ちょいスピでセラピー的なKizukiの日々

色んな世の中の出来事、セラピーなどから気付きを得て、ありのままの自分に還ることを目指して生きてます。

今年1年を振り返って

2009-12-31 07:52:00 | 身辺雑事

いよいよ今年も残すところ今日のみ、となってしまいました。

皆さん、今年は良い1年でしたか?


私は・・・   もちろん、いい年でしたよ!

去年は結婚し、自宅でサロンを始めるなど怒涛の1年でしたが、今年も結構いろいろなことがありました。


まずは4月に名古屋の事務所を引き払って、完全にSOHOで仕事をするようになったこと。

これでいかに自分自身をコントロールすることが難しいかを学びました。


そしてやりたいやりたいと思いながらなかなか手を付けられずにいた、イベントも3回行うことができ、それぞれ思った以上の沢山の方にお越しいただきありがたいことでした。

でも、やれなかったこともいっぱいあります。

一番大きなことは、今年中にはレベル4をクリアしたかったのですが、全く手付かずに終わってしまった、ということですね。


昨年の「1年を振り返って」では何を言ってたのかなぁ、と思って改めて読み返してみたのですが、昨年のときにすでに「レベル4を来年(つまり今年のことです)にはクリアしたい。」って目標をかかげてますもんね。

しかも「まずは」なんて言ってます。

そこはとっかかりとして、というレベルで言っていたことが全然できなかった。

それから「会社員であることをやめずに、2足のわらじをはいたまま、企業に対してメンタルケアとしてオーラソーマを提案したい」ということも昨年にすでに言っています。

しかし、これも本決まりになったところは出ずじまいに終わりました。

しかし、2つとも出来なかったけれど、それでもそのことについて「ただ出来なかった」という“停滞”だったわけではなく、それ相応の収穫はあったと自分では思っています。(いや、ほんとに。負け惜しみでなく) 

そりゃあ、満足はしていないけれど・・

レベル4をクリアできなかったのは、その場その場での優先順位を考えると会社の仕事であったり、イベントの準備であったりとついつい後回しになったことが原因だと思います。

でももっと大きな原因は、「家庭のことをなおざりにしては仕方がない。今年は家庭第一」と割り切ったことによります。


完璧をめざしたわけではありませんが、自分が納得できる程度までは家庭のことをやり、かつ通常の仕事をこなし、それ以上に時間を作ってレベル4の課題に取り組むことはあとは睡眠時間を削るだけですからそこまでを押してはできませんでした。

でもこのことにより、誰もできない自分を叱ってくれる人がいるわけではない、いつまでにレベル4をクリアしなければいけない、という縛りがないなかで、いかに自分を律するかを模索することができました。

まだまだコントロールしきれているわけでは全くありませんが、来年はより今年よりは上手に家事をサボったり、頑張りどころは頑張りながら、必ず前半までにはレベル4をクリアしたいと思っています。

それから「企業に対してメンタルケアとしてオーラソーマを提案すること」により、会社員でありつづけることを自分自身に納得させようとした去年ですが、これが実を結ばなかったのは、私自身がどれくらいオーラソーマを「メンタルケア」と捉えるのかにやはり、揺れたからだと思います。


オーラソーマは治療ではありません。

でも、「メンタルケア」というと福利厚生の意味合いが強くなります。

この前もはっきりと、「取り入れるには、福利厚生ではなくて、“研修”のポジションになると思いますので、それを考えるとその空きスペースはありません。」と言われた企業がありました。


でも、それにも自分なりのひらめきというか、じゃあ、メンタルケアで攻めるのはあきらめてこういう手でいこう、という希望の光が見えたことがありますので、来年はその提案をバンバンしていこうと思います。

