脳機能からみた認知症

エイジングライフ研究所が蓄積してきた、脳機能という物差しからアルツハイマー型認知症を理解し、予防する!

免許更新時の認知機能検査(75歳以上高齢者)の問題点

2022年11月27日 | 前頭葉の働き
また高齢者による運転ミスで、死亡を含む重大な交通事故が起きてしまいました。
97歳という超高齢であったことと、近隣の方からは運転技術に不安があるとか車庫入れが難しくなっているといわれていたこと、親族が運転をやめさせる方向で動き始めていたことなども報道されました。
もちろん、おととし免許更新しており、その際受けた認知機能検査も高齢者講習にも合格していたことも報道されました。(写真は11/25小室山山頂)

私は脳機能から認知症を理解するという立場ですから、認知機能検査を中心に考えてみたいと思います。
(続)高齢者の危険運転 初掲載は2019年4月ですが、後半に認知症高齢者の運転をやめさせる方法など知られていない情報もあるのでぜひ目を通してください。

免許更新に先立って、認知機能検査が必須となったのは2009年。その後改正が加えられたのが2017年。そして今年になってさらに変更がありました。
認知機能検査は、3つある検査項目のうち「時計描画」が廃止され、日付や時刻を答える「時間の見当識」と、絵を記憶したあとでその名前を答える「手がかり再生」の2項目のみとなります。
 検査結果についても、「認知機能低下のおそれあり」「認知機能低下のおそれなし」「認知症のおそれあり」の3区分から、「認知症のおそれあり」「認知症のおそれなし」の2区分に変更。
認知機能検査などで運転実技検査もむしろ簡便化されたという解説を見て、目を疑いました。
池袋のあの忘れがたい事件や、たびたび報道される高齢者の事故に不安を覚えている人たちも多いと思います。
高齢者の認知機能をチェックするのは、その低下や問題点を明らかにして、交通事故を未然に防ぐことが目的のはずです。
「この検査で高齢者による事故を未然に防げるかどうか?」
結論はとても「無理」です。今回の97歳男性は合格していたのです。
(高齢ですから、この2年間で低下したということも否めませんが、池袋事件の飯塚被告は「認知症はない」と報道されていました。本当でしょうか?)

私はちょうど今年75歳になったので、お知らせ通りに「認知機能検査」と「高齢者講習」を受けてきました。つい先日実際に受検したのです。
「認知機能検査」は「あなたの『記憶力・判断力』を検査して、『認知症のおそれの有無』を判定します」と明記してあります。
以下は警察庁のホームページの認知機能検査からまとめました

記憶力検査
4枚の絵カード4組を提示され、試験官の口頭説明を聞きながら覚える。
ランダムな数列から指示されて数字だけを消す。(即時再生しないための干渉時間)
自由再生:覚えた絵カードを答える(正答2点)
手がかり再生:カテゴリーのヒントによる正答(1点)
満点:4枚絵カード×4組×2=32点

