脳機能からみた認知症

エイジングライフ研究所が蓄積してきた、脳機能という物差しからアルツハイマー型認知症を理解し、予防する!

日常生活での「比較」で前頭葉機能を活性化

2023年07月29日 | 前頭葉の働き


「音の宝石箱」は斎藤真知子先生が、誰でも音楽を身近に楽しむためにと企画されたイベントですが、もう37回とのことです。初期は楽典を教えてくださったりしましたし、最近は楽器紹介シリーズが続いています。それだけでなく、必ず真知子先生のピアノ演奏を身近に聞かせていただけるこのような企画を持つ町はないのではないかと、私は心ひそかに胸を張っているのです。
さて今回は楽器紹介シリーズ「二胡」の巻。

哀愁を帯びた二胡の響きに心ひかれたことは何度もありましたが、二胡が主役という企画ですし、斎藤真知子先生が「楽しいですよ。素敵ですよ」とFBでお知らせくださって期待が高まります。
演奏会のスタートはクラッシックでお馴染みのエルガー「愛の挨拶」えっ!
愛の挨拶IMG 1511
二胡の説明、音域の狭さのカバーの仕方、特殊な弓と弦の関係、中国語の四声との関連など真知子先生との楽しい掛け合いが続きます。
 
嫁入りお月さん(事情があって「おばあさん」になってのお嫁入)
嫁入りお月さん(おばあさんよりはもう少し若いお嫁さん)
お嫁さんの年齢の比較ができました(笑)
「空山鳥語」は親鳥と雛の掛け合いをオクターブを変えて弾き分けるというおもしろい演奏でした。クラッシック音楽から日本の曲、中国の曲まで二胡による様々な音楽を比較しながら堪能しました。ありがとうございました。

たまたま夫が同じメーカーの二種類の納豆を買ってましたから、今朝、納豆の味比較もしました。

「そうだ、魯山人は何回混ぜたらいいといったのかしら」これは検索するしかないでしょう。200回くらいと思っていたら424回でした。混ぜましたよ。
結論は期せずして一致。私たちは静岡県産大豆を使った納豆の方が好みでした。

Something blueといえば、花嫁さんが一つブルー色のものを持つと幸せになるという意味だと思っていましたが、長男が世界中から「青色の食べ物」をFBにあげるのです。最初は気持ち悪いとあきれていましたが、最近は青色になんだか心惹かれる自分がいて、慣れを実感しています。慣れに関しては前頭葉機能が全く関係しないわけではありませんが、それほど高次の働きとは言えないでしょう。
バタフライピーのお茶があります。きれいな青色のお茶が出ますがレモンを絞り入れたら紫色に変わるのです。

そのバタフライピーの一重と八重の花の苗を二株いただきました。順調に育って花が咲き始めましたから、ご飯を炊いてみようと思いつきました。ここでも比較が始まります。
・八重の方がボリュームがあるから色は出やすいだろう。
・お茶にするのは花弁だけど、種をとって来年も植えたいし、プレゼントもしたい。
・どう考えても一重の方が結実しやすいはずだ。
比較考量して、八重の花を摘み取ってご飯に炊き込みました。色がちょっと足りない…
二度目の挑戦で、パタフライピー茶のティーバッグを破って混ぜて炊いてみました。
あまり差がなくこちらもマダラになってしまいました。


結論。今度はお茶にしてその液体で炊いてみる。こういうふうにいろいろ比較して次の行動を決めるというのは、内容は些細なことであってもまさに前頭葉が働いた結果なのです。
肝心の味は、少し入れた塩味の中にほのかに豆の風味が感じられておいしくいただけました。

金沢からのお土産をいただきました。「金の霊澤」

金沢にはおいしいお菓子がたくさんありますが初めて頂きました。金沢の名の由来も初めて知りました。
「山で芋をほっていると、芋のひげに砂金がついていた。 その砂金を洗った泉が「金洗沢(かなあらいざわ)」とよばれ、それが金沢の地名になったと。 その泉は兼六園の「金城霊沢(きんじょうれいたく)」
 和菓子もおいしい。洋菓子もおいしい。比較はしても結論が出せません。


料理も幅の広い活動ですね。
桃をいただいたのでちょっとおしゃれな桃パスタ。下田沖で釣り上げたメバル(45センチ)を頂きました。こちらは武骨に刺身やアラ煮や潮汁に。


梅雨明け宣言は出たのでしょうか?とにかく連日のこの厚さですから梅の土用干しをしています。

じっと見ると、こんなに違う。友人が自宅の梅をとってくださったものなのに。同じように始末して漬けたのに。かといって、この先はどのように変わっていくのかまでは断言できません。

普通に暮らしていても、ちょっと立ち止まって物事の違いに関心を持つことは、次の行動を考えることにもつながり間違いなく前頭葉の活性化になると思います。



一重のバタフライピーの花


蓼科山聖光寺参拝 護摩焚きと火渡りの体験

2023年07月27日 | 私の右脳ライフ

右脳訓練の話が続きますが、酷暑の夏休みに免じて許してもらいましょう。
信州蓼科湖畔にトヨタ自動車の菩提寺である聖光寺があります。信州の桜の名所に選ばれるくらい広大な境内を持つ立派なお寺です。
蓼科山聖光寺
上のHPを開いてみてください。交通安全祈願のお寺ということがわかります。
年間行事の中でも夏に行われる「柴燈大護摩供と交通事故者慰霊万灯供養と交通安全夏季大法要」は、聖光寺にとって、多分最も大切な法要のようです。
たまたま友人から、お参りと護摩焚きを拝見して火渡りもさせていただけるというお誘いがありました。全部初体験。なんという耳寄り情報でしょう!