先述の相手先に言われたとおり、堂々と“研修”として提案しようと思うのです。

そのためにはあまりにスピリチュアルなものとして提案するよりも、「潜在意識の開発」や「右脳の活性化」というところに重点をおいて、と考えています。

そこにはまったく自分の考えとしてのブレや提案しながらも内心では「そりゃ無理だろうなぁ。」と引く部分がまったくないので、思い切ってできそうです。

いろんな運勢で見てもらっても、数秘的にも私は来年は物事を完成させ、その実りを謳歌しなくてはならない年です。

十分に実りを謳歌できるようにちゃんと来年前半までには十分に種まきはやりきった、と言える自分でありたいと思っています。

いいこともへこむこともありましたが、それらすべてに“感動”し、心を動かされた年でした。心が動けばそこに必ず気付きがあります。

来年も「気付きの日々」でありますように!


それでは皆さん、よいお年を!



オーラソーマヒーリングサロン「些々羅」では、メールにてコンサルテーションのご予約を受け付けております。営業受付時間は月~土(AM10:00~PM4:30)です。

刻々と予約状況が変わるため、まずはメールにてご希望の日時をお聞かせください。

場所は、名鉄岐阜駅から徒歩5,6分のところです。(駐車場1台分有)

メルアドは

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B87「愛の叡智」

2009-12-30 07:49:00 | オーラソーマ

今年最後のご紹介となりましたのは、1年の締めくくりにふさわしい「愛の叡智」という名前のボトルです。

今年もみなさん、たくさんの愛を注ぎましたか?

あるいは受け取りましたか?

B87 このボトルは初めてのコーラルが登場したボトルです。

そしてこのボトルはずっと「報われない愛」というタイトルで呼ばれていました。

「報われない愛」と聞いて皆さんならどういった愛を思い浮かべるでしょう?

私は、“不倫の愛”を思い浮かべます。(「不倫」という言い方は好きではありません。倫理にもとる、という意味ですからある意味法律を犯したことよりもっとひどい制裁を加えているような言い方だから・・・でもここでは、便宜上、法律的に夫婦と認められたのではない関係のことをそう呼んでいるので世間に従います。)


確かにそれもあるでしょうが、このB87の「報われない愛」というのは、もっといろんな側面を含んでいます。

ようは、「与えられた愛がなんらかの理由で、与えられたようには返されない状況」について語られているので、たとえば法律的に認められた夫婦の間でもそれはあるでしょうし、結婚前のカップルでもあるでしょうし、親子間でもあるでしょうし、同性同士でもあるでしょうし、「個」対「大きな組織なり団体」のような場合もあります。

このボトルはそれらのすべての問題を含んでいます。

そして、オーラソーマで、1番目にこのボトルを選んだ人は、「タイムラインのヒーリング」でも述べたように、虐待の経験があったり、この報われない愛のなかにいる人であることが多いのです。

あるいはそれらの経験をいまだ手放しきれず傷を負ったままの状態になっている人。

私もこの色は大好きな色なのですが、なぜかこのボトルを1番目に選んだことはありません。

パッと見て、「あぁ、ステキだな。あれを今日は選ぼうかな。」とおもいつつ、待てよ、ひとまず全部を見てからにしよう、とおもってボトル全体を見渡していると、ステキな色とは思わなくても気にかかるボトルがなぜか表れて必ず1番目とはならないのです。

面白いものですね。

私はそれほどの“報われない愛”に身をおいたことがない、ということなのでしょうか。

コーラルという色はそんなひどい経験を乗り越えた人だけが得られる全体の愛の意味をも含んでいるように思います。

なぜなら実際に「珊瑚」と言う生物がいる海はとてもきれいになります。

珊瑚は全体のために自己を投げ出せる存在なのです。

きっとコーラルが好きと言う人は、同じように全体のためなら自分を投げ出せる人なのでしょう。

このようなことをコンサルテーションで言うと、必ず、

「とてもとても! 私はそんな器じゃないです。そんなこと考えたこともありません。」とおっしゃいます。

でも、珊瑚には2面性があります。

珊瑚は外側が枯れ枝のように硬いにもかかわらず、実は中身はスポンジのように柔らかい。

珊瑚は光合成を行うという点で植物でもあり、プランクトンを食べて生きている、と言う意味で動物でもある、という二面性をもっている。

珊瑚は岩にカルシウムを取り込みながら固着する、ということから一人では生きられない、依存という問題を抱えている。でも依存しっぱなしかというとそうでなく、先述したように実に大海をきれいにする、という部分をもっている。


