脳機能からみた認知症

エイジングライフ研究所が蓄積してきた、脳機能という物差しからアルツハイマー型認知症を理解し、予防する!

「仕事を辞めて母の面倒を見るべきかと覚悟しました」

2022年07月05日 | 正常から認知症への移り変わり
大切な友人なのに、いつも思っているのに、連絡をしないことってありますね。ふと思い立ってそんな友人に電話をしました。
「うわぁ。なんというタイミング。聞いてほしいことがあるの!」そんな懐かしい声が返ってきました。でも、いつもの声とちょっと違うことに気づき
「どうしたの?なにかあったの?」という私の声にかぶせるように
「母がね、ちょっと事件を起こしたの。昨日が初めてだったんだけど、それが今日もまた!母も90になって、当然かもしれないけど、ちょっとボケてきちゃってるんですけどね」
ミロバランスモモ

私が言いたいことはありました。
「歳を取ったからといってボケるわけではないのよ。歳を取るとできなくなったり、時間がかかるようになることはあるけど。重たいものは運べないでしょ?家事だってテキパキはできない。でも、歳を取ってもできることの筆頭は状況を判断すること…」ことばをさしはさむことができないほど、友人は「話したいこと」があふれているようでした。
月桃(ゲットウ)

「昨日の夜中に、日付としては今日ですね。虫の知らせ、というかなんだかちょっと気になって、母の部屋に入ってみたんです。何をしてたと思いますか!
おむつを外して、それを破いてるんです。吸水ポリマーが散らばって…
びっくりするやら、悲しいやら、それに臭いんです。お風呂に連れて行って洗って着替えさせて、どうにか寝かせながら「もう無理…私のやり方のどこが悪いの…何が足りないの…もう仕事を辞めてずっと様子を見守らないといけないということ…」と思いがまとまらなくて、あれこれぐるぐる考えているうちに夜が明けました。
それでも、朝になるとご飯を食べさせてデイサービスに送りだして、私は仕事に行きました。

「初めての事件だったのね。脳機能の状態が悪いことは間違いないけれど、例えば脱水とか、熱発とか体が原因でとんでもないことをすることもある。お薬は変わってないかな。デイでは何もなかったのかしら」と私が言いかけると、友人の話はまだ続くのです。
「それが、今日デイから帰って、気が付くと洗面所で又おんなじことをしてたんです。昨日もショックだったけど、正確に言うと半日、一日も経ってないのにまた!いけないとわかってるんですけど、きつく叱ってしまいました。
どこかいけないということですよね?入所させられたら楽だろうと思う気持ちがちらっと浮かぶたびに、一人娘の私が、実の母なんですから面倒を見なくてどうする。世間様だって当然と思うはず。と慌てて打ち消すんです。だからもう仕事を辞めて家で母の面倒を見なくてはいけないと思ってたんです。今日の出来事なんです。ほんとに電話くださってありがとうございます」
私は「この状態が続くなら、それは家庭介護の域は超えている。早急に入所できる施設を探さなくっちゃあ。まず話をよく聞いてくれるケアマネさんとつながらなくてはね。かといって入所はなかなか難しいかもしれないけど。お金の問題だってあるでしょう」と答えました。

私は認知症の方の話を聞くときには、どんな症状を起こしているかをまず聞きます。今回は青天のへきれきのような症状から始まりましたが、これが常体ならば大ボケですが、まだ2回なら譫妄状態だって考えられる。お母さんの脳機能をもう少し推理するために、生活の様子を聞くことにしました。そして小ボケ・中ボケ・大ボケのどのレベルなのかを推理しなくてはいけません。
かなひろいが前頭葉機能。MMSEが脳の後半領域の機能です。




