脳機能からみた認知症

エイジングライフ研究所が蓄積してきた、脳機能という物差しからアルツハイマー型認知症を理解し、予防する!

単語の理解ー目で読む、声に出して読む

2015年08月28日 | 右脳の働き

おもしろい経験をしましたので、ちょっとお話ししましょう。
(伊豆高原「庭カフェ」オーナーの熱烈指導の下、夫が作ったレインボーランタン)

ビアパーティをやることになりました。
友人が「ビールはどのくらい持っていきましょうか?」とメールで連絡してくれました。
「たまたま一箱買ったのがたくさん余っているから、今回はお気持ちだけで」と返信しました。

その返事。
「『あビール』ほど飲ませてもらいましょうか?それとも、それでは体に良くないので少しずつ飲む『ちビール』にしますか?しばし考えましょう」という返信メールが。
「あビール」のところで、私の脳は???。
「『あ』ビールって何?『キリン』でも『アサヒ』でも『エビス』でも『バドワイザー』でも『青島』でもなく、『あ』って???」と反応してしまったのです。今、ここに転記しながら細かい表現もユーモアたっぷりに工夫していることがよくわかって、なぜ???になったのか、それこそ???ですが、最初に目にしたときは「『あビール』って聞いたことない…知らない」というところでとどまってしまいました。

夫にメール内容を伝えるために声に出して読みました。思わず大笑い。「あびる」ほど飲むと「チビチビ」飲むをうまく掛けことばにしているなんて!
おしゃれ!
続けて、視覚情報と 聴覚情報がこんなにも処理方法が違っていることに改めて気づきました。
視覚情報は後頭葉、聴覚情報は側頭葉に情報が入ってくるので場所は当然まったく違います。速読する人は一語ずつ読み上げるように読むのではなく、全体をひとまとめにして映像的に覚えこむと聞いたことがありますが、私は普通文章を読む場合には「頭の中で読み上げながら読む」ことのほうが多いので、視覚だけ使っているわけではないのでしょうが、今回は視覚情報だけで反応して「わからない!」とお手上げになりました。ところが実際に声に出して耳からの情報になると一瞬にして理解ができ、脳内処理が変わった実感がありました。

普通は、種々の刺激は前頭葉が統合するわけですからその意味では私の前頭葉はちょっと夏バテかな。

閑話休題。
先日、上野の国立科学博物館に行きました。

特別展のテーマは「生命大躍進ー脊椎動物のたどった道」でした。「生命大躍進ー脊椎動物のたどった道」であったとしても特別に問題はないと思います。でも、この二つを並べてみると「の」の有無が大きく印象を変えると思いませんか?

「の」がないほうが、地球が生まれ、海が生まれ、小さな生命が生まれそして40億年の歳月をかけて現在の姿になったという事実そのものが、圧倒的な迫力を持って迫ってくるような気がします。無数のプランクトンが浮遊しているシーン、恐竜たちが闊歩しているシーン、多様な哺乳類の世界。「生命大躍進」というテーマを目にした時から、今までに知っていた知識が脳の中でまとまってこちらに向かって来るような気がしたのです。
「の」が入ると、客観的な説明のニュアンスが強まるような気がします。黒板に書かれた説明のシーンが次々に現れてくるような感じとでもいえば、もう少し私が感じたことを理解していただけるかと思います。
これは日本語の文法からも解説できると思いますが、そのような解説なしで「感じてしまう」私の脳の働きが面白いと思いました。


「アリスのままで」から認知症を考える

2015年08月18日 | これって認知症?特殊なタイプ

7月5日に「映画『アリスのままで』ー若年性アルツハイマー病?」としてブログを書きました。
主演のジュリアン・ムーアの演技は素晴らしいものでしたが、若年性アルツハイマー病をどのようにとらえているかがどうも気になりました。脳機能のレベルと生活実態にギャップがあったからですが。