このように珊瑚にはイメージと中身とのギャップ、生き方のギャップ、存在のギャップという二面性があるのです。

だからご自分では全体に個を捧げるようなところはない、むしろ、実に自分勝手な人間です、と思っていても、他の人からみたらとっても皆のためになってくれている存在だったりするのです。

そしてまた、コーラル好きの人は、きれいなものが大好きで、審美眼が発達しています。

珊瑚がきれいな水の中でしか生きられないように、きれいなものが大好きなのです。

また、周囲が少しでも汚れているとわかる、生きられない、というように周囲の環境にも敏感です。

そんな繊細な人だからまた傷つきやすいのでしょう。

岩魚やあまごが鯉より弱い生き物であると同じように。

繊細な愛の機微がわかる人は、全体の愛についてだって思いを馳せるはずです。

世界平和を唱える人が自分の家庭さえうまくコントロールできずにぎくしゃくしていては世界規模の活動が出来ないのと同じように。

B87_2 このボトルはオーラソーマタロットでいうところの「隠者」のリターンジャーニーです。B9「クリスタル・ケイブ」(クリスタルの洞窟)の隠者は、アナンダ・カンダ「私は誰?」に従い、洞窟から出て、自分は何のためにこの世に生まれてきたかの旅に出ようとします。

そして分かち合う旅のリターン・ジャーニーでは、彼は自分の反映を見ています。

自分の内側を見ているのだけれど、「反映」を見ているのだから、自分を見ているだけでもない。

そこには天から虹のオーロラがふりそそぎ、ろうそくの炎も燃えています。


それは「観照」と呼ばれるものです。

観照とは「主観をまじえないで物事を冷静に観察して、意味を明らかに知ること。」ですから、隠者は自分を通して何かしら愛にかかわる世の全体のことを悟ったのでしょう。

そしてこのタロットに描かれているように自分自身が他者の鏡の役割を果たし、人を愛をもって教え導く才能がある人となるのでしょう。

ちなみに私は、ターコイズが大好きですが、ターコイズはコーラルの補色(反対色)です。

コーラルも好きなのだけれど、なかなかコーラルそのものであったり、コーラルが入ったボトルを一番目には選べない、というのは、なにかしら私が自分中心から全体へと視点を移せないでいる証拠なのかもしれません。