でも夫はパスということでしたから、私の友人を誘って慎重かつ安全運転を誓って一路蓼科へ。
いつもだと、新東名新富士インターから西富士道路。甲府南インターで中央道に入って諏訪インターで降りる、という行き方をします。
新清水インターから中央道双葉ジャンクションまで中部縦断道が開通して使えることになったので、グーグルマップで調べてみるとほとんど所要時間は同じ。それなら新しい経験をとるのが私の流儀!
さらに一緒に行く友人が「中央道を使わず、下道で行くのも面白い」というので、その誘いにも乗って、初めての道を走りました。
護摩焚き」のことばだけは知っていました(初めて見る「柴燈」はどういう意味かも、このウィキベディアでわかりました)が、参拝者が願いを込めて手書きしている護摩木を見たら、私もお願いをしたくなって書かせていただきました。
夫の分と友人の分

こうして書いた護摩木は、後ほどこんなに丁寧に祈祷していただいて、護摩壇に祈りと共に投げ入れられることになります。
法事の流れは高原とはいえ暑い中を僧侶の方々、修験者の方々が、仏様に祈りをささげられます。




境内に用意された檜でしょうか青々とした木の枝で作られた護摩壇の周りで何段階もの祭礼が行われました。







お経は全然聞き取れませんが祈りの言葉が聞き取れることに驚き、よく考えてみると、護摩焚きの時は修験者の方が取り仕切っていたからなのですね。
皆さん真剣ですから、参拝者たちも必然的に真剣さが増してきます。
この時に、一枚ずつ護摩木にも祈りを込めてくださったのです。
火をつけたら、燃え上がるまではあっという間。












その後は大きな柱に水をかけて、その材木の両端を二人で持って火の跡をたたくようにして、道を作っていきます。
奈良薬師寺長臈 でもいらっしゃる松久保秀胤老師が、94歳とはとても思えないお声で「不安がある人はわたらないように」と説かれました。
僧侶の方々がまず渡られます。
そもそもトヨタ自動車の菩提寺ですから全国のトヨタ関係の方々が数百人も参詣されるのです。この前テレビのニュースで拝見した佐藤新社長や豊田会長のお顔も間近に拝見しました。トヨタ関係の方々が数人渡られ、その後に誘ってくださった友人ご家族、そして私たち。

私は何の不安もなく、むしろ楽しみでした。歩く道の横の熾火がほんのり熱いくらい。たった数秒のことですがなんだかスッキリしますね。
夜になって、交通事故による物故者の法要が行われて、その時も松久保秀胤老師がお勤めをされました。印象的だったのは「車を作る人たちは真剣に安全な車を作っているにもかかわらず、使い方の間違いを起こしてしまう人がいる」という厳しい表現と、自動車事故だけでなく最近の思いがけない災害にも触れられて「その人たちが安かれと祈る気持ちの大切さ」を説かれました。とてもとても説得力に満ちていて驚くばかりでした。

万灯会は、短い時間で境内の用意された行燈に火がともり、不思議な空間が生まれ、この場に居合わせることができた感謝の気持ちがわいてくるものでした。
ドライブ記録も記しておきましょう。
夫と約束したたびたびの休憩。これも旅の楽しみ。
最初の休憩。駿河湾沼津サービスエリア。しばらくぶりで、少し様子が変わっていました。

道の駅白州。桃を求めました。
フォッサマグナの湯。


旅はとても順調でしたが、一つ大問題が発生。ランチをご一緒にということで指定されたレストランに行くことを甘く見ていました。方角はだいたいわかっているので、現地に近づいたらナビを入れて楽勝!の予定が、なんと電波が弱くてナビが効きません…迷子になってしまったのです。
ようやく辿り着いたレストラン「モンテーヌ」は森の中でとっても素敵。






翌日は初めての人もいたので、藤森照信作「空飛ぶ泥舟」「高過庵」「低過庵」へ。声を上げて喜んでくださいました。



その後に諏訪大社前宮にお参りしました。この前は神前だけお参りしましたが、お宮を一周してみたら、4本の御柱だけでなく巨木に囲まれていて静謐さに包まれた神社だということがよく納得されました。四社ある諏訪大社の中でも一番最初に神さまがいらしたところというのが「前宮」の意味ですからお参りできてよかったです。



八ヶ岳からでしょうか、清冽な水が音を立てて流れています。水眼(スイガ)の清流、飲用可!冷たくてとても美味しい。



「なんだか清々しい気が流れている」と友人がつぶやいていました。
真夏の旅でしたが、心は爽やかになりました。

7月の右脳訓練ー屋久島の旅にプラス

2023年07月16日 | 私の右脳ライフ
今回の屋久島の旅は、JALのマイレージを特典航空券に替えて出かけました。
「どこかにマイル」という、行先は4か所の候補地からどこになるかわからないという「往復7,000マイルで、行き先はおまかせ!偶然が生み出す発見の旅へ」というシステムに乗ったことはお話ししましたが、東京⇔鹿児島と鹿児島⇔屋久島は、全然別の交換ですから乗り継ぎを考慮してくれてはいません。それどころか往復とも大幅な時間のロスがありました。