もともと認知症になった人からの告白とか闘う、というような表現がされている場合のほとんどが、実は認知症ではなく、側頭葉性健忘なのです。
若年性が加味されると、失語症のこともあります。
アルツハイマー病の本人が書いた本「私は誰になっていくの?」で世界中に大きなインパクトを与えた、オーストラリアのクリスティーン・ボーデンさんも、最初は側頭葉性健忘からスタートしたと思います。
ご本人には会っていませんが、彼女の本を読む限り記憶力の障害がスタートだったと思われます。
1995年46歳で若年性アルツハイマー病と診断されました。それから17年後の2012年沖縄での講演の様子がユーチューブにありました。「認知症の当事者クリスティーンさんが講演」で検索してみてください。最初の表情から「これが認知症???」とびっくりされると思いますよ。

本当は認知症の定義から始めなくてはいけないのでしょう。
さしあたってよく引かれる定義「いったん完成された脳機能が全般的に障害され、社会生活や家庭生活に支障を起こす状態」をベースに考えます。
「全般的に障害され」というところから脳卒中の後遺症そのものが認知症ではないということがすぐにわかりますね。
脳卒中は片側に起きるものですから、後遺症は右側か左側の脳に生じます。
その後遺症に負けて、何もしない生活を続けていると健康だった側の脳機能も損なわれていきます。そうすると全般的に障害されますから認知症ということになります。(脳卒中のせいではない!ですからこれは脳血管性認知症とは言えません)
脳血管性認知症は、一昔前には全認知症の70%と言われたたのですが最近はどんどんその占める割合が減っていってます。それでも50%~15%までの数値を目にします。
エイジングライフ研究所では、5%未満と考えています。脳卒中の後遺症そのものが認知症になる珍しいケースや脳卒中を左右脳に繰り返し起こした場合などを考慮してもそのくらいなのです。

認知症の珍しいタイプとして、脳内に水がたまる(正常圧水頭症)や血腫ができる(慢性硬膜下血腫)ことが原因で認知症の症状が出てくる場合があります。この特徴はとにかく急激に起きることです。脳外科で正しい処置をすれば劇的に回復可能です。
最近マスコミでよく取り上げられていますが、問題はその占める割合です。ほんの数%!

もっと少ない認知症のタイプを書きましょう。アルツハイマー病です。
私は浜松医療センター時代に数千人の認知症患者さんに会いましたが、真の意味の「アルツハイマー病」の方には数十人しかお会いしていません。
真の意味というのは、はっきりと遺伝子異常があること(国立精神神経センターの田平先生に遺伝子検索を依頼)、現役でありながら若年で発症すること、経過が考えられないほど早いことの条件がそろっていることです。
これこそが、ドイツのアルツハイマー博士がとても珍しい症例として報告した「アルツハイマー病」そのものです。
この病気の場合に「若年性」とつけること自体がおかしいですよね。必ず若年発症なのですから。
「孤発性」と言ってその当事者の方だけに遺伝子異常があることがほとんどでした。次代のことはまだわからないということです。
「家族性」は珍しくて、私が知っている例は、34歳で発症したたった1人だけです!
父、叔父叔母、いとこに認知症が、しかも年若い状態で起きてしまっていました。現役のまま認知症を発症し、予後は非常に悪く、父、叔父はすでに死亡。家族性アルツハイマー病はそのころ日本で十数家系しかないとされていました。予防も回復の方法もないこの病、これほど稀ということが神様の計らいかと心から思いました。
ついでに「ボケは遺伝しますか?」とよく聞かれますが、この家族性アルツハイマー病の極端な少なさがその答えです。
ただし一言付け加えておきますが、親の生活習慣を踏襲すると、子もボケるということは十分に考えられます。「趣味なく交友もなく生きがいもない、そのうえ運動もしない、仕事一筋の人生」を最上のものと思って生きるには、退職後の第二の人生が長すぎますよね。

