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琉球と沖縄:沖縄の文学(11)

■旧暦9月2日、金曜日、

沖縄に特有の植物はたくさんあるが、「がじまるの木」に一番強い印象を受けた(写真)。根の張り方と幹の生え方が複雑で、たくましい感じの樹木である。しばらく見ていても飽きない。写真は車の中から撮ったので、樹木の生命力がうまく出ていないが、なんとなく感じはつかめるだろうか。




がじまるの木
                      山之口 貘
ぼくの生れは琉球なのだが
そこには亜熱帯や熱帯の
いろんな植物が住んでいるのだ
がじまるの木もそのひとつで
年をとるほどながながと
気根(ひげ)を垂れている木なのだ
暴風なんぞにはつよい木なのだが
気立てのやさしさはまた格別で
木のぼりあそびにくるこどもらの
するがままに
身をまかせたりして
孫の守りでもしているような
隠居みたいな風情の木だ


■がじまるの木に登ったら、さぞ楽しかろう。幹が四方に伸びて枝も多い。はじめて見たときには、その姿に、ある種の感動を覚えた。しかし、貘さんを見ていると、詩人は「知識人」になったら、終わりだなとつくづく思う。貘さんは、ずっと「旅人」だった。
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ドイツ語の俳人たち:Gerd Börner(1)

■旧暦9月1日、木曜日、のち

今日は、意外と暑かった。まだ、紅葉には早いのだが、近所の銀杏は、薄紅葉である。日毎、黄色みを帯びている。

スーザン・ソンタグの『土星の徴の下で』を読みながら、午前中、眠ってしまった。この本は、作家の追悼文のような形をした批評集で、始めに出てくるポール・グッドマンという米国の作家は初めてで興味を持った。そういえば、米国の批評家・作家は、あまり読んでいない。この本では、ベンヤミンについての文章が面白かった。逆の意味で、エリアス・カネッティも面白かった。正直、笑った。欧米の知識人って、こういうのかって感じ。




(Original)
Morgensonne
das gefrorene Gras
wieder mit dem Wind



(japanische Fassung)
朝日
凍てついた草に
また風が


■ゲルト・ベルナーは、俳画や連句もやる俳人で、充実したホームページを持っている。

冬の朝の情景だろうか。寒々しい風景が「朝日」という言葉でさわやかなものになっている。新しい朝の始まりである。

Das kann die Szene des Wintermorgens früh. Das Wort "Morgensonne" macht eine kalte, triste Landschaft zu einer Frische. Jetzt anfangt der neue Morgen.

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RICHARD WRIGHTの俳句(39)

■旧暦8月30日、水曜日、

6時前に起きてしまったので、ライトの俳句を検討してみた。今日は、久しぶりの晴れなので、シーツなどを洗う。江戸川にウォーキングに出かけてから、仕事に入る予定。この時期、歩くのは気分いいですね。




(Original)
A soft wind at dawn
Lifts one dry leaf and lay it
Upon another.



(Japanese version)
夜明けに優しい一陣の風
枯葉を一枚舞い上げて
枯葉の上に



(放哉)
落葉ふんで来る音が犬であった


■放哉の文庫版では、「枯葉」の句がなかったので、「落葉」の句をぶつけてみた。ライトの句、英語で読むと2行目は「L」の音が連続してリズムを生んでいる。放哉の句、どことなくユーモアが漂う。放哉は動物を詠むのが上手い。基本的に生きものに愛情があるのだろう(See also my English-version site)。
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飴山實を読む(36)

■8月29日、火曜日、秋雨の寒い一日だった。終日、仕事。

ウィキの記事検索ランキングというのを付けてみた。左下の方にありますので、興味のある方は遊んでみてください。毎日の検索ランキングがでるらしい。ぼくの知っているワードは一つもなかった。ある意味、今の社会の一断面が現れているんでしょうね。




日を伊勢にかたぶけにけり花芒


■飴山實は、土地の名称の使い方が非常に上手い。芭蕉に通じるような名手という気がする。伊勢と言えば伊勢神宮だろう。伊勢神宮は、時の政治権力と結びつきながら存続し、明治時代には、国家神道に統合されるが、庶民には「お伊勢参り」としても馴染み深い。そうした重層的な地名を使って、俳句に深みを加えている。神社には、両義的な感情を抱いてきたけれど、神社のある種の清浄な雰囲気には、心惹かれるものがある。梅原さんを読んで、神道は縄文時代まで遡って考えるべきではないかと思うようになった。天皇よりも古くからある神聖さの痕跡。血なまぐさい歴史とともに、そうした痕跡をも伝えてくるようにも感じられる。
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芭蕉の俳句(154)