時の見当識
年:5点
月:4点
日:3点
曜日:2点
時分:1点(±30分で正答)
満点:15点

得点
2.4499×記憶力検査得点+1.336×見当識得点
36点以上:「認知症のおそれなし」
36点未満:「認知症のおそれあり」

なかなか丁寧に作られた検査のような体裁を持っていますね。特に得点に掛ける定数なんか複雑で…

さあ、それでは今から疑問点を列挙していきますよ。
事故後にはだいたいが「アクセルとブレーキの踏み間違い」といわれることが多いですね。なぜ踏み間違えるのでしょうか?
足が動かないのではなく、足を動かす指令がうまく出せない。つまり、脳機能に問題がある。にもかかわらずそのように指摘されることはほとんどありません。先の飯塚被告も足の運動障害のために通院中で、そのための運転ミスと事故後には言われていましたね。
①安全運転に必要不可欠なものは、脳機能の中でも前頭葉機能の中の注意集中分配力です。運転中のことを考えると、どれほどのことに注意を振り向けているか!
(続)高齢者の危険運転の中からコピーします。
考えてもみてください。自動車を運転している時には、ふたつどころではない注意力の分配が要求されます。そもそも何のために運転をしているのか。時間の制約はあるのか。いくべき道を考える。混雑状況により道の変更をすることも。信号や道路標識の認知。スピード、ガソリンその他のメーター表示のチェックも。前だけでなくバックミラーもサイドミラーも確認が必要。同乗者がいれば会話をし、時によったらラジオや音楽を楽しむ。運転終了後の行動のシュミレーションだって、苦も無くこなします。「そうだ。卵と牛乳を買って帰らなくっちゃあ」
もちろん大前提として、人に対しまた他車に対しても安全運転には最大の注意集中力を注がなくてはいけません。
まずこの働きのチェックが必要ですが、現行検査には全く含まれていないという実態には肝が冷えます。
警察庁に代わって言い訳もできます。認知症を記憶障害というとらえ方をしているのは世界の趨勢ですから、認知症か否かを決めるには記憶力の検査が必須ということになるのです。
世界の趨勢に従ったとしても、この検査では高齢者に危険運転をさせないようにするためのチェックとしては意味がありません。認知症への長い道のり(私たちは脳が持っている正常老化を超えて、老化が加速されていくととらえています)で、記憶力よりも先にうまく働かなくなるのが前頭葉機能です。わけても、注意集中力は最も早期に機能低下を起こします。機敏に状況を判断する力も低下します。
つまり、この検査が満点の32点であっても、危険運転、ブレーキとアクセルを踏み間違える可能性は十分にあります。ブレーキをかけるべき状態でもアクセルを踏み続けてしまうのです。

②時の見当識にも問題があります。
「わざわざ重みづけをした配点法が間違っている」
私たちは精緻な高齢者の脳機能検査のデータを持っていますが、時の見当識にはできなくなっていく順番があります。脳機能の老化が加速するとき、つまりに認知症の重度化に従ってできなくなる順番が決まっているのです。
(私たちが使う時の見当識と、質問項目が少し違います)
一番難しいのは「日」です。つまり「日」が答えられたら、その他はまず正解といえるくらいということを、この検査を作成された方がご存じないのだと思います。
私たちの持つデータに即して、配点してみると以下のようになります。
年:3点
月:2点
日:5点
曜日:4点
時刻:1点(±30分で正答は私たちのデータに比べて厳しい評価ですが)
現行だと、一番難しい「日」だけできなかった場合12点になり、定数をかけると16.032点。私たちの二段階方式では10点、定数をかけると13.36点。
前頭葉機能だけの低下にとどまっている最も早期のレベル(小ボケ)でそろそろ「日」があいまいになる段階です。実際には次の段階(中ボケ)に入っても運転している高齢者はいると思います。中ボケがどんどん進んでいくと時の見当識は、時刻だけがわかる状態になります。(これもわからなくなると大ボケです)得点は1点にまで落ちているのです。換算して1.336点どまり。それでもまだ世の中でいう認知症、徘徊や夜中に騒ぐ、家族がわからない、日常生活全面介助などの症状は一切ありません。

③カットオフ値(36/35)の意味が不明
時の見当識が満点だった場合は、15点×1.336=20.04点となります。認知症のおそれなしといわれる合格ラインの36点になるためにはあと16点でよい。しかも定数2.499をかけるわけですから実際に必要な得点は6.4。7点あれば合格!
自由再生4/16と1/4だけ正答できヒントでは一つも答えられない。ならば8点になりますがこれは現実的な想像ではありませんね。
最低でクリアする場合を考えてみると、自由再生では一つも正答できずヒントをもらって正答できたという状態が考えられます。16枚の絵のうち7枚、ヒントをもらってようやく正答できれば合格…
受検した人は、想像がつくと思いますが何一つ思い出せないという状態は、それこそ想像ができないと思います。それでも問題なく合格するのですよ。

時の見当識が「日」だけできなかった場合でも現行ならば、16.032点。合格ラインの36点にはあと20点。定数2.499で割ると必要な点数は8.003点。
例えば、上で述べたように現実的ではありませんが自由再生で4/16正答できればよい。自由再生で正答がゼロでも、ヒント再生で8/16正答ならば得点は20点となって、合計点は36点以上となり合格「認知症のおそれはない」ということになります。組み合わせはいくつもありますが、いずれにしてもそんなに高いレベルは要求していないことがすぐにわかると思います。