実は、認知症のほとんどは、高齢者が、何かのきっかけで、「趣味なく、交友なく、生きがいもない。運動もしない」いわゆるナイナイ尽くしの生活に入って、それが継続していくときに、次第に社会生活や家庭生活に支障を起こしていくタイプなのです。90%以上!
まさに生き方の問題、生活習慣病。
だからこそ、予防もできるし回復も望めるというのがエイジングライフ研究所の主張です。
その人たちの脳は、アルツハイマー博士が症例報告した「アルツハイマー病」の特徴、老人斑、神経原線維変化、脳の萎縮があるから、「アルツハイマー型老年痴呆(今は認知症ですが)」と名付けられました。
アメリカではひとくくりにしてアルツハイマー病というようになりました。ただアメリカでは早発型、晩発型と区別しています。晩発型が「アルツハイマー型認知症」ということになります。

もう一度まとめなおします。
「アルツハイマー病」は遺伝子異常があって、現役のまま若年発症、進行が速い。非常に稀。
「アルツハイマー型認知症」は、高齢者が脳を使わない生活を続けるうちに次第に生活に支障が起きてくる。進行は極めて緩やか。認知症の大部分を占める。
このようにきちんと病名を使い分けてくれたら、わかりやすいのですが。

さて「アリスのままで」に戻ります。
映画のキャッチコピーが「若年性アルツハイマーを発症したアリスが、最後まで闘う姿を描く」というものでしたから、そこからちょっと違和感を覚えました。「(若年性)アルツハイマー病」の患者さんは闘うよりも早く病気が進行してしまうから、闘えないのです。そのくらい激しい怖いものです。
だから、7月5日のブログの最後にも「若年性アルツハイマー型認知症?」として以前書いたページを貼っておきましたし、7月19日にも、ちょうど飛び込んできたケースの紹介をしました。「記憶障害ははっきりあるのですが…これを認知症といいますか?」   
この2例とも、認知症ではなく側頭葉性健忘です。この病気は新しい記憶だけが入っていかないにもかかわらず、最高次機能としての前頭葉機能は保持されているという特徴があります。
直前のことも覚えていられないのに、前頭葉が機能するために、表情をはじめ印象が生き生きとしている、行動もテキパしている、気づかいやユーモアが感じられる、もともとおしゃれだった人は変わらずおしゃれ、趣味などの作品が素晴らしいレベルで制作できるなど「これが認知症?」とだれもが不思議な印象を受ける人たちです。
クリスティーン・ボーデンさんがまさにこのタイプですね。

とにかく「原作本を読んでみなくては」と思ってようやく入手できました。
結論を言います。
アリスは側頭葉性健忘ではなく「(若年性)アルツハイマー病」でした。最初のほうで遺伝子異常が見つかったことがはっきり書かれていました。
もう一つの情報がありました、これはドキュメンタリーではなく、あくまでも小説でした。(以下続きます)


私の消夏法その6ー働く(障子張り替え)

2015年08月10日 | 私の右脳ライフ


昔々、小学生のころ。
夏休みになると母が布団を作っていたのを思い出します。綿を広げて、新聞紙をのせてくるりとひっくり返して布団皮に綿が包み込まれるのをマジックのような気持で眺めていました。もう少し大きくなると、ひっくり返した布団の端をもって引っ張る手伝い、綿を広げる手伝い、針を使って綿を止める手伝いなどなど、私の夏休みの年中行事でした。
「さあ働きましょう!」と私の気持ちに号令をかけます。夏休みは子供たちをはじめお客さんが多いので、「すっきり過ごしてもらいたい」という思いは、私にとってはまたとない動機付けになります。
懸案事項だった和室の障子張り替えに挑戦することにしました。

和室の障子は雪見障子なのでお手上げだったのです。でも、困った時のネット検索。とても簡単に外し方がわかりました。
その前にガラス部分を磨いて、桟を拭いて、溝のお掃除もしなくてはいけません。


