ちょいスピでセラピー的なKizukiの日々

色んな世の中の出来事、セラピーなどから気付きを得て、ありのままの自分に還ることを目指して生きてます。

イギリス滞在記⑦   デヴ・オーラで働く人々のモチベーション

2012-02-29 09:12:00 | オーラソーマ

イギリスに滞在している間にデヴ・オーラで働いている人たちを見ていて、ひとつの疑問がわきあがっていました。

それは、どうしてあんなに生き生きと働いているんだろう?ってこと。


そりゃあ、自分からのぞんで働きに来たんだろうし、好きなことをやって働いていられるって幸せだからじゃないの?ってシンプルにお思いになるかもしれません。

けれど、きっかけが「この仕事が好きだから!」「この仕事についてさえいれば、私は幸せだっていえる!」と言って入ってきた子たちが、働いているうちにだんだん垢がたまっていくように、何だか重苦しくなり、意気消沈しているような様子になり、生活に疲れてしまっているような面持ちになり、どうしてもモチベーションがあがらない、っていう態度になるのを、私はこれまでに数限りなく見てきました。
むしろ、そうならない人なんていない、と断言できるほどです。

どうしたら働いている従業員のモチベーションをあげることができるのか・・?

それは企業にとって究極のテーマであるともいえるでしょう。

私が接客啓発講師としてよばれる場合も、このテーマで講義をしてくれ、という依頼が一番多いといっても過言ではありません。


だから私もこれまでどれだけ高邁な動機を持って会社に入社しても、機械なら定期的に油をさすなどのメンテナンスを行わないと最高のパフォーマンスを発揮できないのと同じで、人間も定期的に“やる気”を注入しないとモチベーションが維持できなくて当たり前なんだ、と思っていました。

それがこのデヴ・オーラでは、皆が実に生き生きと楽しそうに自らの意思で働いている。

その様子は昨日、今日、ここでようやく長年の夢がかなって働き始めて嬉しくてしかたがない、という初々しさを漂わせたままでいる、といった感じに見受けられるほどです。

彼ら、彼女らの上司にあたるような人がいて、その人が定期的にヤル気を注入しているからだ、というようにも見受けられない。

いったいどこに秘密があるのだろう?と首を傾げていました。

食堂のいつもおいしい料理をつくってくれる人は、料理ができあがると実にいそいそと「さぁ! とってもおいしいお料理ができましたよ~ あんたたちもおいしいおいしい、って言ってもらえて人さまの役にたてるときがきたわよ~」というような様子でいそいそと器を持って現れる。

昨日はラボ見学に行ったときの話を書きましたが、私たちにとっては初めての経験でしたが、彼らにしてみれば毎日毎日入れ替わり立ち代りいろんな国の人が何班にも別れてやってきて、同じ説明を繰り返さなくてはならないはずです。

それでテンションが下がり気味になるときもあるさ、というようにはとても思えなかった。

もう、この仕事に就けていることが嬉しくてうれしくて、と言う様子がこちらに伝染してきました。

エリックの様子なんてそれはもう子どものような無邪気さでそれを全身であらわしていたし。

こういう人たちを見ていて、人間ではなく、ハーブと、鉱物と、野菜たちとあるいはその背後にいる精霊(ディーバ)たちとお話をしているから、彼らからしょっちゅう刺激は受けているんだよ、ということなのかもしれない。

そうだ、だから自分ひとりで孤独に行わなければならないような作業でも彼らはモチベーションを落とすことなく生き生きと毎日働いているんだ、と結論づけようとしていたときでした。

最後に近づいたある日の授業のときのこと。

お茶の休憩が終わり、席に戻ってみるとマイクの横には数々のAEOSの新製品が並べられていました。

これまでにAEOSはスキンケアが発表されていますが、ここで発表されたのはメイクアップ用品でした。

マイクは簡単にそれらを説明した後、これを特別に1set丸ごと買うならすごくお値打ちになります、という話をもちかけました。


さぁ、買うならいまだよ。

数には限りがあるから。

皆さん、日本で買うより今買えば、うんとお値打ちに買うことができる、ということをわかってくださいね。

私は、マイクがここでAEOSが売りたい一身で、すんごいいやらしい駆け引きを始めた!というほどにイヤな気持ちになったわけではありません。

ただ、こういうところ、私って急にお堅い日本人気質が頭をもたげるのか、授業が終わったあとに、「さぁ、これから新製品のAEOSがお値打ちに購入できます、というお話をしますから、興味のある方は残ってください。そうでない方は授業はここまでですからお部屋に引き上げてもらっても構いません。」と言われるなら全然OKだけれど、しかも買わないくせに話だけは、って居残るかもしれないけれど、授業の途中で商売はじめるこたぁないだろ、ってちょっとシラける気持ちになるんです。