何のための検査なのでしょうか?「検査はしました」としか言ってないような気がします。
もともと的が外れた機能をターゲットに検査を組み立てていますが、これほど採点基準が甘いと、検査をしている意味はないのではないかと思ってしまいます。
一番大切なことは、記憶力の良い悪いと運転技能とは関係がないということと、事故を防ぐためには前頭葉機能中でも注意集中力に特化した検査が必要だということです。





認知症に関して理論的に詳しく知りたい方は、以下のブログもお読みください。





たしかに三密回避は認知症の孵卵器だった

2022年11月21日 | エイジングライフ研究所から
「三密回避」という言葉とその現象は、いつから始まったのか調べてみました。
2020年2月29日に専門家たちが「換気が悪く、人が多く、近距離で接触がある状態、この3 条件すべてを満たす状況を回避すべきという提言」を発表したのが始まりらしいです。
その後3月18日に、官邸から「3つの密を避けて外出しましょう」という呼びかけがありました。その時に、上記の3条件を密閉、密集、密接(近距離=互いに手を伸ばして届く距離、での会話や発声)と解説して「3つの密」という言葉が誕生しました。
もう少し詳しくみてみました。
4月1日には3条件が同時に重なった場を「3つの密」と呼ぶ定義があたえられたそうですが、条件が 1 つでもあれば「3つの密」 と呼ぶ定義に変更されたのが 4月7日。ただしこの定義は徹底されなかったのです。
とにかく厳密なようでいて、厳密でないということがよくよくわかりました。今年出会った京都の紅葉を。
ところが我が国の国民性というか、一旦方向性が決まれば、みんなが見事に足並みをそろえることはよく指摘されますが、高齢者の皆さんも然り。
一斉に、「認知症予防教室」「集い」「趣味の会」などなど中止になっていきました。認知症予防講演会も原則中止が続きました。

そこで、大きな問題が表に出てきています。
三密回避の状況は、実は脳機能から言えば、老化を加速させる温床のようなものです。
高齢期を迎えると、若い頃に比べるとただでも筋肉低下が起きてくるものですが、歩かなければ、歩行に関わる筋力がガクンと低下しますね。
脳機能も同様。
前頭葉機能、中でも注意集中力や注意分配力は20代をピークになだらかに直線的に衰えるものですが、三密回避の状態ではその衰え方がはっきりと急角度になっていくのです。
三密回避の状態では、何しろ「相手がいないので」注意集中力や注意分配力を発揮させる場が極端に減ってしまうこと、自分らしくイキイキと生活する場がなくなるからなのですが。
「三密回避は認知症の温床ー脳機能にもフレイルが」というテーマで、このブログに意見を書いたのは2020年9月12日でした。ちょっと読んでみていただきたいです。脳機能の老化が加速されてしまうメカニズムを正確に記し、かつかなり強く警告を発しています。

実際に最近の相談事例では、「『三密回避を守った』ことが、今の状態『脳が元気を失っている』ことと関係があると思いますか」と尋ねると、ほとんどの方が「はい。よくないこととは思っても、みんなとは会えないし行くところもないんですから。仕方ないと思ってるうちにだんだん変になってしまいました」と答えます。
2020年時点で、保健師さんたちからは「すでに脳の老化が早まっている人たちの老化の加速が目立ちます」という報告がありました。小ボケの方が中ボケになるとか、中ボケの重症化ですね。

最近は、脳機能が正常な高齢者が、たしかに老化を加速するきっかけとなる出来事は起きるのですが、あまりにも簡単にズルズルと老化を進めてしまう(老化のスピードが速い)印象を強く感じます。
もし三密回避がなければ、持ち直せたに違いないというケースに出会うたびに、もう2年以上も前に警告していたとはいえ、無力感が沸き上がってきます。
もう少し影響力の大きいところが声を揃えて国民に伝えてほしいと思います。




認知症に関して理論的に詳しく知りたい方は、以下のブログもお読みください。


Happy Birthday to me!

