ちょいスピでセラピー的なKizukiの日々

色んな世の中の出来事、セラピーなどから気付きを得て、ありのままの自分に還ることを目指して生きてます。

父の応対

2013-06-20 09:06:00 | 身辺雑事

ぐわ~っつつつ!!!

暑い・・ 

連日30℃を超えるようになってから、めっきりと体調が悪くなった・・


夜寝るときも朝までエアコン付けっぱなしになってしまいました・・

つい昨日もダーリンと、

「・・おととしまでこの寝室にエアコンついてなかったって信じられないよな。」と話しました。


そうなんです。

寝室のドアを開けっぱなしにして、リビングについているエアコンをつけて、間接的な冷気で十分だよ、と言っていたおととし。

しかし、角度が悪いのか、ほとんどその冷気がやってこず、扇風機で冷気をまわそうとしていたのですが、それも芳しくなく、それでもエアコン嫌いな私は、

「これでいい、これでいい。新しくエアコンなんて買うことない。」って言い張っていたのに・・

それが今では自分から、

「何やってんの! エアコンもつけずに!」なんて言うようになってしまいました。

昨日なんて、エアコンつけてさらにそれに加えてアイスノンを枕の上に乗っけて寝ましたわ・・


もともとダーリンのほうが圧倒的に私より暑がり。

エアコンの設定温度は放っておくと、23℃設定になっていたりします。

私がリモコンを奪い取り、27℃設定+おやすみモードにしたりするんですが、それでも朝起きると関節が冷えたな~という感じになっている。

皮膚表面はうっすら汗ばんでいるくらいなのに、芯が冷えてしまった、って感じになるんですね。

それで体調を崩す。

わかっちゃいるけど、これ以上エアコンの設定温度をあげるわけにもいかず、ってことで夏になると体調崩す、ってことを前提としたうえで暮らさなくてはならなくなってしまいました。


今朝なんて、ダーリンに、

「おい、熱があるんじゃないか?」って言われるくらいぼーっとして赤い顔をしていたみたい。

で、実際に体温高いっていうのが自分でもわかるんですね。

でも、風邪ひいた、とかそんなじゃない。

内にこもった熱を放出するすべをしらないほど、身体の調節機能が年をとってしまった、って感じなんです。


それで、寝ても寝ても睡眠不足みたいな感じだし、起きてからもさっさと活動できない。

これを年齢のせいとあきらめ、「無理しない方がいい。」と自分を甘やかしてあげたほうがいいのか、いやいや病気じゃないんだから無理してでも動いたほうが体力つく、と活動したほうがいいのか・・

その見極めがつかない程度に中途半端に年をとった自分が情けない・・ 許せない・・

しょうがないので、ちょっとお酒をやめてみようと思っています。

そんな年齢の話にまつわるエピソードを今日はおひとつ。

おとといは、父の日のプレゼントとして黒野レールパークで父の名を書いてもらった、という記事をUPしましたが、あれから父にそれを渡しに行きました。

そうしたら折り悪く、父は不在だったので、母に渡しておいてもらうように頼んで帰ってきました。


そうしたら夜、私の携帯が鳴りました。

(こんな時間に誰だろう・・?)と思って出てみると、父でした。

「あぁ、徹明町の森でございます。今日は大層なものをいただき、ありがとうございました。」と言うではありませんか。

えらくご丁寧になんのつもりだろ? 芝居ってんのかな、と思い、私もそれに合わせ、

「いえいえ、とんでもございません。娘の恵津子でございます。」

と、芝居がかった感じで言ってやった。

すると、

「いやぁ、ほんとにもう、なんてお礼を行って良いのか、うまく言葉になりませんのですが、こういうことをあまり恵津子にはしてもらったことがないものですから、本当にありがとうございます。痛み入ります。」なんて言う。

この一言で、(あ! ダーリンと勘違いしてるんだな。)とわかりました。

父は今年で84歳になり、もともと遠かった耳に拍車がかかってきました。

実際に面と向かって話していても1メートルほどの距離で言っていることが通じなかったり、何度も聞きなおされたりします。

それでも会って話せば、ある程度全体の雰囲気で何を言っているかまだしも捉えやすいものですが、そんな父が電話で相手の声を聞き取ろうったって、もう女性の声か男性の声かさえわからなくて当たり前かも・・(あ・・ もともと私の声が男性並みに太くて低い、っていうのもあるか)

プレゼントに関して言えばうちは、父の日や母の日は、私がダーリンの義父に、ダーリンが私の父にプレゼントしました的体裁をとっています。

けど、実際は一緒のことなんですけれどね・・

一緒の家計から出費してるんだし、どちらもダーリンと私と一緒に買いに行くし。


けれど、こういう世間での祝日やパーソナルな誕生日などを実にきちんと祝う、ということをしてきたダーリンと結婚したことによって、私もするようになった、ということは間違いありません。

