脳機能からみた認知症

エイジングライフ研究所が蓄積してきた、脳機能という物差しからアルツハイマー型認知症を理解し、予防する!

5月の右脳訓練ー伊豆高原アートフェスティバル

2015年05月29日 | 私の右脳ライフ
5月の伊豆高原は、緑が本当に滴っているようなすばらしい景色が広がります。
その緑と伊豆高原在住の方が作った芸術作品を同時に味わえるのが、アートフェスティバル。
今年も幾つか拝見しました。

アートフェスティバルを始められた重岡先生 彫刻

庭の作品群


鍛金の竹川先生

手前の部分が一番奥に見えるのですが?


アートフェスティバル創始者のお一人。ヒロ画廊

不思議な気持ちに


時代劇コスチュームを細かく描いた田嶋さん

一緒に行った友人とお知り合いというおまけが!


久しぶりの南大室窯。大室山に圧倒されます。

作品にも😄


壺中天の金継作品群

細かな作業の積み重ねだそうです。


毎年不思議な作品に出会えます。ギャラリー青樹

かわいい十二支


などなど。
楽しかった…右脳が喜びました。

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認知症からの回復ー兄のこと&Yさんのこと ④

2015年05月26日 | 認知症からの回復

以前勤務していた病院で、たまたま上司のドクターがラジオで五日間連続でのインタビューを受けたことがありました。(「ボケの早期発見とその回復」がテーマでした)
そのリアクションはすさまじいものでした。
朝から電話は鳴りづめ、夜8時ごろまで受け続けるという日が一か月以上続きました。

河津町にある禅の湯のご紹介(温泉もランチもいいのですが、特に岩盤浴が素晴らしい!)

なるべく短い時間で相談の実を上げる方法はすぐに見つかりました。
「何が一番困っていらっしゃいますか?」と尋ねるのです。

例えば、「夜中に騒ぐので…」というと、これは「時の見当識」の問題ですね。
「時の見当識」は「今日の日付、月、年、季節、昼夜」の順にわからなくなっていくものですから、もう最後の段階まで来ているということです。
「時の見当識から見る認知症の重症度」に詳しく書いてありますからご一読ください。

zen no yu

「時の見当識」がここまで低下してしまっているなら「所の見当識」や「人の見当識」にもトラブルがあるはずです。
徘徊の有無を尋ねたり「ご家族のことはわかっていらっしゃいますか?」と尋ねて、「わからない」とか「間違える」という返事があれば、「見当識」の理解の程度は、最重度にまで低下してしまっている・・・ことになります。(大ボケ)
次に、日常生活の具合を尋ねます。
見当識がここまでわからなくなっている脳の機能レベル(大ボケレベル)では、日常生活ですら満足にできません。衣食住のすべてに介助が必要になってしまっています。そこを確認します。

実は禅の湯はお寺 ニュースタイルの宿坊(日帰り温泉可)

最初の訴えが「薬の自己管理ができなくて大変なのです」というものだったら、これは中ボケ相当の脳の機能レベルの時に起きる症状ですから、他の中ボケレベルの質問をしてみます。
「今日の日付は言えますか?」
中ボケ前半なら「日は無理ですが、月なら大丈夫」という答えが返ってきますし、中ボケ後半なら「日付どころか、季節感もおかしいです」という答えが返ってきます。
「洋服は自分で選べますか?」「お風呂トイレは一人で問題ないですか?」「料理の味付けは大丈夫ですか?」などと聞けば、中ボケレベルの脳機能ではどれ一つとして満足にはできません。このようにして脳の機能レベルが「中ボケ」であることを確認します。
中ボケの生活実態を「言い訳のうまい幼稚園児みたいです」と中ボケの家族は表現します。

興味深いことに「夜中に出て行きたがって大変です」などという大ボケの症状を訴えることはありません。
大ボケの症状が出ると、そのことが一番介護面で大変になるので、訴えはそこに集中してくるのです。

自家源泉かけ流し。もちろん飲用できます!