往便。鹿児島には11:50着ですが、屋久島への便は17:50発。ちょうど6時間!
復便。鹿児島には10:35着ですが、東京への便は19:05発。なんと9時間近くもあります!
旅のプランナーとしては、この時間をどう使うか知恵を絞らなければいけません。私の前頭葉が喜ぶ作業です。
ただ難問が立ちはだかるのです。昔一人で出張していたときには、早めに移動しておいてレンタカーを借りてあちらこちら回ったものですが、夫は何しろ時間に余裕がないと嫌がるタイプですから、実質的な時間が極端に減ってしまうのです。「出発時刻の1時間前には、空港に着いておかないと。時刻表通りという保証はないんだから。とにかく飛行機に乗れないということは大変なことだから」という声が聞こえます。「最近はネットで予約しておけば保安検査場が20分前、搭乗口が10分前」と何度教えてあげたかわかりません(笑)
海外出張が多かったせいというのは表向きの理由で、後、1時間とか30分とかという感覚がつかめないみたいです。左脳的に30分は10分の3倍とか、1時間の1/2とかは当然わかるのです。その時間がどのくらいの長さなのか、その時間があればどのくらいの距離を歩けるかとか、何ができるかということが実感としてはわからないということすが、普通はわかる人の方が多いのでなかなか理解に苦しみました。いずれにしても「早め。早め」の行動を強要されます。
その二人の時間感覚の差を埋めながら計画を立てることにしなくてはいけません。とうぜん私が折れるのですけどね。

まず、鹿児島空港にお昼について夕方5時までに戻る。霧島神宮にだって十分行けるのですが、この日は雨だったこともあるし、私は霧島には行ったことがありますから、もっと近いところで…と探しているうちに「妙見温泉」を見つけました。
「あ、ここは思いのある方がご自分の思いのままに、昔懐かしい風情の宿を作った温泉のような気がする。たしか鶏を放し飼いにしてあるはず」少し検索したらすぐヒット。

「妙見温泉忘れの宿 雅叙園」バス路線もあるのですが、いかにせん便数が少ない。こういう時はタクシーを使ってもいいでしょう。
昼食付日帰り温泉プランを申し込みました。タクシーの手配もしてくださって、到着口に名札を掲げた運転手さんが待っていてくださいました。
一路、忘れの里 雅叙園に。といっても15分くらい。信号は空港の角に一か所あるだけですから渋滞などは考える必要はない(空港に戻る時間を決めるときに、この情報は必要になります)。

早速、かやぶき屋根の田舎家を再現しているお座敷に通されてランチです。雨が降り続いていたために水量が多く迫力がある天降川が窓の外を流れています。

地元霧島茶とよもぎ芋あん入りのそば団子が運ばれます。

野菜料理中心のお膳でした。

食事の後、床の間を拝見に行ったら、なんと吉幾三書。やさし味のある魅力的な字でした。細字は「なみだにはいくつものおもいでがある こころにもいくつかのきずもある」
大きなホウズキに季節感が表現されていました。

お座敷のしつらえだけでなくお風呂までの建物も楽しみました。




忘れの里 雅叙園のシンボル、放飼いの鶏。

さあ!お目当ての温泉。お宿の当主が自作されたという巨石を穿ったお風呂。もちろんかけ流し。埴輪やお花にも心配りがありますね。クロコスミアは駆除しなくてはいけないといわれますが園内にそこここに控えめな存在感を醸し出していました。あまりにもしっくりとした風情…

お湯の後は、カフェでゆっくりさせていただきました。土壁って素敵ですね。

私一人だったら、空港に帰るまでの時間がゆっくりあるので、ここでいくつか探検するのにな~たとえば竜馬とお龍が新婚旅行に行った温泉もこの近くのはず…
でも道連れの意見を通してあげたら、空港に出発時刻の1時間半も前に到着しました。

復路。
珍しく「レンタカーで指宿に行くのもいいね」というつぶやきがあったので、その方向で検討を始めました。北から空港―鹿児島中央駅ー指宿という並びですから、ゆとりある時間を組み立てるのはなかなか大変でした。
レンタカーはやめて、JR九州の特急「指宿のたまて箱」に乗ることにしました。

水戸岡鋭治さんのデザイン。同じ水戸岡さんデザインの「ななつ星in九州」は私の感覚からすると高すぎるような気がしますがいつも完売とか。きっと客車の魅力も寄与しているはずです。小布施では水戸岡さん設計のお店に行ったこともありますし、富山市内の電車も水戸岡さんのデザインでした。
帰りは指宿から鹿児島空港直通の空港バスがあって、なんと東京行き出発時間の1時間半も到着ですから、これなら文句(というか心配)はないでしょう。
問題は、鹿児島空港から鹿児島中央駅への連絡バスが11:00発の便しかない。予定では乗り継ぎに25分あるので大丈夫だろうと高をくくっていたら、出発時刻が遅れてしまった…夫の大嫌いな「走りこむ」という事態に陥ってしまいましたがどうやら間に合って、鹿児島中央駅へ。だんだん駅が近くなります。ただしここも乗り換え時間が6分しかない!切符は予約済みですが発券しなくてはいけないのです。席がうしろの方だったので皆さんが降りるのに従っていたら時間が無くなるかもと、私だけ一番前の席に移動。「指宿のたまて箱に乗るので、時間があまりないので失礼します」とあいさつをしたら、お隣の方が親切で駅への生き方を教えてくださったので、事なきを得ましたが、結構難しかった。
「みどりの窓口で」といった夫はやや不機嫌な顔で遅れて到着。一般的にはこの程度では綱渡りとは言わないと思いますが、夫にとってはこんな綱渡りの旅は最も遺棄すべきものですから、詳しく説明はせずに、実は私の胸一つでうまくいきますようにと祈ってました。二人でホームに降りて「指宿のたまて箱」を待ちます。なんだか笑えるデザインで、浦島太郎伝説に従って、半分は黒、半分は白の顔をしているのですよ。
車内はレトロ感いっぱい。