それまで私の家では、いっさいそういうことをしてきませんでした。

「欲しくもないものをもらっても、家に無駄なものが溜まるだけ。」という合理的な考えであったはずの私の父母には、「じゃあ、何が欲しいの?」と聞いてまでプレゼントしようとは思いませんでしたし、向こうも私が中学生以上くらいになったときからかなぁ・・ 一切誕生日プレゼントとかもしてくれなくなったので、どっちもどっちって感じでした。

たとえ品物的には「こんなの使わないな。」と思うものであっても「これを自分のために選ぶという時間を費やしてくれた。」とか気持ちをプレゼントされたんだ、というところに重きをおいて喜んでくれる人たちではない、と思ったいたんです。

だから、私ではなくて、ダーリンがプレゼントしてくれたんだ、と父が思っても不思議ではありません。

横から母の声が聞こえます。

「恵津子の携帯にかけてるんだよ! 恵津子じゃないの?」って。

でも、耳の遠くなっている父にはわからないようです。

「いやぁ、ほんとうにありがとうございます。商売のほうはどうですか? 最近。」なんて言う。

もうこうなりゃ、わたしゃ、ダーリンになりきろうと思いましたよ。

私「いやぁ、なかなか。忙しいんですけどね。何とかヒマなし、ってやつですわ。わっはっは。」

父「そうですか~ ん? なんかいつもと声が違うようですが・・」(ヤバイ! 気付いたか・・)

私「いや、ちょっとエアコンで咽喉をやられましてね。なに、たいしたことはない。大丈夫ですよ。」

父「そうですか。 いや、それならいいんですがね。お互いに頑張りましょう!」

私「そうですね。お義父さんもいつまでもお元気ですから、ボクも見習わないといけませんね。わはは。」(やたら高笑いしてごまかそうとするわたくし)

父「いやいや、あちこちボロボロですよ。いや、ま、とにかく・・ ほんとに何て言ったらいいのか・・ ほんとにこんなことはあまりしてもらったことがないものですから・・ ありがとうございました。」(何度も強調するな~ と思ったわたくしはここでちょっくら抵抗してみる。)

私「恵津子と一緒に選びに行ったんですよ。」

父「ん? いやぁ、あいつはそんなことしてくれる奴じゃないから。わはは、いいんですよ。そんな気を使わないでください。」

私「いや・・ 気を使ってるわけじゃなく・・ ま、いいや。では、お父さん、また近々うかがいますので、お元気で。」

父「はい! ありがとうございます。そちらもお元気で。」

ふーっ。

疲れたわ・・

だいたい、私をダーリンと間違えたとはいえ、ダーリンだって義理の息子じゃないか。

なんか、やたら恐縮しすぎだろーよ。


第一、私の携帯にかけておいて、なんでいきなりダーリンが出る、って信じきって応対するんだよ? それ自体がとんちんかんでしょーが。


しかし、待てよ・・

この父の耳の遠さ、自分勝手な思い込みを利用して、またダーリンになりきって私のことをどう思っているか、聞きだすという手もあるな、とか姑息なことを考えたりするわたしなのでした。


いやはや、年を重ねると若い頃には想像もしなかった椿事に出会いますわ。

でもまぁ、それも楽しめるうちに楽しんでおこう。

常に心をオープンにしていれば、すべてのことを受け入れることができるだろうから。






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強烈な情熱の表現

2013-06-19 09:07:00 | 本と雑誌

昨日の“情熱”というキーワードつながりで、今日は1冊の本を思い出しまして、そこに書かれていたことから私の感じたことをお伝えしたいと思います。

「心に響くことだけをやりなさい!」というこの本のタイトルはまさに、51dj3xebupl__sl500_aa300_

「ハイ、その通り! そうでありたいと思って日々精進しておりますっ!!」と言いたくなりまして、この本から何かを学びたいというより、思わずタイトルに「共感、共感!」と思って買った本でした。

この本は、全米でベストセラーになったらしいですが、「パッションテスト」という(※日本語で言うと「情熱査定」ですね。)メソッドを紹介しています。

このメソッドそのものをここで事細かに書いてしまうことは、この本の著作権を侵害する事になりますから出来ませんが、パッションテスト自体はさほど目新しいメソッドでもなんでもなく、要するによく世間で言われていることを少し手を変え品を変え言っています。

「自分の人生に情熱を感じていることをとにかくまずは書き出してみましょう。」

「そこから優先順位付けをしましょう。」という類のものです。


けれど、だから「オリジナル性が希薄だ。」「この本を手に取る必要はない。」か、と言うとそうではなく、逆に私は自分が目標を立てるにあたって大切に見極めなくてはならない手順などについて大変勉強になりました。

例えばその順位付けの手順、習慣化するにはどうしたらいいか、ということが親切に述べられています。

今日、私が述べたいのはこの本の本筋ともいうべきそういった部分ではなくこの本の前書き部分で著者のジャネットの情熱の発露の仕方に目を見張ったものがあり、そんなプロローグの部分をご紹介したいなと思いました。


