ちょいスピでセラピー的なKizukiの日々

色んな世の中の出来事、セラピーなどから気付きを得て、ありのままの自分に還ることを目指して生きてます。

セッションで本当に大切なこと

2013-02-28 09:10:00 | コンサルテーションとカウンセリング

最近、オーラソーマのセッションをしていて「そうか、こういうセッションこそが本当のカウンセリングかもな。」と思うときがあります。

それは、クライアントの一番心の奥の深いところに触れることができたときです。

そこには、その人のすべての言動グセを決定づけている根っこのようなものがあります。

だからそこに触れることができるとすべての現象面であらわれている悩みが一気に雪崩を起こすように消えていくことが多いからにほかなりません。

そもそも私がオーラソーマで4本色を選んでもらって、その色に表れた意識をみていく、というもののことを“セッション”と読んでいるのは、「そのことについて関わっている時間」という以上の意味をもたせたくなかったからです。

通常オーラソーマをやっている人は“コンサルテーション”と言うことが多いですね。

多分それは授業とかでもティーチャーからそう呼ばれることが多いからだと思いますが。

しかし、「コンサルテーション」とは、もともと「相談」という意味です。

オーラソーマにやってくるクライアントというのは、「私は今こういう悩みを抱えている。それを相談したい。」というきっかけでやって来られる方も、もちろんみえます。(そういう方のほうが多いかもしれません。)

しかし、私はプラクティショナーを始めた当初、「『悩みがあるからそれを解決したいのだ』という人ばかりではなく、『私は今特に悩みがあるわけではないんだけれど、それでもオーラソーマは必要だな。』という人にこそ来てほしいな」と思っていました。

自分をもっと深く知るために。

「こういう悩みを抱えているからそれを相談したい。」という方であれば、当然のことながらオーラソーマを受けたことによってその悩みから解放される答えを期待する、ということになるでしょう。

けれど、オーラソーマはこちらからこうしなさい、ああしなさい、という提案をするものではない。

あくまで自分で自分の内側を見て意識を成長させ、自分で答えを見つけていくものだ、という意識が強かったので、“相談”=ならば、こちらから答えを授けてあげなくてはいけなくなっちゃう、という思いが強く、「コンサルテーション」と名づけることに抵抗があったのでした。


例えば、ですが、“ボトルの通訳”をしているうちにふいにクライアントが、

「私はどうしても自分の最も愛する人とか大切な人に、あなたは大切な人だよ、ということを伝えることができません。」とおっしゃったとします。

それが「あれ? いま、どうしてこの人はそういうことを言い出したのかな?」と思っても、勘で、それはこの人にとって最も奥深いところにある問題で、これはとっても大切な部分だぞ、ということがわかる、とします。

だから、掘り下げて聞いていきます。

「今までにそういうことがあったの?」

「もし、差し支えなければ話せる、と思った出来事を話してみて?」

「どこまでの愛情表現だったらすることができる?」

・・・などなど。

そうして尋ねたことにまたクライアントがとつとつと答えていくうちに、その人は自分で気付くとします。

「きっと私は小さい頃に、お母さんから愛しているよ、と言ってもらっていないから、自分からも言うまい、と思ってきたんでしょうね。」とか。

仮にこのときのこのクライアントの相談が、「私はどうしても恋愛で長続きしないんです。どうしてなんでしょうね?」ということだったとします。

一見、男性との恋愛が長続きしないということと、小さい頃、お母さんに「お前のことを愛しているよ。大好きだよ。大切な子だよ。」と言ってもらった経験がない、ということとは全く別物のようにも見えますが、これは根っこは同じだ、ということは皆さんお気づきでしょう。

つまり、この人が長い間わだかまってきたルーツはここにあったわけです。

それがついつい大人になってからもたまたま恋愛対象の男の人に対して発揮される、というだけのことで、小さい頃のこの誰にも言えずにきた悲しみをどこかで解放しないと負の連鎖が続いてしまうことでしょう。


お母さんは単に表現ベタの人で、言わなかっただけで十分に愛してくれていたはずだ、ということを思い出すことでこの人は癒されるのかもしれない。

あるいは、小さい頃は泣けなかったしそのことにこだわってもきたけれど、大人になった今ならもうそんなことたいしたことじゃない、と小さい頃の自分のために一度泣いてあげることが必要かもしれない。

それはもう少し続けてこのクライアントと話してみなければわかりませんが、つまり、私が言いたいことはこういうことです。

オーラソーマのセッションとしてこの人はやってきて、70分というレギュラーセッションの枠のなかで15分ほどボトルの説明をしていたところへ冒頭のように、「私は自分の大切な人に対してずっと愛している、とか大切だよ、ということが伝えられたことがありません。」という発言がふいに飛び出した、とします。