ちょっと話はそれますが、マイクは私たちに「さぁ、では今説明したことをペアを組んでワークしてみてください。」とワークを言いつけ、それが終わるとちょうど今日はこのまま授業は終わりになるな、という時間だとさっさと自分は身じまいをして先に帰ってしまうこともありました。

あれもシラけました。

オーラソーマではシェアする、ということがとっても大切なことです。

だから、ペアでワークした後も、全員には無理ですが、23人ピックアップして、「今、ワークしてみてどうだった?」ということを全員でシェアする、というようなことをするのか、と思いきや、「じゃ、あとは流れ解散ってことで頼むね。」という感じでさっさと帰っちゃう。

正直、このことに関してはマイクにちょっと不満を感じています。

で、話は戻りまして。

このAEOSの化粧品どうっすか~? という販売の時間も私はちょっとシラけた気分でぼんやりと席に着いていただけでした。

そしてそのときにふと、こんな考えが頭をもたげたのでした。

マイクからは「売らんかな」の商売人の勢いや匂いは感じないにせよ、彼が自ら販売を行うというのは、自分の傘下で働いてくれている多くの従業員の顔を思い浮かべているからかもしれないな、と。


自分が関わって心血を注いで産み出したプロダクツは、単にこれ1個を売ったらいくら、という大量生産の規格品ではない。

1つ1つが命をもったものたちだ。

そういう思いで従業員も作ってくれている。

ならば、トップである自分もその命を受け継いで、それをきちんと伝えたうえで、それをわかってれて使ってくれる、またそこから別の人に手渡してくれる、という人に売りたい、という思いがそうさせているのかな、と思ったのです。

生臭いことを言えば、マイクが一生懸命売ることによってオーラソーマの業績があがれば、よりデヴ・オーラで働く人たちの給料にもそれは反映されるはずなわけで。

モチベーションがあがる一番大きな要因のひとつは、やはり給料ですからね~

どれだけ大望を抱いていたって、そこで働いているかぎり、どうも自分の思いとはかけ離れた、すずめの涙ほどの賃金しかもらえやしません、なんて会社では誰だってそのうちモチベーションは下がってしまいます。

自分自身が豊かな生活を送るためには、その人が望む文化的な生活を十分に満喫できるだけの賃金を得させてあげる必要があるのです。

それをマイク・ブースは身を挺してデヴ・オーラで働く人々のために行っているのかもしれない。


そう思ったとたん、急にまぁ、授業の途中からいきなりこういう話になったのも許してあげるわ。せいぜい売って、デヴ・オーラの人々に還元されますように。

そしてそれによってデヴ・オーラの人々がいつも最高のモチベーションで仕事に取り組むことが出来て、彼らの笑顔によって、ここを訪れる人たちがまた癒されたり、オーラソーマってほんとうにいいわ~とオーラソーマと取り組むことに新たな意欲を燃やすことができればそれでいいではないか、と思ったのでした。




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イギリス滞在記⑥  ラボ見学

2012-02-28 09:05:00 | オーラソーマ

3日目だったか4日目だったか忘れましたが(そんなことがもう定かではないのか・・! 自分の記憶力のあいまいさには驚くばかりです。)、ラボ見学に行きました。

今回の渡英のなかで、オーラソーマのプロダクツを実際に作っているところを見学できる、というのは大きな期待と楽しみの1つでした。

工場見学ではまず入り口の部屋で簡単な説明を聞いたあと、白衣に着替え、紙製のヘアキャップをかぶり、靴の上にもカバーをかぶせるという厳重装備でラボの中へ入っていきました。

写真撮影もここまでです。中では一切撮影禁止。

やはり電磁波の影響を受けたり、フラッシュなどによって色の調整が狂ってしまう、ということがあるのでしょうか。

なかなかに厳しい管理でした。

Photo_3 しかし、説明してくださった方は、そんな厳しい管理とは裏腹にとてもラテン系の感じな、ノリのよい明るくはじけた人でした。

入り口のその場所では、どのくらい日光に当たるとアルケミーが起こるのか、という実験が繰り返されていました。

もちろん、なるたけなら色がいつまでも安定した製品を提供するための実験です。

聞くところによると、ほんの5年前ほどまで、まだまだ色はなかなか安定しなかったようです。

日夜の努力によって、オーラソーマは進化しているのですね。


さてさて、いよいよハーブエッセンスを作っているお部屋に入ってみると・・

そこは化学の実験室のような趣でした。

少し説明を受けていると、1人の男性が部屋に入ってきました。

一目見たとたん、「エリックだ!」とわかりました。

エリックというのは、プロダクツにおける総責任者です。

私は、バタフライ&シーエッセンスを受けたとき、先生からこのエリックの話を聞きました。

オーラソーマの製品はすべてこの成分が何%、こちらの成分が何%という組み合わせの妙によって効果がある、という単なる化粧品のようなものとは違って、そのうえにさらに精霊(ディーバ)たちのエネルギーが転写されています。

