ちょいスピでセラピー的なKizukiの日々

オーラソーマや色んなセラピーなどから気付きを得て、ありのままの自分に還ることを目指して生きてます。

ある1人のいとこの死

2018-11-12 09:01:39 | 身辺雑事
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本を出版しました!

  「オーラソーマの奇跡と私の気付きの日々」
    ~潜在意識を”色”として客観視することで劇的に人生が変わる~


オーラソーマというカラーセラピーに出会って10年。
オーラソーマに取り組むことによって自己成長してきた記録です。
スピリチュアルな世界に足を踏み込むと誰もが気になる
「自己受容」とか「ありのまま」ということなどについての
理解について述べた本。

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昨日、突然母がついでのことのように
「あ、そういえば、美恵ちゃん、亡くなったんだって」
と言いました。
その言い方は、まるでちょっとした噂話好きのおばちゃんが、近所のラーメン屋の奥さん、浮気してたんだって、と言う時のような少しギラギラした感じで、私はとっさに不快感を覚えました。



美恵ちゃん、というのは、私にとってはいとこにあたりますが、年齢が15以上も離れています。
つまり、75歳くらいで亡くなったことになり、現代の女性の平均寿命からしたら早い死だったと言わざるを得ません。
「どうして亡くなったの? 病気?」
と尋ねると母は意味ありげに、
「さぁ~」と言いながら、
「病名は知らないけれど、旦那さんの介護疲れだったんじゃないか、って姉妹たちが言ってたわよ」
と言いました。



いとこたちの中で私は一番年下だったので、だいたい一回り以上は離れている人が多いのですが、そのなかでもこの美恵ちゃんとは、特に親しかったわけではありませんでした。
美恵ちゃんは、3人姉妹で、高校のときの同級生の男性と高校を卒業してからほどなくして結婚しました。
このご主人というのが、ちょっとキザなところがあり、風貌は小林明に似ていました。
なんていうかなぁ・・ 自分のことを慕って集まってくる子分にはいい顔するけれど、そうでないヤツには突っかかるみたいなヤクザ的な資質があったんですね。
それを美恵ちゃんのお父さん、つまり私にとってのおじさんは嫌い、美恵ちゃんは勘当同然で結婚しました。
でも・・・ こう言っちゃなんですが、おじさんはもう少し人当りがソフトなだけで、自分のことを無条件で褒めてくれるようなYESマンだけを周りに起きたがり、ちょっとでも違う意見を持っている人には「なにっ!」と言って徹底的に糾弾する、という点では、同じ穴のムジナだと思っていました。
だから人は自分と似たタイプは嫌いなんだなぁ、と子ども心ながらに見ていました。



昔はそんなものだったかもしれませんが、あるとき、美恵ちゃんがすごい夫婦喧嘩になり、はだしでパジャマのまま家を飛び出し、実家に助けを求めに来たときもおじさんは美恵ちゃんを家に入れなかった、と言います。(美恵ちゃんの婚家は実家とバスで2駅程度のところでした)
「よそへ嫁にやったものは簡単にはうちの敷居はまたがせない」
というわけです。
けれど、美恵ちゃん以外の2人の娘は、おじさんがみつくろった男性とお見合い結婚をし、その男性たちはどちらもおじさんのいいなりになるようなおとなしい男性だったため、おじさんは2人の娘たちにはめっちゃ甘いんです。
近所に住んでいた親戚の幼い私の目から見ても、あれは、ひいきが過ぎるんじゃないか、美恵ちゃんの旦那さんのことをいくら気に入らないからってあれは極端なんじゃないか、美恵ちゃんかわいそう・・って思ってました。



いくら姉妹といえども、結婚してそれぞれの家庭をもつとそんなものかもしれませんが、2人の姉妹たちも親の影響を受けてか、美恵ちゃんのことをボロクソに言っていました。
「ちっとも実家に顔を出さない」とか、
「親の面倒を見ないくせに」とか。
しかし、それとて私から見れば、勘当同然にされていたら、顔を出しにくいじゃないか、来たってあんたたちは何で来たの?という顔をしてつんけんするでしょうに、と身勝手な感想だこと、と思っていました。