私「お勤めに行ってるときはお母さんはどうしてるんですか?」
友人「おかげさまでデイサービスに週4日お世話になってます。私の休みが週2日。あとの一日は夫がいますから」具体的に症状を聞かなくても、脳の機能レベルがわかりました。必ず誰かがついています。小ボケのレベルではないということです。
私「お世話がいるということですね。一人で留守番ができないんですからね。子どもには目も手も掛けますよね?お母さんは何歳くらいの子どもと同じくらいだと思いますか?
あ。言ってることを聞くのではなくて、やってることを見て判断するという意味よ」
友人「けっこうしっかりしてるというか…あ、しゃべることじゃなくやってること…ですね。
足が弱ってるので、家の中を少し動くくらいなので外へ行ってしまう心配はしてない。
食べることはそれでも一人で食べられる。でも、どうしても一人になる時にお弁当を作っておいても、食べられない。幼稚園の子でも年長さんならチンして食べるって聞きますよね?、食べ物でないものを食べたりはしませんけど。
洋服は、一応着ます。でもどこかだらしないというか、そうだ、小さな子が一人で洋服を着たときに、シャツを引っ張ったり、ズボンをキチンとあげてやったりするのと同じ!変に重ね着したりもします。
薬は袋も渡していません。一日一回ですが私が管理しています」

私「そのくらい手をかけているのね。ということは?」
友人「幼稚園でも小さいほう!」
私「そうなんです。そのくらい手をかけないと一人で生活はできないということ…」
じつは今までに訴えられた症状はすべて中ボケで起きてくることばかりでした。
中ボケと大ボケを区分けるのは、人に関する見当識がどの程度揺らいでいるかというところから知ることができます。
友人のこともご主人のことも、わかっていらっしゃる。
ただ数年前の大学入学時点から家を出たお孫さんのことは、実際に目の前に来てもあいまいになっている様子でした。
友人「だって離れてしまって、顔を見ることもないからでしょう?」とかばう発言が。家族って面白いです。困った症状を言い募っている最中でも、何かの拍子に「いや、以前のままの母なんです」と訴えてくることがしばしばあります。
私「名前が度忘れで出てこないとかはあるけど、この子が孫であることはわかるものよ。とにかく話していることを聞けば、以前のお母さんのような気がするのでしょう?でも、よく考えてみて。いくら正しいことを言っているようでも「その状況で、そんなことを言う?」ということがほとんどのはず」
友人「いろいろ思い出してみると、確かに…」
私「いくらしゃべることができても、状況の判断力とか決断力とかがなくなっている。ちょうど…」
友人「幼稚園児。それも年少さん、3歳くらいでしょうか?」

ちゃんと介護をしている家族の方は、よりよく見たくなることはあるのですが、そしてどうしても言葉の力に引きずられてしまう傾向はありますが、ちょっと方向を正してあげると実に正確に症状(ということは脳の機能レベル)をとらえています。
友人のお母さんは、中ボケ下限からそろそろ大ボケに入ろうかというところでしょう。

人生の大きな出来ごと・生活の大きな変化をきっかけに、ナイナイ尽くしの生活(趣味も生きがいもなく、交遊を楽しむこともない。そのうえ運動もしない生活)が継続し始めてから、小ボケの期間は大体3年間。それから2-3年が中ボケの期間で、6年たつと大ボケに入っていくことが多いのです。
とすれば、お母さんの「きっかけ」はだいたい5~6年くらい前に起きたことになります。
こんなアジサイ発見

友人「ご存じのように、私たちは東日本大震災で被災しました。その時父も愛犬も亡くし、全く思いもかけないことだったので大変でした。いろんな意味で…私たちのところは津波で全部がダメになってしまったところだから…でも、おかげさまで、いろいろな援助の品物や手は届いたのです。
そのうえ仮設のころは、今考えると不思議なほど一体感があったんです。みんな同じ経験をしてるわけだし、もともと同じ地区の人たちだから気心も知れている。だから何でも言えて泣いたり慰めあったりできました。
そのうち家を建てて仮設を出ていく人たちが増えてきて、私たちも新しく家を建てることができました。経済的には大変ですが、それでもこれで安心して生活できると喜びあったのが5年前です。
今日お話ししていてよくわかりました。新築転居してからの問題は、母を支えたコミュニティがなくなったこと。相次いで孫たちも進学のために家を出たこと。そうそう、そのころから耳が遠くなってきたこともよくないですよね」