■旧暦8月28日、月曜日、

ふーっ。どうにか、投句5句揃えて投函した。不作ですね。このところ、句作をまったくサボっていたから、ぜんぜん、書けない。そういうときは、家人に、句を読んでみて、それとなく、反応を探るのだが、今日は、ことごとく、ダメだった。意外に、俳句作らない人の直感は馬鹿にできないのである。




此の寺は庭一杯の芭蕉かな
  (誹諧曽我)

■元禄5年作、芭蕉で秋。これは、一目瞭然で、芭蕉の葉と寺の庭が眼前に彷彿として惹かれた。単純に見えるけれど、そう簡単には作れないと思う。

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琉球と沖縄:沖縄の文学(10)

■旧暦8月27日、日曜日、

昨日から、木犀の香が急に大気に満ち始めた。桜の葉も、2、3、黄色くなり始めた。投句する俳句のことをすっかり忘れていて、今日、明日は、仕事と作句に専念である。



浜辺に松という構図は、松林図や羽衣伝説に見られるように、日本の海岸の原風景だと思っていた。だから、まさか、沖縄の浜辺に、松はあるまいと思っていたのだ。なんせ南国なんだから。ところが、あるではないか、見事な松林が(写真)。この松は琉球松といい、本土の松とは、種類が異なる。葉を良く見ると、本土よりも繊細で、幹も折れやすそうである。海辺だけでなく、山間部にも、琉球松は生えているが、松くい虫にやられて、茶色に涸れているものが多く見られた。



会話           

                      山之口 貘

お国は? と女が言った
さて ぼくの国はどこなんだか とにかく僕は煙草に火をつけるんだが 刺青と
 蛇皮線などの聯想を染めて 図案のような風俗をしているあの僕の国か!
ずっとむこう

ずっとむこうとは? と女が言った
それはずっとむこう 日本列島の南端の一寸手前なんだが 頭上に豚をのせる
 おんながいるとか 素足で歩くとかいうような 憂鬱な方角を習慣しているあの
 僕の国か!
南方

南方とは? と女が言った
南方は南方 濃藍の海に住んでいるあの常夏の地帯 龍舌蘭と梯梧と阿旦とパパイヤ
 などの植物達が 白い季節を被って寄り添うているんだが あれは日本人ではない
 とか 日本語は通じるかなどと話し合いながら 世間の既成概念達が寄留するあの
 僕の国か!
亜熱帯

アネッタイ! と女は言った
亜熱帯なんだが 僕の女よ 目の前に見える亜熱帯が見えないのか! この僕のよう
 に日本語の通じる日本人が すなわち亜熱帯に生れた僕らなんだと僕はおもうん
 だが 酋長だの土人だの唐手だの泡盛だのの同義語でも眺めるかのように 世間の
 偏見達が眺める僕の国か!
赤道直下のあの近所

■この詩は、沖縄の人が今も本土の人に対して持つ複雑な感情が表現されていると思う。たぶん、奥さんと初対面のときのことを題材にしていると思う。貘さんの詩は、沖縄に行く前も面白かったが、行って白と青と赤の世界を体験してからは、いっそう面白く感じる。

沖縄では今、教育界を中心に「ユタ撲滅運動」が進行中である。「ユタ」は今や、「霊感商法まがい」の存在にまで貶められている。近代に組み込まれた瞬間から「進んだ地域(東京=欧米の出店にしてエージェント!)」と「遅れた地域(辺境!)」が生じ、お金が一人、神となる。だから、お金を自分の神に持つユタが出てきてもなんの不思議もないのだ。逆に、神話の側から言えば、五十嵐大介が、世界を支配する白人の力を知り、これを利用しようとした呪術師を描いたように(『魔女』第1巻第2話)、神話にはもともと啓蒙に転化する要素が内在している。「神話の弁証法」である。沖縄でも、今、内外のこうしたモーターが猛烈に働いているように感じる。
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ドイツ語の俳人たち:Martin Baumann(2)

■旧暦8月26日、土曜日、、早くに目が覚めた。今日は、これから慈恵医大である。外出=病院になってきたところが若干、淋しい。





(Original)
eine knospe reibt
sich an dem pfahl im teiche
wiegende wellen



(japanische Fassung)
蕾が一つ
池の杭に擦れている
揺れる波


■この俳句はよくわからなかった。蕾が池の杭に擦れるという情景が、今ひとつわからない。こういうことがありえるのは、どんな蕾なのか。

Ich kann mir nicht klar die Szene des Werks vorstellen. Ich verstehe nicht, warum eine Knospe sicht an dem Pfahl im Teiche reibt. Ich möchte erkennen, was für ein Knospe das ist.
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RICHARD WRIGHTの俳句(38)

■旧暦8月25日、金曜日、やっと秋日和。気分がいい。シーツを2枚洗う。



(Original)

That abandoned house,
With its yard of fallen leaves,
In the setting sun.