1つには、美恵ちゃんの暮らしぶりが割と羽振りが良かったからかもしれません。
小林明似にご主人の仕事は個人商店が軒先にテントを張り、店名を入れる「テント屋」さんで、実際、一時はよく儲かったようです。
どうして美恵ちゃんの家に遊びに行くことがあったのか、良く覚えていませんが(というのは、私だけが、とか行くわけがないんで)、広いリビングに家のなかでコリー犬を飼っていて、動物が大好きな私はそれがとてもうらやましかったのだけをよく覚えています。
あんな大型犬を家の中で飼っていたくらいですし、当時、そこまで洋風の家というのは珍しかったので、モダンな家だったのでしょう。



けれど、だんだんご時世が変わるにつれ、ご主人の仕事は傾きはじめ、後半は大変だったようです。
そのことをおじさんや2人の姉妹たちは「それ見たことか」とか、もっと言えば「ざまあみろ」くらいに思っていたことがみえみえだったので、私はなんとなく口出しはせずとも心の中で(美恵ちゃん、頑張れ!)と思っていたのでした。
美恵ちゃん、頑張れ!という意味は、人生を終えるときになって、
「あぁ、美恵ちゃんはいい死に方をしたねぇ」とか、
「いろいろあったけれど、あの子は幸せだったろうねぇ」と周りから言われるような最期を終える、という意味です。
それが、まるで2姉妹にとって「ほぅら、言わんこっちゃない」というよう早死で、それもその理由というのが「旦那さんの介護疲れ」ということを聞いて、残念に思いました。
まるで美恵ちゃんが2姉妹たちの術中にはまったような気がしたからです。
でも、一瞬残念に思いましたが、それが本人にとっても不本意なものであったかどうかは誰にもわからない。
私は最後まで主人に尽くして幸せだった、という思いのなかで死んでいったのかもしれない。
後に残されるよりは、やるだけのことをやりきって死んでいくのだから満足だ、と思っていたかもしれない。
おじさんはもう何年も前に亡くなったけれども、2姉妹が美恵ちゃんのことを「結局あの子は1番早く死んでしまって口惜しいことでしょうよ」と思っているかどうかだってわかったものではない。
ダラダラとただ長く生き延びるだけが脳ではないから、いいときに死んだわねぇ、とうらやましく思っているかもしれない。



結局、誰がどう思っているかなんて誰にもわからない。
ほんとうに幸せなのが誰なのかだって誰にもわからない。
ううん、っていうか人と幸せのメモリを比べることなんてできやしない。
美恵ちゃんの最期がこういう終わり方をするとは思っていなかったけれども、彼女に1番ふさわしいような幕の引き方だったような気もするし、本人が残念無念だったかどうか・・ それもわからない。
ただ、かならず人って死ぬのだなぁ、ということだけをしみじみと噛みしめました。

コメント

天命は”嘆き”のなかに潜んでいる

2018-11-10 09:01:17 | 精神世界
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わたくし、またもぎっくり腰をやってしまいました・・・
いや、これ「ぎっくり腰」ではないのかなぁ。
朝起きたら、突然、もう腰がいうことをきかず、立てないくらいの痛みになってしまっていたんです。
でも今回は何か重いものを持ったとか、急に身体をひねった瞬間に、とか要するに腰に負荷がかかるようなことは何もしていません。
何せ、寝て、朝起きたらそうなっていたんですから。
しかも、その日は久々に疲れていて10時間も寝た日の翌日でした。
だから、よく寝たことによって腰が悪くなっちゃうってどういうこと!? って感じです。
一過性のものでちょっとおとなしくしていたら治ってくるんだろうか・・?とも思いましたが、そんな気配はありません。
早速整体に行き、そのあと鍼灸院にも行きました。



