20年に及ぶブログ活動の集大成 → <a href=https://blog.goo.ne.jp/chorinkai/e/3d8eb22fad45ce7b19d6a60e8a70b7e7" target="_blank">★仏様の指
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東京裁判史観の虚妄を打ち砕き誇りある日本を取り戻そう!
そう願う心が臨界質量を超えるとき、思いは実現する
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■超拡散記事『十倉経団連の「選択的夫婦別姓」は戸籍廃止を目論む中国政府の意向』【「水間条項」国益最前線ブログ】
■国内外に拡散宜しく『安倍晋三ファン必見10連発動画』
■超拡散記事『上限の無い特定技能外国人(移民)に認めるバス運転手・鉄道運転手に貴方の命を預けられますか!』
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日本人の起源については種々の説があってさだかではないが、その一つの特徴には海洋民族的要素が混じっていた、ということを挙げてもよいと思う。民族に海洋性があるということは、ある程度の歴史的および地理的条件がないと、生まれないものらしい。もし、ある国民に海洋性があるならば、それはその性質を発展させるに十分なだけの地理的条件に恵まれていた、ということになるであろう。
『日本史から見た日本人 鎌倉編』
( 渡部昇一、祥伝社 (2000/02)、p204 )
3章 室町幕府――日本的美意識の成立
――政治的天才・義満(よしみつ)と政治的孤立者・義政(よしまさ)
の遺(のこ)したもの
(2) 倭寇(わこう)――海外進出の基本的“行動様式”
◆海洋民族としての日本人
日本で南北朝が合一した1392年に、朝鮮では高麗が亡んで李氏の朝鮮が興った。この朝鮮の歴史的転換の大きな原因となったのは、日本の海賊、つまり倭寇である。
日本国内では鎌倉末期から南北朝にかけての政変があったころ、それとはおかまいなしに、西日本の沿岸地帯の豪族は、私貿易と掠奪を兼ね合わせたような活躍をやっていた。しかも、それは隣国の王朝を引っくり返すほどの力になっていたのである。
日本人の起源については種々の説があってさだかではないが、その一つの特徴には海洋民族的要素が混じっていた、ということを挙げてもよいと思う。
民族に海洋性があるということは、ある程度の歴史的および地理的条件がないと、生まれないものらしい。もし、ある国民に海洋性があるならば、それはその性質を発展させるに十分なだけの地理的条件に恵まれていた、ということになるであろう。
たとえばインドはインド洋という大海洋に面している国で、その人口も膨大である。しかしインド人が海洋に乗り出して大いに活躍したという話はあまり聞かない。アフリカやアメリカ大陸の原住民についてもそのように言えるし、シナ民族についてもだいたいそれは当てはまる。
この理由として考えられることは、今挙げた諸民族は、いきなり大洋に面していたことである。何しろ大きな海洋が原始的な民族に対して持つ力は圧倒的だから、すくんでしまうのである。
これに反して、海洋民族になった国民の居住地の近くには比較的小さな、波のおだやかな海がある。そういう海の近くで舟に乗っているうちに、少しずつ舟の運行にも習熟し、大きな海洋に向っても出て行けるようになるのであろう。
西洋でギリシャ、フェニキアなどの海洋民族は、エーゲ海とか地中海で舟の操縦法を覚えたのである。ギリシャ人などは元来は内陸民族であり、南下して地中海に到達したのであるから、まったく後天的に舟の使い方を覚えたといってよい。後のヴェニスやジェノアなども同じパタンである。
しかし、何といっても、その後のヨーロッパの世界的な海洋性に最も大きな影響のあったのは北欧のヴァイキングである。
元来ゲルマン人は海洋民族ではない。ヨーロッパの内陸部で繁殖して方々にひろがっていったのである。インド・ゲルマン諸語に、共通の「海」を示す単語がないことをその一つの例として挙げる人もいる。
ともかく、ゲルマンの一支族は北へ向い、スカンジナビア半島の南部や、バルト海の島々に定着した。バルト海は小さい海であるし、スカンジナビアには、深く細い入江であるフィヨルドが多いので有名である。