著者のジャネットはシリコンバレーにあるヘッドハンティングの会社に勤めていました。

けれど彼女の成績はパッとせず、彼女はみじめで屈辱的な日々を送っていました。

それは彼女自身がこの会社にコミュニケーション能力を買われてヘッドハンティングされたという流れから考えても相当な打ちひしがれ感を抱いていたことが容易に想像できます。


そんなある日、彼女はふと気まぐれにある自己啓発セミナーに出てみよう、と思い立ちます。

そのセミナーのテーマこそが、「自分のパッションを見つけること」だったのです。

そこで彼女は雷に打たれたようになり、これがまさしく私のやりたいことだ!と気付きました。

そして幸運なことに彼女はそのセミナー終了後に、セミナー講師を空港まで送って行く機会に恵まれました。

そこで、講師が彼女に、

「あなたの夢は何? ジャネット。」と尋ねました。

ここでの彼女の答えに私はびっくり仰天してしまったのです。

ジャネットはまっすぐに講師の目を見て言いました。

「聞いてくれて嬉しいわ。今日、まさに考えていたことなんですけれど、あなたが私を雇ってくれるか、今の地位を退いてくれるといいな、って・・・ だって、私は世界一の講演家になるつもりなんです。」

・・・こんな答えをする日本人って皆無ではないでしょうか。

私もまさにここを読んだとき、良い意味でびっくり仰天したわけではありません。

「ちょっと、ちょっと! おい、ジャネット、大丈夫かぁ!? そんな言い方して!」という文字通り、ありえんだろーという意味のびっくり仰天です。

だって、「あなたの夢は何?」と聞かれて、

「あなたが私を雇ってくれるか」

「あなたが今の地位を退くこと」です、なんて言う人、いるかしら・・!?


せめて日本人のパッショネーターなら、後者の「あなたが今の地位を退くこと」は省きますよね。

これはブラックなアメリカンジョークだったのかもしれませんが、普通は「あなたが今の仕事をやめてくれさえすれば、私がすぐにでもその代わりを務めてみせるのに。」という発想さえないと思います。

だって、ジャネットはこの講師とこの日初めて出会ってるんですよ!

そして講演家になりたい、と決意したのもそのセミナー途中からですよ!

あまりにもそりゃ、太いだろーと普通なら言いたくなりますし、かえって反感買いますよねぇ・・

日本人はむやみに他人から反感を買うことを極端に警戒する国民ですから、こんなこと言うわけがないと思うんです。

でも、これは後日談を読み進めると、ジャネットが結局前者の「あなたが私を雇ってくれないか」というほうにいかに働きかけたか、が書かれています。

ジャネットはその日からそのセミナー講師のスケジュールをすべてチェックし、ニューヨーク、ボストン、ワシントンDC、ロサンゼルスとまさに全米中を駆け回る講師のセミナーのすべてに最前列で座ったのです。

ジャネットの頭の中にあったのはその時点ではいかに、全セミナーに参加するための資金を調達するか、ということしかなかったと言います。(こういうところがすごいですよね。この時点で全セミナーに参加したら必ず良い結果を生むとの保証はないのに。下手したら彼女は全米各地をめぐる旅費を失う羽目にだけなったかもしれないのに。)


そして最終セミナーの日、講師はセミナーが終わってからジャネットの前に立ち、

「わかったわ。ずっと付きまとわれるくらいなら、あなたを活用した方がいいわよね。あなたを雇うわ。」と言ってくれたんだそうです。

結果的にジャネットが取った方法は意外にも浪花節的なものでした。

昔の日本でも芸人が「この師匠に弟子入りしたい!」と思ったら誰もがまず取る方法だったような・・


ただここで違うのは、芸人の弟子入り依頼は、「少なくともどんなつらい土地や天候や時間のなかにおいても、私はこうして師匠について回って身の回りのお世話をする事だけは出来るんでございます。」という意志表明のようなものだったのに対して、ジャネットのとった行動は、ただひたすら純粋にそのセミナー講師の行っていたことが自分にぴったりだ、ということを相手にアピールしたかった、という点です。

それはその講師のセミナーで、まさに語られていたことだったそうです。

「自分が欲しいものをすでに持っている人間に出会ったら、嫉妬の感情を超越して、『それは私にぴったりだ!』とだけ自分に言えばいい--------。」

それがその講師がセミナーで聴衆に言い聞かせたことだったそうです。

それに対してジャネットはただ素直に反応した。

心のなかで彼女は念仏のように唱えました。

「それは私にぴったりだ! それは私にぴったりだ! それは私にぴったりだ!」と。

私にもこの

「自分が欲しいものをすでに持っている人間に出会ったら、嫉妬の感情を超越して、『それは私にぴったりだ!』とだけ自分に言えばいい--------。」

という教えは心に響きました。

私たちは自分が欲しいものをすでに持っている人間に出会ったとき、気付くとその人に対するいろんな批判やら、自分に対する言い訳を始めていることがありませんか。

「あの人のことがなぜか気になる。でもそれは、自分とはまったく真逆な合わないタイプだからに違いない。できるだけ気にしないでおこう。」

「どうしてあの人ばかりうまくいっているのだろう。きっととんでもない方法を使っているのに違いない。私はそんなマネはしたくないからあの人からは離れよう。自分のイデオロギーが狂わされてしまいそうだ。」

・・・そんなふうに考えて、素直に自分はそれが欲しいんだ! 手にしたいんだ! と認められなくなっていることがありませんか?