それを行っているのがエリックなのです。

エリックはディーバとお話できる人なのでした。

そして、そのとき先生には、「見かけはカリフォルニアのカウボーイみたいだったけど、実に繊細なのよ、エリックは。」と聞いていました。

先生たちが何度目かにイギリスに行ったとき、たまたまエリックを遠くに見かけて手を振りました。

エリックも手を振って返してくれました。

それから授業を受けていると、誰だかスタッフがメモを持ってあらわれました。

そこにはエリックが、「遠い日本からわざわざ僕に挨拶してくれた友人がいたのに、そのとき僕は駆け寄ることもできなかった。それをとても悔やんでいる。」というものだったそうです。

先生たちはびっくりしました。

離れていたし、作業中であるのはわかっていたし、手を振ってくれただけでまったく満足していたのに、エリックはそんな風に思っていたなんて・・と。

そして、「ほら、これがエリックよ。」と一緒に撮った写真もそのとき見せてくださいました。

そこで破顔一笑という屈託のない笑顔で写っていたエリックは、たしかにもっとたくましいカウボーイに見えました。

その写真のことがあったので、私はエリックを覚えていたのです。

あの時先生に見せてもらった写真と同じように、エリックは何が嬉しいんだか、もうはしゃぎだしたくてたまらないといったくらいの笑顔でラボに入ってきました。

そしてしばらくの間、説明してくれていた男性の話をおとなしく私たちと一緒に聞いていましたが、一区切りついたところで、

「ねぇ、僕に5分だけ時間をくれないかい?」と言いました。

ガイド役の男性は、笑いながら「むろん、いいとも。」とエリックにバトンタッチしました。

エリックははりきって、そのとき巨大なビーカーのようなもののなかで作られていたマゼンタの色の説明をはじめました。

そして、この色を安定させるためにどれくらいの苦労が必要か、という話をしました。


そして次の話に私はびっくりしました。

と同時に、言われてみたらそうだ! どうしてそんなことに私は今まで気付かなかったのだろう、と思いました。

この生きた色のついたハーブエッセンスという液体は、50mlの瓶のなかに詰めたときと、2.5mlの小さなボトルペンダントの中に詰めたときとでは、同じ色にならない。

そりゃあそうだ~!!

体積の密度が違うんだもんね。


それをエリックは「実際にやって見せてあげるね。」と言いました。

空の50mlのボトルにマゼンタを詰める。

ふむふむ。

いつも見ているあのマゼンタだ。

「じゃ、この同じものをボトルペンダントの空の瓶に詰めるよ。」

そうしたらなんと、頼りないほどにほんの少ぉ~しの色味にしか見えないではありませんか!

25mlでも微妙な色の調整があるのかもしれません。

これは実際のデータでどれだけマスターエッセンス(その色のマザーテープみたいなもんで、すごく濃く、ちょっとだけとろっとしているように見えました。)を混ぜるかきちんと決まっているのですが、そこに最終的にはやはり人間の目での見た目の調整も加わるそうです。

だから、この仕事はやりがいがあるんだよね~、何せ生き物を相手にしているわけだから、と言わんばかりにエリックは生き生きとしていました。

「天からの愛」・・・。

マゼンタにはそういう意味があります。

このときエリックに会えて、そして「サービスだよ。」とちょっとウィンクしながら、50mlとボトルペンダントのサイズの両方に色を入れて見せてくれたこと、今日作られていた色がマゼンタであったことは偶然ではないように思えました。

まさにそれは天からのプレゼントだったように思います。

それから私たちは、ポマンダーやボトルに瓶詰めしている様子やラベルを貼る作業のところを見学しました。

ボトルへの瓶詰めはさすがに手作業ではなく、ベルトコンベアー的な機械が使われていますが、フランスで作られているというガラスのボトルは、微妙に大きさが11個違うため(このことも、何できちんとできないんだよ、日本で製造すればもっときちんとできるんじゃないの、なんてことは思いませんでした。11個に個性があるということはこのガラスのボトルたちもすでにオーラソーマのプロダクツとして役に立つんだ、ということをわかってやってくるんだ、と愛しく思えました。)、エッセンスやオイルだけをきちんと25mlずつ、と計って注入しても、微妙に真ん中のラインで2分割にはならないんだそうです。