友人の言葉が続きました。
「震災後たくさんの支援をいただきました。感謝してるんですよ。ただ、地域をまとめて復興住宅を建てられるような場所の提供は、本当に無理だったのでしょうか?今日いろいろお話ししてみて、もしも母が長く暮らした、母の人生そのものだったといってもいいあの地区が、まとまって再復興できていたら…と思わずにはいられない。高齢になるということは、家族からも周りからも支えられる部分が大きいですよね?言っても仕方がないことですが」
重い言葉でした。豊かなコミュニティがあったのですね。
白花アガパンサス

私は、先日改訂した「アルツハイマー型認知症は防げる・治せる」でこれからの日本社会(当然、高齢社会です!)を持続可能にするためには「自助・共助・公助」の考えが必要であることを書きました。
自助は、自分の人生を自分らしく生き抜くという覚悟。ボケてなるものかという気概は、脳全体を使い続ける、楽しく変化に富む生活をすることで支えられるのです。
共助は、近隣の高齢者との触れ合いを積極的に。地域のためになる小さなボランティアを考えましょう。例えば祭りの復興ならば青少年も巻き込めます。
公助は、介護費用に毎年12兆円もかかっている現実を考えると、予防にシフトしなくては財政的に立ち行かない。そして予防の方が対費用効果は高いに決まっています。これは国民からの声ということも必要だと思っています。
カラマツソウ

親の介護のために本意でないのに離職した人が、累積で100万人を超えたそうです。そうなる前に国もコミュニティも個人もなすべきことがあるのではないかと思うのです。
友人の現実としては入所できる施設がすぐに見つかる可能性は低いでしょう。
施設に預けることはタブーと思い、それがためにきつく叱ることが増え、そして叱っては自己嫌悪に陥る。「あのお母さんが」と悲嘆にくれることも。そんな大変な日々が続いたことは、私にはよくわかります。脳の機能レベルという物差しを持って話を聞くと、お母さんの生活が浮かび上がってくるようです。
一つ前に書いた「篠田節子著『介護のうしろから「がん」が来た!』を読んで」の話もして、施設入所の道を閉ざすことはない。決して棄老ではない。共倒れを防ぐための工夫。落ち着けばいくらでも面会に行ける。実際に経済的に働く必要もあるはず。などことばをいろいろ尽くしました。
友人「施設が見つからなくても、暗い道の先に施設入所という小さな光が見えた気がしました。考えてもいいんですね…
震災で父を亡くした時、悲しくて悲しくてどうにも気持ちがおさまりませんでした。でも…今は父は父らしく生きぬいたんだなあと、もしかしたら満足しているのかもしれないと思えるようになりました。長く生きることだけではなく、どのように生きるかが、一番大切ですよね」
話がどんどん深まって、電話を切ったときには思いがけない満足感とでもいえるような気持ちが沸き上がってきました。
敬子さん。また電話で話しましょう。無理はしないようにしてください。



認知症に関して理論的に詳しく知りたい方は、以下のブログもお読みください。

篠田節子著『介護のうしろから「がん」が来た!』を読んで

2022年06月28日 | エイジングライフ研究所から
今朝、ハスが開花しました(植え替えてないのに!)

ちょっと太陽の方向を変えるだけで印象が違います。印象は違いますが、同じハスの花ということに異論はないと思いますがどうですか?