手にした方法はとりあえず考えないとすれば、それは確かに自分が手にしたいものだった、ってことありませんか?

私はこのプロローグを読んだとき、初めて自分がどのように素直になればいいのかが分かったような気がしました。

嫉妬の感情はそっちのけにしておいて、とにかく「これだ! わたしにぴったりだ。」とだけ言えばいい。

それが、ジャネットがこのセミナー講師そのものに惹かれたわけではなく、自分こそが世界一の講演家になりたいと思っていた、ということに気付かされて言った、

「あなたが雇ってくれるか、あなたが退いてくれるか」という表現になったのでしょう。


そしてまたこの講師も、自分の教えですからね、ヘンにイラッと「なんじゃ、こいつは!?」と思わずに、素直に聞くことができたのでしょうね。

私は「この表現の仕方、いつか使おう。ハイ、頭の片隅にメモ。」と思ったわけではなくて、この抜けるような青空がごとくのストレートなパッションには誰もかなわないな、と私もほかの人に言わせたい、と思ったのでした。

苦笑いされながらでも、

「ははは・・ アンタの情熱にゃ負けたよ。」って感じのこと。

AKBの前田あっちゃんの名ゼリフがごとく、

「私のことは嫌いでもいいから、私の情熱は嫌いにならないでくださいっ!」って感じ。

そんなパッションを持っていられたらステキだな、と思ったのでした。






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黒野レールパーク

2013-06-18 09:02:00 | まち歩き

先週の土曜日、AEOSを習った遠藤友里先生が、「大阪の帰りにちょっと寄るね~」とうちのサロンに寄ってくださいました。

東京の方にとっては、どのみち西の方角へ向かうなら一緒のこと、というノリで、“岐阜に寄る”ことが“大阪”の帰りに“ちょっと”ということになるんでしょうか・・?

そんなことありませんよね・・

これは個人の資質ですよね・・

友里ちゃん先生、とってもフットワークが軽そうでしたから。


でも、私はよくシェアリングデーに行ったときなど「岐阜からきました。」と言うと、「おぉ!」と(そんな遠くから、よく!)という感嘆符を持って迎えられることがありますが、名古屋と岐阜って、JRの特別快速に乗れば17分の距離なんですよぉ。

ちょっとそこいらの地下鉄に乗って2、3駅ってレベルでしょ?

全然近いんですってばぁ。

AEOS
トレーニングを習ったときに、私とダーリンの馴れ初めを話したら「いい話だわ~」とえらく感激してくださった友里ちゃん先生。

このときも、

「いくつのときに結婚したんだっけ?」と改めて聞かれ、

「え~と、5年になるから49だっけかな。」と言うと、

「!!! それはすごいって。だって統計によると40歳になって結婚できる確率って1~5%なんですって。だからそれを引き上げて50歳になって結婚できる確率って言ったらもっと低くてきっと0.何%かなわけじゃない。

そう考えたら、えっちゃんは年をとってから結婚する人の希望の星だねっ!」と言われました。

「そこを売りにしたシェアリングデーやったら?」とまで・・・

でも・・ わたし・・

なんか努力して結婚した、ってわけじゃないので、それはネタが出来ませんよ・・

第一、そこ、オーラソーマ関係なくなってるし・・

てなことで、楽しく色んなお話をして私はすごく刺激を受け、また頑張ろうという気になったひとときを過ごせました。

さて、お話は変わりその次の日の日曜日、岐阜市を西へ車で20分ほど行ったところにある「黒野レールパーク」に行きました。

ここは名鉄電車の元黒野駅だった場所で、今はホームの一部と駅舎部分が残され、あとは公園として開放されているようです。Photo

なぜ、ここに行きたいと思ったか・・?

それはここでこの日、「ぷらっとフォーム」というイベントが開催されていたからです。

そしてそのイベントには数年前に出会ってからずっと気になっていた小林勇輝さんの出店をのぞくことが目的でした。Photo_2

写真が小林さんのブースで~す。


彼は、なんとお呼びしたらいいのでしょうか・・  書家なのですが、ただの書道家でもなく・・ 「言葉の結晶展」などを定期的に開催しておられる、言葉を花束のようにして絵にしてしまう、という方なのです。


最初の出会いは、数年前たまたま訪れた岐阜での「スピリチュアルマーケット」だったでしょうか。

それから、美濃加茂市のカフェでの展示会にも行きました。
いつか、なんかの形でコラボできたらなぁ~というのが私の夢の1つなんです。


小林さんの書には、「いのち」があると思います。

だから「輝いて」います。


この日は私が勝手に再会を喜び(でも、小林さんも覚えていてくださっていたようでした。)、そしてはからずも「父の日」でしたので、私の父のために1枚書いてもらいました。