だからこれも調整が必要なんだ、と説明を受けました。


私たちが普段、とーぜん、と思い込んであまり気にしていないところにもすごく気を使って、改善されながらプロダクツは丁寧に丁寧に作られているんだなぁ、と思いました。

あ、このときボトルで作られていたのはB106「ラツィエル」でした。

ボトルもポマンダーなどのエッセンスも、毎日いろんな種類のものが少しずつ生産されているのではなく、ある一定の期間は同じものが作られ続けます。

そのラツィエルを見て、私はハッとしました。

ラツィエルが誕生したときのことを私はずーっと前にこのブログにも書いたような気がしますが、ラツィエルは「ミスティ」と呼ばれ、この1つだけが日本ではすりガラスとなったボトルに入っています。

ミスティに見せるためです。

しかし、ほかの国では中身のエッセンスとオイル自体がミスティに施され、外のボトルがすりガラスになっているわけではない、と聞かされていました。

それはどうしてか、というと、初めはもちろん世界共通で日本にも中身がミスティというものが送られてきたのですが、日本のものだけなぜか成田に到着したとたん、ミスティがクリアになってしまった、というのです。(と、聞いていました。)

その当時、聞いた先生は、「今、日本では食肉偽装事件とか、佐川急便の事件とかがあって、次々に悪事とかが暴かれちゃって、どうしてもミスティにはできなくてクリアになっちゃう時代だから、って言われているわ。」と聞いていました。

へぇ、それこそミステリーみたいだ、と思っていましたが、心のどこかで「ほんとうにそうか・・?」という疑惑も持ち続けていました。

それがこのラボ見学で、たまたますりガラスになっていないラツィエルが作られていたところを見て、当時の疑惑がまた湧き起こってきました。

なので、ラボ見学を終えてから、オーガナイズの先生に尋ねてみました。

すると、あの当時も日本に着いたとたんにミスティになっていたはずのラツィエルが日本だけではたちまちクリアになってしまった、というよりも、「ん? ミスティと聞いていたわりにはなってない・・ これは不良品ではないか。」と日本からだけやたら返品の山が積まれてしまったそうです。

そこで考えたイギリス本社が日本向けだけはすりガラス対応にしたわけ。


なぁ~んだ。

そうだったのか。

その話のほうが確かに信憑性があるわ。

しかし・・・

オーラソーマも意外に根性ないね(笑)

「これはこういうものなんです!」と断固として通してしまうのではなく、返品の山よりは、もう日本の口を黙らせるには日本人の誰が見てもミスティに見える返品が来ないものを作り直せ、ってなったわけでしょう。

けっこう経済に迎合しちゃってるじゃないの。

ま、経営が成り立たなきゃオーラソーマも成り立たないわけですから、これはご愛嬌ってとこですか。

というわけで、ラツィエルの真相でした。




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イギリス滞在記⑤   事態を非難しても、人を非難しない

2012-02-27 09:10:00 | オーラソーマ

Photo デヴ・オーラから少し離れたところ、そうですねぇ、歩いたら15分ほどのところに「ルチア・ショップ」、オーラソーマのプロダクツを売っているショップがあります。

日本人の受講生がやってくると必ず大挙して押し寄せるところです。

今回は、宿泊している棟別に朝バスが来て、行きたい人は行く、ということになりました。

オープンしているのは朝の8時すぎくらいから10時少し前までと、お昼のランチ休憩のときだけです。

つまり、受講生しか買いに来ないってことですね。

ある意味、そんな短期間しかオープンしないのにちゃんとした店を構えているっていうのはリッチな話ですよねぇ。


それも欧米の生徒が宿泊しているときには、まばらに訪れる人があるだけで日本人のときのようなことはないみたいです。

というのは、日本で買うよりずいぶんお値打ちに買えるみたいだから。

イギリス以外のほかの欧米諸国のレートは知りません。

そんなに変わらないのかしら・・・


まぁ、そんなわけなので、日本人の方たちの中にはスーツケースの半分を空けてやってきて、帰りはパンパンという人もいるようです。

いろいろと頼まれたりもするんでしょうね。

私はどれくらい安いかも知りませんでしたし、まぁ知っていたとしてもだから大量に買い込んでいこうとは思いませんでしたから、どれ、せっかく来た限りにはちょっとのぞいていこうかしら、という物見遊山的な気持ちでした。


そんな私が買ったのはこのラインナップ。Photo_2

バイアルホルダー、生命の木のマット、エナジャイズドされたオーラソーマコスチュームジュエリーペンダント、日本では発売されていないビタミンEのオイル、少々のポストカード。以上。

可愛いもんです。


ちなみに帰りの荷物検査でも、トランクは23kg以内が免税の範囲ですが、私は大きく下回って20kgでしたもん。

まだ3kgも余裕がありました。


さて、2日間ルチアショップツアーが行われたあとも、オープンしている時間帯には個人的に訪れる人たちが後を絶ちませんでした。

すると、ある日、授業が終わったあと、先生からこんなアテンションがありました。

「あのね、皆さん、大挙して押しかけないようにしてあげて下さい。それから、一度商品を買って、またあら、これもほしいわ、と言うものが見つかって2度目に並ぶ、ということもやめてあげてください。どうやらショップのスタッフはてんぱっちゃってるらしいの。こんなに買う人たちっていないから。」と言われました。