普通の障子と違って、下半分がガラスですから、重いのです。しかも1間半に2枚(ということは横幅が広い)。これは想定外で結構大変でした。

床の間に立てかけてあるのが、下半分の動かすことのできる障子。畳の上に置いてあるのは重い障子の本体。
作業の手順は、障子の一辺に紙を当てて仮止めをして、障子の長さに切る。

紙を仮止め場所まで巻き上げて、糊をつける。

紙を広げて、糊止めをする。

乾いたのちに余分な部分を切る。

一つ一つの作業が結構大変。紙の切り方や糊の付け方など、「誰かにコツを教えるとしたら」と考えながらやったのですが、教えられるほどにはそのコツがわかりませんでした。

ただ作業しながら、いろいろいろいろ考えるのが、ちょっと面白かったです。
やりたくもない作業を、イヤイヤやっているときと、自分がやろうと決めたことを淡々とやっているとき、今回のように何かのコツをつかもうとしているとき(しかも人に教えたい!という大それた望みをもって)、外から見れば同じ「障子張り替え」という作業をしているのですが、脳の中では全く違う作業が繰り広げられている・・・
一番早く時間がたつのはどのときでしょうか?
講演で話すエピソードを思い出しました。
おばあさんが一人でテレビを見ています。
一人のおばあさんは、することもなく、話す相手もなく、惰性のようにテレビをつけて時を過ごしている。こういう時の定番は「水戸黄門」かなあ。
もうひと方は、「今度の集まりの時の話題についていけるように」「今度の集まりの時にこの話を皆にしてあげなくては」と思いながらテレビを見ている。その番組がニュースであれ、ドラマであれ、ドキュメンタリーであれ、お笑い番組だって、深くかかわりながら見ていることに意味があります。
外から見れば、同じようにテレビを見ているわけですが、脳の活動レベルは全く違います。
脳は正直者ですから、使ったふりは有効ではありません。

早く時間がたったと感じるときには、脳は間違いなく活性化されています。コツを教えたいという大それた望みは達成できませんでしたが、全く「情けは人の為ならず」ですね。
このくらいきれいになりました。陰影礼賛と言ってみたいような気がしますが?


私の消夏法その5ー働く(クッキング)

2015年08月06日 | 前頭葉の働き

これでもかというほど、遊びの報告が続きました。
冷房の効いた部屋でゆっくりしていることもありますが、基本的になにかやっている方が性にあっている私のことですから、何かやり始めることになります。

7月31日は、ブルームーン(1ヶ月に2回満月が訪れるとき、2度目の満月をブルームーンというそうです)。その日に月下美人が咲きました。
宙玉処理をしないと、こんな感じ。

翌朝、レッツ クッキング!

花を縦に半分に割いた後、メシベとオシベを取り去ります。

花弁を適当に手で割いてさっと湯がきます。花の根元の方は繊維と直角になるように包丁で切ることにしました。
味が違うかどうか実験するつもりで。「料理は科学だなあ」と、ちょっとほくそ笑んだかどうかは?

湯がいて熱いうちに、3倍酢に漬けます。そして冷やした後でいただきます。

実は、おいしいんですよ。ちょっとカンゾウみたいなねばりがあって、おいしいです。花の根元は歯ごたえがあって、又々、おいしいんです。

同じ料理でも、「やりたい」というモチベーションがあれば、脳の活性化にはとっても有効。
認知症の始まりは記憶障害ではなくて、意欲の低下です。
小ボケの家族が「お母さんみたいじゃないんです」と訴えますが、言い得て妙だと感心します。
「このような状況なら、このようにする」この立役者こそ、前頭葉。
認知症は、この前頭葉機能の異常低下から始まるのですから、納得でしょう。