そのどちらでも言われ、自分でも自覚していることですが、私はほんとにあちこち飛び回る、ということに弱い。
たとえそれが楽しいことであろうとなんだろうと強いストレスになってしまうのですね。
自分のサロンにお客さまに来てもらうことで日々忙しかったとしても、それは平気なんです。
でも、ルーティンでない所へ行き、ルーティンでないことをこなす、というだけでたとえそれが楽しいことであっても、もうストレス。
今回は10月末から広島に行き、名古屋に行き、京都に行き、と結構日にちが近いなかで飛びまわったので、それらすべての予定をこなし切ったあとでどっと溜まった疲れが出たってことなんでしょうか。
それにしても、またろくろく動けない日々がやってくるのかと思ったらげんなりです。
動けないとすごく人生損をしている気分になるものですが、まぁ、今の私に必要なことなんだろうな。



さて、前のときほどではないので、お客さまの予約を断るまでではなかろうと
いつものようにお迎えいたしました。
その日のお客さまは定期的によく来て下さる常連の方。
その方はずっと自分の天命が何なのかということがわからずにいる、とおっしゃいます。
私はつい最近読んだ本のなかで気になっていることをそのお客さまに申し上げました。
「天命って、“嘆き”のなかにある、ってその本には書いてあったの。つまり、人生のなかでいやだ、いやだと言いながらも続けていることはなにか? ってことよ。
私は、いつもあなたが結婚前にも保育士をやっていたから今もなんとなくそれを続けているけれども、子どもが好きなわけでもない、なんで私はこれをやっているんだろう? って言いながらも続けているよね? なにかその中にヒントがあるような気がするのだけれど」
そしてそれは、保育士そのものが天命のはずよ、とか子どもが好きでないと言いながらも、何かしら子どもに関わることではないかしら、とかそんな単純なことではないとは思う。
でもともかくそこにヒントがあるはずだからよぉく考えてみて、と言いました。
もちろん、そこでひらめきがあり、「わかった!」ということになった、という話ではありません。
でもそこに焦点を当て、
「そういえば、そのとおりだなぁ・・ 別にどうしても嫌なら、別の職業についてもいいのに、なぜか私は文句や愚痴を言いながらも、ずっと保育士を続けている。それは何でだろう?」
と彼女が考え、考え、もう疲れて考えることをやめたときにふっとひらめくようなものではないか、と思ったのでした。



ちなみに私自身のことでいえば、「嫌だと言いながら続けていること」は、1つだけではなく色々とありますが、パッと思い浮かんだのはこのブログを書くことです。
ブログを書くことが嫌なわけではありませんが、もちろん書くことが好きだから続けているわけですが、時々、“嘆く”ことはあります。
最近でこそ、ゆるゆるのペースでもいいじゃないかと思い、1か月に1日、2日、書かない日もありますが、10年以上、毎日一日もかかさずに更新してきました。
それも、ブログを書くことでビジネスにつなげようとしていたわけではありません。
ただひたすらに自分の気付きの足跡を記してきたかっただけです。
そしてそれは時に批判も腹立ちも愚痴も、自分の内側にあるものを洗いざらい書くものですから、こんなこと書いたら1文の得にもならないどころか、批判を浴びるだけだろうなぁ、とか、読者が減るだろうなぁ、とかソンなことの方が多いじゃないか、と思うこともあります。
そして実際にイヤな思いをするようなコメントを書きこまれると落ち込んだり、腹が立ったりします。
でも、書かなきゃよかった、と思ったことは1度もない。
どんな思いをしてでもどうしても書くことを止められない。



そのことにはずっと前から自分でも気づいていました。
だから、
「私は何があっても自分を外側に表現することを止められないのだなぁ」
と思ってきました。
そこに自分の天命があるのだ、とも思ってきました。
でも、ふと“表現”というより“発信”することを止められないのだなぁ、と言い換えたほうがしっくりするなぁ、と思いました。
なんとなく“表現”というと、クリエイティブ性が高くなる代わりに、自分の内面を外側にあらわす、という感じがするのに対して、“発信”というと、自分の内側から出てきたものでなくても、
「ねぇねぇ、これ、私はいいと思ったよ! だから皆にも伝えたくてさぁ」
という受け売りのことだったりも入って来るし、たとえ自分が本分とするジャンルのことでなくてもなんでもあり、という匂いが漂ってくる感じがするから。
そのほうが今の私にはしっくりくるなぁ、と思いました。
なにかしら私には「発信する」ことに関連したことで天命がある、ということになります。