(Japanese version)

あの廃屋の
庭に落葉
落日



(放哉)

とかげの美しい色がある廃庭


■放哉の句は、ライトに拮抗する作品が多数あり、選択に迷ったが、これが一番良かった。ライトの句、文章上、取り合わせではないが、俳句的に、取り合わせに訳出してみた。最後の「in the setting sun」のinはなくても、わかるように思う。一行空けるか、ダッシュで続けると俳句の取り合わせに近くなるのではないか。ただ、この取り合わせは、よくある取り合わせではあるように思う。たとえば、似た雰囲気は、トラークルやボードレールの詩にある(See my English-version site in detail)。
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飴山實を読む(35)

■8月24日、木曜日、のち間あり。午前中、国府台で自律訓練を受けてくる。ここのベッドは特殊な形をしていて、横になると即、くつろげる。一台欲しいけれど、高いんだろうな。

午後、仕事をしていると、突然、停電になった。データを保存する前で弱った。電気がないと、なにもできない。エネルギーを電気だけに頼った社会は脆いですな。仕方がないから、一時間近く江戸川を散歩してきた。鰯雲がきれいだった。

停電から2時間経つのに、いまだに原因不明。高圧線の配電設備に問題が生じたらしい。では、なぜ、書き込めるのかと言えば、問題が生じた箇所を避けて配電するネットワークシステムが稼動したかららしい。このシステムは、どっかで聞いたことがあるぞ。しかし、稼動するのに一時間かい。突然の停電は困るな、東電氏。原発はまるで信用がないんだから、配電くらいしっかりしてくれ。




辛口のあとは嚏や月の客


■見た瞬間に気に入った。説明するだけ野暮であるが、情景がはっきり見えて、その場の空気も伝わってくる。こんな句が書ければな、と思う。
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芭蕉の俳句(153)

■旧暦8月23日、水曜日、肌寒くなってきた。終日、仕事。location mapを見ると、ドイツからも来てくれていることがわかる。ドイツ語版、英語版にも、同じマップを付けたので、どういうアクセスがあるのか、興味を持っている。

もともと、高尚でもないもんが、高尚な本を翻訳していると、疲れてくるんだよね、ときどき。そういうときは、ベッドにひっくり返って、『三丁目の夕日』の茶川竜之介先生を詳しく観察するんですね。とくに、意味なく。コマの隅に三毛猫が居るとか、目つきの描き方がさすがだとか。しかし、茶川先生、いいですねえ。一平君と茶川先生、好きだなあ。映画になった茶川先生は、もっと若返って、激情的。これはこれで、面白かった。



芭蕉も元禄5年に入った。芭蕉のそのときまで、2年弱。


鎌倉を生きて出でけむ初鰹
    (葛の松原)

■初鰹の活きの良さが伝わってきて惹かれた。この句は、初鰹を詠んだ一物仕立てだが、調べてみると、意味的には、二重になっている。鎌倉を出たときにはまだ生きていた初鰹の活きの良さ。鎌倉という歴史的な土地の権力闘争。そこを生きて出ることの難しさ。

ちなみに、「鰹は鎌倉」というのは、「徒然草」から出ているらしい。第119段にこういう記述がある。

 鎌倉の海に、かつをといふ魚は、彼のさかひにはさうなきものにて、この頃もてなすものなり。それも、鎌倉の年よりの申し侍りしは、「この魚、おのれら若かりし世までは、はかばかしき人の前へ出づること侍らざりき。頭は下部もくはず、切り棄てて侍りしものなり」と申しき。
 かやうの物も、世の末になれば、上ざままでも入りたつわざにこそ侍れ。

現代語訳より、ドナルド・キーンの訳した英文の方が味わい深いので、そっちを載せる。

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The fish called katsuo is unequaled among those caught in the sea of Kamakura, and of late has been much in demand. An old gentleman of Kamakura told me, "When we were young this fish was never served to persons of quality. Even the servants refused to eat the head. They cut it off and threw it away". It is typical of these degenerate times that such fish have become accepted by the upper classes. ESSAYS in IDLENESS translated by Donald Keene
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