小ボケの人は、全く小ボケの症状だけを言い立てます。
「意欲がなく、言われなければボーとしている」「表情がなく目が死んでいる」「感動がない」「根気が続かない」「テキパキできない」「何度も同じことを言う」などなど。
小ボケの症状は下の記事の最後に列挙してあります。http://blog.goo.ne.jp/ageinglife/e/6f3870d3e6a9d415854f0a1e1637c9f4

確認のために中ボケの症状を尋ねると
「おかげさまでそこまではありません」と言われるのですよ。

このように一番困ることを聞けば、認知症の重症度がわかりますし脳の機能レベルもわかります。
次のステップは、脳がこの機能レベルに老化を加速させるために必要なナイナイ尽くしの期間を逆算して
「〇年くらい前にそれまでの生活ぶりが大きく変わるような出来事があったでしょう。そしてその後、生きがいも趣味も交友も運動もしないナイナイ尽くしの単調な生活が続いてしまったでしょう」とお互いに共通理解するのです。

「だから、以前のように脳全体を使う生活に戻さなくてはいけません。筆頭が運動の脳で一日5000歩の散歩、次がアナログ情報担当の右脳を使うこと。色や形や音楽…趣味は何かなかったですか?ゲームはどうですか?」と指導していきます。

脳機能が社会生活に支障が出てくるレベルの小ボケの人だったら、脳リハビリをすることで改善できます(私の兄ができたように!)
中ボケのレベルは家庭生活に支障が出てきます。
中ボケ前半の人は、ちょっとがんばらないといけませんが、それでも改善は十分可能。
中ボケ後半になると、改善よりは維持を目指すことになりますね。
家庭生活に介助が必要なレベルの大ボケに入ると、本質的な改善は望めません。いわゆる手遅れ…

男湯・女湯

 

友人からの又聞き情報では、Yさんの夫が、「妻の生活上の不都合が増えてきた」として具体的にあげていたのは
「料理ができない、留守番ができない、洗い物が大雑把、入浴は一人では難しく、トイレの後始末が下手になった。」でした。
日常の「家庭生活面」での支障が起きていることを強調されていることになります。これは、まさに「中ボケ」レベル。
そして、「夫やお手伝いさんのことはわかる」ということでしたので、「大ボケ」レベルの症状である「身近な人の見当識までは障害されていない」ということにも言及されていたそうでした。

ご主人が友人に、「妻が自分を頼り切っているので、いとおしい気持ちがわきます」とも言われたそうです。
中ボケレベルになった時に、家族は「言い訳ができる、幼稚園児みたいです」って言うのですよ。

私の友人から、「脳リハビリすればいいのに!」と気をもんだ発言がFB上であったので、2008年に脳梗塞発症だったら間に合うかどうか疑問や不安があったので、できるだけ情報を集めてみました。
結論。私の家族だったら、私は精いっぱい対応してみると思います。

 

 

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認知症からの回復ー兄のこと&Yさんのこと ③

2015年05月24日 | 認知症からの回復

後遺症は何だったのか?
Yさんの主治医から直接詳細を伺ったのではなくて、友人がYさんのご主人から伺ったことの又聞きですので、たくさん出てきたのは「『脳梗塞の時に起きたこと』は『記憶障害』と『言語障害』」というだけの表現なのでした。

実はこのどちらもどういう状態を指しているのかが、わかりにくいのです。
記憶障害。
記憶力のテストがあります。その結果からだと、どういう状態か共通理解できますが、そうでなければ、わかりにくいものです。
覚えることが難しいのか、覚えるけれども忘れてしまうのか。どの程度のことが起きているのか。
日常生活でも言いますね。ある程度の年齢になったら誰でも口にする「人や物の名前が出てこない」から重度認知症のひとつの症状「同居の家族のことも忘れている」まで、一言で言い表すなら「記憶障害」
もちろん実際に会って半日でも一緒に生活してみると「どういうこと」に関して「どの程度」障害されているのかを知ることはできます。
言語障害。
「話しにくい」と言われても、言葉が思い出せないのか、言い間違いが多いのか、滑らかに話せないのか(ろれつが回らない場合もあれば、発語自体が困難なのか)わかりません。文法的におかしい表現が多発しても「話しにくい」というでしょう。
「言われていることがわからない」場合もありますし、「読み取れない場合」もあります。