どうぞ、皆さんも天命に関してもやもやしている方がいらしたら、まずはこれまでの自分の人生で、嘆きながらも続けてきたことはなんだったか? を洗いだしてみて、そこから考えてみるといいと思いますよ。
そして、「これかも」ということに思い至ったら、今度はその言葉を徹底的に自分がしっくりくるまでブラッシュアップする。
するとスッキリ納得できるかもしれません。
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ようやく更新条件がわかりました

2018-11-07 09:01:18 | オーラソーマ
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先月、だったかな。
マイクが再び来日し、日本人ティーチャー(コマラ先生と環先生)によるアップデートも含めたら、何度目かのアップデートが行われました。(何度目か、と言っても内容は同じ。出られなかった人のための救済措置)
私は今年の2月末、大阪で行われたアップデートに参加しているので、もうそこから考えるとずいぶんと時が経ったな、という感覚です。



そして、自分自身がアップデートに出たときにも感じていた不信感・・
いったい「これを受けなくてはプラクティショナーの更新ができませんよ」という触れ込みだったのにもかかわらず、肝心の
「今回のアップデートに出たことによって、それは何年の更新が可能になったのか? 1年なのか? 2年なのか? はたまたそれ以外なのか?」
「次の更新からもこのような形で更新は行われることになるのか?」
についてはアップデート中には全く触れられませんでした。
それはとても不満でしたが、私が出たのは日本人ティーチャーによるものだったので、それを彼らに聞いたところで、
「ごめんなさいね。それは私たちにもわからないの」
という答えしか返ってこないんだろうなぁ、と最初から諦観を抱いてしまっていたので、聞きもしませんでした。
第一、きっちり言わなくてはならないことだと認識しておられるのなら、彼らのほうから言うだろうし、それを言わないということは何らかの意図がそこにはある、と考えるほうが普通だろうから、と。



それについて、今回尋ねてくださった方があったようなのです。
エライ! 勇気あるなぁ。
それは休憩時間のことで、通訳の問題があってか、その人もマイクに直接尋ねたわけではなく、コマラ先生に尋ねたようです。
そうしたら、コマラ先生は口を濁した様子で、最初は語るのをためらっていた様子だったけれども、ついに
「更新はこれを受けてから1年」(だから受けた時期によって人によりまちまちということになりますね)
「次からの更新はこのような形ではない。イギリスのHPを見て、直接30£を支払えばよろしい」
ということになった、という回答を引き出したようなのです。



私はその現場に居合わせたわけではありませんから、そのコマラ先生の様子に対してあまり手荒な感想を申したくはありませんが、どうしてここまでその回答をひっぱり、ひっぱり、質問をしにきた生徒にだけこっそり伝える、ということをするのだろう?ということが不思議でたまりません。
マイクが更新については、
「これに出たら資格維持の権利確保となるから出るだけ、というのではなく、オーラソーマの最新情報を受け取るために積極的に出て欲しい。資格のためだけ、という気持ちで出て欲しくない」
という考えがあったのではないか、ということは想像できます。
そりゃ、確かにオーラソーマの最新情報は知っておきたいですよ。
しかし正直に言わせてもらって、3日間もカン詰になって日本円にして64000円も支払ってどうしてもこちらから獲得しにいきたいそれは情報だったか、と言われると疑問です。
プラクティショナーにとって魅力的で自分の活動のために耳を傾けたくなる情報というよりは、オーラソーマ社が一方的に日本のプラクティショナーに向けて通達しておきたい情報だ、というように感じました。
まぁ、100歩譲ってもしこれまで更新の年数や次回の更新について語られなかったのが、プラクティショナーの心構えを糺すためのものだった、としても、ですよ。
「今回のアップデートに出なくては資格の更新ができませんよ」と通達がなされた割には、一言もその更新についての発言がない、というのはおかしすぎる、と思います。