愛の叡智。

あまりにもでかいスケールを含んだボトルなので、ちょっと説明もうわっつらをなでている感じで芯に迫ったものがなかったかもしれません。

それは私がもっと自分を超えて愛に関わることができるようになったとき、また皆さんに芯に迫ったものをお伝えできる日もくるでしょう。

B87
「愛の叡智」。

「すべてのレベルにおける智恵」

キーノートは、「自己の投影を超えて、自分自身を見ることができる、藍の智恵。」

アファメーションは、「私は過去にさよならを告げ、手放します。私は現在をありがたく思い、内側と周りの温かさと配慮を感じます。」

特項として、*ショックや虐待、報われない愛に関する過去世を癒すのに有効。

    循環器系、消化気系によい。

    このボトルにはじめて強く惹かれている人はこのボトルからワークをはじめるとよい。





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エンジェル風水と豊かさのワーク part2

2009-12-29 07:53:00 | 天使

さて、「豊かさ」のほうではなく、今日は「風水」のほうのお話をしようと思います。

授業では、中国の一般に知られている風水とは違って方角は関係なく今、現状あるがままの状態のなかでどうしたらよい気が通るようになるか、というお話をうかがいました。


そのなかで私の苦手とする「掃除」がポイントになってきました。

私は今まで、掃除といえば、“住んでいる人が気持ちよく過ごせるようにするためのもの”だと思っていました。

そして客間とか応接間とかお店とかお客様をお通しする部屋は“来客が気持ちよく過ごせるようにするためのもの”と。

この考え方だと「住んでいる私がこの程度でいいと思ってんだから、ま、いいか。」とか「来客の方がここまで見ないだろう、ここまでは手に取らないだろう、ここまでは歩き回らないだろう。」という場所ハマ、いいかになってしまっていました。

しかし、この「エンジェル風水」のお話を聞いたら、どこにもかしこにもエンジェルや妖精が住んでいる、ということがわかりました。

エンジェルや妖精が住んでいるのにそこを汚くしていたら可哀そう、と思いました。

こういう思い方をしたほうが私はちゃんと掃除をするようになるタイプだな、と自分をして思いました。

だからこれからはもう少しお掃除に身が入るかもしれません。

それだけでも新たな気付きでありがたい講座といえました!

ちなみに先生は、あるときキッチンの棚をあけたら小さな妖精がそこにひょこんと居るのを見たそうです。

薄ボロのような茶色のウエアだったので、(まさか、これが何か良い存在だろうか・・)とそのときは思っただけだそうですが、それからエンジェルの世界とかいろんなスピリチュアルな勉強をするようになって、それが「ブラウニー」というキッチンの妖精だということがわかったそうです。

そうわかってからはもう見ていないそうですが、ブラウニーは牛乳が好きなそうなので、今では毎日小さなキャップ1杯の牛乳をキッチンの棚にお供えしているそうです。

何も知らない旦那さんは、ちょっといぶかしげな顔で、「なんで、牛乳を?!」という表情で見ているんだとか。

ふふっ、面白いですね。

私がとくに面白いな、と思ったのは「鳥枢沙摩明王」(うすさまみょうおう)という神様の存在です。

「鳥枢沙摩明王」という方は、トイレの神様だそうです。

インドより伝わった仏教では、元の名をウッチュシュマといわれる炎の神であり、「この世の一切の汚れを焼き尽くす」功徳を持っています。

なので、トイレは古くから「怨霊や悪魔の出入り口」と考える思想があったことから、現実的に不潔な場所であり怨霊の侵入箇所でもあったトイレを、鳥枢沙摩明王の炎の功徳によって清浄な場所に変えるという信仰が広まり今に伝わっているのだとか。

そして何だか可愛らしいエピソードだな、と私が思ったのはここ!

その鳥枢沙摩明王は、新居に入る際、財産を運んでくれる神様でもあるので、他の神様たちがいち早く到着し到着順に、「わしはここが気に入った!」「ここが住みやすそうだ。」とそれぞれのお気に入りの場所をとっていってしまうなかで、最後に残ったトイレにしか居られない、ということからトイレの神様となった、という話を聞いたときです。

なんだか、割を食っちゃってるとんまな神様だな、と思いほほえましく思いました。

そんな神様にトイレはやっぱり家のなかで一番居心地の悪い、汚い場所だ、やれやれ、わしってなんて不幸・・と思ってもらっては気の毒なので、他の神様たちに「へへ~ぃ! 残りものには福があったわい。こんな住みよいところを取らなかったおまえらはばかじゃ。」と自慢してもらえるようにこれからは一生懸命トイレをピカピカにしようと思いました。

今ではトイレや水周りは家のなかでも一番きれいにしないといけないのよ、ということは広く知れわたった常識になってきましたが、公共の場のトイレも綺麗に使うとその人にはそこにいらしゃった神様が家までついてきてくれるそうです。