2022年11月13日 | 前頭葉の働き
「誕生日おめでとう」と言われると、両親に感謝する気持ちが湧きあがるようになったのはいつからでしょうか?
母が「文化の日に町内の運動会に行って、その翌日に信じられないほどの安産で生まれたよ」と何度も言ってくれました。11月4日。朝の冷涼な空気感が好き。昼間はまだ暖かく過ごし良い季節というのも幸せ…
両親が祝ってくれた誕生日から、家族や友人が祝ってくれるようになりました。そして今年は、自分でも祝ってみました。
こんなころから誕生会をやってくれました。(小学3年生?後列左から2人目)

夫からは上州の温泉巡り。

アメリカ出張中の長男からは、かかわりのある「ネットでカジュアルにプレゼントを贈るgiftee」を利用しておいしそうなお菓子の手配が。


次男も海外出張中で、エクスキューズ付きのかわいいカードが。

両方の子どもが海外だったのは初めて。我が家でもグローバル化が進んでいます。
友人のJ子さんからこんなケーキも届きました。

ランチにも誘ってもらったんです。

沖縄の年若い友人から、こんな素敵な琉球紅型の手ぬぐいが届きました。

対称的な大きなお花。「75歳だから足元を明るく派手に」のコメント付きプレゼント。クッキー。
皆さんありがとうございました。


福山の友人から「秋の足立美術館を楽しみましょう」とご招待があったのは、コロナ前でしたから、5年くらい前だったと思います。「ことしこそ実現」ということになって、念願の旅がちょうど誕生日翌日に出発になったので喜びが二重になりました。先週は島根県は荒天で雪の便りまであったのに、旅の間中、晴天続きでこれもプレゼントに違いありません。
そういう事情で、到着日に尾道散策し、翌日からは福山の友人宅から、全部タクシーで移動という大名旅行!
旅程は、中国横断自動車道を使って中国山地を横切り、まずは雲南市たたらばの里~松江市荒神谷遺跡~出雲市出雲大社~宍道湖温泉なにわ一水泊。
翌日は、米子お菓子の壽城~蒜山高原~倉敷まで送っていただきました。
そこで名残を惜しんで、後は一人旅。ここからはすべての企画立案予約の手配などは自分で!
まずは倉敷の姉宅の訪問。美観地区に連れ出して新児島館見学~カフェで休息して京都へ。京セラ美術館のボテロ展。一人旅の二日目は、早朝からお墓参りをして、亀岡から保津川下り。それから帰宅の予定が、船着き場の近所に見つけた福田美術館に寄ったところ、あまりにも興味があるものが多すぎ結局帰宅は夜9時前になりました。一人旅は綿密にボテロ展も保津川下りもすべてネット予約して出かけました。綿密に予定を立てるのも前頭葉。状況に応じて臨機応変に対応するのも前頭葉。
さあ、旅の報告に移ります。
上部は足立美術館で一番人気のこのショット。そうとは知らずに撮りました。どこをとっても一幅の絵です。

出雲歴史博物館。特別展「出雲と吉備」に荒神谷遺跡出土品が展示中。銅剣358本と銅鉾は全て国宝。それまでに発掘されていた銅剣は全国合わせて300本程度と聞けばその価値はおのずとしれますね。銅鐸にはくっきりと「×」が見えるものもありました。
荒神谷博物館。発掘場所に立つと最初に発見した人の震える指が感じられるようでした。
お菓子の寿城。米子城をかなり正確に模してあるとか。