私は正直、今回の更新が1年限定のもので、来年になったらまたマイクの更新ツアーがあり、3日間~5日間の講習を受けなければその1年の更新さえできない、というものであれば、もうオーラソーマの資格からは離れよう、と思っていました。
「資格」から離れたとて、私はオーラソーマのプロダクツたちは大好きなので、自分でボトルやポマンダーを使うことはやめないでしょう。
でも、「オーラソーマ」と名乗ってセッションをすることが出来なくなるのはそれはもう構わない、と思っていたのです。
だって、今回大阪で日本円にして約64000円というアップデート代を支払い、当然、往復の交通費と宿泊費も必要になりますから、それに投資したお金は約10万円となりました。
それで1年なら、毎月毎月約8300円をオーラソーマ社本部に支払っていることになります。
毎月それだけの金額に見合うフォローなぞ何もありません。
これは割に合わない、と思ったからです。
趣味でオーラソーマをやっていて、裕福な方ならそれでもいいかもしれませんが、それを生業としている者にとってはたまったものではありません。
マイクはやっぱり、
「オーラソーマで食べて行きたい」
と考えている人たちを踏みにじっているなぁ、と思います。
それでアップデート(最新情報)とは名ばかりの、本社としてアメリカの会社と手を組んでグローバルな広告をやっていくことにしただの、資格をとるためのレベル1~3までの在り方が変わっただの、という話をすでにその資格を得ているプラクティショナーたち相手に高額費用をとって講座を行う、というのはオーラソーマ社がプラクティショナーを1番の自社の顧客と考えて商売している、と言われても仕方がないのでは、と思います。



だからまた今回のようなアップデートを資格保持の前提条件として毎年行っていくのがこれからの更新、ということになるのならもういいや、と思っていたのですが、30£(日本円にして約4500円)を支払いさえすればいい、というのなら更新はします。
しかし、これまた極端な・・って感じがしますねぇ。
マイクが来日してとうとうと語れば約9万円が必要となるけれども、サイトから更新するだけなら5000円弱でいいよ~っていうのは。
でも私なら4500円が年間1万円でもいいから、何かしらのその金額以上に私たちプラクティショナーとしては受け取るものがあった、というフォローがあったほうがいい、と思いました。

コメント (4)

改めて算命学

2018-11-06 09:01:25 | 占い
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ぴーちゃん祭りの続きでございます。
みんながそれぞれのオリジナルの月桃フラワーエッセンスを作ったら、ちょうどお時間もよろしくお昼となりました。
いつものようにルビーさん渾身のランチ。
パクチー味のもずくスープ(ばかうま! もずくとパクチーを掛けあわせようなんて思いもよらん)
かぼちゃとレーズンのサラダ(美山のかぼちゃがおいしすぎる~! かぼちゃだけの甘みで作ったんだよ、とルビーさんは言ったけれど信じられないくらい甘いの。糖度はかったらきっと桃より甘いんちゃうか、と思いました)
私の大好きなフェタチーズたっぷりのグリークサラダ。
ルビーさんお得意の大根と柿のサラダ。
島ラッキョウのポン酢で煮込んだ、れんこんの歯ごたえが心地よいハンバーグ。
オリジナルちらし寿司(ちらし寿司にアボカド使おうとは思いつかないわねぇ・・ でもとてもさわやかでした)



