平から「すべてうまく行った」という手紙をもらっている。
晩年、業平は小塩山の麓にて、里人に塩を焼かせていた。
☆業平が紀有常の女に通い始めた頃、有常の邸にて、まだ幼い惟喬親王が養われており、その頃から業平と親しくなっていたのではないか。
業平と紀有常の女は、業平の度重なる女性関係のため、結局別居状態になってしまったようだが、たびたび文のやりとりをしていたらしい。
その他、文徳天皇女御の藤原多賀幾子(藤原良相の女)の没年など、歴史的な考察もあって興味深かったです。
特に、惟喬親王が貞観十四年(872)に突然、出家をした原因について、その直前に権力者藤原良房が危篤になり、その合間を縫って、惟喬親王を皇太子に立てようという一派の動きがあったため、親王は「そのような野心はない」ということを示すために出家したのではないかという考察はなるほどと思いました。
その他にも、「え、そうなんだ~」という発見がたくさんありましたが、全部書いているときりがないので、このくらいにしておきますね。
この本を読んだ全体的な感想について。
私は、筒井筒の段や女が尼になってしまう段などは、業平とは関係ない説話が紛れ込んだとずっと思っていたのですが、これらの段も、業平の物語として読むことが出来るというのは驚きでした。
もちろんこの本は、著者独自の説が述べられているので、全部うのみにしてしまうのは危険かもしれません。
例えば業平と高子のロマンスは、この本では天安元~二年(857~858)頃と書かれていましたが、私は、高子が清和天皇の大嘗祭で五節の舞姫となった貞観元年(859)以降だと思っています。また、高子の実父、長良を良房の弟(実際は兄)とするなど、細かい記述で気になるところはありました。
でも、「伊勢物語」を業平の生涯に沿って読み直すという試みは、とても魅力的で、何回も言うようですが、新しい発見の連続でした。業平と伊勢物語に興味のある方にはぜひお薦めしたい1冊です。
☆コメントを下さる方は、掲示板へお願いいたします。
☆トップページに戻る