脳は、脳卒中などで壊れてしまうと、壊れたところが担っていた機能が働けなくなってしまいます。今うえで話した症状は、それぞれ別の場所が担っているということです。広く障害されると、当然症状は重なってくるわけですけれども。
大脳の機能局在とか巣症状という言葉を聞いたことはありませんか?
CTが普及する前には、脳外科のドクターたちは「いつから、どのような症状が、どういうふうに起きてきたか」を丁寧に聞いて、「どこに何が起きたのか」を「推理」して治療を始めたのです。
何ができなくなったかを知ると、脳のダメージを受けた場所がかなりはっきりわかってきます。
症状は、もちろん場所だけでなく、どの程度に障害されたかも大きく影響します。
いずれにしても、急性期を過ぎてリハビリもやって、できないことがはっきりしたら、それが後遺症ということになります。
いったん損傷を受けた脳自体は治りません。まったく改善しないという訳ではありませんが、リハビリや日常生活をすることによって、その周りがある程度機能を取り戻してくれると考えるといいと思います。一番改善できる期間が半年間。
命と引き換えに、背負って生きていくことになった様々な困難が後遺症です。

具体的な症状の方が、脳のどこが障害されたのかがよくわかります。
「言葉がしゃべりにくい」ということが言われていましたから、しゃべりにくさの内容がもう少しはっきりすれば脳の場所もはっきりしますが、ここは大きく左半球の障害だろうとしか言えません。
「計算ができない」という症状も左半球が障害された時に出てきます。
「ボタンがかけられない」は、形の問題ととらえたら右半球の障害「着衣失行」のようですが、右脳障害はほかに一つも出てきませんでしたから、「そのものの使い方がわからない」という左脳の後遺症がありますから、それに相当するものだろうと思います。
いずれにしてももう少し詳しい情報がないとお手上げです。
と、いうようにごくごく少ない情報から類推すると、左脳障害で失語症(詳しい内容は不明ですが)をきたしたということまでは言えると思います。

Yさんは、脳卒中のあと1年半ほどたったころから、少しずつ講師や講演活動にも復帰できたとご主人が友人に話されたそうです。


この話(情報)だけでは、失語症の回復がどこまでできたのか、そして本当に講演ができるまでの状況判断力があったのかなどわからないことだらけですが、とにかく講演できるまでには回復できていたようなのです。

リハビリで改善しない部分が後遺症。
脳卒中によるその他の障害はなかったのです!
この考え方がとってもとっても大切です。

そのままの生活を続けていらっしゃったら、「そのままの人」でいられたはずなのです。
もちろん、何らかの言葉を主とした後遺症はあったかもしれません。そして正常な老化現象も起きてきたでしょう。

「直前に行ったことも忘れる」
「料理ができなくなった」
「お風呂を嫌がるし、一人では危なかしい」
などのことが、「遅れて」出てきても、「それは脳梗塞の後遺症だと思っていた」!

それは間違いですから。
講演ができるまでに順調に回復されていた生活が、何かの「きっかけ」で大きく変わって、このブログで何度も言っている「ナイナイ尽くしの生単調な活」に変わられたはずなのです。
そこから「アルツハイマー型認知症=脳の老化が加速されてしまった認知症」が始まっていったのでしょう。
その開始点がいつからなのかは、まったく情報が手に入りませんでした。多分このような考え方が、主治医の先生にはなかったからでしょう。

 