さて、午後からは算命学。
私は数年前に中森じゅあんさんの1日講座を受けたことがあって、自分の主精(まぁ、性格っていうようなもんでしょうか)が「樹木」であることだけは覚えていました。
そして、それだけを覚えていたがゆえに、自分で勝手に
「樹木っていうことは、どしんとその地に構えてろ、ってことかなぁ」とか、
「樹木っていうことは、まっすぐに伸びて安定感あるってことかな」とか、
「樹木っていうことは、自分の周りは360度見渡せるけれど、案外自分自身のことはわかってないってことかな」とか、
まぁ、その程度に解釈していました。
でも、あらためてぴーちゃんに解説してもらうと、また新しい気付きがありました。
中森じゅあんさんのときにもそれは言われたことなのかもしれない。
けれども、やっぱり人間ってその時その時のタイミングに合ったフレーズが沁みてくるのであって、忘れちゃうんですよね。



今回、私に沁みてきたのは、
「えっちゃんの『樹木』は、『宿命星』のなかに『水』がないねぇ。もっと水が必要だよ」
ということでした。
私が思わず、
「へぇ、でも私、現実では、山に行くほうが好きなんだよね。海に行くのはあまり好きじゃない」
と言ったら、
「海水はダメだからね。だからだよ。木にお水をやるのに海水だったら枯れちゃうもんね。湧水。山の湧水とかのほうがそりゃいいさぁ」
と言われて、なるほど!と目からウロコでした。
だから、私にはみずがめ座のダーリンが必要なんだろうか・・



それから、「樹木」は、なにかあると自分が悪いのかな~、と自分を責めてしまうところがあるんだそうです。
これも納得。
私は何かにつけて
「それは私が悪いのよ。もう、争いごとになるくらいだったら、私が悪いってことにしておいて」
というタイプでは決してありません。
でも、私の子どもの頃の記憶の原点といってもよいものが、近所に住む身勝手な親戚のおじさんに連れ回された挙句、「もう帰りたい」というと、いきなり怒鳴りつけられた、そして家に帰って泣いていると母親が心配して「どうしたの?」と聞いてきたけれども、「いいの、私が悪いんだから」と答えた、というもので、ずっと自分でもどうして物心もつかないような子どもだった私が、そのとき「私が悪いんだから」なんて言ったのか? それより先にもっとそういう思いをした体験があったのではないか? ということがずっと気になっていたのですが、「もともとそういう性質をもって生まれてきているから」
と言われてなんだかスッキリしました。
ヒプノセラピーでは、自分が手放せばいいのに持ち続けている価値観には幼い頃にその価値観を形成した体験が必ずあるものだ、ということをベースに行っていますが、改めて「宿命」の話を聞くと、そうばっかりでもないのでは・・? 前世から持ち越したものや、体験ではなく、本人さえも気付かないけれどもそういう宿命のもとに生まれている、ということもあるのでは、ということをもう1度考えてみなくてはいけないな、と思ったことでした。



そしてもう1つ、とても沁みたのが、
「胸に牽牛星が3つもあるね。牽牛星とはプライドの星だから、お役割意識で生きて行く人なんだよね。真面目で誠実で、仕事が生きる夢や希望のすべてになる人が多い」
と言われたことです。
もう、そのとおりだ、と思いました。
私の人生の目的や夢や希望は、いつも“仕事としてそれをどう成し遂げるか”ということと同じことでした。
でも、お役割意識で生きたほうが活きる人間だ、ということは、私は1人でやるより会社などの組織に生きたほうが活きる人間だった、ということでもあるなぁ、と思い、思わずそれを尋ねると、
「うん、でも、自分で自分に“役割”を与えればいいわけだから」
と言われました。
このとき、一瞬だけれども、かつて最初の会社をあっさりと辞めてしまったことを少し後悔するような気持ちになりました。
でもそれはほんとにほんの一瞬で吹き飛びましたけれどね。
だって、もし私が最初に勤めた会社に定年まで地道に働き続けたとしたら、その後悔のほうがきっと多い人間であるに決まっていますから。
「これでよかったんだろうか・・? わたしの人生・・。もっとほかにやるべきことがあったんじゃないだろうか」
と思ってしまいそう。