約1時間の旅ですから、錦江湾もみなくては、車内限定販売のプリンも食べなくては、という状態で、あわただしかった鹿児島空港も鹿児島中央駅も忘れることができました。
指宿駅からはタクシーで5分でお目当ての指宿白水館です。ここも日帰り温泉とランチと薩摩伝承館見学が含まれたプランをチョイスしておきました。
白水館は海辺の松原を前にした立派な旅館でした。
本館の前に池に囲まれた新しい建物が出迎えてくれますが、それが薩摩伝承館。

池の中に回廊が出現します。

その先には、カフェとお土産コーナー

薩摩伝承館は指宿白水館によると「ミシュラングリーンガイド一つ星獲得。 指宿白水館の創業60周年を記念して創設者の下竹原弘志と下竹原和尚が、 親子二代、60年にわたって収集した約3000点のコレクションの中から厳選された作品300点程を公開する施設 」です。予想を超える見事な作品群に圧倒されました。写真もたくさん撮りましたがとても伝えきれません。





HPを張っておきましたから、どうぞコレクションから作品写真を見てください。薩摩焼の素晴らしい作品が堪能できますから。

薩摩伝承館内のイタリアンレストラン「フェニーチェ」でのランチです。お味はもちろんレストランのたたずまいも満点でした。

そして15時から温泉に入れます。指宿駅前からの空港バスは15:45発。15:00から15:30まで温泉を楽しんで、タクシーを呼んでもらっておいて飛び乗る。じゅうぶん温泉を楽しめると思ったのですが、夫はパス。バタバタするのは嫌いなんですって。
私は15:00に最初の客として入りましたから、一枚だけ写真を撮りました。30分あれば、温泉は楽しめるというのが私のポリシー。ゆったりした気分でないと温泉には入りたくないというのが夫のポリシー。
白水館名物の元禄風呂



フロントからの長い廊下の壁画。

「早く。早く」といわれた結果は指宿駅前で長々と待つことになってしまいました。もちろん私はめげず写真を撮って遊びましたけど。

ここでも指宿のたまて箱仕様のポスト発見しましたが何か違和感が。うーん!電車と、白黒が逆です。
「何か意味があるのかなあ?」という疑問から「あ、指宿のたまて箱の下り方向先頭車両の顔しか見なかった。上り方向の顔は白黒が逆だったかもしれない」という気付きまで、まったく脳は機嫌よく働いてくれるものです。

指宿は龍宮伝説発祥の地と言われています。

空港には夫の希望に沿って予定通り1時間半も前につきました。
でも事前チェックのおかげで、私は空港の足湯「おやっとさあ」でふたたびの温泉気分。すれ違った方が足湯前の西郷さんの銅像に「おや、せごどん」ですって。こんなことも旅の面白みですよね。
指宿のショートトリップは、多少の無理はありましたが変化にとんだ期待以上の体験でした。妙見温泉忘れの里 雅叙園訪問とともに、一見無駄に思える乗り換え時間があったからこそ、その時間を有効活用して楽しんだ二人旅でした。「こんな、偶然が生み出す発見の旅を楽しみました」とJALの企画担当の方に報告して、一緒に喜びたい気分です。




7月の右脳訓練ー屋久島SANKARAホテル&スパ

2023年07月15日 | 前頭葉の働き
屋久島で泊まったSANKARAホテルの食事の備忘録を作っておきたいと思いました。
SANKARAとは、サンスクリット語で「天からの恵」という意味だということを空港に迎えに来てくれたスタッフが車中で説明してくれました。ちょっとうれしそうというか自慢げな印象があって「なんと感じがいいこと」と、滞在することにワクワク感がわいてきました。
ロケーションもいいし自然を生かした一体感も素晴らしい。自然を大切にする姿勢も好感が持てます。それ以上にスタッフの皆さんのホスピタリティが徹底されていることに感動しました。
今日の目的は食の記録…
確かにどの食事も感動的でした。素材を生かして、おいしく、美しく、楽しく丁寧に調理されている…オープンキッチン形式で食事をする部分よりも調理をする部分の方が広いのではないかという設備と人員。そもそもこういうところにもホスピタリティを感じました。
食事の最後に、サーブしてくれる方が「パティシエがお待ちしておりますからデザートをお選びください」と笑いを含みながら言ってくれます。デザート台の向こうににこにこ笑顔のお若いパティシエ。「今日は七夕ですので、星をアレンジしてみました…お楽しみください」ですって。

到着日の夕食の時のこと。
「屋久島は首折れサバがおいしいんです。よかったらサラダを召し上がりませんか。とても新鮮でおいしいのですが、最後にちょっとバーナーで焼きますので、また風味がついて」と説明しながらバーナーを使うのが、とっても嬉しそう。この絶妙なやりとりって前頭葉を刺激する!と心の中で思いました。
「牛肉の白ワイン煮?赤じゃなくて」と尋ねたら「ブルゴーニュでは赤ワインですがボルドーでは白ワインをよく使うのです」知りませんでした!
知識が増えることも、私には嬉しいことです。
その時の食事です。サバサラダは左下、牛肉の白ワイン煮込みは左上。

2日目の朝食は「せっかくの連泊ですから、和食はいかがですか」と和食膳。屋久島はトビウオも獲れるそうで、それがさつま揚げに。またお茶漬けには「アゴ(トビウオ)出汁です」と地産地消。