そして残りの55分はそれはどうしてなんだろう?という考察に費やされた。

このとき、これはオーラソーマのセッションと言えるのだろうか?と以前の私ならそこにブレーキをかけてしまっていたかもしれない、ということです。

もっと、ボトルの説明をしなきゃ。

もっと色の話をしなきゃ。

・・・・というように。

オーラソーマのプラクティショナーとして活動を始めたとき、「私は色の代弁者に過ぎないのだ。へたに“自分”が前面に出るようなことはよそう。」と思いました。

実際に、ボトルの色の解説をするわけではないとき(私見が混じるようなときです。)には、「これはオーラソーマのことではありませんけれどもね。」と前置きすることは忘れませんでした。

今でもそこはきちんとしなければいけない部分だ、という認識はあるので一言そのようにお断りはしますけれども、実際のところクライアントはそれをそんなにも気にしているのだろうか?と思うことはあります。

セッションで一番大切なこととは、クライアント自身がわだかまっていることを突き止め、解放してあげることでしょう。

オーラソーマのボトルによってクライアントは自分のわだかまりのルーツを思い出すことができた。

そのとき、ボトルは単にきっかけに過ぎません。

そのあとは、ひたすらカウンセリングのようなことに終始した、とする。

それは脱線した行為なのだろうか?というと、決してそんなことはない、と思います。

むしろ、一番大切なことだと思える。

きっとクライアントの気付きは、ボトルの色と照合してみると納得の行くことに違いありません。

「あぁ、だからここにイエローが出ていたのね。」というように、ボトルにその証拠を見つけることはたやすいことでしょう。

でも、そうやって力技でオーラソーマの色の話に引き戻すことが必要なのだろうか?

クライアントが望んでいることなのだろうか?

そこはたいしたことではないように思える・・・

無理やり「あぁ、これはオーラソーマのセッションだったわね~ だって、色がどういうメッセージを持っているか、っていうことをみっちり聞けたもん。」というようにしなくても、クライアントが自分自身の問題に真正面から向き合うことができれば、それでOKなはずです。

でもそうすると「オーラソーマのプラクティショナー」というよりは、単なる「坪内恵津子という1個人としてのカウンセラー」の能力のほうが問われる、という気がするのですよね。

正直、そこにはさすがにちょっと抵抗がありました。

長い間私は自分を「単なるボトルの通訳者にすぎないのだ。」と思っていましたし、実際クライアントにもそう言ってきましたから。
けれど先述したようにボトルに現れているものを通訳することはクライアントの心の奥を探るきっかけに過ぎないのであってもいいとなれば、話は違ってきます。

そこで大切なことは、“カウンセラー”としての資質です。

そして今私は、それでいいんだよね、と確かに思ってきています。
・・・と同時にそれはオーラソーマからちょっぴり離れることのような気もしてしまうのは単なる私の感傷でしょうか。







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保険の見直し

2013-02-27 09:00:00 | 身辺雑事

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つい先日、小包を郵便局に出しに行ったとき、「ちょっとだけ保険の説明をさせてもらってもいいですか?」と言われ、話を聞きました。

私はある大手の保険会社の生命保険に入ってはいますが、

「そういうもので、入院したら1日あたり¥5000が出る、とかになっていても、平均によると身の回りのものとかこまごまとしたものなど保険ではまかなえないもので、差額ベッド料などとは別に¥3000くらいはかかる、というのが相場と言われています。今、お持ちの保険にちょっとだけ¥3000を加えるというおつもりでいかがですか?」と言われ、へぇ、考えておきます、と郵便局を後にしました。

このときは保険を見直すまでの気持ちではなかったのですが、そういやあ、私の保険って何が保障されていて、何は保障されていないんだっけ?とか実はなぁ~んにもわかっていない、ということに気づきました。

加入したときの外交員の人の話にはそのときは「ふんふん。」と聞き入った記憶はあるが、それから何年もたち今はなぁ~んも記憶がない。

そこで保険証書をもう1度見てみたところ、何が書いてあるのかさっぱりわからない・・

こりゃあいかん、と思いましたね。

そもそも私は一昨年の冬に仕事的にはがらりと大きく生活が変わりました。

会社員でなくなったので、年金だって厚生年金から国民年金になりましたし。

その割にそのときに保険を見直したわけではない。

どりゃ、じゃあいっちょ、このあたりで郵便局の保険に入るかどうかを検討する前に全面的に見直してみるか、と重い腰をあげました。

そもそも私が加入しているものは、貯蓄性が高いもの。

だってぇ~、なかなか決めてきちんと貯金できない性格なんですもの・・

だったら、保険で毎月引き落とされる形にして、保障も多少ありぃの、満期になったときには貯金になっている、っていうようなものがいいじゃん、という安易な考えで加入したものでした。