やれやれ、どうして日本人ってこうも買い物好きなんでしょうね。

逆に欧米の人たちは、どうしてそれほどに買わないんでしょう。

いくらお値打ちでも、当面必要なものしか買わない、という習性が身についているのかな。

私はてんぱっちゃってる、というスタッフの顔を思い浮かべました。

確かに彼らには余裕というものはなさそうだった・・

レジのときに数を間違えたり、値段を間違えたりすると、

「オゥ! オゥ! オゥ! オゥ!」とか、もう、どうしたらいいってぇの!って感じで叫んでましたからね。

しかし、と私は思いました。

彼らは業務にてんぱって、そんな事態に陥っていることを呪っていたかもしれませんが、決して不機嫌ではなかったし、ちっ、日本人なんか来なければいい、なんて思っている様子はありませんでした。

レジ精算がすんでこちらがにっこりと「Thank you. see you.」というと、必ずにっこりと微笑んで、「Thank you.」と言ってくれましたし。

それは日本の百貨店のような営業スマイルではありませんでした。

ちゃんと1人ひとりを確認して、心から「楽しんで買ってくれた? ありがとね~」と言っているようでした。

この、“状況”とそれを引き起こしている“人”を分けて考える、というのは欧米の人たちは結構得意なように思います。

文化の違いでしょうか。

もしこれが日本だったら、たとえばマツキヨや、秋葉原の家電ショップに大挙して押し寄せる中国人に対して、心から「シェイシェイ」と言っているでしょうか。

彼らに知られないようにちょっと横を向いたすきにちっ、なんて舌打ちしてやしないでしょうか。

そして、「ったく、中国人てやつは。」とかグチっていそうな気がします。

状況と人が一緒くたなんです。

もう1つ別の話。

人に聞いたものですが、彼女は飛行機の機内でいよいよ食事だ、とプレートが運ばれてきたとたんにトイレに行きたくなったそうです。

申し訳ないな、と思ったけれど、隣の席のガイジンさんに、「すみません、ちょっとトイレに行きたいんですけど。」って言ったら、なんとその人は、

「私は今行きたくないから。」って涼しい顔で言ったそうです。


でもここはせっぱつまっているので、ということを述べてもう一押ししたらわかってくれて席を立ってくれたそうなんですけど、トイレから帰ってきて「ごめんなさいね。」と言ったときには、にっこりと笑って、「あら、全然平気よ。」と言ってくれたそうで。

これとて、日本人ならまず、憮然としながらも席をすぐに立ってくれるでしょう。

でも一言も発せず憮然として席を立ってくれるのがいいのか、「あら、私は立ちたくないんですけど。」って言って、相手がマナーが悪くて立とうとしたんではなく、本当にエマージェンシーなんだ、とさらに訴えたら、「あら、そういうことだったの。」とそれからは快くしてくれるのと、いったいどっちがいいんですかねぇ。

何だかこういうところがガイジンさんたちが、「日本人って何考えてるのかわからない。」って言うところのような気もします。

「罪を憎んで人を憎まず。」(別に今回の上記の話は罪でもなんでもないですけど)

これは本当に難しいことですけれど、こういう土壌が育つには何か文化的な違いが影響していることなのかどうか、ぜひ知りたいと思ったことでした。

ちなみに日本では1週間ほど前に「山口光市母子殺人事件」の判決が出ましたが、これに関してもいろんな考え方があることでしょう。

18歳の少年であろうとも死刑になって当然だ、と考える人。

被害者の本村さんに対して「なんてことを言うんだ。」というように抗議するような人もいたかもしれません。

いずれにしても、それを当事者に対してストレートな感情をぶつけるのではなくて事件そのものは憎むけれど、そこに介在する人たちを直接憎まない、というふうに自然なベクトルが向くと日本もいいなぁ、と思いました。




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イギリス滞在記④   私が感じたマイク

2012-02-26 09:12:00 | オーラソーマ

今回私は初めてマイク・ブース氏じきじきの授業を受けたわけで、そのことは今回の渡英における大きな目的と期待の1つだったわけです。

しかし、マイクの授業を受けたいということだけであれば、何もイギリスくんだりまで行くことをしなくても、マイク自身が1年に最低1回は日本に来て何らかのコースを開催しているので、それを受けに行けばいいことなんですけど。

やはり、わたしはオーラソーマ発祥の地で、ヴィッキーさんと共に過ごしたマイクを感じたかったのです。

Photo_5 ですから、授業を受けることそのものよりも、もっと言えば身近にマイクを感じて、私自身がマイク・ブースという人となりをどのように判断するか、ということにわくわくしていました。