さて、認知症ではどうなるでしょうか?
じつは視点を変えると印象が違うということは、よくあると思います。真実の姿からずれて理解してしまう場合は、ことばの力に屈してしまうときです。
「こんなに立派なことが言えるのだからボケていない。(に違いない)」それなのに、することなすこと首をかしげるようなことが続きます。そのような時、多くの皆さんは「ことばの力に屈してしまう」。そのときには「徘徊もしないし、夜中に騒いだりしないし、私のことだってわかるし。ボケてるわけじゃない」という世の中を席巻している「認知症の定義」がよりどころになっていますよね。
この本は、認知症のお母さんを介護している著者が「乳がん」の宣告を受け、どのように病気に対処して、ふつうの生活を取り戻していったかが赤裸々な言葉で語られています。乳がんと宣告された時の気持ち、対処を決めるまでの揺らぎ、オペ後の痛みやかゆみまで。
親しい友人が「私が経験したことだけど、大切な情報だから教えておいてあげるね」とさばさばとした口調で傍で語ってくれているような感じさえしました。

というわけで、この本は「乳がん」の克服記なのですが、認知症のお母さまを介護している状況だったので、認知症の予防を専門にしている私もとても興味深く読みました。
乳がん発見の時は、お母さまが認知症でちょうど老健に入所中。というか在宅介護中だったのに腸重積で緊急入院、その後在宅では無理という相談員の判断で、入院した病院の同じ敷地にある老人保健施設に入所できたために、精密検査を受けることができて乳がん発見。治療が始まるわけです。
老健に入所しても、一日しか持たなかった過去があるので、無理かと思ったものの相談員の「(老健に入所してもらって)あなたがゆっくりなさってください。そうでないと家庭崩壊までいきますよ」という親身で深刻な口調で語られたことばの底には、可能性として虐待や心中や介護殺人まで考えてくれていたのではと推察する作者。そう推察できるということは、具体的ではないにしても虐待や心中にまで追いつめられることも否定できないような「介護の大変さ」を、抱え込んでいたということに違いありません。

私は認知症の方のお話を聞くと、訴えられる症状からまず脳機能はどのレベルにあるか?と考えます。次にそのレベルになるために必要な「趣味なく生きがいなく交遊も楽しまず、運動もしない」というナイナイ尽くしの生活が「何年間」必要だったかを推理します。つまり「何年前の」どのようなできごとをきっかけにナイナイ尽くしの生活に入られたのかを確認するのです。
この本は、「介護のうしろからやってきた「がん」」がテーマです。お母さまの認知症のことを時系列に書いているのではないし、私が知りたい情報が書かれているわけでもありません。

そもそも、私たちが考える認知症と著者が考える認知症には、重なる部分もあれば、異なる部分もあることを話さなくてはいけません。

結論を言ってしまえば、認知症は私たちが生得的に持っている脳の老化(正常老化)が、何かのきっかけから、脳を使わない生活習慣(趣味なく、交遊なく、生きがいもない。その上に運動もしないナイナイ尽くしの生活)が継続したために、老化が加速されて起きてくるものなのです。そうである以上正常からある日突然にセルフケアもままならないいわゆる「ボケてしまった」状態になるわけではありません。小ボケ、中ボケ、そして大ボケと移り変わっていきます。世の中で「ボケた」といわれるのは、大ボケのセルフケアも満足にできなくなって、徘徊や粗暴行為や夜中に騒ぐ、家族の顔もわからない状態を指していますね。その前なら、改善は可能なのです!

著者はこう表現していました。
2004年「母の認知症が傍からわかりにくい形で生活上様々な影響を及ぼしてきた」当然、大ボケではない状態ですね。お母さまの年齢はちょうど80歳。
別のところでは、70代から兆しがあったのではないかということも言われていました。その時の状態は、トイレは自立。食事は危なっかしいけれども食べられるということで、セルフケアはできているからボケちゃったわけではないけれど、認知症の兆しはあると理解していたということでしょう。
実際に介護をした人でないといえないような、ことばによる表現も、実際の行動も詳細な症状の記述がたくさんありました。
ただ生活が変わる(脳の使い方が足りなくなる)きっかけは不明でした。認知症の正体が上図のような、廃用性のものだと思われていないから仕方ありませんが。
直径3センチくらいの花