自分の家のトイレならともかく、誰が使ったかわからないトイレを掃除するなんてちょっとできない・・・とためらいますよね。

でも、言われてみたらごもっとも、という気がします。

自分さえ良ければみんなが使うところのことなんて知らない、という人に本当の意味で良いめぐりのものが訪れるとは思えません。

トイレを綺麗にするということは今では芸能界でも流行のように広まっているらしいですが、ちなみに和田アキ子さんは、この公衆トイレを使用したときにも綺麗に掃除して出てくる、ということを実践していらっしゃる方だそうです。

だから、長年にわたって過酷な芸能界を生き残っていられるんですね。

今や大臣までつとめた政治家の野田聖子さんも、初めて就職したホテルマン時代、客室のトイレは「自分でなめてもいいまできれいにしろ。」と叩き込まれたそうです。

最初は気持ち悪くて吐いちゃった、とか・・・

ちょっといきなりそこまでは抵抗がありますが、せめて自分の家の鳥枢沙摩明王様のためにもトイレ掃除には気合を入れよう、と思いました。

皆さんもまだ大掃除がおすみでない方がいらっしゃったら、是非、押入れのなかにも、シンクの下のモノ入れにも、洗面台の下の扉のなかのも、そこかしこにエンジェルや妖精が住んでいるので、彼らが可哀相でない、と思えるくらいに居心地のよい空間を提供してあげてください。




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エンジェル風水と豊かさのワーク part1

2009-12-28 07:51:00 | 天使

以前にエンジェルカードを習いにいった西尾の新城先生のところに、今度は「エンジェル風水と豊かさのワーク」と言う授業を受けに行ってきました。

「エンジェル」と「風水」という結びつきが面白いな、と思っただけで即参加を決めてしまったので、「豊かさ」についてはどんな授業になるのかまったく知りませんでした。

頭の中では勝手に、「心の豊かさ」を感じることのできる瞑想などのワークが取り入れられるのでは、と思っていました。

すると「豊かさ」とは文字通り「お金」について、でした。

お金についての取り扱いが世界中で一番日本人は下手だ、と先生はおっしゃいました。

日本人はお金の取り扱いをそのまま人間性として同一化してみてしまう傾向がある、と。

欧米人は、その点、割り切っていてお金はお金、それと人間性を結び付けようとは考えないドライさがある、と。

例えば、お金を誰か友人に貸す。

期日までに返してくれない。

でも、「あのお金、返済期日を過ぎたけれど、どうなっているの? ちゃんと返して頂戴。」ということをなかなか言えない、というのは日本人がもっともその傾向にある、というわけです。

それを言うと、なんだかお金に執着している金の亡者みたいに思われるのではないか、とか友情を失ってしまうのではないか、とか悪くもない方が当然の権利を行使せず、気を使ってしまう、というわけです。

まぁ、そのときのシチュエーションにもよりますが、私も確かにそういうこと、言いづらい、と感じてしまうほうです。

「考えるほう」ではなく、「感じてしまうほう」。

ここが、問題。

頭で考えるレベルではわかっているのです。どうして貸したほうが小さくなったり気を使ったりしなきゃいけないの? 当たり前のことをしてもらうだけじゃん、と。

しかし、現実の「感情」レベルではやはり「何か事情があるのだろうか・・?」「ここで返してくれ。」といきなり言うよりは、どうしてこうなっているの?ということをまずはやんわり聞いてみたほうがいいだろうか?」とか思い、そのとおりにすると「返して欲しい」という意志が伝わらなかったりして、ため息をつく、なんてこと、ありました。

一度、苦い思い出があります。

会社の友人が、その家族が不始末をしたせいで私が尻拭いをしているのだけれど、それではとてもおっつかない、あなたも少しお金を貸してくれないかしら?と言ってきました。

そのときは、まぁ、自分のことでもないのに気の毒に、と10万円という単位のお金を貸しました。その子の人間性の不始末で犯したことではないのだから、とその子の人間性を信じていたこともあり。