もっと言い方を変えれば自分の将来の姿が現実として想像できるのはこれから10年程度だなぁ、という感じ。

65歳までは当然働いているだろうし、突然何かないかぎり元気でいられるだろうなぁ、とは思うけれど、70歳代、80歳代の自分なんて想像ができない。

そのときに元気じゃなかったら今の保険じゃあ、たいして保障能力はないよなぁ、と思うとちょっと不安にもなり・・

加入したときには、

「そんなそもそもかからないかもしれないガン保険に入るって、ほんとに宝くじ買うような気分だよねぇ。そんなものに入るくらいならそのぶん貯金しておいて、いざそうなったらその貯金からまかなえばいいだけのことじゃない。」と思っていたけれど、その貯金が出来てないのよ。とほほ・・

というわけで、行ってまいりました。「保険の窓口」。

思い立ったがすぐにコトを済ませたい私は自分の家から一番近い営業店に電話をして、

「これから行ってもいいですか?」と言ったら、

「今日はちょっと・・・ このあと18時からお客さまがあるものですから、お話をうかがえる担当者がおりません。予約していただかないと。」と言われてしまいました。

18時からお客さまがあるから、ってそのとき私が電話したのは16時くらいでした。

なんで?

だから今すぐ近くだから10分もすりゃあ着く、って言ってんじゃん。

そこから2時間もかかるわけじゃないでしょ、と思っていましたが、かかるんだそうです・・

え~! そんなに?とびっくりしました。

そういうわけで、改めて後日予約をとって行ってまいりましたよ。

そうしたら優しそうなお兄さんがふたりがかりで実に懇切丁寧に教えてくれましたよ。保険のイロハから。

まずは、「どうしてウチにいらっしゃったんですか? 4月から保険料が値上がりするから見直しの駆け込みですか?」

「は? そうなんですか? 知りませんでした。ただちょっと郵便局の人に勧誘されたんで、だったらちょっとこの際、徹底的に見直そうか、と・・・」

と言うと、えっ、この人そんなことも知らずに来たのか・・という顔をされましたが、私っていざっていうとき何かに導かれるようにこうして駆け込むことって結構あるんですよね。

前は、たまたま何年ぶりかに「あ、そういえばここを少し入ったところに家具屋さんがあったなぁ。」と思って立ち寄ってみたら、

「いらっしゃいませ。今日はウチの会員様限定の年に1度しかないバーゲンの日だからいらっしゃったんですよね?」と言われ、

「えっ、そんなこと知りませんでした。ただ通りかかったから・・」ということもありました。

私がその日のうちに会員となり、安い家具をゲットしたことは言うまでもありません。

さて、話を戻しまして「保険の窓口」のお兄さんは、このおばさんには幼稚園児に教えるように言わなくちゃわからないな、と思ったのか、まさに手取り足取り、って感じで教えてくれました。

「坪内さんね、保険って色んな種類があって難しすぎて、って思われているかもしれませんが、実は保険には3種類しかないんですよ。坪内さん、ラーメンはお好きですか? しょうゆ? 塩? みそ? 何がお好きですか? 全部? おいしいですもんね、ラーメン。でも、例えば塩がお好きでも今日はがっつりチャーシューメンが食べたいなあ、と思ったとき、メニューには『チャーシューメン』としか書いてなかったら、知らなければ、しょうゆ、塩、みそ、というジャンルのほかにチャーシューメンというジャンルもあるのか、と思っちゃって混乱しちゃいますよね。保険もそういうことなんです。各社いろんな名前をつけていますが、ジャンルで分ければ3つしかないのが保険です。あとは全部トッピングなんですね。」

おお! わかりやすい!

無知なおばちゃんに実にわかりやすいたとえで説明してくださる。

っていうか、予定の2時間はすぐに過ぎちゃいまして、30分以上もオーバーしていました。

やっぱり人は自分のこととなると真剣に話を聞きますね。

2時間じゃたりな~い、って感じでした。

この2時間でおばちゃんは多少賢くなりました。

1つだけ、皆さんも誤解されているかもしれないことをお教えしましょう。

よく保険で「10年ごとに自動更新」とかうたってあるものってあるでしょ?

それは10年経過したとき一応満期を迎えるけれど、こちらから何も言わなければそのまま自動的に同じ条件のものが継続する、って思ってません?

思ってるでしょ。

違うんですよ~

こちらが申し立てをしなくては自動的に更新されてしまう、というところはそうかもしれませんが、それまでの10年と同じ保険料ではないんです。

その年齢に応じて値上がりするんです。

だから“自動的”って言ったってそこで気付いて、「え~、そんなんだったらもうやめる。」とか考える機会はあると思いますけれど。

つまり、そういうタイプのものは例えば30歳のときに保険に入った人が40歳になって払い込むことになる保険料は、40歳でこれから保険に入ろうとする人よりは安くてすむ、っていうタイプの保険ではないってことですね。

40歳で入る人と同じ保険料のはずです。

早くから入っている優遇措置が何もない、ってことですね。

ちなみに私のものがそうだったので、なんだ~ということになり、私は結果、大幅に見直すことにいたしました。

皆さんもこの機会に保険の最低限のことは自分で知っておいて加入されたほうがいいですよ。(ふつー、みんなそうしてる、って。)