続けて夕食。毎回、素材の説明も丁寧で「『なかやま黒牛』というのは中山さんの作った肉で品評会で優勝しました」

3日目の朝食は洋食にして、焼き立てパンを食べました。正確には食べ過ぎました。そのうえ「鶏飯」があったので懐かしくてつい注文。奄美大島で初めて食べた時のこと、強い陽射しと乾いた空気、またそのいわれをご一緒した保健師さんが話してくれたことなど、驚くほど鮮明に思い出されました。20年以上も前のことですよ。
夕食は「今日から新しい献立が用意されております」と桃を使った料理をさりげなく勧めてくれましたのですぐのりましたとも。

最後の朝食は、首折れサバのカレー。見た目はキーマカレーです。予想通りさかな感は全然感じられずに玉ねぎの甘みがあっておいしいカレーでした。

屋久島ですから、イモ焼酎を飲まなくては。ちゃんとフレンチにも合うようにセレクトされていて、水割りの分量も焼酎によって変えるのだそうです。それぞれ別の焼酎を注文しました。私はアルコールはいただけますが、普段は飲みませんからよくわかりません。味の違いはわかるのですが、ことばで表現することは難しいですね。




最後の日は、夫はまた別の焼酎、私はホテル特製のジンジャーエールでした。
少しずつ飲ませてもらったので、5種類も焼酎を飲んだことになります。そういう体験がちょっと嬉しい。お気に入りのお酒がないのですから仕方ないでしょう?
煎茶は屋久島産でとても美味しいお茶でした。

私たちは、本当に「生き方が違います」
あちこち行きたい私。ゆっくり楽しむのが好きな夫。
SANKARAの食事は、前菜を選んで、メイン料理を選んでコースを組み立てるやり方でした。雑に撮ったメニューで申し訳ありませんが、こういう感じです。



3日間で重なっているものもあり、少し変化があるものもありという献立ですが、前菜は8品から2品、メインは魚or肉or野菜にするかで9種類からの1品チョイス。
いろいろ食べてみたいと思う方が普通かと思うのですが。初日には夫婦でシェアしたので、私は前菜4種類。メイン2種類制覇。この調子なら、少なくとも前菜は全部食べられそう!と期待したのに。
なんと、夫のチョイスは前菜は毎回同じもの。
ちなみに「ソフトシェルのアヒージョ」「ホワイトアスパラ」で、どちらも本当に美味しい一品ではありました。
「どうして?違うのを食べてみないの?」とやや詰問調で尋ねたら「美味しいしこの味が気に入ったから。だいたいオレは一筋だってわかってるくせに」とニヤリ。それって夫婦関係のことが言いたいのでしょうか?一過性の料理の選択と夫婦関係を比べるなんて。ちょっとアホらしくて確認はしませんでしたけど(笑)
メインは、夫は同じ料理法の魚料理を2回(ただし、使用された魚が違ったので他ごとながら、喜びました)1回は豚肉をチョイス。
私は毎回料理を変えて、夫の分もちょっと味見をさせてもらったので、なんと5種類も味わえました。

こうして記録していくうちに、気づいたことを正直に書いておきましょう。
金婚式も過ぎたのに、今回の料理のチョイスのようなことは限りないほどあって、最初は訳がわからない。それから左脳ベースの捉え方と右脳ベースの捉え方が生む違いかなと気づき、当然「十人十色」と言われる前頭葉の差だから受け入れざるを得ないと思うようになりました。
それでも「なぜ?」は繰り返されているのですが。
今回の屋久島でのこの体験は、振り返ってみると全く何の問題もないことに改めて気づきました。
それぞれが気持ちよく満足できていればいいのですよね。不思議なことにそう思えると、夫の選択方法をとても自然に受け入れている自分に気づきました。
この気持ちがずっと続くことは、私だけででなく夫の幸せ感にも直結しそう。
屋久島の旅は良い記念旅行になりました。
SANKARAをプレゼントしてくれた息子に感謝です。ありがとう。









7月の右脳訓練-屋久島の旅の楽しみ方

2023年07月13日 | 私の右脳ライフ
JALのマイレージが溜まっていて6月末で失効するマイルがあったので久しぶりに特典航空券に替えることにしました。
「どこかにマイル」という、行先は4か所の候補地からどこになるかわからないという「往復7,000マイルで、行き先はおまかせ!偶然が生み出す発見の旅へ」というシステムなのですが、私たちは2020年コロナ直前に、これを使って思ってもみなかった高知に行きました。そして予想以上に旅を楽しみました。
よく読んでみたら2018年に「ジャパン・ツーリズム・アワード ICT(Information and Communication Technology。情報通信技術 )活用特別賞」「グッドデザイン賞」を受賞したとのことです。新しい試みだったということですね。

さて、結論は鹿児島空港往復。私たちは二人とも何度も鹿児島へは行っていますが、「久しぶりに薩摩に行くのもいいね」とスケジュール作成に取り掛かったときに「どこかにマイル 南の島」というタブを発見。那覇か鹿児島から3か所の南の島の候補地のどこかに行くというプラン。
それを申し込んだら、行先は屋久島になったという行き当たりばったりの旅のスタートです。
屋久島行きの飛行機はプロペラ機。

じつはJALからの返事が来たときに、次男が2~3年前に屋久島へ行って「楽しかったよ」という報告をしてくれていたので、「おすすめは?」とメールをしたら「ホテルはSANKARAがよかったよ。山と海のガイドさんも紹介しようか。SUPやカヤックなんかも楽しいよ」と細かい情報が返ってきました。そしてそのまま、SANKARAを予約して(しかもキャンセル不可の!)くれて「遠慮なく楽しんでください」のメッセージ付き。