で、返してくれる期日になってもうんともすんとも言って来ない。

1ヶ月を過ぎて業を煮やした私は、一応言うだけのことは言わなきゃ、と意を決して、「あのお金、どうなっているの?」と尋ねると、

「あぁ、あれ。順番に返しているところだから。まだあなたより先に借りた人に返しているところだから順番を待ってて。」と言われました。

なにかまるで私が順番を押しのけて前に出たい、と駄々をこねたのをたしなめられるかのような言い方でした。

びっくりしてしまった私は、「・・・あ、そう。」としか言葉が出てきませんでしたが、後でだんだん腹が立ってきました。

それならそれで最初から「順番にお金が出来次第、先に借りた人から返していくから○○くらいをメドには考えているけれど、ずれるかもしれないから。」とか言えばいいじゃない。

その子は、自分が犯した不始末じゃないから、という姿勢が裏目に出た態度を取ってしまったものと思われます。「自分が悪いわけじゃないから」というのがあるから、つい借りた人にとってもちっともすまなそうではないのです。

でも、貸したほうにしてみれば、あなたの不始末を犯した家族に貸したわけではなく、あなたそのものに貸してるんだから、と言いたいですわね。

結局、それからさらに1ヶ月が経過した頃、返してもらいましたが、そのときも「遅くなってごめんなさい。」という態度は微塵もありませんでした。

このときほど、「お金って人間の本性を見せるものだなぁ。」と痛感したことはありません。

お金が絡まなければその人の嫌な面も見ずにすんだのに、と考えたほうがいいのか、お金の貸し借りがあったからこそ、この人が本性がわかってよかったわ、と思ったほうがいいのか、いまだによくわかりませんが。


今じゃ、どんなに親しい間柄の人であっても絶対にお金の貸し借りはすまい、と決めています。

「50万円貸して欲しい」といわれたら、「5万円あげるから返さなくていい」と言おうと思っています。

実際にそう言ったこともあります。

すると、「貸してくれ」という人は意外にプライドが高いんですね。

「何も私はくれ、と言っているわけではない。返すに決まっているのにそんなふうに言われるのは不本意だ。あなたからは借りない。」と言って去っていきました。お金を借りることなんてたいしたことじゃない、と思っているから言えることですね。

去るものは追わず。

授業では最初にOリングテストでその人がお金に対してどう思っているか、という簡単なテストをしました。

いくつかの質問に答えてみると、先生は私について「お金を受け取ることに関してはかなり抵抗があるようね。だからこの先もお金持ちにはなれないかも。」みたいなことをおっしゃいました。

確かに私は「働かざるもの食うべからず」という意識が強いから、自分で自分がやった、と言うこと以上のお金をこの世で受け取ることはないかもしれません。

でもそういわれてなんとなくがっくりしていると、先生は「お金を受け取ることに抵抗がある人は、前世で神に仕える仕事をしていた、とか天使だった人たちなのよ。だからどうしてもそのカルマが残っていて、今生でもお金を受け取っていいんだろうか、っていう思いが強いの。私たちは何回も何回も転生してきているわけだけれど、それが多ければ多いほど肉体をもったこの世で生きていくためにはお金の問題が付いて回ってたいへんだ、ってことの複雑さを身に付けてしまっているので、ついそう考えがちなの。だから、案外この世で素直にすーっとお金持ちになれる人っていうのは、魂としては転生の回数が少ない人に多いのよ。お金について抵抗を感じる人は、逆に何度も何度も転生している魂の成熟度としては高い人が多いの。」と言われました。

そう言われるとなんだかちょっと気がラクになりました。

今まではずっとお金とは汚いものだ、とかこわいものだ、とか頭では思っておらず、むしろその人が果たすべき使命をまっとうするために必要なお金はその使命に対して必要な文化度にあわせて自然に手に入ってくるものだ、と思っているのにもかかわらず、どこかで素直に「お金持ちになりたい」という言い方には抵抗があり、「ある程度のお金はあるにこしたことはない。」とか「お金があればその分、人に貢献できるようなことに使い努力できるからお金はあったほうがいい。」というような持って廻った優等生みたいな答え方しかできない自分がいました。