「保険の窓口」の人は、私が帰るとき、お店の外でずーっと私の後姿を見送っていてくれました。

よもや・・と思い振り返ってみると、はるか大豆ほどの大きさになった人がまだ私の姿を見送ってくれていました。深ぶかと頭を下げて。

それは私が角を曲がって完全に彼らの視界から消え去るまで続きました。

恐縮しちゃうわ~

だけど、感じのいい接客ですよね。

「保険の窓口」、行ってみてよかった~と思いました。

何にも押し売りされるようなところとかありませんよ。

むしろ、いかにこちらが自分の力で保険を見極め、決められるようになるか、ということを指導してくれる人、って感じです。

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意思決定の方法

2013-02-26 09:05:00 | 本と雑誌

イヴォンヌ・オズワルド著、「言葉のパワー」という本を読みました。Photo

この本はサブタイトルに「思い通りに生きるための波動の法則」とありますので、かなりスピ系の本かと思いきや、なんの、非常に実用的で現実的な本でした。

私は、接客講師といい、オーラソーマのプラクティショナーといい、ふだん言葉を使って人と対する職業ですので、ま、いっちょ読んどくか、ぐらいの軽い気持ちで手に取りましたが、これがなかなかにすぐに使えるおトクなハウ・ツー本という感じでしたので、是非みなさまともシェアさせていただきたいと思い、今日は取り上げてみました。

今日お話したいのは「グリーン」のメッセージでもある、「選択すること」に関わってくる話題です。

ここのところ、このブログでもずいぶんと取り上げました。


まず、皆さんは「何かを選択する」「決める」ということにどれくらいの時間を費やしますか?

こうお尋ねすると、

「そりゃあ、ものによって違うでしょうよ。」という答えが返ってきそうです。

「例えば家を買う、なんてことは十分に熟慮して検討してからでないと決められないでしょうし、今日のランチは何にしようかなぁ?なんてことは2、3分も迷えば決められるでしょうし・・」と。

そうですね、私もそのように答えたと思います。


しかし、確かに塾考したり、検討したりするのには時間がかかるかもしれないけれど、「実行に移すには1秒もかからない」でしょ?と言われたらどんな気がしますか?

たとえ「家を買う」ということであっても、「ランチをどこにするか」ということを決めるのであっても、“決める”ことには1秒もかからない、という点では同じことなのです。

なんだかこれまで色んなことで迷っていたのが嘘みたい、私には1秒で決められる能力があるんだ、となんかスカッとしませんか?

私たちは毎日、来る日も来る日も少なくとも1日1000回は意識的に意思決定しているのだそうです。

そんなに!?とちょっとこの数字にはびっくりするでしょう?

でも、「言うかやめておこうか」「ここで右手を出すには左に少し体をひねるべきか」「次は何を話題にするか」「スーパーに行くか家にあるものでまかなうか」などなど・・

これらのことすべてに対して、ものすごぉく塾考する、という人はいないでしょう。

「私って迷いやすいタイプなんです・・」という人でさえ、1000回の意思決定に1分ずつかけていたとしても1000分。つまり、17時間弱かかってしまいます。

7、8時間睡眠をとるとしたら、これでは起きている間じゅう何も行動には移さず、ただただ決定のためだけに塾考している時間で1日が終わってしまいます。


でもそんなことはなく、たいていの人は起きて、なんらかの自分の役割を果たし、食事をし、出掛けるべきところへ出掛け、コミュニケーションをとるべき人ととってとどこおりなく生きているわけです。

まず、そんな自分を考えたら、「私はいつまでもぐずぐずよく迷うんです・・」なんて言ってられないはずです。

めちゃめちゃ、パッパと決めているんですよ。

だから大丈夫、自分に自信を持ってくださいね。私には意思決定力がある、って。


でも確かに意思決定をするのに迷いやすい時っていうのはあります。

そんなとき「10点満点採点方式」でいったらどないでっか、とこの本では語られておりました。

これは自分自身の判断力への信頼を短期間で簡単に育てる頼りになる方法であり、皆さんがすばやく自信をもって決定するのを助けてくれるでしょう。

しかも、この手法は使えば使うほど急激に“気付く力”が高まるんだそうです。

“気付き”は私のテーマでもあります。

そりゃあ、採択しなくっちゃ。


その方法は簡単です。

例えば、朝ごはん、今日は何にしようかなぁ、と迷ったとします。

トーストがいいか、納豆にごはんがいいか、シリアルにするか・・・

そんなとき自分の気持ちがどれに傾いているか10点満点で点数をつけてみる、というのです。

「トースト7点:ごはん8点:シリアル3点」という具合に。

ハイ、ごはんに決定~というわけですね。

この答えは実は自分の潜在意識からやってきています。

潜在意識は常に「自分のためになること」を求めていて自分に必要なもの(「望むもの」ではない、というところがポイントです。)を満たすにはどうすればいいのか、を顕在意識よりもはるかによくわかっています。