私の父の名は「力」と書いて「つとむ」と読みます。

小林さんは何行かのメッセージを例えば鳥にみえるように配置したりとか、それを色紙やハガキにデザインしたりとか、そういう作品を売ってらっしゃいますが、最近では現代文字を古代の象形文字みたいな字にして書にしたため、それを陶芸家とコラボして焼き物としても売っている、みたいなこともなさっているようで・・

この日は、父の「力」と言う字を古代の「甲骨文字」として、大変珍しい和紙に書いてもらいました。

父の「力」という名前は、甲骨文字にすると、「〆」みたいな感じに見えます。

それを書いてもらったのですが・・Photo_3

墨のぽたぽたと垂れた感じがことのほかよくて・・・

小林さんご自身も、

「普段、もうこのメッセージを使おう、と決めて書く字は、何百枚も書いてみて、あ、この感じ!と納得できたものを使うんですが、今回のこの『力』は、偶然の成せる産物というか・・ とても自分でも満足する出来となりました。」とおっしゃいました。


裏には、まさに名前の「力」をイメージするような「いつまでも元気でね」と入れてもらい、とても良いプレゼントができました。

一緒に行った友人が、

「小林さんの作品は、基礎がとてもよく出来ていると思ってプロフィールを見たら、もともと書道家としていろんな作品展にも入賞していらしたから、なるほど、と納得した。」と言ってました。

それを聞いて、これまで彼のプロフィールに全く無頓着だった私は、「ア、そうなんだ・・」と初めて納得しました。


そして、

「基礎が出来ているからこそ、そこからアレンジを加えてもステキな作品になるのか」、

「ご本人に、『自分は基礎がしっかりと出来ているはずだ!』という自信がゆるぎないものとなってそこはかとなく作品に漂うから、こちらもその自信に圧倒されて、これはステキだ・・!と感じるのか」、

「基礎が出来た上で、さらにその基礎がしっかりしていることの上にあぐらをかかずにそれを打ち破る作品にチャレンジする姿勢に人は打たれるのか」

一体、どれが本当のところなんだろう・・?と考え込みました。

きっと、どれもあるんでしょうね。


そして自分のことを思い返してみました。

これまでの人生、「基礎が出来ているからこそ、自信をもってやれたこと」もあれば、「基礎が出来ていても、自信がもてなかったこと」もある。


そして「基礎が出来ているからこそ、自信をもってやれたこと」と「基礎が出来ていても、自信がもてなかったこと」の間には何があったのだろう?と自問自答してみました。

それは私の場合、結局「どれだけそれが好きか」という“情熱”に尽きるな、と思いました。

結局、いったん基礎を固めても、好きでなければそこからさらに努力しよう、とかいつも関わり続けて余念のないメンテナンスにいそしむ、ということをしないから自信も失っていく、ということになるし。


しかし「下手の横好き」という言葉があるとおり、そこに好きで好きで自分が下手だとわかっていてもどーしても止められないんだよぉ、という情熱があれば、自分に基礎が出来ているかどうか、ということもそっちのけになるでしょうね。

基礎が出来ている人から見たら、「邪道だろー!」ということがかえって魅力となる、って場合もあるでしょうしね。


例えば、私はジミーちゃん(ジミー大西さん)の絵って結構好きなんですけれど、彼は大きなところに絵を描く場合でも、全然構図をとらずにいきなり中心人物の目の玉から描き始めたりしますよね。

あれはきっと絵を基礎から勉強している人にとっては邪道なんでしょうけれど、では出来上がった彼の絵が基礎から外れているために魅力がないか、っていうとそうではありません。

むしろそれが魅力になっている。

基礎をきちんとやった人はそれに囚われすぎて、デッサンをきちんとしなくちゃ、って思い込むからこういう描き方はできないだろうし。

キャンバスからはみ出るほどの「ボクは絵を描くことが大好きなんだ~!」っていう叫びが聞こえてきそうな絵。

“情熱”ですよねぇ・・

しかもこの“情熱”、素晴らしいことにいくら年をとっても、消えることはありません。

燃え続けさせることができます。

体力のように「さすがに若い人には・・」ってことがありません。


私は“情熱”をもって生きるぞ~!ということを、この日、気温32℃の猛暑のなかで、日傘も日焼け止めも塗ることなく傷めた肌をじりじりさせながら改めて決意したことでありました。






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ハウステンボスの企画力

2013-06-17 09:05:00 | うんちく・小ネタ

******************************

 ~ロング&ワインディングロードな人生、少し長いスパン

から人生を眺めてみよう!~
  
     ライフ・フローセッション 始めます!