介護を長く続けたからこそ言える提言にも、心動かされました。
1.廃用性の機能低下についての言及は実体験だからこその説得力がありました。
・著者自身が手術の約3か月後、水泳を始めたら右肩が飛び上がるように痛い。手術の影響ではなく、退院後右胸をかばうために右腕をぴったりつけた生活で、ほとんど左手を使ってしのいでいたための廃用症候群に間違いないと結論付けたこと。使って治すしかないと思ったが半年後もまだ痛みがあると。つまり回復には時間がかかると知ったこと。
・お母さまが慢性硬膜下血種の手術入院時、理学療法士の訓練を受けると、目が輝き機嫌がよくなったこと。
・さらにその退院後、スーパーで歩き、野菜を刻んでもらい、公園遊具で遊ぶうちに半身マヒがよくなったこと。何もさせなかったら寝たきり一直線であっただろうと。
・友人のお母さまが心筋梗塞の発作後、同居している未婚の娘から至れり尽くせりの介護を受けた結果、歩けないだけでなく着替や体位交換でも悲鳴を上げるほど関節が動かなくなってしまったこと。20年かけて見送った後も「褥瘡がトラウマ」と娘の思いは残っていると。
廃用性の機能低下について、身体面・運動面から正確に書かれています。
実は脳も同じこと、脳にも廃用症候群は起こるのです!

2.在宅医療や介護の流れは、本人の希望のようだが、国や自治体がコストに耐えられないからではないか。
その根本は「高齢になると命の火が突然消える」ということを否定する現代日本人の思考にある。
虐待や手術ミスは当然追及されるものだが、転倒や誤嚥の結果裁判沙汰になることを恐れ、とにかく保護的に対応する、つまり何もさせないことで、入所者の機能を摘んでいく。またその時高額な費用が生じてしまう。

この厚労省発表のグラフを見てください。

2021年は予算ベースですが12兆3千億円。一万円札を積み重ねて123キロメータの高さになるのですよ!ちょっと古い記事ですが 介護費用10兆円突破の記事を読んでみてください。
いかに生きるかを国民の皆さんが真剣に考えてほしいと思います。

3.アスリートの優れた運動能力と体力、からだの仕組みや生理の知識を、回復期の病人や高齢者のためにもっと使えるようにしてほしい。
「もう助からない病人や終末期を迎えた高齢者に対しての苦痛を伴う延命に使う金を、リハビリと寝たきり防止や機能訓練の方向にもう少し回してくれないものか」107頁。
これは認知症予防にもつながることです!
お母さまが理学療法士に訓練を受けた体験を踏まえて、著者も書いています。
「体の面だけではない。体のリハビリが心の状態まで変えてくれる」103頁。

4.薬のことも、歯に衣を着せない書き方でした。
アリセプトを二日飲んだら、妄想と怒りが爆発、不穏状態になったため、服用を中止したら落ち着いた事件。
アリセプトがいったん処方されたら、このようなことや肝臓障害が起きないと飲み続けることになり、もともと薬価が高いため薬剤費が上昇してしまうのです。ヨーロッパではアリセプトは認可されなかったし、日本でも「あまり使わないように」というお達しが出ました。
元来、認知症を治す薬はありません。
12,765円(2021.5)→5,266円(2022.5)先日書いた記事です。
向精神薬についても、「薬を使うな」はあくまでも一般論であり、必要なケースもあるという著者の考えはお母さまの介護から導き出されてものとして納得できます。
ピンクのノウゼンカズラ