この朝食の場合だと、シリアルはお皿もひとつですむし、火も使わなくていいし簡単だからそうしようか、と思っていただけで、実はバターをこってり塗ったトーストが食べたいなぁ、という気持ちが強かった、でも、それ以上に自分に必要なものは、バランスのとれた食事でそれは日本古来の植物性たんぱく質を重視した和食であった、というわけです。


自分が「内なる自分」とどれくらいつながっているかは、「本当のこと」と「本当でないこと」をわざと自分に対して言ってみて、1~10までのどの数字が思い浮かぶかを考えてみるとすぐにわかります。

「私は坪内恵津子です。はい、10点中10点」という具合です。

ためしに私の旧姓である、「私は森恵津子です。」でやってみると、“私”は「4点」と答えました。

長い間独身でしたので、その名残か、未だに仕事関係の人では私のことを「坪内」になったことは理解していても、「森さん」で呼ぶ人がいらっしゃいます。

私はどっちでもかまいません。

それが“私”を指している、とわかればいいだけのことですから。

なので「森恵津子です。」と言った場合でも「4点」が出てくるのです。

きっとこれは結婚直後だったら、「9点」あるいは、「森恵津子」のほうが「10点」だったかもしれません。

面白いですよね。

この問いかけは「どれくらい~だろうか?」という言い方でも使えます、と本にあります。

例えば、「今晩お酒を飲むのは私にとってどれくらいいいことだろうか?」という感じです。

直感的に早く浮かんだ答えほど信頼できます。

それが5点以下だったら答えはノーだ、ということだけは肝に銘じておく必要があるそうです。

これは「この人と結婚してもいいんだろうか?」などというときとても有効です。

「いま、私にとって太郎さん(この名前の例を出す、ってこと自体がもう化石のような人間だわ、と言われても仕方がない、と思う。)はどれくらいいい存在だろうか?」

なぁ~んて具合です。

「8点」と出たとします。

5点以上だから合格です。


しかしこれがもし「5年後、太郎さんは私にとってどれくらいいい存在だろうか?」と自分に聞いてみて、「4点」と激減したとしたらそれは「彼との関係が終わるのだろうか?」という問題ではなく、「いつ、終わるか」という時期の問題です。

この本はカナダ人の著者ですから例は「太郎さん」ではなく「ジム」となっていましたが、このままの表現で書いてありました。

『「終わるのか?」ではなく、「いつ、終わるか」という時期の問題です。』というキツイことをさらりとした言い方で語っているのに思わず私は笑ってしまいました。

「未来のことはその角を曲がるまで誰にもわからない。」と言ったのは、オーラソーマの創始者であるヴィッキーさんですが、なんの、これでいくと、未来のことでさえ、自分自身の潜在意識はちゃあ~んとわかっている、ということになりますね。

ずっと前私はこのブログで、二者択一を迫られているようなことの場合は、コイン投げをしてみるのが一番自分の本当の気持ちがよくわかる、と書いたことがあります。

たとえば「表」が出たら、「それをやるのだ」と決める、とする。

問題はそのとおりに守ることではありません。

「表」が出たってことは「それをやるんだな。」と思ったときの一瞬の自分の素直な感情を見つめるのです。

「うへぇ。やらなくちゃいけないのかぁ・・」と思えば、ほんとはイヤだ、ということです。

「裏」が出ていたら、ほっとしたのでしょうから、この場合だと本当の自分の気持ちは「やりたくない。」ということですね。

これも使えますが、3択以上のことやもっとぼんやりと「どれくらい~だろうか?」という問いかけとしては断然こちらのほうが使えますね。

さて、オーラソーマは自分の内側を見て、自分の内側からやってくる答えに耳を澄ますものです。

まさにうってつけではありませんか。

皆さんも意思決定の方法として、是非これを試してみてください。





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自分が受け容れられない人は”外側”ばかり見ている人

2013-02-25 09:08:00 | コンサルテーション

先日、あるところから従業員さんのための福利厚生の一環としてオーラソーマをやってくれないか、という依頼がありました。

オーラソーマのほかにも保険の話とか財テクの話とか、ふだん立ち仕事で凝り固まっちゃっている筋肉をほぐすためのストレッチ講座とか盛りだくさんだったみたいです。

それらの中から自分の時間と都合が許す限り従業員の人は無料で講座を受けられる、というものです。

幸せな会社ですよね。

そしてそのなかでもオーラソーマは1番人気だったということで、最初は1日だけの依頼だったんですが2日間通してやることになり、その人気に私も嬉しく思いました。

「どうしてオーラソーマを受けてみたいと思ったの?」

「以前にもオーラソーマを受けたことはある?」

私は初めて会う人たちにそんな投げかけから始めました。

すると、ほとんどの人が「初めて」で、「好奇心から」受けてみたい、と思っていることがわかりました。

そして“好奇心”から受けてみたい、と思っただけだけれどという方たちであっても、お話をうかがっていくとたいていの人は「自分に自信がもてないでいて、それを誰かに聞いて欲しかったのだな。」ということがわかりました。