別の日。おからが一袋50円。
まず、電気釜で作るココア入チョコレートケーキ(もどき)。完成したので、冷たいハーブティーにミントを入れて、おしゃれなおやつタイム。

ミントを取りに行ったら、花が咲いていました。ちょっと涼しげです。

残りのおからは炒ります。
その前に具を刻むのが一仕事。タマネギ、ゴボウ、ニンジン、干椎茸、キクラゲ、コンニャク、鶏肉、油揚。ショウガも少々。青味にインゲン。でも久しぶりの友人が来るので彼女の笑顔を思い浮かべてがんばりました。
トッピングにも一工夫。大葉、ミョウガ、ショウガ。一足先に味見です。ウーン、どれもおいしい。

暑い家にいても、誰かとのつながりを感じながら料理をすることは、私の大きな喜びの一つだと改めて思いました。
正確には、私の前頭葉の喜びです。


私の消夏法その4-遊び(オラッチェ牧場)

2015年08月05日 | 私の右脳ライフ

鎌倉の鳩サブレー、大好きな人も多いと思います。
同じ工場で、たぶん同じレシピで作られている「丹那3.6牛乳サブレー」というのがあるのです。静岡県限定商品。販売元は函南町にある丹那牛乳で、そこの観光牧場「オラッチェ」売店で売られています。買いに行ってきました。

ついでに牧場でひと遊び。

このヤギは名前があるのですが、忘れました。この坊やを食べてるわけではありません。
右顔も左顔もやさしいでしょ?

丹那といえば、丹那トンネルが有名です。
それまで沼津―御殿場間は今の御殿場線経由で勾配が急で大変だったのです。丹那トンネルが開通したおかげで東海道線がまっすぐつながって利便性が格段にアップしました。
大変な難工事だったそうです。それは丹那地方には活断層があることや、丹那盆地の下には箱根や富士山の影響で水がたっぷりあることなどが原因なのですが、不幸にも工事中に起きた伊豆地震に襲われるというハプニングまで。ご苦労様でした。

帰りに丹那断層を直接見ることのできる公園に寄りました。世界でも有数に地殻変動を強く受けている地域だそうです。

立体的に考えることは難しいですが、「断層」がとてもよくわかる展示物がありました。石で円形を表していたゴミ捨て場跡が見事にずれていました。

いくら「遊び」でもちょっとは左脳も駆使しました。こうして酷暑を元気に生きてます。

 

 

 


私の消夏法その2-遊ぶ(なぎさ公園と大室山)

2015年08月05日 | 私の右脳ライフ

私の消夏法その1-遊ぶとして前回アップしましたが、書ききれない(笑)
伊東の町は車で通過することがほとんどなので、いろいろなものが目に入りません。

俳句好きの友人と一緒に演劇鑑賞会に行きました。早めについたので少しぶらっとしたのです。
友人が、「この作者が私の先生なの」と、道端の句碑を指して教えてくれました。
「独航の夜は近づいて来る銀河」大きな情景が目に浮かびます…
道を挟んで、重岡先生の作品があるなぎさ公園。

松川を挟んで観光会館

演劇の後、丁度伊東市夢花火がはじまり、会館出口の階段に腰かけて2週続けての花火観賞会のおまけつき。
夜遊びの楽しみに目覚めたので、大室山リフトが3日間だけ夜間運行というニュースが飛び込んできたので行きましたとも。
これでもそろそろ6時です。(南を向いて上昇中)

右(西ですね)に目をやれば。

贅沢にも伊東自然歴史案内人の方のガイド付。大室神社にお参りしたのは初めて。何事も先達はあらまほしきかなです。

花や虫をめでながら。コマツナギ

アカツノカメムシ

お鉢を一周したら、リフト乗り場がこんなことに!基地みたい。

山頂ではススキのばった作り教室も星空観察会も開催中。
熱心に見ていたからでしょうか。くださいました。

あいにく富士山は見えませんでしたが、空気も涼しく、出会った方々もさわやかで、なかなか気持ち良い経験でした。
出かけることはいいことですね。脳が刺激されることが実感できます。


私の消夏法その1―遊ぶ(熱海花火と映画『さかなかみ』)