というのも、私の耳にはこれまでにいろんなマイクに対する感想が届いていましたが、やはり直接会ったわけでもないマイクに対して私自身がそれらにコメントすることもできず、自分の眼や耳で生のマイクを感じて判断したかったのです。

オーラソーマの後継者として唯一無二の人なのか、

はたまたオーラソーマをビジネスと捉えている商売人なのか、

私たちプラクティショナーやティーチャーを育てる学長としての役割が大きい人なのか、

啓示を受け取ってそれをオーラソーマに反映させていくことに使命がある人なのか、

いろんな側面から見てつまりマイクってどういう人なんだ?ということに自分なりの答えを見つけたいと思っていました。

最初に思ったのは、(なんだ、どこにでもいる人の良い普通のおっさんだな。)ということでした。

あれは214日の授業の日でした。

マイクから私たち全員にサプライズなバレンタインギフトがありました。

それはエイオスの試作品。

もちろん、日本未発売です。

リップティントに、アイシャドーに、フェイスパウダーに、ペガサスのパフュームに、練り香水。

それらを1つずついただくことが出来ました。

とーぜん、みんな大喜び。

通訳のコマラ先生が、「これは皆さんへのプレゼントです。」と言ったとたんに、きゃーという歓声があがり、拍手があちこちで湧き起こりました。

女の子なら誰もがコスメは好きだと思います。

だから、このときの歓声と拍手はほんとにみんな、思わず嬉しくて出ちゃった、という感じでした。

そうしたら、マイクってば、「どういたしまして。」っていうようにちょっと軽く会釈とお辞儀をしながら、照れたような表情をしたんです。

おや、可愛い。

そう思いました。

このときが初めて、マイクに人間らしさを感じたときでした。

それ以外が人間らしくなかった、というわけではないんです。

しかし、デヴ・オーラというオーラソーマの聖地で、マスターや大天使の絵画がかかげられ、天井はサンルーフのように三角に高くそびえている広間で、私がここに存在するのはいつものことで、ごく当然のこと、という顔をして授業をするマイクは、やはり威風堂々としていて、この地を初めて訪れた私はちょっと気おされたとでもいいましょうか、人間以上のものを感じていたのかもしれません。

それは、ある日の休憩時間のときでした。

私は使用中のトイレの前で空くのを待っていました。

するとその細い廊下の向こう側からマイクが歩いてきました。

きゃー、どうしよう。この狭い空間に初めてマイクと私とふたりきりだわ、とドキドキしました。

そうしたらマイクはその澄んだ青い瞳でじっと私を見つめ、

「That‘s  OK?」と言いながら、そっと肩を抱いてくれました。


その瞬間、私の頭にはいろんなことが駆け巡りました。

「That‘s  OKって、Are you OK?とは意味が違ってくるの? 違ってくるとすればどんなニュアンス? それに、こんなことを聞いてくるってことは、私がOKじゃないように見えるってこと?」

しかし、実際の私は英語の読解力も話す力もありませんので、ただ、

「Yes」とだけ弱弱しく答えるのみでした。


しかし、この瞬間、ふっと(マイク、恐い・・)と思ったのでした。

ひょっとするとマイクはお見通しなのかもしれない、と思いました。

なんの邪気もなく、「マイクに会いたかったわぁ~」とか「おぉ、オーラソーマの最高峰にいる師を眼の前にできるとは」というような信奉者と違って、どんな奴か見届けてやろう、なんて不遜な気持ちでやってきた私のことを見透かしているのかもしれない。

そう思いました。

自分の内にちょっとした黒々としたものがあるから、マイクを恐いって思うんだ・・・

冒頭で書いたとおり、私はマイク・ブースと言う人となりを「どのように私自身が判断するか」という気持ちでやってきました。

しかし、やはり「ジャッジする」という気持ちは持ってはいけませんね。

それは自分に跳ね返ってきます。


もし、私が「OK?」と聞かれて「NO」と答えたら、「そうかい。君がOKじゃないだけだよ。僕はいつだってOKだよ。」と言われそうな気がしました。

このとき、マイクは何者でもない。その人の心を映し出す鏡なんだ、と思いました。

「マイク・ブース」という人格さえ存在しないような気がしました。

彼はカラーローズの真ん中のクリアのように、すべての色を含みながらただただそこにすっくとまっすぐ立っているだけの人なんだ、と。

だから、誰かがイエローの心で近づけば、彼のこともイエローな人だ、と感じるし、レッドの心で接すれば、マイクもまたレッドの人だ、というように振舞っているように感じる。