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認知症からの回復ー兄のこと&Yさんのこと ②

2015年05月22日 | 認知症からの回復

「Yさんの後遺症を推理しましょう」と前ブログで書いたときには、簡単なことと思っていました。
友人にいろいろ聞いては見たのですが、すぐに考えが甘かったことに気づきました。
今起きている問題や症状についてはそれなりのことがわかったのですが、実際脳卒中で何の障害がどの程度起きたのかが余りはっきりしないのです。

今日は近所のJガーデンの花たちをアップします。5/20の花です。
世界的に超レアなDischidia sp(ディスキディア)

脳卒中を起こしたり、脳にけがをした時に、「何ができなくなったか」が「後遺症」なのです。
体のマヒはわかりやすい。
次にわかりやすいのは左脳障害で言葉の問題が起きたときでしょう。言葉の障害もいろいろなパターンがありますが「話せない」ことは見逃されることはありません。
「聞き取れない」はどうでしょう。あたかも外国語を聞くように「聞こえるけれども、意味が分からない」というタイプの後遺症は、特に軽いものは見逃されることが多いです。

ブーゲンビレアとハイビスカス

それでもまだ、言葉の障害の方がわかり易いといえます。
まったく言葉の障害がないのに、こういう世界に住むことになってしまうタイプの後遺症があるのです。

左の図がモデルで「真似をして描いてください」と指示をして描かれたのが右の図。そして
「下手な絵のまねをするのは疲れるね」と真顔でいわれました。
形がきちんとつかめていない(左空間失認といって、左側の世界がない)「後遺症」に加えて、相手の感情を全く考慮しないようなことを言ってしまう「後遺症」もあるのです。
右脳障害の一つです。興味がある方はブログ右欄カテゴリーから「右脳障害」を読んでみてください。

マダガスカルジャスミン

さらに厄介なものが、前頭葉に障害が起きた場合です。マヒはもちろん、言葉の障害も、形の障害もなく、「全く後遺症はない」とお墨付きをもらって退院ということもよくあります。
ところが家に帰ってみたら、司令塔の働きがないわけですから、「言われなくては何もしない」「もともとの○○さんじゃないみたい」と言われることになります。
年齢が若い時には問題が大きくなります。一見、後遺症はなさそうなのに、状況判断力や企画力や注意の集中・分配力や持続力や抑制力等々に障害があるのですから社会復帰は難しいのです。

高齢で、家庭内の生活だけの場合は「生きるか死ぬかだったんだから」とか「脳の病気だったのだから」と、生活上の種々の変化に気づきながらも見逃していきます。

テーブルヤシ

大切な情報があります。
脳に障害を受けて後遺症が残った場合は、最初の半年こそ回復のゴールデンタイムです。
もちろんリハビリを続けることで、改善は図れますが、最初ほど効果的という意味です。その時を大切に見守り過ぎることがよくあります。
(認知症も同じですね。早めに見つけて対応することで改善が容易なのに、見守り過ぎていることが何と多いでしょうか!)

テイカカズラ(芯が黄色のタイプはいい香り)

左半身にマヒが残ったとします。リハビリもせず寝てばかりだと、本来は何の障害も受けていなかった(だから、病前と同様に動かせる)右半身もうまく動かせなくなります。これが廃用性の機能低下です。
いつも言うように、体のマヒはわかりやすいですが、全く同じことが脳のどの部分でも起きてしまいます。使わなくては機能低下を起こします。

脳にダメージを受けたときに、その時だったら「後遺症」がはっきりわかります。
ところが時間がたってしまうと、受け入れざるを得ない「後遺症」なのか、負けてしまって二次的に起こした「廃用性の機能低下」なのかが判然としなくなります。

プロテア

さて、Yさんの後遺症の話に戻りましょう。
手に入れることができた情報は「2008年に脳梗塞発症。その時は言葉もままならなかった」だったのですが、友人に詳しい情報を聞いてもらったところ、もう少し詳しい状況がわかってきました。