今回の旅は、変化に富んでいるというか振り幅の大きな旅だったのですが、無料の特典航空券を使って、高級ホテルに滞在するということからして、振り幅が大きいですね。

考えてみたら、私の旅は大体周遊型。今回のように3連泊という旅はなかったように思います。
居心地のいい場所でゆったりと過ごして、スタッフの皆さんとも顔なじみになって会話を楽しむことは新鮮な経験でした。
ウエルカムドリンク。

航空券の手配までは私が担当して、島での時間の使い方は夫が担当することになりました。早速アマゾンで屋久島ガイドブックを注文していました。急な旅でしたからなかなか本が配達されずに困っていましたが、WHY?
今どきはガイドブックよりも新鮮な情報が、ネットからいくらでも手に入れることができるのに。
SANKARAで頂いたパンフレットがとてもよくできていました。帰宅後チェックしたら、Webにちゃんとありました。興味ある人はどうぞご覧ください。
屋久島。神秘の島でしたい63のコト
もちろん紙に書かれて確認できるのは使い勝手の良さからいえば一枚上だとは思います。

私は我が道を行こうと屋久島情報を集め始めます。まずは天気。
「屋久島の天気予報は当たらない」ということがまず判明。屋久島は海岸線からすぐに急峻な山がそびえています。海側にある1000m級の山の連なりを前岳、さらにその奥を奥岳といいます。
九州最高峰宮之浦岳(1936m)などの奥岳は、前岳に守られるように全く見えません。「屋久島はほとんどが複雑な山々の塊のような地形(90%が森林)なので、黒潮の湿気をたくさん含んだ風が複雑な山々に沿って上昇していくと上昇側では雨が、下降側では天気になる。風の向きは山に強く影響される。だから予報は困難」とっても納得。
私たちが訪れた時は北部九州に線状降水帯が何度も発生した時と重なっています。鹿児島空港では前日と前々日、雨のために飛行機は着陸できず羽田に引き返したという状況でしたから、当たらない天気予報を何度もチェックし、今回は雨…とあきらめる気持になっていました。
ところが、屋久島に着いてから傘を差さなければいけない状況はなかったのですから、まず、どちらの日ごろの行いがいいかを夫婦でギロンしました。
SANKARA敷地内からの靄のかかった前岳。

すぐに表情を変えます。

空港へ行く直前に見せた勇姿。

空港ではくっきりと。

事前チェックの2番目は、屋久島の地図。外周は130㎞、一周はだいたい3時間。
屋久島はだいたい円形です。時計の文字盤でいえば、ガジュマルの北限志戸子が12時、宮之浦港を擁している一番の中心地宮之浦は1時。空港はだいたい2時。ホテルは4時からちょっと奥に入ったところ、6時を中心にさまざまな温泉に恵まれている地域、9時~11時周辺の西武林道が通行止め。というわけで島一周はできませんでしたが、確かに亜熱帯の植生を感じながらゆったりとしたドライブが楽しめました。ナビはありますが事前学習は安心感につながります。
ビラへの道の花たち。









3番目のチェックは、いわゆる観光案内。それぞれのスポットの予習です。
いつも思いますが、事前学習と実際に行って体験した後では情報の訴える力が全く違う。それはガイドブックでもネット情報でも同じです。
左脳経由の情報は意味の理解はできてもそれどまり。実際に右脳を介した情報を受け取ったら、前頭葉が自分のものとしてまとめ上げる。こんな印象をいつも持ちます。
冬の旅その3(大切なのはその場で体験すること)
私は前回の旅で行けなかった、千尋(センピロ)の滝をはじめとした滝めぐりがしたいな。島の南部の温泉にも入りたいな。屋久島世界遺産センターのようなちょっと勉強できるところ。サルに会えたらいいのに。などなど、実現できるかどうかはさておき希望にあふれた事前チェック終了。
20年ぶりの屋久島。講演のために行ったにもかかわらず、ヤクスギランドも、もののけ姫の舞台といわれる白谷雲水峡も制覇しています。大川の滝も湯泊温泉も行ってるのです!
屋久島が初めての夫は「ゆっくりすればいい」と主張していますから、たずねてみたい希望はありましたが、ゆっくりするつもりでした。

ところが、お天気が良かったせいもあって半日ずつホテルのレンタカーを借りて「どこでも行きたいところに行ってあげる」という思いがけないオファーが!夫婦ともトレッキングやマリンスポーツには食指が動かなかったのは年齢のせいでしょうね。
旅に出た時、私は行きたいところがいっぱいあるタイプ。夫はゆっくりその場を楽しめばいいといいます。その二人が旅をするのですからなかなか難しいところがあります(笑)
1日目はまず左回りに北へ向かいます。ホテルスタッフが教えてくれた和食屋さんでランチをするのが目的。私はネットで情報を集めるのも好きですが、人と知り合ったり、人が教えてくれたりする偶然の方がさらにさらに好きです。ところが定休日だったのでもう少し足を延ばしてガジュマルの北限志戸子(シトコ)でガジュマル園へ。

蚊に攻撃されるので早々に退散しようとしてサクラランの鉢植え発見。高知に行ったときに買った稚木の桜が30年になろうとしていて、花のたびにいろいろな思い出を楽しんでいます。旅では植物を求めるのもいいものだと実感していますから求めました。500円。
ホテルに帰ったら、玄関横の壁にサクラランが!出かけるときには気づかなかった…こういうことが実体験の力です。


帰りに本坊酒造見学。ここは焼酎だけでなくウイスキーも醸造しているとホテルスタッフが推薦してくれたのです。ウィスキーは長野県駒ケ根市でも貯蔵しているのですって。違うお酒ができそうですね。




思いがけない経験も。
お土産を物色するために入った「屋久島環境文化村センター」

20m✖️10mの巨大スクリーンで、空撮中心の屋久島紹介のビデオ上映が行われるというのです。私は「見たい」夫は「興味ない」と目配せしていたら、「時間外ですが、特別上映しますから、見ていってください」
案内されたのはこんなに立派なホールでした!二人だけ!!身を入れてみましたとも。

2日目は、島を逆回りに、西部林道通行止めまで行くつもりが、慎重派の夫が「もう帰ろう」「やっぱりいうと思った」」のやり取りはしましたが、瀬切滝に出会い満足して大川(オオコ)の滝を目指します。道の端にサルが!引き返してよかった!