 オーラソーマセッションでは4本のボトルを選ぶことから

 始まります。

 1回のセッションではその4本のボトルについてリーディング

 しますが、この「ライフ・フローセッション」では、

 過去に自分が選んだボトルたちからの流れをずっと見て行きます。

 ☆セッションに当たって必要となるもの

   過去1年(あるいはそれ以上)において選んだ自分のボトルの

   控え・・・3回分以上

   60miniセッション(ボトルは付きません)

     ?些々羅にて3回以上の選んだボトル控えをお持ちの方

                    →\3500

     ?他サロンの控えをお持ちの方

                 →\5000

********************************

少し前に、テレビでハウステンボスを奇跡のV字回復に導いた澤田秀雄氏についての特集を行っていてつい引き込まれて見ていました。

澤田氏は、格安海外旅行ツアーのH.I.Sの初代社長であり、今はそれを退き、2010年にハウステンボスの社長に就任しました。

そしてそれまで開業以来1度たりとも黒字になることのなかったハウステンボスをわずか半年で黒字体質へと転換させてしまったのです。

いまや、ビジネス雑誌で澤田氏が取り上げられない日はない、というほどの注目人物なのです。

皆さんご存知のように、ハウステンボスは「西のディズニーランド」として1992年に長崎県佐世保市にオープンしました。

私も開業当時両親と一緒に旅行に行った覚えがあります。

それからずいぶん経ってですが、前の会社のとき社員旅行でも1度行きました。

そのときの印象はどちらも、「ふぅん・・・ 悪くはないけれど・・ 楽しくもないな。ここは“訪れる”というよりは、“この近辺に居を構えている”人たちのためのオトナの施設なのかな。」という感想でした。

実際、オランダを模した町並みを再現するように、園内には分譲型の家も売られていたと思います。(それは今どうなったのか・・)

澤田氏は就任してすぐにこう思ったそうです。

「ディズニーランドがやることは一切うちはやらない、ということにしよう。」と。

というのは、ディズニーランドとハウステンボスは比較されることが多くて、実際にオープン当事は自らが「西のディズニーランド」なんて吹聴しちゃったからいけないんですが、澤田氏は、

「ディズニーランドの半径50kmの商圏人口は370万人もいるんですよ。それに比べてハウステンボスは17万人。(ちょっとこの数字はうろ覚え。違っているかも・・ まぁ、ディズニーよりうんと少ないというだけの話にしといてください。) これで同じことをやっていて、人が来るわけがない。資金力もイベントやアトラクションにかけられるお金も違う。だったらディズニーをお手本にしようとしたり、真似しようとするのは一切やめよう。」と思ったそうなんです。

なるほど。

ごもっとも。

でも、そんな澤田氏でも、じゃあ、どうやってお客を呼べばいいの?と考えたとき、最初は失敗したそうです。

「もっと来てもらうために、入場料を安くしよう。」と考え、今までよりずいぶん値下げしたんだそうですが、いっこうにお客さんはやってこなかった。

そこで澤田氏はすぐに気づきます。

「あたりまえだな! 中身が何にも変わっていないのにただ値段を下げたってお客さんがやってくるはずはない。お客さんは“面白くない、楽しくない”から来なかっただけで、値段を下げたら面白くなるか、楽しくなるかって言ったらならないわけだからな。」ということに。

わたくし、これにはがぁ~~~ん!!とハンマーで頭を殴られたような気がしました。

“面白ければ、楽しければ、人はやってくる”

この単純な論理にどうして気付かなかったのだろう、と自分で自分をバカバカと殴りたくなりました。

オーラソーマのコンサルテーションをおススメしても、

「だって・・ オーラソーマって高いでしょ。」と言われることがこれまでまま、ありました。

「1万円あったら、美容院(※ここがマッサージになることもあります。)行けるものねぇ。」と言われたこともあります。

それをこれまで私は真に受けすぎていた。

岐阜では物質的なものでないことに1万円を出す、というのは大変なことなのかなぁ、無理なのかなぁ、と。

だけどここで仮に岐阜の世帯収入から、可処分所得を割り出し、「うん! いくらなら使えるはずだな!」なんてその値段設定にしたって、やっぱり来ないものは来ない、という当たり前のことに気付いたってわけです。

考えてみれば、自分だって誰かに行きたくもない場所、興味もないことに誘われてそれを断るとき、

「だって、私はそれに興味がないから。」とか、

「なぁに、それ? 全然楽しそうじゃないわね。だから行かない。」なんて言い方はさすがに出来なかった。

一番多い言い訳が、

「ちょっと今月厳しいから・・」というお金の問題にする事でした。

確かにお金の問題は、ある。

けれど、どうしてもそれ、やってみたい!とか思えば何とかするものだ。(それにしたって限度ってものはありますけれどね。)

「オーラソーマって高いでしょ。」って言われたときに、

「あぁ、やっぱりそう思うんだ・・ 岐阜ってまだまだだな。土地や家賃は安いけれど、誰も来なきゃ意味ないしなぁ。それに比べたら東京はいいなぁ。マーケットが大きいから。家賃も高いかもしれないけれど、どうやって人を集めればいいの?なんて苦労もしなくてもいいに違いない。」なんて、勝手に東京を妬んだりしていました。

ハウステンボスの澤田社長は、入場料を値下げしても何ら改善にはならなかった轍を踏まえ、「もっと楽しくて、何度でも来たくなる園にしよう!」とイベントや何らかの企画を毎週というレベルで目白押しにしました。

