アブソリュート・エゴ・レビュー

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3-4×10月

2007-09-02 09:08:27 | 映画
『3-4×10月』 北野武監督   ☆☆☆☆

 たけしの監督二作目。前ビデオで観たことはあったが、今回DVDで購入して鑑賞。やはり面白い。そしてすごい。

 監督一作目の『その男、凶暴につき』は深作監督が降りた後なりゆきで引き継いだということもあり、この二作目こそが実質の監督デビュー作という人もいるようだ。まあ実際にたけしがどう思っているのか知らないが、しかし色んな意味でたけし映画の斬新さを体現した映画であるとはいえるだろう。

 後の『ソナチネ』や『HANA-BI』などと比べるともちろん完成度は低い。まだ細かい部分で微妙なコントロールがきいていない感じはある。けれどもその分、たけしの発想やセンスがむき出しになってごろんと転がっているようなすごさがある。なんといっても感心するのは、映画の常套みたいなものを平然と乗り越えていくその度胸のよさである。キャリアが浅い映画監督だったら、普通はもっと「こういうところでは普通はこう撮るよな」なんて考えてしまうと思うが、この映画では見事にそういうところがない。好き勝手に撮って、好き勝手に編集している感じがする。なかなかこうはいかない。これはやはり才能だろう。

 町内草野球チームがヤクザともめる話である。この発想がもう面白いが、主演俳優が柳ユーレイというキャスティングがまたすごい。この無口、無表情。主演男優なのに多分一番セリフが少ない。ひょっとして一番演技が下手だったから主演にしたんじゃないだろうか。

 それから独特の暴力シーン。殴る時のドン、という腹にこたえるような音はたけし映画の特徴だが、このスタイリッシュで「痛い」暴力シーンは最初から完成していたことが分かる。ガダルカナル・タカが無礼な女の客をいきなり灰皿で殴る。「お前は野グソしてりゃいいんだよ」女は黙って倒れる。鼻血を出し、頬に裂傷ができている。それを見ている連れは全員じっとして固まっている。それからヤクザのベンガルを殴る。「やめて下さいよ、井口さん」「外では井口だろ」「井口さん」「井口だろ」「井口さん」「井口だろ」「井口さん」「井口だろ」「井口さん」これを延々とやるのである。しまいにはのびているベンガルの頭をビールケースで殴る。

 非常に作為的なカメラ・アングルや構図、大胆な省略、普通は見せるところを見せず見せないところを見せる演出、役者がじっとしているシーンの多用などその他の重要なたけし映画の特徴も、この映画ではっきりと見ることができる。ただ後のたけし映画では叙情性が大きな特徴の一つとなるが、この『3-4×10月』ではまだ叙情性は見られない。そしてそれだけにたけしの乾いたセンス、空虚さがよりあらわになっている印象を受ける。ちなみにこの映画には一切音楽がない。エンド・クレジットの時でさえ音楽は流れないのである。

 たけし自身もサブキャラとして登場する。沖縄のヤクザである。えらい身勝手な前原という男を演じている。前原に殺される組長の役で豊川悦司も出ている。若い。まだブレーク前なので、クレジットもその他大勢みたいな感じで出てる。

 さて、この映画は要するに「夢オチ」であるが(といっても正確には夢でなく妄想)、最初観た時は意味が分からなかった。「え? どういうこと?」とわけわからないままに映画が終わってしまったのである。陳腐の代名詞みたいな「夢オチ」を極端につきつめることによって逆に斬新にしてしまおう、オーディエンスを茫然とさせてしまおうという、いかにもたけしらしい茶目っ気だが、この不親切きわまりない結末もある意味感心する。空中にポーンと放り出して終わり、みたいな終わり方だ。色んな意味で、定石を壊しまくっている映画である。


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