2度目の大川(オオコ)の滝。落差88m

初めての千尋(センピロ)の滝。落差60m。駐車場からアップダウンのある急な階段を10分以上も歩くと滝の真ん前の橋まで行けます。私は行きました。夫は待っていました。






ホテル屋久島のpH9.7という強いアルカリ温泉を2回も楽しみました。6/23から経営がJRからSANKARAと同じ会社に替わったばかりで、ここもスタッフが勧めてくれました。(ネット外情報)




浜辺にある湯泊温泉。





引き潮の時だけ入れる混浴露天風呂平内海中温泉。ほんとは入りたかったのですが先客1名あり、断念(笑)



こうしてまとめてみると、私の希望は結構達成できていることに気づきました。あと2つ行きたい滝があったことは心の中において、運転ありがとう!
ホテル情報は次回に。



















映画「オレンジランプ」の大間違い

2023年07月06日 | 側頭葉性健忘症
まったく予想通りでした。
予想的中、してやったりという気にはとてもなれません。日本のこれからを考えると、とても越えられそうもない山が屹立しているのですから。

前記事でも書いたように、「若年性アルツハイマー型認知症」という概念そのものが間違っているのです。(2016年3月6日記事参照してください)
厚労省が65歳未満で発症した認知症を全て若年性認知症としてさまざまな指針を出しています。
それが間違っている。しかも根本的に間違っていると考える国民は、エイジングライフ研究所の私たち以外にどれほどいるでしょうか?

この映画の主人公もそうですが、若年性認知症と診断された人たちのバックには、あの有名なクリスティーン・ブライデンさんがいることは否めないでしょう。ちょっと情報をまとめてみます。

「1995年、オーストラリア政府の現職官僚として多忙な日々を送っていた46歳の時に、アルツハイマー病と診断された。その後、自らの認知症の体験を綴った「私は誰になっていくの?―アルツハイマー病者からみた世界」を出版し、初めて認知症者が内なる心情を吐露したと世界中が驚きを持って迎えた。出版や講演活動を通して世界中の多くの認知症の人々や支える家族に、勇気を与え続けている。2004年のアルツハイマー国際会議(京都)では、認知症当事者として自らの思いや希望を発言。日本での認知症当事者運動の先駆けとなった」

エイジングライフ研究所は「脳機能から認知症を理解する」立場をとっています。言い換えれば「症状だけで認知症を理解する」のではありません。多くの高齢者の方々の脳機能と生活実態を分析した結果、認知症と言われる方々の大部分を占めるアルツハイマー型認知症には大きな特徴が見られます。それは認知症の最も早期にはまず前頭葉機能が年齢相応に働かなくなるということです。記憶障害が起きてくるよりも早く前頭葉の機能低下があることを、専門家は知りません。

一方で、記憶障害を認知症の必発の症状と考えるのは、専門家でも一般の人たちでも共通の理解ですね。


クリスティーン・ブライデンさんをはじめ、日本で認知症当事者として、講演活動やテレビ出演で顔を晒すことも厭わず発言している人たちは、全員間違いなく「記憶障害」の症状をもっています。

「私たちの声を聞いてください」

「できることを奪わないで」

「できることは認めて、できないことだけ手助けして欲しい」

「認知症になっていろいろ忘れても、自分は何も変わっていない」

「世話をするのではなく、共に歩いて欲しい」
とおしゃれで表情豊かに言葉も尽くしてテレビや講演で訴える方たちには、確かに記憶障害はあります。さまざまに語られる失敗エピソードを知る限りは「確かにこれは認知症だろう」と思わざるを得ないのです。例えば、
「たった今会って挨拶を交わしたのに、直後にまた初めましてと挨拶する」

「共稼ぎの妻をピックアップして一緒に帰る約束をしたのに、忘れて一人で帰った。それも度々」

「いつもの道を通らず、別の道を通るとパニックになる」

「たった今帰った人や切ったばかりの電話の、名前ややりとりがわからない…(社会人として完璧な対応だったのに)」

「小料理屋店主が、客の注文を忘れてしまって商売にならない(仕入れもでき調理にも何の支障もないのに)

「デイサービス利用中の夫への依頼が全く実行されない。(聞く時はあれほど真剣に聞くのに)」

「同じものを買ってきて、それを指摘されても納得できない(で、恥じたり困惑したりする)」

「サークルの指導者が前回言ったことと今回言うことが全く違うことに気づいていない。その繰り返しが頻繁(指導そのものは適切。おしゃれも完璧。運転も上手なのに)」

記憶障害が主の症状を主にあげようとしたのですが、どうしても()内のことを書き加えざるを得ないのです。()内のことは前頭葉機能が担っています!
記憶はできないけれど、前頭葉機能は十分に働いている例を続けて挙げてみましょう。
「編み物教室発表会で、デザイン、糸の選択、編み方がすばらしいと自分の作品を激賞(その評価は正当)」

