あられの日記

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平林寺の史跡

2009年11月25日 06時28分03秒 | 墓所巡り
昨日に続き、今日も埼玉県新座市にある平林寺です。
今日は紅葉紹介から離れ、歴史についてですね。
平林寺さんは臨済宗妙心寺派のお寺です。
本尊は釈迦如来様。
訪れた時、何人もの作務衣に坊主頭の男性がいらしたので、現在もお努めしている僧侶が何人もいる大きなお寺なんじゃないかなあ~。
さて平林寺の歴史は…。
「平林寺は今から約600年前、岩槻(埼玉県)に岩槻城主太田道真(道灌の父)が創建した。
その後、江戸前期に川越城主、松平信綱・輝綱父子によって現在の埼玉県新座市野火止の地に移された。
松平家の菩提寺です。かつてはお殿様が江戸に登る時にはここを宿坊として利用されていたとか。
寺域一帯は、野火止塚や松平家の墓所などの文化財をはじめ、天然記念物の雑木林など、武蔵野の面影を色濃く残している」
境内を奥へ行くと、川越の松平家の歴代(現大河内家)の墓所が並んでいます。

1基1基が石柱で囲い込んだ柵と、石で作った門を持っていて、とても立派です。先月紹介した池上本門寺にある紀伊徳川家の墓所や去年紹介した豪徳寺の井伊藩の墓所より立派です。そして数も多い。
墓所への参道はこんな感じ。
他に有名所のお墓は、

これ。●武田信玄の娘のお墓です。
他に、なぜか島原の乱の碑がありました。(写真撮ってないけど)
また、境内奥は武蔵野の原野が保存されていて、これがまるごと国の天然記念物となってました。
植物の植相が好きな人はたまらないんだろうけど、まだ炭焼きや柴に利用されていたブナやナラの木はさして黄葉してなく、感動は薄かったなあ。
でももう少しすると、散歩道にずっと植えられているカエデ類は紅葉してきれいだと思う。
昨日紹介したモミジとは種類が違うようで、こちらは延々青い葉っぱのままでしたが…。
この散歩道に「野火止塚」がありました。
そもそもこの塚はこのあたり(野比)の見張り台として使用されていたようです。平地にはこういう塚があちこちにあったんでしょうねえ。…時代はいつだ?そんでもって利用していたのは農民なのか??
どうしてもそれが気になる歴史オタクのサガですね。
さて、新座駅から平林寺を徒歩で訪れると、西側の縁を南下しがちです。
なぜなら、そこに緑道が整備されているから。
緑道は古風な川の流れに沿って延びています。
この川自体、歴史の遺産です。
その名も野火止用水。
有名な玉川上水が成功し、それを見てこの辺りの高台を選んで用水路を作ったんですって。その長さ25キロ。
この用水が完成して、水の確保が難しかった高台に田んぼを作れるようになり、大変貢献したそうで。
時折、用水に降りれる石段も残っていて、かつての庶民の生活が想像されます。
野火止用水を開削した指揮官は松平信綱の家臣で、彼のお墓も平林寺の境内に残っています。

本堂裏の長い長い散策路から境内へ戻ってきました。
入口にこんな昔風の建物が残され活用されていました。
フォトジェニックです。

ついでに、境内に湧き出る池から江戸時代に作られたお堂を望む。

ありゃ?
何かヘンなんついてる木があるな。

これは宿り木ですね。
今年の2月下旬、曽我梅林散歩をした時に、宗我神社の境内に一杯あったのと同じだ!
でもあるのが真っ赤なカエデだとフォトジェニック度が上がるなあ~。




コメント
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