そこからです。

ハウステンボスのV字回復が始まったのは。

やっぱり企画力だよなぁ、と思いました。

企画してそれでお客さまに来てもらいたい、とそれをまた告知するということは、ある意味、自分がどういう方向に行きたいと思っているのか、何をやりたいと思っているのかという意思表示をすることにもつながりますからね。

そうすれば、ただ、なんかやってるぅ、というだけでなく、共感者を呼ぶこともできるでしょう。

最後に1つ。

私が考えさせられるなぁ、おもしろいなぁ、と思ったことは、

「オリジナリティあふれ、人から認められる存在になるためには、最初からオリジナリティを目指すのではなく、何か対象を決めて具体的な目標を掲げたほうが、結果的にオリジナルな存在になることができる。」ということです。

これは、0からのスタートではなく、マイナスからのスタートの場合に特に有効な手立てなのかもしれませんが、このハウステンボスの場合も、

1.ディズニーランドがやることはうちはやらない。

2.オランダへのこだわりを捨てる。

 としたことから社員の士気もあがり、V時路線を歩み始めます。

でもこれは考えてみれば、何を言っているのか、何をやりたいのか、はっきりとした方向性を実は打ち出してはいないんですよね。

「ディズニーランドがやっていること以外のもの」「オランダっぽくないすべてのこと」というのは、世の中に無限にありすぎて、何を目指したらいいのかさっぱりポイントを示していません。

けれども、これまで18年間も「赤字」という泥水を飲んできた社員たちにとっては、

「これまでディズニー、ディズニーと言われてきたかもしれないけれど、そんなもの全部やらなくていいんだよ。」

「オランダを外したら何が残る、って思うかもしれないけれどそれでいいんだ。」

と言われたことがものすごく嬉しかったに違いありません。

これは常に数字を残し、数字で判断されるという経営の世界だからかもしれませんが、時に私たちは自分自身を見失いそうになったり、どういう方向に進むべきなのかで苦しんだりしたときには、これまでこだわってきたタガを全部外して、

「○○を目指す必要なんてない。」

「○○にこだわる必要なんてない。」

と考え、これまでやってきたことを全部やめてみることから、自分のアイデンティティを初めて見つけ出せそうな気がする、ってこともありそうな気がします。







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ツインソウルセミナーを受けて

2013-06-16 09:13:00 | オーラソーマ

記事的にはずいぶんと後先になってしまいましたが、6月8日、東京駒沢の「イリデッセンス」さんにて、岡部和代先生オーガナイズによる、阿部小百合先生の「ツインソウルセミナー」を受けてまいりました。

阿部小百合先生は、通称「ぴーちゃん」。

ここでもぴーちゃん!

最近、私はよほど「ぴーちゃん」にご縁があるんだなぁ・・

ちなみにこちらの「ぴーちゃん」先生は、オーラソーマを始められたとき、別のティーチャーに、

「あなたはちっこくて、小鳥みたいでぴーちゃんだわね。」と言って頭をなでなでされたことによるものだそうです。

さて、この「ツインソウルセミナー」は、数秘と占星術のエッセンスをぎゅっと凝縮して詰め込んだような授業でした。


授業は最初、占星術的な話から始まりました。

「今、オーラソーマは水瓶座の時代に入ったって言われているよね。それってどういうことだかわかる?」とぴーちゃん先生が誰にともなく全員に話しかけられて、私は内心、(そうそう! そこそこ! 何だかいつの間にか当然の周知の事実のように、水瓶座の時代とか言われてるけど、それってどういうことなの?)とその意味をイマイチ把握していない私は乗り出しました。

そもそも自分の星座は知ってるけど、地球全体として「水瓶座の時代に突入した」とかってどういうこと? って今更ながら恥ずかしいですが、わかってませんでした・・

そしてそれはこういうことでした。

春分点(春分の日に東の水平線に昇る星座)というものがありまして、それが毎年少しずつズレていって2150年のサイクルで完全にズレるんだそうです。

2150年といえば、この前がちょうどキリストの誕生あたり。

それがずっとこれまでは魚座だった。

そしてそれが今、水瓶座に移動していっている、ということだそうです。

厳密に言うと、今はまだ水瓶座に差し掛かっているくらいで、完全に水瓶座の時代とは言えないんだそうで。

そして、そのように惑星がズレていくとその惑星によって私たちはすごく影響を受けて生まれてきていることがわかっている以上、“人類”という規模で意識も変わる、ということです。

ではそれがこれから水瓶座の時代に入ることによってどのように変わるかと言うと、これまでの縦型の社会から横並びで平等の時代になる、ということなのです。


・・・ということは、これまで私たちは自分の個性を知ること、探ることに必死になってきたかもしれないけれど、これからの水瓶座の時代ではもっと自分と関わる人たちの個性も知ることが必要となってくる。

ソウルグループの時代だからね。


そしてそれを知るにはどうしたらいいの?って通常なら闇の中を手探りで進まなくてはならないはずだけれど、幸いなことに私たちオーラソーマをやっている人間には、それを色という眼で確認する方法がありますよね、ということで数秘からボトルを割り出す、という授業につながっていったわけでございます。

どうです!

