裸婦の輪郭線、つまり曲線を面相筆で描いても、なかなか藤田の引いた線ほど均一の幅にはならない。修復の際にいくつかの作品の輪郭線を丹念に観察していると、面相筆の中に縫い針のようなものを仕込んでいたらしいことが分かってきた。輪郭線の芯に残った細い溝が証拠だ。実際に針を筆に仕込んで線を引いてみるとうまくいく。 . . . 本文を読む
目的のためならば手段を選ばず、などという聴くもオソロシイ政治哲学を打ちたて、20世紀の今日にいたるまで善男善女のひんしゅくを買ってきたマキアヴェッリが、いかに若輩当時とはいえ、女を交渉相手にもったという一事は、マキアヴェッリの研究家たちでさえ、いたく刺激する出来事のようである。15年の官僚生活中に彼が書いた膨大な報告書のすべてには眼を通さない学者も、この際の報告書は眼を皿のようにして読むらしく、やっぱりヤラレタ、いや、それほどはヤレテイナイなどと論じた研究論文を読むたびに、女である私はおかしくてたまらない。
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「悔いの無い人生」を生きるとは、何か。その問いを考えてきた。その問いを考え続けてきた。そして、それらの数多くの哲学者や思想家の中に、この問いをどこまでも深く考えた、一人の哲学者がいた。フリードリッヒ・ニーチェ。ドイツの哲学者だ。この哲学者が、素晴らしい思想を残している。
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重力によるダメージを軽くするには、睡眠とお風呂が最も効果的です。昔から休息のことを”骨休め”といっていますが、昼間自らの体重で押しつぶされた関節も、一晩ぐっすり眠ることで元に戻ります。 . . . 本文を読む
十数日つづいた田原坂の攻防戦というのは、同時代の世界戦史のなかで、激戦という点で類を見ない。小銃弾の使用量のけたはずれの大きさも、機関銃の出現以前の戦いではこの兵力規模で他と比較しようにも例がないのではないかと思える。 . . . 本文を読む
野に打ち捨てられた死体が腐敗し、白骨となって朽ち果てていく。その過程を九つの段階に分けて描いた絵画を「九相図(くそうず)」という。時に小野小町という絶世の美女が零落するイメージにもなぞらえられ、近世以前の日本で長らく描き続けられてきた主題だ。皮膚がただれ、虫がわく様子をリアルに描いた絵は気持ち良いものでないが、その源流は仏教にある。 . . . 本文を読む
中国が最近、インドネシアに対し南シナ海南端の海域での石油・天然ガスの掘削中止を要求する書簡を送っていたことが分かった。掘削場所はインドネシアの排他的経済水域(EEZ)内にあるが、中国は南シナ海のほぼ全域の領有権を主張する独自の境界線「九段線」を根拠に自国の領海だと訴えたのだ。インドネシアにとり中国は最大の貿易相手国だ。中国はこの立場を利用してインドネシアを影響下に置く代わりに、国際法上無効とされた九段線を根拠に経済的価値の低い海域で紛争を起こし、インドネシアを離反させている。 . . . 本文を読む
日本が攻撃を受けたらアメリカはただちに参戦し、たとえ第三次世界大戦を引き起こすことになるとしても戦わなければならない。それに反し、アメリカが攻撃を受けた場合に日本は戦わなくてもよく、ソニーのテレビで戦争を眺めていればいいのだ、これは不公平だ、と彼(トランプ氏)らしい独特の言い回しで批判を述べた。(中略)日本の青年は安全地帯にいて、アメリカの青年は血を流してもよい、という前提に立ついっさいの議論はもう通らないだろう、と日本側でもすでに十分に承知されている論点である。 . . . 本文を読む
つまり厳粛な「実質」が先にある。その枢要(すうよう)な「実質」とはなにか。すでにおわかりいただけたでしょう。その「実質」とは、実は「侵略的戦争」および「暴虐行為」なんです。なんと乱暴で無茶苦茶な、天を下に地を上にひっくりかえしたような倒錯の論理ではありませんか。 . . . 本文を読む
国際教科書改善連動は国際間の無用な偏見や誤解をとり除くのを狙いとする。従って、日本人グループは修正を必要とするのは日本の教科書だけでなく、韓国の教科書も同様であって、せめて石川啄木のような日韓併合に反対した日本人がいたことくらいは韓国の歴史教科書にのせてもらいたい、と申し出た。ところが、韓国人歴史学者たちから「とんでもない!」と一喝されてしまうのである。 . . . 本文を読む
九州に落ちた尊氏は、けっして平家のようなものでない。武士たちは勝った朝廷よりも敗れた尊氏を慕っている。宮廷側に対しても忠義なことにおいては、最も抜きん出ている楠木一族の中にすら、その気分が出てきている。正成はこれを最もよく知っていた。そしてこれを恐れたのである。そして尊氏との和解を進言したが、束の間の勝利に酔った朝廷は、全然、耳を貸さない。 . . . 本文を読む
敏達天皇が疫病で亡くなられると、その異母弟であり、また妃の同母兄である用明天皇が即位なさることになる。この天皇の御母(おんはは)は稲目の娘の堅塩姫(きたしひめ)で仏教信者であり、天皇もまた「仏法ヲ信ジ神道ヲ尊ブ」と『日本書紀』に書いてある。つまり仏教が正式に日本に渡来したのは第二十九代欽明天皇の御代(みよ)であり、それが後宮に入ったのは第三十代敏達天皇の御代であり、天皇ご自身が信者になられたのは第三十一代用明天皇からである。 . . . 本文を読む
不幸にもこの処女崇拝が近代日本の男たちを深く捉(とら)えた。女は絶対に処女でなければと思いこんだ処女信仰ゆえの悲劇を描いたのが横溝正史の『本陣殺人事件』(角川文庫、双葉文庫)である。世には未だ若く分別がつかぬうち男の値打ちがよく判(わか)らずして性交渉に入ったのち、われ過(あやま)てりと後悔し目覚めて人生経験を積み、賢く毅然(きぜん)と秀(すぐ)れた人格に成長した女も少くない。 . . . 本文を読む
勇気とやさしさは矛盾するものではない。それどころか勇気ある行動をとる人は、男であっても女に負けないほどのやさしさと繊細な神経をもち合わせているものだ。勇気ある人間は、同時にまた寛大な人間にもなり得る。いや、むしろ自然にそうなってしまう。 . . . 本文を読む