しかし、以前にもこのブログに書いたことがありますが、私は「使命」については死ぬ間際の床で囁かれてもいい、と思っています。
もう数十分、いや、数秒で死ぬのに、そんな“お役割”を囁かれたって、果たせるわけないじゃないか、意味ない、とは思わないんです。
それは必ず私の魂が覚えていて、次の生のときにまた続きからやるだろうから、と思っているからです。
今だって、もうこの年になって、自分の使命たら宿命たらで迷っている場合じゃないでしょ、あなたにはもう残された時間がそんなにあるわけじゃないんだから、という人もいらっしゃるでしょう。
でも、そういう考え方はしていない、ってことです。



だから、その意味でいえば、
「お役割意識の強い牽牛星をいっぱい持っているから、本来だったら組織のなかで生きたほうが活きた性質だったかもしれない」
ということに一瞬でも、
「だったら最初の会社、辞めるべきではなかったのかな・・」
という心が産まれたということは、ちょっと今、わたし、弱っているかしらと思ってしまったのでした。
確かにね~ このところ、風邪気味でして。
寝込むほどではないから普段どおりに動いているのだけれど、ちーっとも治らない。
治らないどころか少しずつではあるが、悪化しているような気すらする。
季節の変わり目は気を付けないと免疫力が落ちるから風邪を引きやすいんだよね、とわかってはいても、どうやって気をつけたら? というと、特に方策はないし・・ となんとなくすっきりとしない毎日を送っているところでございます。
広島へ、名古屋へ、京都へ、とちょっと10月末から風邪気味なのに動きすぎたかもしれません。
そういう身体が弱っているときは心も弱り気味になる、ということを覚えておかないとね。
身体と心は常に一体だから。

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ぴーちゃんのフラワーエッセンス

2018-11-05 09:01:13 | ワークショップ
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1日、京都に行き、恒例の「ぴーちゃん祭り」に参加してきました~
今回は、皆さんのリクエストにより、まるまるぴーちゃん!ってことで。
どういう事かと言うと、これまではお昼を挟んで午後からは「なにかワークショップをしようっか」というものをたいてい入れていたのだけれど、これまでの参加者のなかから
「ちょうといいところに差し掛かったな、って思うとワークショップになっちゃうから、ぴーちゃんの話をもっと聞きたい」
というリクエストがあり、それを尊重し、もう朝から晩までぴーちゃんにしゃべくってもらおう、ということになったようです。
今回のテーマは「フラワーエッセンスと算命学」でした。



まずは午前中はフラワーエッセンス。
ぴーちゃんがいかにフラワーエッセンスとつながっているかをストーリーだてて話してくれました。
これを聞いて私はつくづく思いました。
「より自然に近い暮らしをしている人は、より自然からの声を聴こうとするものだな」
ということを。
いや、厳密にいえば、「聴こうとする」というより「入ってきちゃう」ってことかな。
そしてそれをして、人は「あの人は天とつながっている」とか言うのでしょう。
そしてそのアンテナが特に強い人が昔は巫女と呼ばれてきたのでしょう。
だから、昔の人にとっては自然の声を聴くなんてことは、なんら不思議なことでも何でもなく、自然の雲、滝、雨、川、空、植物、鉱物たちと自然に会話やメッセージを受け取っていたことでしょう。
そしてそんな感覚が研ぎ澄まされていくのも、自然のなかで自然に近い暮らしをしているからであって、現代の私たちのようにアスファルトで舗装された道路を靴を履いて歩き、朝から晩まで花の一輪も木の1本も見ることはない、というような都会で暮らしていると、自然にその感覚も失われていってしまうのでしょう。
沖縄で暮らしているぴーちゃんのサロンは緑があるし、ぴーちゃん自身が自然と触れ合って生きて行きたい、と思っている人なので、都会の人から見たら「天とつながっている特殊な人」に見えるかもしれません。
でも、本当はみんなが持っている自然な能力なんだよなぁ、ということをぴーちゃんを見ていて改めて感じました。