それはオーラソーマシステムのテーマの1つでもあるでしょう。

自分に自信がもてない、ということは言い換えれば、「自分を認めてあげることが出来ない。」「ありのままの自分を受け容れることができない。」ということでもあります。

それはオーラソーマのボトルのなかにも直截的にそういうキーワードを表すボトルが何本かあり、決まってそういう方々はそういうボトルを選ぶのでした。


こういう人はそのあとの対応が2種類に分かれます。

1つは、「非常に他人に依存的になる。」

つまり、その答えをすぐに私に求めるのです。

私がいくら、「オーラソーマは占いとは少し違う。」

「ボトルにはあなたの心理が色に置き換えられて映し出されているだけ。だから、あなたの中にすでにある答えを私は代弁しているだけなのよ。」

「このシステムの創始者は、『最良の教師は自分の中に在る。』と言っています。」

など、いくら言っても無駄です。

そのときは「ふんふん。」と聞いていても、その一般論と私の場合は全然一致点がない、とばかりに、「で、私はどうしたらいいんです?」と尋ねてこられます。

私がいくら、「自分を受け容れてあげてね。」とか、

「あなたは実はありのままのあなたですでに完全な存在なんですよ。そのままでいいんですよ。」と言っても、

「だから、どうしたらそう思えるようになるのかがわからない。」と言うばかりです。

ほんとは匙を投げてはいけないのでしょうが・・・

「なぁんだ。オーラソーマってもっと相手から、だったらあなたはこうするといいですよ、っていう具体的な話が聞けるのだと思っていた。」とか、

「自分で自分が認められないことはわかってんのよ。だけど、それをどうしたらやめられるのかがわからない。それを教えてくれると思ってたのに。」という他力本願の人は、自分で自分の心の扉を開けて見てみる準備が整っていないのだろうな、と思うしかないです。


さて、お話したいのはもう1つのタイプ。

「自分にどうしても自信がもてないんです。」と言う人は、とても深い劣等感を持っていらっしゃる人が多いです。

「みんなは出来ているのに、私だけいつまでたっても仕事の覚えが悪いからいつも叱られるんです。」というように。

「あ~、そうなんだ。叱られちゃうんだ。」と水を向けると、

「う~ん、面と向かって怒鳴られるように叱られる、ってことではないです。でも、いつのまにか私のやったことが無言で直されていたりして、かえって傷つきます。」というようにおっしゃる。

これ、直したほうにしてみれば、直してからあとで「あ、ここ△△になってたから○○に直しておいたよ。」と事後報告しようと思っていた矢先に、先に本人の方が見つけちゃった、というだけかもしれないし、イヤミでやったわけではなくてそっと直しておいたほうが本人も傷つかないだろう、と思ってやっておいてあげた、ということかもしれないけれど、とにかく本人のほうがそれを“無言の圧力”ととらえ、自分を卑下しちゃってるんですよね。

そして、サクサクとスムーズに仕事を片付けていく人を見て、「もともとの才能の違いなのかなぁ。」なんてうらやむ。

そして元々の才能だとしたらあの人は何の努力もしなくても出来るわけだ、いいよなぁ、こっちはこんなに努力しても出来ないっていうのに、とその人を勝手に敵視したり、見るだけでイライラしたりするようになる。


これらの「人より自分が劣っていると感じる」という劣等感、「相手の本心を知らないまま勝手に落ち込む」卑屈さ、「どうせ、私なんて・・」という自分を卑下すること。

これらは全部「他人と自分を比較すること」から起きていることです。

そう、つまり「自分のことを認められない」「自分を受け容れられない」「ありのままの自分でいいんだ」と思えない、という人はその大元は、「他人と自分を比較する」ということから来ているんですよね。

自分に自信がないという人は、自分の“内側”を見ずに、“外側”ばかりに注意が向いている、ということなんです。

それがわかればしめたもの。

「他人と自分を比較しなければ良いだけのこと」なわけです。

「だって、自分が比較しないように努力したって、世間からは順列をつけられて評価されるわけだから意識しないわけにはいかないもん。」という言葉が返ってきそうですが、いいじゃないですか。世間が自分をどう評価しようと。

自分は自分に対して「十分だよ。」と評価してあげれば。

しかし、このためには1つだけネックがあります。

自分で自分に対して「十分だよ。」と評価するためには、やはり、「自分は十分にやるだけのことはやっている。その自分としては十分だ、と言える範囲内でのことができればいいじゃないか。」と言えるだけのことをしていないとそういう気持ちにはなれませんよね。