これは「思い癖」というものだそうです。

思い癖のブロックを外さないと豊かにはなれない、ということで、ブロックを外すためのアファメーションを利用した瞑想を行ったりしました。

これでちょっとでもお金に対してバランスのよい対応ができる自分になれればよいなぁ、と思います。

習ったことのなかで、簡単にできちゃう豊かにお金が入ってくる方法をお教えします。

まず、お財布は黒の地味なもので長財布(お札を折らずに入るサイズのもの)にできれば変えてください。

お金は暗くて涼しいところが好きなので、派手な財布だと文字通り派手にお金が飛んでいってしまうそうです。

そしてできれば1年に1度はお財布は変えること。

それに対して未練が生じない程度の値段のお財布にするとよいですね。(何万円もすると長く大事に使おう、と思っちゃいますもん。)


そして満月の夜。

できればひとりでベランダかお庭に出て、一度中身を全部だし、内側を濡らしたタオルなどできれいに掃除をしてください。

お金って結構汚れているので(物理的に)、内側を拭いてみるとびっくりするくらいの汚れがとれるそうです。

そして、逆さにして3度ふります。

これで完了。

また新しくお金が入ってくるそうです。

新月、満月とやることが忙しくなってきました。

でも、これだけで身辺きれいさっぱりとし、新しく良いお金の流れが生じるとよいですよね。

是非、来年からためしてみてくださいな。



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食三昧

2009-12-27 07:47:00 | 食・レシピ

なんだか最近、食三昧って感じの生活を送っています。

先日はまた大阪の仕事の帰りに心斎橋道筋のにぎわいに味をしめて、ぶらぶらと歩き回り、「ん!? ここは!」とピンときたお店に入ってみました。

Photo すると、「本日のおすすめメニュー」のなかに「富山産 氷見の天然ぶりのお造り」というのが目に飛び込んできました。

たまたまその日の朝は、テレビを見ていたら、氷見のぶりを特集していて(おいしそうだなぁ、食べたいなぁ、)と思っていたところでした。

最近は、ぶりとはまちの境は明確にしなくてもいいのか、切り身にしてしまえばわからないから、ということなのか、スーパーで売っているものはほとんど「これ、はまちでしょ。」といいたくなるようなものを堂々と「ぶり」として売っているように思えてしかたがありません。

本当のぶりとは50センチ以上の体長のものしかいいません。

そして、そのサイズクラスのぶりだと地元でも10万円ほどもします。

昔はもうちょっと気軽にぶりを食べていたような気がするんだけど・・・

冬になると「また、ぶりかぁ。」と言うくらい。

最近じゃあ、天然の脂の乗ったぶりって食べてないもんなぁ、と思っていた矢先でした。

当然注文しましたとも。

そうしたら、出てきたのがこちら。

ぶりしゃぶのような切り方をしてあって、ぶりしゃぶよりは刺身に近くちょっと厚め。

ちょんとお醤油につけただけでお醤油にじょわ~んと広がる脂の膜。

これこれ、こういうのを食べたかったんだ~!と感激。

Photo_2 それからおもむろにどれどれと、またメニューを見ていたら、「旬の野菜のせいろ蒸し」というのがあり、写真付きだったのでそれを見たらボリュームたっぷりで彩りもよく、どれもおいしそう~!