しっくい壁に自生しているヤブソテツ

「リハビリ中に主治医の先生に『後遺症がスライドして認知症になるか』とご主人が尋ねたら『ない』と言われて、いろいろYさんに起きてくる症状をご主人は『後遺症』だと思っていた」そうなのです。
実は、主治医の先生の説明は、上でお話ししたように正しいのです。
ただし、「後遺症」と「廃用性の機能低下」がまぜこぜになってしまったところが認知症の発見(このケースは、「アルツハイマー型認知症」の発見)を遅らせてしまったということなのです。

レモン

「前頭葉にダメージがあって記憶と感情のコントロールに障害が残った」というご主人からの説明を友人は聞いたのですが、何が後遺症だったのかがはっきりしないのです…
次回、もう少し考えてみましょう。

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認知症からの回復ー兄のこと&知人のYさんのこと ①

2015年05月13日 | 認知症からの回復

FB上で友人が発言していました。
「知人のYさんが認知症になったと最近Yさんのお友達から聞いたのだけど、早く手を打ちさえすれば治る病気なのに!」と切歯扼腕している様子が伝わってきます。
この友人は、もう20年以上も前に取材を受けた時からのお付き合いですから、折に触れては「認知症の正体」などの話をし続けていました。
先日、遊びに見えたとき「ボケって早く見つけると治せるのよ。具体的に兄の話をしましょうか」と私の兄のことを話しました。
「兄のこと―前頭葉の話」としてブログにまとめましたから読んでみてください。
http://blog.goo.ne.jp/ageinglife/e/c0f0ac2ac88b0f7fc7abd8a2081d5027

ブログには掲載していませんが、兄からの歩数連絡を毎月2回、前半後半に分けてエクセルのグラフにして送ってあげました。目標値は兄が決めた通りに設定してあります。

脳リハビリ開始時(2011年9月)赤の部分が朝歩いた歩数で、青の部分がそれからあと寝るまでに歩いた歩数です。

快調に進んでいたころ(2012年10月)

毎月の歩数平均

2012年12月~2013年1月の減少は、転倒して腰痛がひどかったためですが、この時はドクターもびっくりするくらいの根性で歩行訓練をこなしたそうです。
2013年夏から、かなり苦しい状態だったようですが、特別の訴えもなくがんばっていました。
9月に入って「どうしても苦しい。息が切れる」ということで入院。(その後のことはブログに書きました。)2014年1月に75歳で亡くなりました。

数値になるということは、それだけでも説得力がありますね。生活ぶりが目に浮かぶようです。
歩いただけで、もちろん家族や私の励ましはあったわけですが、薬もなく特別のこともせず、ほんとに歩いただけで兄はカムバックしてくれました。

脳が働かないと、体が元気でも何もしなくて居眠りばかりという状態になります。この小ボケの状態は、前頭葉機能が機能していない状態です。
一見したところ全く普通に見えますが、前頭葉機能低下ということは、その人の根源が機能していないこと。つまりその人らしく生きてはいないということを、もっと皆さんは知る必要があると思います。
でも、この時なら兄のように自分の力で回復させることができるのです!
兄は歩いて治りました。趣味を復活させて元気を取り戻した人もいるし、家族のために家事を復活させた人もいます。

一碧湖の丁子草


兄のように、体がもう持たないという場合はそれは「死」に直結することになりますから、それも一つの人生のありようです。人は皆死にゆくものですから。



病気がそこまで進行した場合は受け入れざるを得ないとして、そこまででなくとも、脳は働いているけれども、体が利かない・・・このジレンマを感じながら生活をし続ける人はたくさんいらっしゃると思います。
腰が痛い、膝が痛い、目が見えにくい、耳が聞こえにくいなどなど。
このように考えたら、病気でなくても齢をとるということそのものが一種の喪失体験ですね。できていたことができなくなったり、疲れたり、忘れたり、その他の失敗があったり。

ベストとは言えない状況の中でなおかつ自分らしく生きていけるような前頭葉を育て上げておかなくてはいけません。負けないで、できることはやり続けましょう。負けるとそれは認知症への道に入ったということになりますから。