そのためにはどうするか。


自分で、自分に対して「これだけは絶対にやる。」と“約束”をするのです。

どんな小さな約束でもかまいません。

そしてそれを絶対に守り続ける。

「私は私とした約束を守り続けている!」ということが自信につながり、自分を認めてあげることができるようになり、そんな自分を受け容れることができるようになる、というわけです。

例えば、それがファッション販売店に勤めている仕事でのことで、「私はディスプレイが好きなのに、いつも私がディスプレイすると店長に変えられちゃう。」ということで自信を失っているのだとしたら、「毎日ひそかに自分でステキだ!と思えるコーディネイトを1セット必ずつくる。」ということを自分に課す。

それはお客さまとの接客時にやるのではありません。

自分のためだけにやるのです。

あるいは「どうも私は色に関してのコーディネイトがダサいと思われているからなのかな?」と思えば、「毎月1冊は必ず“色”に関する本を読む。」とか。

単に「店長に嫌われているのが原因だ。」と思えば、毎朝、絶対に自分のほうから100点満点の笑顔で店長に挨拶する、とか。

もっと簡単なことでもいいと思いますよ。

上司から叱られたときに絶対に落ち込んだような顔を見せない、とか。

第一声は必ず「なるほど! それ、いいですね。」と言ってみる、とか。

そういう自分との約束を欠かさず、1年続けてそれでもまだ自分に自信がもてない、という人がいたら、私がその憎らしい店長さんや上司を殴りに行ってあげます(笑)






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開かれないオーラソーマ

2013-02-24 09:05:00 | オーラソーマ

ある方からオーラソーマのコースをイギリスで受けたい、と思ったときのことを聞きました。

「たまたまイギリスには旅行で行くことになっていたときだったのでね。マイクのコースが行われると知って、受講できますか?って聞いたのよ。そうしたら、あなたは日本人だから日本のオーガナイザーを通してください、って言われたの。通訳の問題のことなのかな?って思って、個人で受けても英語はわかります、って言ったけれど、そういう問題じゃない、って。とにかく日本のオーガナイザーを通さないとダメなんだって。あれ、なんでかな?」と。

「なんでかな?」と投げかけられても、こちらはもう全くそんなの、初耳でしたわ~

「へぇ、そうなんだ。英語が出来ても個人でイギリス人のためのコースには参加できないんですね・・」と言ったきり、私は押し黙るしかありませんでした。


イギリス人のためのコースとそれ以外の異国の人のためのコースでは、例えば同じレベル1でもやる内容が違う、とかそういうことでないのは瞬時にわかりました。

でもそのときにはただ、「ふぅん、そういうシステムだったんだ。」と思っただけでした。

何せ私は英語ができないので、1人でイギリス人向けのコースに参加したいんですけど・・なんてことが今後も起こりえることではないんで、まったくそこには関心を持っていませんでした。(あ・・ スピードラーニング、やっぱりサボってます・・)

しかし、後になってこのことを考えていたら、ふと、「あぁ、そういうことか。マイクはひょっとしたらそれこそが経済的な面で自分にできる唯一の支援だと思っているのかな。」と思いました。

オーラソーマのプラクティショナーでない方は当然ご存知ないことだと思いますが、オーラソーマっていうのはプラクティショナーに対しての支援というものがない。

もう、全くと言っていいほど見事に、ない。

2年に1回の更新料をとられるだけで、その間、ニュースレターが送られてくるくらいであとはスキルに関するフォローアップも、オーラソーマでサロン経営をしていくための経営塾のようなものも何もありません。

まぁ、そういう機関が何もないですからね。

支援があるわけがない。

あるのは、教育機関のアザイアクトだけです。

それに対してはもうただそういうところなんだな、というだけでそこから先は考えることも封鎖してしまっていました。

そしてこのときふとこう思ったのです。

オーラソーマが広まっている国の先鋒として日本という国はマイクにとってはなかなかいいお得意先には違いないだろう。

けれど、世界60数カ国に広まっているといわれるオーラソーマを、それぞれのお国の事情に合わせて支援していくというのはなかなか基本ラインも決められずに大変なことではあるだろう。(だから、運営に関しての部分での日本法人を作っちゃえばいいのに、と思いますが。)

そこでせめてマイクは、自分が直接顔を合わせることになるオーガナイザー達には何か手厚いことができないだろうか、と考えた。

逆に言えば、マイクに出来るのはそこまでだ、とあきらめたのかもしれない。

そこから先は、あなたたち、自分たちの国のことなんだから自分たちで考えなさい。

自分たちの手でオーラソーマを広めていき、自分たちの力で自分の食い扶持は稼ぎ出す努力をしなさい。

そのために私は一番トップに位置するところにお金を落とすように出来るだけしてあげる。

あとは水が高いところから低いところに流れるように、その方たちがまた何らかの方法でその下位にいる末端のプラクティショナーにまで恩恵が流れるようにしなさい。・・・とまぁ、こんな意味合いなんだろうか?と考えたのでした。

それがどんな事情があっても個人でイギリスとコネクトすることはダメで、オーガナイザーを通せ、ということにつながっているのかな、と。

こんなことをただ推測していても全く意味はありませんが、それは今まで私の中で考えてみたこともない構図だったので、それを勝手に頭の中で想像して新鮮ではありました。

仮に、ですよ。

もし、この推測が当たらずも遠からず、ということであればまったくマイクの思惑通りにはなっていない、ということになります。

オーガナイザーがマイクのコースをオーガナイズして、そこからどうやってプラクティショナーたちも潤うことができるというのでしょう?