福山では福山城築城400年祭に出会いました。
保津川下りのスタート地点がある明智光秀の亀山城址。
保津川下り。父に連れて行ってもらったのは小学生の夏休みでした。これだけの間が空いても、保津川は同じように流れています。観光客は大勢でしたけれど。25人乗りの船が1トン、乗客が1.5トン。晴天続きで水量が少なく船頭さんは大変そうでした。
船頭さんは3人で、先頭二人、後ろに一人。時々交代します。後方の船頭さんは少し体を休めることもできるようでした。私の席は最後尾。
「もう50センチあれは半分の時間で下ることができたんだけど」と話しかけてくれたので「漕がないとどうなりますか?時間かけて下れるのでしょうか?」という私のバカな質問に「漕がないと一日たってもつかないよ。だってどこかに岸につかまってそこにじっと停まったままになるのだから」から始まって
「今日はさっき櫂の水しぶきに虹が見えたよ」
「船頭は川底の様子は全部把握してる。そのためには10年かかるかなあ」など通常案内される岩や樹木の説明のほかに、いろいろお話ししてくれました。

今回の旅は足立美術館の他にも、美術館をたくさん訪れました。
尾道市立美術館。安藤忠雄の設計です。

倉敷の大原美術館新児島館。姉の家からちょっとがんばれば徒歩圏内の美観地区へ、旅人の私が誘いました。新児島館は中国銀行の支店なので、姉がとても懐かしがりました。幸せプリンと桃ジュース。

京都では京セラ美術館。建物にも展示にも興味津々。ボテロ展の入場券はネットで入手済。
オープンしたことすら知らなかった福田美術館。保津川下りの船着き場のすぐそばに3年前に開館したそうです。

若冲と蕪村がテーマの特別展。蕪村というと俳人、俳画の印象が強かったのですが、画人としての大きな作品(写真上部の六曲一双屏風)があったり、墨一色やユーモアにあふれた若冲に驚かされたり、二人は同年齢だということも全く知りませんでした。
そして蕪村が尊敬した芭蕉の自書自画「野ざらし紀行」絵巻物の全文(室内写真右ケース)が!目を疑いました。

思いがけず心に迫ってくる展示の数々に、興味を持って入ってみようと決断した自分に感謝しました。そして「興味を持てる幅が広くてよかったなあ」とも思いました。
安来市清水寺(自然にも心惹かれますから、風景の写真も上げておきます)

「興味・関心」の対象は全く十人十色。
「十人十色」ということばは、前頭葉機能を説明するときによく使うことばです。いいとか悪いとか断ずる以前に、自分の指向性があると思いませんか?それは前頭葉機能が発揮された結論として方向が決まるのですが、そう感じてしまうのだからどうしようもない。特に高齢期に入ってから根本的に変えることは至難の業です。
蒜山高原SA

その理由は、前頭葉機能そのものが、生きてきた人生を反映するものだからです。興味を持って先に進んでよかった。いやこれは失敗だった。関心を持ったことがベースになって、さらなる関心を生んだ。喜んだのもつかの間、その結果手痛い事態が出来することにもつながった。などなど。
日々を生き、人生を積み重ねていきつつ私たちの前頭葉は自分なりの色をはっきりさせていきます。
京都で出会った紅葉。

「私の生き方って軽い?」
「もっと、一つのことを深めていかなくてはいけないのかも。この歳になったのだから」と自省することもありますが、今いったように、この歳になってるからこそ、生き方の方向転換は難しいテーマなんですね。
清水寺紅葉館。

私は、物事を知ることに興味があるほうだと思います。
その意味で、どれもこれも真実の力で圧倒的に迫ってくるものたちに会えてほんとに充実した旅でした。

この記念旅行のハイライトを一つ選んでみようと思いつきました。
本当に難しい作業でしたが、福田美術館で出会って衝撃を受けた芭蕉の自筆自画「野ざらし紀行」との出会いだと思いました。
江戸深川の出発から、東海道を下り伊勢や生家のある伊賀上野、奈良、京都、中山道を通って江戸までの2000キロともいわれる大旅行記です。
昔、確かに墨絵の絵巻を本で見たことがあったように思いますが、なんと本物!ふつうに見始めて「えっ、ほんとに本物なの、複製じゃなくて!」ともう一度最初のキャプションに戻って確認しました。
多分複製でも、納得してみたような気がします。でも直筆!芭蕉の息遣いがすぐそこから感じられるようでした。