「詩や短歌など感性あふれた作品ができる(が、自分が作ったものという認識がない)」

「『今日はカレー』と宣言して買い物に行ったのに実際はおでん。手際よくできるうえに味付けも盛り付けも完璧だけど…」

「バラ園や展覧会。どこかの名所に連れていくと、同行者よりも感動するが、後で行ったことを全く覚えていない…それを指摘されると自信をなくし落ち込む」

「お見舞いに行くと心からの感謝や労いの言葉をかけてくれて恐縮するほどだが、翌日行くと全く覚えていない」

これらの症状こそが、脳機能から言えば、記憶に問題があっても前頭葉機能に問題がないということなのです。
このブログのカテゴリー「側頭葉性健忘症」にもたくさんの具体例を挙げてありますから、前頭葉機能と記憶力がどういうふうに生活を組み立てていくのかを知っていただきたいと思います。

側頭葉性健忘症の方たちの訴えを聞く時に、みんなが感じる違和感は「普通の認知症の人とはどこか違う」だと思います。
具体的には、表情、佇まい、姿勢、服装…何よりも伝えたいと思っていらっしゃることが、こちらの胸にダイレクトに伝わってくる不思議さではないでしょうか?
まだ早期と言われる認知症の人でも、たくさん喋って言葉のやりとりができているようでも、どこか本当の気持ちのやりとりができていないという虚しさ、苛立ち時に怒りが湧いてくることは介護者の皆さんは否定できないでしょう。
その差を生むのが前頭葉が機能しているかどうかの違いなのです。

脳機能という物差しを持てば、両者の違いは歴然としていますが、ドクターが症状だけで理解すれば
1。記憶障害があるので認知症
2。しかも日常生活は自立できている
3。ということは、時・所・人の見当識がなくなり、生活は介助が必要で徘徊、粗暴行為なども見られる普通の(実は手遅れで重度の)「認知症」に至る前段階の「認知症」を見つけてしまった!
4。こんなに早期に見つけることができたのならば、手を尽くせば、よくなるかもしれない(これはあり得ませんが)重症化しないかもしれない(適切な生活指導ができれば維持は十分可能です)。
その時薬にたよるのではなく「障害に負けず、もっている能力を活かして生きがいのあるイキイキとした生活を」とドクターは指導するのですよ!
その指導が功を奏したら、何年間でも維持できます。前頭葉機能に関する説明がなくても、前頭葉が使えていますから、その生活を継続すれば記憶以外の機能低下は恐れるに足りません。

なんということ!
クリスティーン・ブライデンさんも、映画『オレンジランプ』主人公のモデルである只野晃一さんも、上に挙げた私の知り合った方たちも、前頭葉機能は健在。記憶力に問題がある。ちょうどザルで水を掬うように、つまりものによってはたまに残ることもあるのですが「発症して以降の新しい記憶が残らない」
私たちも昔の記憶で忘れていることは多々ありますが、絶対忘れていないこともありますね。例えば自分の生活史。家族や深く付き合った人との関係(名前をド忘れすることはあります)。そのようなことが揺らぐことはないのです。
映画「オレンジランプ」で気になったことがあります。
側頭葉性健忘症として多くのエピソードに頷きながら、そして只野さんに起きていることを的確に伝えてあげられていたら、心配することのない心配がたくさんあったのにとちょっと切歯扼腕しました。昔のことは覚えているから!家族や幼馴染の関係や顔は忘れないから!映画でも幼馴染とのエピソードははっきり覚えていたでしょう。
特に違和感を感じたのは、主人公が職場に復帰できる場面で、社長の顔がわからなくなり指摘されて「ああ」と苦笑しながら納得した場面です。ここの解釈は難しい。発病前から十分な関係性を持っていた社長の顔がわからなくなるということは、私の経験した側頭葉性健忘症の症例からでは説明ができません。冗談混じりならありますが。
あ。側頭葉性健忘症の人はユーモアを繰り出すことも解することもできます。でもあのシーンはもっと緊張感が漂っていたと思います。
ついでに、もう一言。この側頭葉性健忘症の人は、動作が機敏。手先が器用。
ボケはじめた高齢者は何しろなんでももたつきますが、それと好対照です。
もう一つ比較してみましょうか。
アルツハイマー型認知症の本当の初期に、家族が「おばあさん(おじいさん)ではないみたい」「考えられないことを言います(します)」と訴えます。
側頭葉性健忘症の家族は「忘れることは忘れるけど、お父さん(お母さん)には変わりがない

この二つの病気を一緒にすることは困難であることが分かりましたか。皆さんが側頭葉性健忘症の人を見た時に感じる違和感の説明ができたのではないかと思っています。
この国民的な理解を、屹立する高い山にどうすればぶつけられるでしょうね。
でも。と楽観的な私は考えるのです。重度の認知症を介護した人たちが声を上げたら。
「ごく普通に高齢者にみられる認知症(アルツハイマー型認知症)はそのような経過はたどらない。全然違う」と言える人たちがたくさんいるのですから。
どうぞ、素朴な声をあげてください!

このブログでも触れたのですが、先日成立した「認知症基本法」の「共生社会の実現を推進するための」という冠語ですが、側頭葉性健忘症の人々との共生は脳機能から理解さえすれば、即刻実現できますよ。
ただし脳機能から見ると、側頭葉性健忘症は認知症ではないということを忘れないでいただきたいです。
重度認知症の方々との共生は、全く違う視点が必要で人手や財政的問題など種々の困難が想定されます。







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