この整然としたストーリー!!

面白そうな授業でしょう?


さて、そのようにしてみていくと、私とダーリンの関係性というものは、お互いの個性を尊重しながらハートフルに自然体でいられる楽しい関係ということがわかりました。

まぁ、そうだね~ しっくりくるわ~とすぐに納得。


そしてふと私は、「私と母の関係性はどんなだろう?」という事が気になって出してみました。

すると私と母との関係性は、「パワフルな力が生まれ」、「状況がどうであれ、一緒にいることを楽しめる関係」と出るではありませんか!

全くもってしっくりこないわ~

「状況がどうであれ、一緒にいることを楽しめる関係」に最後にはなるようにという学びの関係ということなのかしら。

母個人としてはバースナンバーが「7」なので、「常に割り切れない思いを抱えている人」という意味では、「そうそう! そういうところがある人!」とすごくしっくりきたんだけれどなぁ・・

さて、午後からは事前に提出しておいて生年月日 生まれた時間によって割り出されたホロスコープの解説もしていただいて、そこでまた私にとっては新たな発見がありました。

生まれたときの天体の分布が南半球に多いか北半球に多いか、東半球に多いか西半球に多いか、ということでタイプがわかるのですが・・

私は東半球と西半球の分布では圧倒的に西半球が多かったんです。

東半球は星が昇っていく方向、西半球は星が沈んでいく方向であることから、これまでたいていの占星術の本には、「東半球に多い人は積極的で明るくポジティブな人」、「西半球に多い人はちょっと暗くて陰気なタイプ」みたいなわけ方がされていることが多かったんだそうです。

でもぴーちゃん先生は自分なりにいろんな人を見てきて、このわけ方はどうもピンとこないなぁ、と思ってきたそうです。


そして「これだ!」とご自身でも割り切れるタイプ分類の表現をついに見つけた!

それが、「東半球に☆が多い人は、自分の人生、自分で切り開く!とひたすら走るハンタータイプ」、「西半球に☆が多い人は、無駄な動きはしたくない!と段取りよく根回しするスナイパータイプ」というわけ方。

これでいくと私はスナイパータイプなわけです。

そしてこの指摘は単に明るいとか陰気とかポジティブとかネガティブとか言われるよりも確かに私にとっては実にしっくりくるカテゴリー分類でした。
バースナンバー「1」の私は、何でもたいていひとりでやりたがるタイプなので、そういう意味では「あ、あの人には一言断っておかなくちゃな。」「あの人には一応声だけはかけておこう。」というような根回しは決して得意ではないですが、確かにただやみくもに走るのではなく、狙いが定まらないうちは走り出せないタイプです。

チーターがもう走りたい本能でとにかく走り出しちゃう、というのではない。

走り出したらたまたまうさぎがぴょんぴょん跳ねている。

どうしても、ってほどお腹が減っていたわけではないけれど本能的に狩っちゃった。

もう少し走っていると今度は鹿がいた。

またも本能的に狩っちゃった。

え~と、これ、どうしたらいいの?

そんなとき、ハンタータイプは計画性がないようにみえて最後にはちゃあ~んと帳尻をあわせるんだそうです。

うさぎは子どもたちに、鹿は仲間達と分け合って食べればいっか、というように。

でも、スナイパータイプの私はうさぎも鹿も本来の私の標的じゃない、となればじっと動かない。

ハンタータイプはごく自然に帳尻を合わせるらしいけれど、それって計画的じゃないわけだから、必ずいつも帳尻が合うかどうかわかんないじゃない、って思っちゃう。

子どもにうさぎをやろうとしても、子どもにはまだうさぎの食べ方を教えていなかった・・

仲間と鹿を分け合おうか、と思っていってみると仲間も、「よう! 俺達も今、鹿獲ったんだぜ。そんなにいらないよ。」と言われたらどうしよう・・

そんなこんなでうさぎや鹿が万が一無駄になったら、と思うことの方が耐えられないタイプなんです。


結構うじうじしてんじゃないか、って。

そうかもしれません。

そして狙いさえ定まったら自分はサバンナで一番速いのに・・って自負があるだけにそのうまく使えないエネルギーをもてあましてイライラしちゃう。

どこかでハンターをうらやましい、と思っている。

そんなところでしょうか・・


でも、オーラソーマでボトルを選ぶこともそうですが、「自分はこういうところがあるんだ。」とか「今、そうなわけか・・」とわかることによって楽になれるし、これからどうしたらいいのか、という計画も立てやすくなります。

やみくもに走り出してみて、「なんか自分らしくないことしてんなぁ。」ともやもやするのではなくて、「今、自分は最終的な獲物が見えていないから、ハンタータイプに一時的に切り替えている。生来のハンターほど上手ではないかもしれないが、それは私が本来そういうタイプではないから当然。」とコトにのぞめることだってあるでしょう。

私はそう思うことにしました。






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