後でなぜそんなに感動したのか振り返ってみました。
とっても納得できる条件がいくつか浮かび上がってきます。
①実は高校時代の同級生が「多分、知らないだろうけど」という注釈付きでこの春「嵐山光三郎」を勧めてくれたのです。私は週刊誌のエッセイでしか知らなかったのですが、さっそく何冊かネット注文して、その面白さとその深さに驚きました。自分の興味を深めるとはこういうことなのかと思ったのです。
その中に「芭蕉紀行」がありました。「奥の細道」や「野ざらし紀行」の道を芭蕉のごとくに歩いてゆくというものですが、軽妙洒脱な文章のまにまに、著者の思いの深さが感じられるのです。一句一句の解説付き、またその時その場所のイラスト付き。そこから感じられるのは圧倒的な知識量と価値観、生き方そのものでした。
この嵐山本に会ってなかったら、こんなには心動かされなかったと思います。
尾道水道の夜明け。

②高校同窓生の書家幕田魁心さん。作品展が今年の8月~9月に熱海起雲閣で開催されました。
「奥の細道」に挙げられているすべての俳句50句を、横7メートルの作品に一挙に表現し、また一句ずつをそれぞれのテーマに合わせて全く違った方法で見せるという面白い作品展でした。私は3度も行きました。
宍道湖の夜明け。

③高校時代の先輩からつい先日お電話がありました。「85歳になったら続けて体調を壊してしまったので、いろいろ考えて老人ホームに入ったんだ」というお知らせでした。「至れり尽くせりで、それはいいんだけどすることがないんだよね。で、ちょっと考えて今二つもくろんでることがあって、その一つが俳句」
テレビ番組「プレバト」の夏井先生の話で盛り上がりました。
倉敷の夕焼け。

④1991年。もう30年も前にお元気な超百歳の方々の調査をしたことがあります。文芸的な趣味として挙がったのは短歌がお二人だったのに、大多数の方は俳句をあげられました。
「『天国の木という楷の若葉かな』という句を選者富安風生に絶賛され、自分でも気にいってるからお墓に彫るように言ってる」とさわやかに話されたI島さんの笑顔も思い出しました。
大山二態

今お話ししたような俳句に関するいくつかの経験が、新しいものも古いものも含めて、私の中にあったからこそ、芭蕉の自書自画「野ざらし紀行」が目の前に現れた時にあれほどの驚きと喜びを生んだのだと思います。先行していた経験が、新しい状況の価値を見出すことができる前頭葉を用意してくれた…ということです。
もちろんそのまた前提には、俳句という世界に興味が持てるという若いころの教育や実体験が必要条件としてあるでしょう。
尾道千光寺ロープウェイ

芭蕉の自筆自画「野ざらし紀行」にまったく何の関心もない人だっているわけです。それはいいとか悪いとかいうものではなく、いわば好きか嫌いかに近いものだと思います。出会いまでに関心が持てない生き方をしてきたというだけのことです。その人にはまた全然別の世界がイキイキと繰り広げられるはずです。
いずれにしても前頭葉は自分の生き方、日々の積み重ねで決まるものだと、75歳になって改めて実感しました。私はやはり広く浅く、知識にも関心があるし、自然を見るのも好き、そして一番は「人」に対する興味があるところ、そういう前頭葉を持っているみたいです。


11月8日京都七条通りの皆既月食。単に撮っただけですが思いがけない写真になっていました。


認知症に関して理論的に詳しく知りたい方は、以下のブログもお読みください。





10月の右脳訓練ー上州温泉巡り(伊香保)