5.こういう結論も、実際に真剣にできうる限りの最善を尽くそうと思って介護にあたった人でないといえないと思います。
老健から退所を伝えられてから、次の施設を探すその努力は、重くならないように書かれていますが、お母さまのために可能な範囲で何が一番いいのかと誠実に対応されたと思います。そして結論。
「もともとの性格と症状の出方によって、どこで過ごすのが幸せかは千差万別」
限りなく家庭的で、そのうえユマニチュード技法を使って高齢者をできるだけ尊重する方式をもってしても、安定できない事実がありました。
もう一つ付け加えるとしたら、お母さまは対応に苦慮させられるタイプといわざるを得ません。脳の機能レベルが重度認知症であっても、穏やかに世話をしてあげられるタイプの方もたくさんいます。施設の職員でもなければ、いろいろな認知症の方を知ることはできません。いろんなタイプの方がいるのです。
家庭で介護するときには、目の前の認知症の人に対応します。だからそのタイプ以外を知る可能性はずっと小さくなってしまいます。
ついでに。
認知症の専門家といわれればいわれるほど、重度認知症の方ばかりを診ることになってしまうことにも触れておかなければいけません。認知症の定義は「いったん完成した脳機能が、何らかの理由で機能低下を起こして、社会生活や家庭生活に支障が起きる状態」とされていますから、「いったん完成した脳機能が」といわれる以上、振り返れば振り返るほど、普通に社会生活を営んでいた実態が見えてくるのです。そして徐々に小ボケ、中ボケと進んでセルフケアもできない大ボケの状態にまで進行するのに、最終段階ばかり診ると、認知症は回復は望めず対応が難しくなってしまうと主張することも、妙に納得できますね。
篠田節子さま 本当にお疲れさまと申し上げたいです。

付録
嵐山光三郎の本にハマっています。
何冊目かで、今読んでいるのが2020年発行の『生きる!』

博覧強記。多くの文化人との交流やジェットコースターのような変化に富む体験から生まれたものなのでしょうか、人や物事に対する理解が深く複雑。独自の視点を感じながら読んでいるのです。この本は深く付き合った人たちへの追悼文でありながら、生き方を問うものでもあります。たまたま今日読んだところに、こんな一節が。
「父が認知症となって徘徊をはじめたのは〜」188頁
あ、やっぱり大ボケの症状が出て、初めて認知症になったと思われている…こういう一節もありました。市の課題は老人と若い世代の共存という言葉に続いて
「「市報くにたち」には認知症の人がそとでまようことを「徘徊」とは言わず「いいあるき」(安心できる心地よい歩き)と書いてある」190頁
この一節を、津村節子さんが読まれたら、と想像します。「何を勝手に物語を作っているの!本当の徘徊を知らない人が…」と笑うか嘆くか怒るか。いずれにしても賛成してはくださらないと、私は思いました。


コエビソウ

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続 久しぶりの東京国立博物館

2022年06月17日 | 私の右脳ライフ
今回の上京は、半年に一度の歯科検診が第一目的でした。
今までも、歯科検診のたびにたくさん楽しんでいます。こういう生き方もあることをおしらせしたいと思いますので、お時間がある方は目を通してみてください。
たまたま今日FBからお知らせが来ました。東京に行くと「ついでに」よく遊んでいます(笑)

今回も楽しみました!
東京国立博物館は創立150周年を迎えるということで、今年は記念企画がいくつもあるようです。もちろんネットでたくさん情報を得ることができますから、今回はトーハクでの時間をたくさん用意しました。

だいたい特別展が開催される平成館(左上)だけで時間切れということが多いのですが、本館の常設展にもさすがの展示物が揃っていますし、東洋館(右下)も仏像から織物まで興味惹かれるもののオンパレード。法隆寺宝物館(左下)は小規模ながら、落ち着いて見学できます。おしゃれなレストランもあります。
平成館の本館側にも興味深い企画がありました。

考古展示室もあって、旧石器時代からの展示物がありますが、まずは縄文時代の土偶や古墳時代の埴輪が出迎えてくれます。「あっ!知ってる」ものに出会うことはちょっと興奮を呼び起こします。
重要文化財「埴輪盛装女子」群馬県古墳時代6世紀
女性埴輪の代表的なもので絶妙なバランスと細部への心配り、そのうえ保存状態が良いので、たしかに重文と納得です。入口にありました。

続けて、かわいい「遮光器土偶」
たまたまFBの友人が遮光器土偶の記事を掲載したばかりだったので「なんというタイミングの良さ」と一人で悦に入ってしまいました。
これは国宝でした。