2015年08月05日 | 私の右脳ライフ

記録的な酷暑。日本中どこでも暑いようです。
もちろん伊豆高原もご多分にもれず、日中の暑さは尋常ではありません。
あんまり暑いので、熱中症で搬送されるのもチョット困りますから、冷房をかけてじっとしていることもあるのですが、「いっそ動いた方が」とよく遊んでいます。

誘ってくださる方がいて熱海の花火に行きました。
見学場所が、ヨットハーバーの桟橋で花火の打ち上げ場所まであるのは海だけという、ベストロケーション。
今まで見た花火の中で一番感動したかも。大きな球体が迫ってくる!夜空の花火と海面のおぼろげな光の競演は初めて見ました。
近所の小さな漁港で旧盆に打ち上げられる花火大会があります。震災の翌年、鎮魂、祈りの気持ちが自然に湧き上がってきたあの時の花火と双璧でしょう。

花火の前に熱海港観光船サンレモ号に乗りました。初めての体験です。

花火見物のためににっぽん丸が停泊中

花火開始まで、なぎさ公園ではショーが繰り広げられていました。
レゲエ

和太鼓の競演も。

アイドル、よりもファンの男性に目が釘づけ!

映画「さかなかみ」上映会にも行きました。制作主演の浜野安宏さんはライフスタイルプロデューサー。余りにも多才な方なので詳しくはこのウィキぺデイアからどうぞ。(フェイスブックがみられる方は、現在アラスカ便りが読めます。30年間夏1か月はアラスカで生活されたそう)
自然と人間のあり方を問う作品ですが、北海道の自然描写も音楽も素晴らしい!
浜野さんの活動には「人としての生き方を問う」姿勢が貫かれているように思いました。ご自分の生き方も私たちの前にさらけ出して、「こういう生き方はどうだ!」と言っていらっしゃるとも思いました。
そうそう、新国立競技場白紙撤回の前から、撤回を主張されていて、当日もその話がありました。

夜は茶話会(写真はJガーデン石井さん)

いろんな方と知り合うことは、スリリングな楽しみです。前頭葉が喜んでます。

 


私の消夏法その3-遊び(ベアードブリュワリー)

2015年08月04日 | 私の右脳ライフ

「遊び」と銘打ってしまうとなかなか終われません。
先日の日経新聞で「一度は尋ねたいブリュワリー」特集で、堂々の2位。
修善寺の南に2014年にオープンしたベアードブリュワリー。

友人に誘われて、たぶん35度くらいの日に出かけました。

ほんとにいろいろなビールがあリます。お若いスタッフが、それはそれは丁寧に説明してくれます。「トレーニングだけではこのレベルにはなかなかいかないな」と思いました。やっぱり「この仕事をやりたい」という意欲が先決でしょう。

140ml、3種類で800円でテイスティングできます。見事に色が違いますね。味も違うそうです(笑)

カウンターの向こうで、スタッフがビールを飲んでいるので「あらっ」と驚くと「品質チェックのために、いつも飲んで確認しています。社長のポリシーです」
「うーん。なるほど」
人を動かすものは、お金や名誉やいろいろなものが考えられますが、「思いを同じくする」という条件も決して捨てたものではないと思います。

社長さんはアメリカ人、奥さんは日本人。試行錯誤もたくさんあったようですが、今では輸出もしているとのこと。熱意に頭が下がります。時が味方するというのでしょうか、近所にもともとあった駿河醸造所の、いろんな備品を代替わりして使っているそうです。
濾過機がテーブルに変身。

カウンターはそのまま使用。ただし前面の彫り物は、その昔ドイツに発注したものだそうです。

カウンターにはドライになった自園のホップが置かれています。

駐車場はは林の中。北海道のオートキャンプ場みたい。

友人たちと何度「来てよかったね」と言いあったことでしょうか。
ここは一人できても、楽しさ半減。語りが食を充実させてくれますね。気の合った友人との語らいは前頭葉を活性化させてくれます。

 


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