それだけのことなんだ、という気がしたのです。

そう思い、それからはマイクをジャッジしようなんていう不遜な考えはやめることにしました。

そうしたら私自身もとても肩の荷が下りたような感じになって、マイクを見ても「恐れ」を感じなくなりました。


それから数日したまたある日のことです。

ティータイムの休憩のとき、私は生徒同士である人と立ち話をしていました。

その内容自体はちょっとシリアスなものだったのですが、私たちはどこから見てもそんな風には見えなかったと思います。

どこかのテーブルで頭をつき合わせて眉根に皺よせながら小声で話しているわけでもなし、泣きながら何かを訴えかけるようにしていたわけでもなし、ごくごく普通の世間話をしているように見えたはずです。

その向こうにはソファでゆったりと腰掛けているマイクがいました。


するとマイクがおもむろに立ち上がってゆっくりと私たちに近づき、また私たちの肩を抱き、今度は「Better?」と聞いてきたんです。

もう私はマイクを恐れる気持ちはなくなってくつろいでマイクと向きあうことができましたが、この英語にはまた面食らってしまいました。

(えっと、Betterは比較級だわね。ということは、何と比較して聞いてるのかしら? それともだいたいAre you OK?と同じ程度の意味と捉えてもいいのかしら?)


考えてもわからないので、またこのときも「Yes」と言いました。

これ、日本人のいけないクセですよね~(あ、日本人って十把ひとからげにしちゃいけませんね。)

よくわかってもいないのに、とりあえずYesって言っとけばいっか、っていうのは。


そうしたら、マイクが「I‘m grand」と言いました。(と言ったように確かに聞こえたんですぅ~)

「grand? grandって何だ? 私は大地だ、って言ってるのか? 」

オーラソーマではポマンダーワークのときに、大地にすべてを受け取ってもらい、その大地からのエネルギーをまた受け取りそれを天に返し、という動作をするところがあります。

だから、マイクも私たちに、「私は大地だ。だから、何か辛いことがあるのなら、私にすべてを返すようにしてくれればいい。」なんてことを言ってるのかしら?なんて深読みまでしてしまいました。

そうしたら一緒にいたもう1人の人が言いました。

「grand? grandってことはgrandfather? やだぁ、マイクは私たちのお父さんじゃないですよぉ。あくまで先生なんだからぁ。」と・・

ついにマイクは私たちがあまりに理解していない様子なので、少し離れたところに居た英語を解する人を一緒に連れて私たちのところに戻ってきました。

そしてもう一度同じこと、「I‘m glad」と言いました。

その人が訳してくれました。

「それを聞いて私も嬉しい、ってさ。」

そう、「grand」じゃなくて、「glad」だったんです・・


なぁ~んだ。

フタを空けてみればそんなことか、ってなことなんですけど、そんな簡単な英語がわからない。

簡単な英語を数種類は知っているがゆえにかえってタチが悪いのかもしれない。


まぁ、いいや。

そんなことがありまして。

このときも、どうしてソファの向こうから見ていたマイクが、私たちがちょっとシリアスな話をしているみたいだ、という匂いをかぎつけて、心配して言ってくれたのか?と思うと、マイクは千里眼か!? それともサイキックか!?と思いますが、まぁ、どちらであっても、だからマイクは普通の人とはわけが違うんだ、と恐れはしない。

千里眼かサイキックか、ということも私はジャッジしない。

ただ眼の前にいるマイクに自分を写してみるだけだ、と思ったのでした。




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イギリス滞在記③  ヴィッキーさんとの縁

2012-02-25 09:07:00 | オーラソーマ

今回のイギリスの滞在では、しょっぱなからヴィッキーさんとのご縁をとても感じることになりました。

Photo_3 というのは、私が宿泊していた「シャローム」というステキなお家は、生前、ヴィッキーさんが最期の余生を送るためにマイクが建てたお家だったからです。

宿泊のお部屋のほかにも大きなソファがあるリビングルームとキッチンが備え付けられています。

余談ですが、このソファはほんとにでっかくて、もしこれを日本の家屋に入れたら(そもそもウチなんて入らないかも)、えらい場所ふさぎだろうなぁ~っていう代物です。

「これはマイクが使ってたやつなんだよ。」と教えてもらったとき、誰かが、

「だからでっかいのかぁ。」って言いましたもん。


残念なことにヴィッキーさんはシャロームで過ごすことなくその前に亡くなってしまったそうですが、そんなお家に宿泊できた、ということは何だかヴィッキーさんの魂ととても添うことができるようで嬉しかったのです。

シャロームにはヴィッキーさんが万が一何かあったら、すぐにデヴ・オーラのスタッフが駆けつけることができるようなコールボタンなども設置されており、万全な体制がとられていたことがわかりました。