私たちは、認知症のうちの大多数を占めている「アルツハイマー型認知症」というタイプの認知症は、高齢者が生きる意欲をそがれてしまうようなできことにぶつかり、そのことに負けて意欲を失っていき、「趣味も生きがいも交友もなく、運動もしない」ナイナイ尽くしの単調な生活が続くようになると、脳が廃用性の加速度的で異常な機能低下を起こして老化が加速され、小ボケ、中ボケと症状が進行していき、その行きつく先に世間でいう認知症(ただし、大ボケの段階。改善は非常に困難)が待っていると考えています。

兄は、会社を長男に譲り経営の一線から身を引いたときに追い打ちをかけるように糖尿病になり緊急入院したことが、ナイナイ尽くしの単調な生活が始まる「きっかけ」になりました。
「孫が成長して手元を離れた」ことをきっかけに、ナイナイ尽くしの生活になり脳の老化が加速された人もいます。
又ある人は「骨折」が、又ある人は「子供の離婚騒動」が、「本人や家族のがんなどの重病」がきっかけのこともあります。

キジが丁子草の茂みに!

もちろん、脳卒中も「きっかけ」になります。ただ他の「きっかけ」と違って脳卒中には厄介な後遺症というものがありますね。一旦大きく損傷された脳は、元通りになることはありません。リハビリで改善されるところまでで、治らなかった機能は治らないままに生活していかなくてはいけないのです(後遺症)。
「後遺症」の理解が、また問題。手足のマヒはよくわかるのですが、いわゆる高次機能については、説明がきちんと行われるのは話しにくいタイプの失語症くらいでしょうか。
その部分と、使わないからうまく働けなくなった機能をきちんと分ける必要があります。それが、今言ってきたようにまた脳を使い始めることによって改善していく部分です。兄は脳卒中の後遺症はありませんでしたから、歩くことで、脳機能全般の改善ができました。

閑話休題。認知症を、脳機能検査という客観的指標で評価することがもう少し実施されたらいいのに。
そうすると「後遺症」がどういう機能に及んでいるかすぐわかります。「喪失体験」に負けて脳の老化を加速させているかどうかもすぐわかりますから。

次回は、Yさんの後遺症を推理してみましょう。


 

 

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ボケはじめを知る

2015年05月12日 | 正常から認知症への移り変わり

右脳訓練にページも時間も費やし過ぎたと、心から思っています。
(反省ができるのは、前頭葉が機能している証拠です!)
今日は久しぶりに、原点に返るつもりで脳機能を通して認知症の初期を見てみようと思います。

友人の庭(丁子草)

脳機能を知るには、標準化された検査を使います。その時、エイジングライフ研究所では独自のアプローチを持っているのです。それは、前頭葉機能と脳の後半領域の機能(一般的にはこれを認知機能といって、脳機能検査のターゲットになります)を分けて調べるところです。
するととても興味深いことがすぐにわかります。
脳の後半領域(普通の検査)が合格ラインに達しているにもかかわらず、前頭葉検査では不合格になる人達がいるということです。
このことは、考えたら恐ろしいことで、「検査は合格、正常です」と言われたのに、一番大切な検査(前頭葉検査)が抜け落ちていた…そこを測ってみなくては、本当に脳機能が正常かどうかわからないのに。

丁子草の向こうにタツナミ草

一般的な認知症の検査をして「合格」と言われる方たちの中で、「前頭葉機能検査は不合格」になる人達がいて、その人達が「小ボケ」なのです。
一見したところでは、認知症が始まっていることはわかりません。まして話し始めたら、判断はもっと難しくなります。
だって「ふつう」なんですから。
普通に話すし、普通に家庭生活もこなすし。どこが違うのでしょうか?