ぴーちゃんがフラワーエッセンスに目覚めたのは今から13年前。
花たちがいっぱい話しかけてくるんだそうです。
そしてぴーちゃんはその花たちの願いを受け取って、みんなの幸せのために、自分ひとりがそのお花のメッセージを独り占めしないために、フラワーエッセンスを作ろうとしました。
なんのお花で作ろうか・・と思っているときふと「月」という言葉が浮かんだんだそうです。
沖縄で「月」がつく花と言えば、「月桃」か「月下美人」。
どっちのことかな~と思いながらもぴーちゃんは、月下美人のほうが香りがいいし、なにせ美人ちゃんだからね~と「月下美人」にしよう、と思っていいました。
けれど、ある日突然、以前にサロンにやってきた占い師のおばあちゃんが、「月桃」を抱えてふぅふぅ言いながら、ぴーちゃんのサロンからはうんと離れたところに住んでいるにもかかわらず、タクシーを使ってやってきてくれたんだそうです。
それでさすがにぴーちゃんも「月下美人じゃなくて月桃か・・・!」と思ったそうな。



そのほかにも「では水はどこのものを使おう?」と思っていると、「ここだ」というお導きがあったり、実際に久高島にいっていざフラワーエッセンスを作ろうとしたときにも
「おれの畑にほかの作物をつくろとしたのに、いーっぱい月桃がはえているから取っていけや」
と言ってくれる人がいたり、とぴーちゃんは導かれるようにして月桃のフラワーエッセンスを作ったのでした。



でも、そんなぴーちゃんでも今でもすごく後悔しているのが、もともと沖縄で有志が集まり、アメリカからフラワーエッセンスの先生を呼んでいたのが、有志がだんだん減って行ったことにより資金が難しくなりその先生が、
「ぴーちゃん、僕を信じて。僕を沖縄に呼んで」
と言っていたのに、呼ばなくなり、それからほどなくしてその人は亡くなられてしまったんだそうです。
彼の遺志を継げなかったということでぴーちゃんはたいそう心を痛めていました。
あ~、だからぴーちゃんはバッチフラワー博士のフラワーエッセンスやエリックのエリックスエッセンスをやろうとはどうしても思えなかったんだろうなぁ、と思いました。



これらの一連のぴーちゃんがフラワーエッセンスを作るにあたっての導かれたような出来事を聞いていると、私には何か1つのことをやるにあたって、そこまで導かれたような思いをしたことがあったかなぁ、と考え込んでしまいました。
そりゃ、1つの出来事に対して1つの導かれたような思いをしたことは数々あります。
でも、ぴーちゃんのように「花はなにしたら?」「水はどこから組めば?」「花の調達をどうしたらいいか?」などの1つ1つの作業の節目節目ですべてそういう導かれるようなことがあった、というのはさすがに経験がない。
思考優先タイプの私としたら、「常に決めるのは自分」という頭がありすぎて、天からの声を聴くアンテナが錆びついているのかもしれないなぁ。
いくら導きがあったとしても、最終的に決めるのは自分であることには間違いないんだから、いつもいつも「自分が、自分が」って思ってなくてもいいのにね。
つい、あまりにもお告げのようなものがあったとしたら、「それを全部そのとおりに聞いていたら、そこに私の意志を入れるすきまがなくなるじゃん」なんて思ってしまうのね。
ぴーちゃんに意志がないわけはもちろんなく(意外に頑固なところもある 笑)、自分で決めているのも間違いないのだから、それ以外入ってくるものには素直でいればいいってことだよね、と改めて思いました。



最後に月桃蒸留水に13年ぶりに開封した月桃のエッセンスを入れ、そしてなにやらぴーちゃんが持ってきたエッセンスたちの中から、2種類をインスピレーションで選んで、さらにそのなかに加えました。
私が選んだものは「earth」と「DIAMOND」。
「どういう意味があるの?」
と聞くと、
「earth」は、「現実に目覚める」ということ、「DIAMOND」は、意志の力をあらわす、とのことでした。
ハイハイ、結局私は、あまり天の声に耳を傾けず、自分の意志で決めていくタイプだ、ということなのかしらん。
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