2022年11月01日 | 私の右脳ライフ
3泊目伊香保温泉の思い出メモです。


夫は伊香保温泉が一番ぴったり来たそうです。早めにチェックインして温泉街をそぞろ歩く。その時ちょっとおしゃれなカフェで一休み。温泉をゆっくり楽しみ、おいしい食事に舌鼓を打つ。後はゆっくりのんびりする。
何しろ、伊香保には有名な石段街がありますから、たしかに日常的ではないシチュエーションでのそぞろ歩きができます。365段の階段ですから、少々息が切れてそぞろ歩く風情というにはちょっと無理がありました。
365段上がったところには、もちろん伊香保神社が。本殿の裏の紅葉にちょうど日が射してきれいに輝いていました。20分歩けばロープウエイに行けるようでしたが、もちろん却下。
「さあ、降りるよ」という掛け声で、元気に降りはじめます。もちろん石段街にあるおしゃれなカフェを探しながら。無事に好みに合ったカフェを発見して、二人でパフェを食べました。途中の足湯「辰の湯」を誘ったら付き合ってくれましたが、ほんの一瞬。
つい遠くの山や青い空を眺めたくなりますが、足元にも興味深いものを発見しました。十二支のマンホールが揃っているようです。カラフルなのは、コミックのキャラクターでしょうか。

階段が終わるところに、関所とハワイ王国公使別邸を発見。当然私は行きたい。夫は行きたくない。こういうものの見学は、よく考えるまでもなくそぞろ歩きのイメージには外れるわけです。今回このメモを書きながら、確かに私たち二人は旅に求めているものが違うということが、よくよくわかりました。階段下のベンチで待ってくれるというので、ちょっと急いで見学。御用邸跡にも行きたかったのですが方向違いのためさすがに誘いませんでした。私はめげず翌朝、ちゃんと朝散歩で行ってきましたよ。

夫は宿の雰囲気や食事も大きな要件なので、クレームが出る。
私は、せっかくの一期一会、見たい・行きたいが最大用件なので、拒否されてはがっかりする。
「絶対文句は言いません」と宣言した時の心境は、宿や食事に関しては許容度が高い自信があったからです。ところが旅のコンテンツが全然足りない!それでがんばってあれこれと交渉してしまいました。却下された案件は、紅葉の赤城山。草津温泉西の河原。雲一つない榛名山と榛名湖。伊香保温泉湯元源泉地。バラ満開の中之条ガーデン。書きながら笑ってしまいますがまだあったかもしれません。
考えたらこれは旅の前の「絶対文句は言いません」に反していることが、今よくわかりました。任せた以上、旅のコンテンツにも文句はつけたらいけませんね。
でも、追加報告だけさせてください。夫は旅の前に観光案内書を買って、ネット検索もしてA4版で22ページもある「見どころ」を作ってくれました。
なんと赤城山以外はすべて網羅されていました!行く気はあったということでしょうか?
ずいぶん以前に、近いテーマで書いたと思って探してみました。
冬の旅その3(大切なのはその場で体験すること)
これは夫に読んでもらいましょう。
もちろん、下の記事も。今回の旅は私が余分に見たいところ以外は完璧でしたから。

旅の最後は、予定にも「見どころ」にもなかったのですが、パンフレットから見つけて原美術館ARCに寄ってもらうことになりました。閉館になった品川の原美術館が伊香保に統合されていたのでした。現代美術ですからどんなものかと恐る恐る誘った結果は、まさに今回の旅の掉尾を飾るに値するものでした。(と、私は思っています)
ロケーションも建物も素晴らしい。榛名山も赤城山も借景にした広大な緑の敷地には野外展示作品がまるで遊んでいるように展示されていました。建物は磯崎新。現代美術の入れ物であることを意識していると思いました。
草間弥生の部屋、奈良美智のアトリエ模型、知らない人、名前はよく知っている人達の作品がA館 B館 C館そして屋外に展示されていて、心も目も惹かれました。一生懸命に見たせいか疲れました。撮影不可です。
一転して書院造をモチーフにした灌海庵では応挙などの日本美術をゆっくり見ることができました。私はとっても満足しました。夫は付き合ってくれたんだと思います。

水上温泉谷川岳の向こうはもう新潟県。渋川伊香保インターで関越自動車道に乗ったら次の駒寄パーキングエリアまでが群馬県。すぐ埼玉県になりました。群馬県の北から南まで、好みの違う夫婦二人旅が無事に終了しました。


ニンニクカズラ(2021年11月沖縄)

認知症に関して理論的に詳しく知りたい方は、以下のブログもお読みください。



















































ブログ村

http://health.blogmura.com/bokeboshi/ranking_out.html