これも思わず注文しちゃいました。

出てきた湯気がほこほこたっているせいろの中身をみてびっくり。


何だか、なじみのない野菜ばっかりなんです。

大根がただの大根ではなく、「紅芯大根」というかぶらのようなマゼンタ色をした大根。これは普通の大根よりしゃきしゃきしていました。

「インカのめざめ」というじゃがいも。こちらは黄みが濃く、ねっとりした感じ。

「ロマネスク」というカリフラワーとチコリの合いの子みたいな野菜。

ほかにもいっぱいありましたが忘れてしまいました。

全部で8種類ほどの野菜が供され、2人前ほどの分量で1500円はお値打ち、と思いましたが、これがもし、普通の大根、レンコン、にんじん、じゃがいもという冬の根菜類であれば、お値打ちと感じたか、というと疑問です。

昔、「ニッチ産業」という言い方が流行りました。

これは「すきま産業」という意味で、それまでの産業界が商売にならないからと取り合わなかった部分などを産業にして中小企業が大手に対抗していこう、という試みでしたが、これはニッチともちょっと違う。すでにある市場といえばすでにあるもんね。

でも、皆がみな、知っているものではない。

そういうものをかき集めてくると値段がとれるのだな、ふむふむ、なんて美味しいものを食べながらもどこかビジネスの仕組みを考えたりするわたしもいたりして。

その日はあいかわらず客引きのお兄さんやお姉さんの間をすりぬけてほろ酔いでかえってきました。

満足、満足。

Photo_4 名古屋駅に降り立ったとき、ついでに、と思い、タカシマヤのイルミネーションをまじかで見て見ました。

壁面のイルミネーションは、「春夏秋冬」と季節が移り変わるのですね!

知らなかった・・・

でも、こうしてイルミネーションで表わしてあるものを見ただけでも、春と秋はやはり風情があるなぁ、と思いました。Photo_6

夏なんて海を舞台にマリンスポーツをやっている人を描いたりでもしないかぎり、イルミネーションでは季節感を表わすことができないみたい。

冬も雪が降らなかったらどうなんだろう・・って感じ。

しかし、お金かかってますねぇ。

次の日は友人と洋食のランチ。

するとなんと添えられていたのが、昨日お目にかかったばかりの「ロマネスク」というカリフラワーとチコリの合いの子のようなやつ。

これ、今はやってんのかしら・・?

珍しい野菜に2日続けて出会うなんて、この野菜と私の間には何か波長の合うものが!?と考えてみたりしちゃったりして・・

野菜と波長が合ってもねぇ・・


夕食は、オーラソーマ仲間のちーちゃんが主催するクリスマスディナーお料理教室。

料理教室といっても、技術を教えるのが目的というよりは、みんなでワイワイやりながらおいしいもの食べましょう、という感じのアットホームなもの。

メニューは「ピンチョス」というクラッカーの代わりにバゲットを使ったスペイン風カナッペ。上に乗せるのはスパニッシュオムレツにラタトゥイユに生ハム&パルメザンチーズと豪華。

パルメザンチーズは粉にせず、薄くスライスしてそのままかじるとおいしいですね。

ワインにとっても合いそう!

でも、クルマでやってきているので飲めないのが残念でした・・

Photo_7 そして「渡り蟹のスパゲティ」「ローストビーフ」そしてデザートに、「オレンジのクレープシュゼット」。

お代わりできるほど出来上がりましたが、自分の分を食べるので精一杯でした。

少食の人は、準備宜しくタッパーをもってきて、詰めてお持ち帰りにしてました。

そして翌日は、とても寒くて風も強く、でも久々にきれいに晴れました。

するとダーリンがにんまり、「干物日和だな。」

そう、彼は干物づくりが趣味なのです。

干物は寒風ふきすさぶなかで作るととても美味しくできます。

そして釣りと同様もっぱら自分の手にかけたものはあまり食べられなくなるとかで、私に「どうだ、美味しいか。もっと食え、食え。」と言います。

確かに自家製の、まったく無添加の一夜干しはおいしいですけれど、いくら私だってそうは食べられませんて。


Photo_8 でも、出来上がって取り込んだ干物はマイワシがつやつやで全然皮がシワシワになってなくてシルバーに輝き、とてもおいしそう!

決して豪華な素材ではなくていいんです。

やっぱり我が家で作ったものというのは、この3日間のなかでもとびきりのおいしさでした。










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