白花オダマキ

会話に絞って考えてみましょう。
話すことは普通にできるように周りからは感じられるのですが、流れを理解しながら状況を判断して自分の意見を言うというようなことはとても苦手になります。
会社での会議などでは、アイディアも出せないし的確な判断もくだせません。発言量が極端に減ってしまいます。
家庭での普通の世間話の時には、だいたい黙っていて会話に乗ってきません。かと思うと話の流れを無視して、唐突にまったく別の話をし始めたりします。

「あら、私はいつも話が飛ぶって言われるわ」と思う人もいるでしょう。
小ボケになったら「いつもと違う」とか「もともとそういう傾向はあったけど、それにしてもなんか変」というような印象を周りに人達が感じるのです。

コリアンダーの花

行動を決めるのが前頭葉。
その前頭葉がキチンと働かなくなっているわけですから「その人らしくない」と周りの人が感じるのも当然ですね。
それどころか、小ボケの早い時期ほど「何か変。いつもの私と違う」
「今までの私では考えられないほど」さあ、どう感じると思いますか?ここがボケ始めなのですよ!

「意欲がわかない。やる気がでない。興味をひかれない。感動できない…」
決して物忘れがボケの始まりではありません。

ネムノキの芽

こうして説明していても、多くの正常な高齢者の方々の
「それだったら思い当るところが多々ある」という声が聞こえそうです。

だから、脳機能検査があるのです。
病気が重症化してはっきりとした症状が出てきたら、病気があるかないかの確定診断のための検査はもう不要です。(重症度を知るためには必要ですけど)
糖尿病でも腎臓や肝臓の病でも、ごく早期を見つけるためには、どうしても検査が不可欠です。
どうして脳は検査が足りないのでしょうか。

ヤマフジが見事

脳の検査と言っても、CTやMRIなどの形を調べる検査を言っているのではありません。
理由は、齢を重ねたら萎縮などそれなりの加齢現象がみられますから。
もうひとつは、無駄な検査は経済的には国に迷惑をかけますし、余分にレントゲンを浴びる必要もないからです。
次回は実際のケースについて、「脳機能を通して認知症の初期を知る」ということはどういうことか書きましょう。

 

 

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4月の右脳訓練ー自然・文化・グルメ⑤

2015年05月01日 | 私の右脳ライフ

身近な自然にも心動かされます。
伊東市に、自然歴史案内人会ができたらしいと気づいたのはいつだったでしょうか?
フェイスブックにお知らせがコンスタントに掲載されるようになりました。
「春の風に誘われて(一碧湖を案内人と歩く)」のお知らせを見つけて友人と参加してきました。

伊豆の瞳と言われる一碧湖は、車で10分くらいのところにあり、よくそのそばを通ります。
近いと案外行かないし、案内してくださるというので友人を誘って参加しました。
一碧湖の成り立ちや木々の名前など教えていただきながら、1周1時間強の予定が2時間近くになりました。
下の写真の撮影ポイントも教えていただいたところです。

富士山は見えませんでしたが、風もなく鏡のような湖面です。

水のない地域に、ここから隧道を掘って水を送ったそうです。

遺構の説明もしてくださいます。

春の花たちがお出迎え。清楚な野イチゴ

スミレ

友人が「今、我が家に、アマギカンアオイが咲いてる」というので早速観察に寄りました。

よほどの恥ずかしがり屋さんのようです。

丁度1か月前にソメイヨシノが満開でした。
伊豆はほんとに山の桜が多く、白い花、ピンクの花。葉が緑色、赤いもの、まったく夢のようなシーンが繰り広げられます。そしてなんだか心が急く季節です。毎年会いに行く桜があるのですが、今年も出会えました。
MOA大仁農場のともえ桜

 

近隣で一番の枝垂桜(今年初めて見に行きました)

奈良にも京都にも桜がたくさん咲いていました。それもきれいです。でも、近所の桜も負けず劣らずきれいです。
目をやると、身の回りでもたくさんの花たちが春を謳歌しています。
ウチの君子蘭、よく咲いています。

多肉植物チャン

セロジネ

近くでも春を満喫できました。

 

 

 

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