だ・か・らぁ。

それはあなたたちが考えるんだってば、と言うならば、まずはそういうことを言えるような土壌づくりとかどこに対して発言したらいいのだ、という場をつくってくれないと。

そんな、ボクひとりではすべてのオーラソーマファミリーを引き受けるのは無理だから。顔を合わせることがあるのは一部のトップのティーチャーたちだけなんだから。

だからそこを通さないといけないような仕組みにはしたんだから。

と、もしマイクがそう考えているなら、とんだお門違いですわ。(お前がそんなこと書いてること自体がとんだお門違いなんだよ! と言われそうですね。あはは。)

冒頭の話に戻れば、儲けさせてあげることが目的なら、お金の通り道だけをオーガナイザー通してね、ということにして、個人でイギリス人のコースにもぐりこむことはOKにしてくれたっていいじゃないのよねぇ。

日本人のオーガナイザーが行うコースには日程的にも限りがあるんだから。

そして幸い、日本には何にもするわけじゃないけれど、そこを通さないとそのモノは買えないのよ、ということをみんなが知っている「問屋制度」というものがあるんだから、「あぁ、あそこがつまり“卸”ってことなのね。」と「通せ。」ということについては比較的寛容だと思うし。

こんなことを思ったのも、レイの今年の冒頭に私が「オーラソーマ カンファレンス」というものがどうやら行われるらしい、それは名古屋らしい、今年はターコイズ&コーラルがテーマらしい、でも今のところ詳細は何にもわからない・・と書いたものの全貌がようやく明らかになってきたみたいなのです。

それによると、名古屋の国際展示場を使い、AEOSやペガサスのブースなんかも出るらしい。

その案内を見たときに私が思ったのは、「だったら、一般の人も入場できるようなシステムにしてくれたらいいのに。」ということでした。

この「オーラソーマ カンファレンス」は3日間行われるのですが、チケットは1日券、2日券、3日間通し券というものがあるだけで、全部もちろんコースを受ける、ということが大前提です。

ちょっとAEOSのブースだけ覗いてみたいと思ったので来てみました・・という人を受け入れるすべはありません。

だけど・・・

AEOSにしてもペガサスにしてもサンプルサイズが何にもないから、プラクティショナーでこれを自分のサロンに置こうと思う人がいても、全部レギュラーサイズを仕入れるしかないので、一度に全部はちょっとなぁ・・と尻込みしてしまっている人もいらっしゃると思うのです。(私です。)

そんな人のためにそういう展示ブースだけでもお客さまと一緒に入れるようにしてくれたらいいのに、と思ったのでした。

コースを受ける人との区別とかは、そんなもん、腕章つけるとか何とでも工夫はできます。

結局、コースを受けないとそういうところにも入れないのなら、何が開かれたオーラソーマだよ、こんなにもクローズド形式でしか行わずに、「世界中のオーラソーマファミリーが集まるカンファレンス!」もへったくれもないわ、と思ったのでした。

今、たぶん日本ではオーラソーマのあり方が過渡期にあると思います。(私が何となく肌で感じているだけかもしれませんが・・)

オーラソーマをやっている方々というのはみな、ありのままに起こることをすべて受け容れよう、という考え方をするようなエッセネ派のマリア様のような人たちばかりなので、何かちょっと「ん?」と思うようなことがあっても、「これもきっと必要なことなのね。」と甘んじて受け容れようとおとなしくしてらっしゃるんだと思います。

ほんとにそうばっかりでいいのかなぁ・・・

立ち上がる人も必要だよなぁ・・・

このままだとオーラソーマはどうなるんだろう・・

と、そういうふうに考えている方というのも、でも実は結構多いんですよ。

その力を結集すればいいのに、と思うけれど、いかんせん、たぶん、旗振り役になってくれるトップの人がいないんだろうなぁ。

このままだと

「オーラソーマは良いものよ。私はいつまでも好きでありつづけると思います。

でも、ではすべての運営のされ方とかを受け容れるかどうかというとねぇ・・

だから私は自分にとって納得のいく部分だけ、受け容れることにします。それで文句も言いません。それでいいんでしょ。」っていう人が増えるだけだと思うんですけどねぇ。

あ、それでいいの?

それも自然淘汰なの?

・・・う~ん。





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