講習も残すところあと1日となった日。

私はヴィッキーさんがよく瞑想をしていた、という瞑想ルームの前に立っている太くどっしりとした木にもう一度会っておきたい、と思いました。

B10「ゴー・ハグ・ア・ツリー」と名づけられたボトルの由来となった木です。

ヴィッキーさんは心臓病もわずらっており、心臓の機能の60%を失っていたので、残りの機能で十分に血液を循環させるために、お医者さまから毎日十分な散歩をすることを命じられていました。

彼女がデヴ・オーラをゆっくり散歩したあと、必ず立ち寄って話しかけていた木です。

ここは人気があって皆が訪れます。

けれど、朝かお昼の長いランチ休憩があるときは大勢の人がいるけれど、私が夕暮れに近い15分か20分のお茶休憩のときに、お茶をあきらめてそそくさと木のところに行ってみると誰もいませんでした。

私はそっと木に抱きつきました。Photo_4

そして「どうして、私はなかなかハートを開くことが出来ないんでしょう?」と木に尋ねました。

というのは、その休憩に入る前の授業では、たまたまアークエンジェロイのワークを行い、私はヨフィエルとワークしました。

すると、何だかキューッとハートを締め付けられるような感じがして、実際に心臓のあたりが痛くなりました。

痛みがある、ということは自分のハートがオープンになっていない証拠だと思い、なんだか気分が落ち込みました。

そうするとヨフィエルが舞い降りてきて、私をそっと抱きしめ、背中からトントンしてくれました。

「よしよし、べつに無理にハートなんか開かなくったっていいんだからね。苦しいんならそのままじっとしておいで。」と言ってくれました。

ハートのエンジェル、ヨフィエルに、“ハートなんか”と言われるとは・・

ハートをオープンにする、ということはあまねくオーラソーマの究極のテーマと言っても良いものではないか。

それを“なんか”でいいものか?

これは脳に腫瘍があるとわかって外科手術を受けなくてはならなくなり、医者にその説明を深刻な顔をして聞いていたら、

「まぁ、しょせん脳ですからね~ 気を楽に。」と言われているようなもんです。

人間、生きて行くのに心臓と脳を“なんか”と“しょせん”で済ませたら、いったいそのほかに何を大切にしなくちゃならないってんだ?

ま、おかげでとても肩の荷がおりたような感じになりましたけどね~

そのときのこともあり、私はこの木に向かってもう一度ヨフィエルに対して投げかけたのと同じ問い、

「どうして私はもっとハートがオープンに出来ないんでしょう?」と問いかけてみたのでした。

そうしたら、おっほっほ、という笑い声が聞こえました。(厳密に言うと、聞こえたような気がしました。)

(あ、この木は女性だったんだ)と思いました。

「あなたはこうして私のところへやってくることができる。それだけでも十分に軽やかじゃないの。それで十分でしょ。私はここから動くことはできないのよ。でもそれでも私は全然不自由じゃない。なぜなら、意識はどこへでも行けるから。」

そう木は言いました。

そうですね、あなたはずっとここに居てくれる・・・

いつまで居るの?と聞いてみました。

すると、「さぁ、それは私にもわからない。でも、とにかくずっといるわ。」と言いました。

それから、じっとただ何も考えず木に抱きついていました。

しばらくすると木が、

「さぁ、もう大丈夫でしょ。みんなのところにお戻りなさい。これからも直接私と話したいと思ったら、またここへ来るがいいわ。でも、さっきも言ったけれど、私の“意識”はどこへでも行けるの。あなたはもう私の意識をどこででも感じることができる。だから大丈夫よ。」と言いました。

うん、わかった、と言って私はその木の元を去りました。

不思議なことに帰ってきてからも、この木の“意識”を感じるんです。

いつもいつもこの木のことを考えているわけでもなんでもないのに、何気ないときにふっと「大丈夫。だからいつも居るって。そいで見ててあげるから。」と言われているような気配を感じます。


私は、この女性性を強く感じる、ヴィッキーさんにとっても親友であったろう木に私の親友にもなってもらおうと「ハーティ」と名前をつけました。

私にハートに関係する気付きを与えてくれたからです。

そして毎日神棚にハーティの名前も加えてお祈りするようになりました。

はぁ~

神棚に話しかける名前が増えちゃって困るわ。

氏神様である「黒龍さま」に加えて、私のガーディアンエンジェルである「ハヴァキア」、そして同じく私の守護天使だと信じている「ケイティ」と名づけたちっちゃな天使、それから阿弥陀如来、それからそれからダーリンが取引先の社長さんに聞いて「この神様をまつっておくと八方ふさがりのときに助けてくれるんだって。」と言った八方位の神様、そして新たに「ハーティ」。

べつにハーティは、神様じゃないけど、これからも毎日話しかけるようにしようと思います。

これが今回イギリスに行って、ヴィッキーさんが私にくれた特別なプレゼントかな、と信じて。




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