崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

姉と語る朝鮮戦争

2016年06月19日 05時26分59秒 | 旅行
昨日は全国的に暑かったと言うが下関は涼しく感じた。ソウルから来た姉を見送るために港に行った。来るときは関釜フェリーに客が10人ほどしかいなかったと聞いたので私は近い将来フェリーがなくなるのではないか心配をしていたが、昨日の釜山行きは200人を超えるように見えて安心した。姉は数年前に大腸手術をしたが生まれ故郷の親族などで最高齢者になって元気である。夫の戦傷遺族年金と住宅の周りの土地で農作物を作り母子二人が生活をしている。長男は多種多様な職業、仕事をしたが大きい夢を果たすことができず60代半ばになっている。それについて本人と姉は物足りないと思っている。今その長男が母と一緒に住みながらしっかり介護などをして親孝行をしている。私は姉に言った。あえて息子に感謝すべきであると。高齢者になって息子の介護を受けていることは幸いである。
 私は朝鮮戦争の時の話を話題にしたが、悲惨な思い出話はしたらがらない。多くの戦争体験者たちがそうであるように姉は父親の人格や豊かな生活したことを主に子供に話はしていたようである。女性の戦争体験と10歳ころの私の戦争体験とは記憶の差が大きい。それは性別の差でもある。最新の拙著に朝鮮戦争のことを書いたが書き漏れたもの、思い出せなかった話が実名で語り盛り上がった。甥は二人の戦争談を黙って聞いていた。なぜ子供にその話をしないのか。子供は聞く耳もたないし、聞いてもわからないからか。その反面姉は弟の私の話は子供たちにたくさん聞かせてきたようである。姉は年中畑で私の好物を計画的に作っていると言う。突然私の幸せの話になった。