そして、ここのあたりに住みついたゲルマン人は、何百年間そうしているうちに、海に慣れ、海洋に乗り出すほどの航海術と度胸を身につけたのである。そして海に乗り出して全ヨーロッパを掠奪しはじめた。
彼らはヴァイキング、あるいはヴァイキンガーと呼ばれるが、これは「入江(フィヨルド)の者」という意味である。
彼らの活動の隣国に及ぼした影響を見るとき、どうしても倭寇を思い出し、両者を比較せざるをえないのである。もちろん日本の倭寇は、瀬戸内海や五島列島で舟に習熟したのである。
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日本人の起源については種々の説があってさだかではないが、その一つの特徴には海洋民族的要素が混じっていた、ということを挙げてもよいと思う。民族に海洋性があるということは、ある程度の歴史的および地理的条件がないと、生まれないものらしい。もし、ある国民に海洋性があるならば、それはその性質を発展させるに十分なだけの地理的条件に恵まれていた、ということになるであろう。
『日本史から見た日本人 鎌倉編』
( 渡部昇一、祥伝社 (2000/02)、p204 )
3章 室町幕府――日本的美意識の成立
――政治的天才・義満(よしみつ)と政治的孤立者・義政(よしまさ)
の遺(のこ)したもの
(2) 倭寇(わこう)――海外進出の基本的“行動様式”
◆海洋民族としての日本人
日本で南北朝が合一した1392年に、朝鮮では高麗が亡んで李氏の朝鮮が興った。この朝鮮の歴史的転換の大きな原因となったのは、日本の海賊、つまり倭寇である。
日本国内では鎌倉末期から南北朝にかけての政変があったころ、それとはおかまいなしに、西日本の沿岸地帯の豪族は、私貿易と掠奪を兼ね合わせたような活躍をやっていた。しかも、それは隣国の王朝を引っくり返すほどの力になっていたのである。
日本人の起源については種々の説があってさだかではないが、その一つの特徴には海洋民族的要素が混じっていた、ということを挙げてもよいと思う。
民族に海洋性があるということは、ある程度の歴史的および地理的条件がないと、生まれないものらしい。もし、ある国民に海洋性があるならば、それはその性質を発展させるに十分なだけの地理的条件に恵まれていた、ということになるであろう。
たとえばインドはインド洋という大海洋に面している国で、その人口も膨大である。しかしインド人が海洋に乗り出して大いに活躍したという話はあまり聞かない。アフリカやアメリカ大陸の原住民についてもそのように言えるし、シナ民族についてもだいたいそれは当てはまる。
この理由として考えられることは、今挙げた諸民族は、いきなり大洋に面していたことである。何しろ大きな海洋が原始的な民族に対して持つ力は圧倒的だから、すくんでしまうのである。
これに反して、海洋民族になった国民の居住地の近くには比較的小さな、波のおだやかな海がある。そういう海の近くで舟に乗っているうちに、少しずつ舟の運行にも習熟し、大きな海洋に向っても出て行けるようになるのであろう。
西洋でギリシャ、フェニキアなどの海洋民族は、エーゲ海とか地中海で舟の操縦法を覚えたのである。ギリシャ人などは元来は内陸民族であり、南下して地中海に到達したのであるから、まったく後天的に舟の使い方を覚えたといってよい。後のヴェニスやジェノアなども同じパタンである。
しかし、何といっても、その後のヨーロッパの世界的な海洋性に最も大きな影響のあったのは北欧のヴァイキングである。
元来ゲルマン人は海洋民族ではない。ヨーロッパの内陸部で繁殖して方々にひろがっていったのである。インド・ゲルマン諸語に、共通の「海」を示す単語がないことをその一つの例として挙げる人もいる。
ともかく、ゲルマンの一支族は北へ向い、スカンジナビア半島の南部や、バルト海の島々に定着した。バルト海は小さい海であるし、スカンジナビアには、深く細い入江であるフィヨルドが多いので有名である。
そして、ここのあたりに住みついたゲルマン人は、何百年間そうしているうちに、海に慣れ、海洋に乗り出すほどの航海術と度胸を身につけたのである。そして海に乗り出して全ヨーロッパを掠奪しはじめた。
彼らはヴァイキング、あるいはヴァイキンガーと呼ばれるが、これは「入江(フィヨルド)の者」という意味である。
彼らの活動の隣国に及ぼした影響を見るとき、どうしても倭寇を思い出し、両者を比較せざるをえないのである。もちろん日本の倭寇は、瀬戸内海や五島列島で舟に習熟したのである。