アブソリュート・エゴ・レビュー

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パプーシャの黒い瞳

2016-02-20 09:40:36 | 映画
『パプーシャの黒い瞳』 クシシュトフ・クラウゼ、ヨアンナ・コス=クラウゼ監督   ☆☆☆☆

 日本版ブルーレイを購入して鑑賞。ポーランド映画。書き文字を持たないジプシー(ロマ族)でありながら詩人になった実在の女性ブロニスワヴァ・ヴァイス、通称パプーシャの数奇な生涯を描く。物語はパプーシャが幼い少女だった1910年代から晩年の1980年代までと幅広い時代にわたり、エピソードの時系列はシャッフルされている。つまり、子供時代から大人になって、という風に時系列に沿って話が進むのではなく、大人の頃のエピソードの後に少女時代のエピソードが続き、その後また大人時代のエピソードになる、という風にランダムに配置されている。必然的に物語は断片の寄せ集め的になる。

 パプーシャの人生は苦難と悲劇の連続である。映画は悲哀の色に染め抜かれている。冒頭まず晩年の描写があり、その後時代を遡っていく構成だが、ジプシー初の女性詩人というから晩年はそれなりに栄光に包まれていたかと思えばとんでもない。彼女は困窮のあげく、鶏泥棒をして監獄にいるのだ。彼女の詩がオペラになって大臣が出席するというので、役人が監獄にやってきてパプーシャを劇場まで連れていく。

 生い立ち篇では、ポーランドの大地を放浪するジプシーの生活がつまびらかに描写される。生活は厳しく、彼らに向けられる差別の視線は熾烈をきわめる。しかし同時に、そこには自然とともに生きる人々の詩情がある。パプーシャは自然の中で成長し、やがて文字に興味を持つ。食料品店の女主人から文字を教わり、自分が感じたことを文字にするようになる。書き文字の文化を持たないジプシーの大人たちはそんな彼女に戸惑い、時には激しく叱責する。それでも彼女は書くことを止めない。

 更に過酷な人生の変転が彼女を翻弄する。父親ほどの歳の男にわずかな金で売られ、花嫁になる。子供ができないことで罵倒される。戦場の焼け跡で赤ん坊を拾い、自分の子供として育てる。ジプシーの定住化政策によって放浪を禁じられ、生まれて初めて家を持つ。ポーランド人イェジ・フィツォフスキによって彼女の詩が出版されるが、そのために(ジプシーの秘密を差別者たちに売り渡したとして)ジプシーのコミュニティから追放される。精神を病んで施設に収容される。赤貧の中で夫が死ぬ。投獄される。

 なんという過酷な人生だろうか。絶え間ない差別と迫害、そして絶望的な貧困。それがジプシーの人生だ。ところが、パプーシャの詩はそんな世界に恵みと美を見出し、讃えるのである。

 おお、なんてすばらしい、生きるのは、
 復活祭の鳥たちの歌を聞くのは!   
 おお、なんてすばらしい、天幕の脇で、
 少女が歌い、
 たき火が燃えさかるのは!  (「パプーシャの頭から生み出されたジプシーの歌」)

 私はあなたの娘。
 大地よ、私はあなたを信じる、
 あなたの上の育ち生きるもの
 すべてを私は愛している。  (「私の大地よ、私はあなたの娘」)


 モノクロの映像が驚異的に美しい。森、湖、空、雲、焚き火、小道、町。舞い落ちる雪、きらきら光る川面、春の綿毛が舞う草原。馬車を連ね、ポーランドの大地をゆくジプシーたち。モノクロであるがゆえにすべての絵が厳しい彫刻性と禁欲性を獲得しつつ、細部の明澄性によって世界の美しいありようを現出させる。今の時代のモノクロは、もはやかつてのモノクロとは完全に別物だということを思い知らされる。

 いささか重たく哀しい物語だけれども、氷のように冷たく画面に張りつめるこの詩情は、一見の価値がある。尚、日本版ブルーレイにはパプーシャの詩集が付いている。



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