たくさんの埴輪がまとめて展示されている中を歩くと、そこここから物語が語られてくるようでした。

大学で教育学の先生をしている友人が、いつも言うのです。
「いつの間にか子どもと移動するときには抱っこになってしまったけど、どう考えてもおんぶの方が優れている。安定して移動できる。両手が自由に動かせる。荷物を持つことも容易。母子の視線が同一方向。密着性が高い。特に非常時の移動に関しては、おんぶに勝るものはないことをもっと啓蒙しなくては!持ち運べる簡便なおんぶ紐の開発も必要ね」
おんぶ姿の埴輪を見つけましたよ!
「埴輪 子を背負う女子」栃木県鶏塚古墳6世紀

歴史を振り返ると、母が子をおんぶした時間の長さに比べて、抱っこした時間はほんの一瞬ということですね。

国宝「扁平紐式銅鐸」弥生時代
これは結構大きいもので、1メートルはあったと思います。文様が見事に残っていて当時の生活を垣間見るようでした。祭祀に用いられたそうです。あとで調べた範囲では国宝の銅鐸は、これだけでした。

本館は文字通り宝の山ですが、今回はいくら何でも時間切れ。国宝一点だけが展示されていて、静謐の中で鑑賞できる国宝室だけ行きました。
10月から特別展「国宝 東京国立博物館のすべて」が予定されていて、トーハク所蔵の国宝89件すべて展示されます。そのため今年の国宝室の企画は、重文指定も受けていないものの、学芸員一押しの作品を「未来の国宝」として展示するのですって。
春日宮曼荼羅

さあ、いくらなんでもおなかがすきました。東洋館の横にレストランがあります。

ゆりの木膳

「ゆりの木」という名前の由来も今回知りました。本館の前に巨木があって、博物館の雰囲気を高めるのに一役買っているのですが、初めて近寄ってしげしげと眺めました。この木がゆりの木でした。花が咲いたときに来たことがなかったので、ゆりの木と気が付かなかったのです。

お庭を散策して、もう一つの目的ミュージアムシアターへ。
「トーハクのミイラ デジタル解剖室へようこそ」一度は行ってみたかったところです。

バーチャルリアリティによるデジタルならではの新しい鑑賞方式といわれています。超高精細4K映像の説明を、係の人が実際に登場して肉声で行なうというアナログな解説方法を取り入れていることに、ちょっと心動かされました。
ミイラは明治37年にエジプトから寄贈された「パシェリエンプタハ」MRIなど駆使して解説をしてくれました。
東洋館の地下にシアターはありますが、そのミイラは同じ東洋館の2階にありました。

東洋館へはあまり行ったことはないのですが、行くたびに修学旅行生と出会うことが多いです。今回もたくさんの生徒さんが居ました。

東洋館にも心惹かれるものはたくさんあるのです。でも、ここで時間切れ。東京駅まで戻って歯科検診へ。特別の異常はなく(これが一番の目的だったので、一安心)お台場のホテルに孫娘とチェックイン。

夜は銀座の毛利バーに孫娘がデビューしました。毛利さんは中学高校の同窓生で世界的なバーテンダー。元気そうでよかったです。



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久しぶりの東京国立博物館

2022年06月14日 | 私の右脳ライフ
東京国立博物館の沖縄復帰50年記念特別展「琉球」に行ってきました。

前回は2017年の「運慶展」。コロナ禍もあり、本当に久しぶりの「トーハク」を楽しみました。
トーハクに行く時は「開場時刻前に到着しておく」「チケットは事前に入手しておく」のが私の決まり。最近はネット経由で簡単に手に入るので便利になりました。
今回は新幹線車中でゲット。
10分ほど前につきました。チケットを持っている人と買う人で待つ列が分けられています。私の前で待っている人たちは10 人ちょっと。チケットを買う人の列は何倍か。公平に言ってチケットを持っているグループの方が平均年齢は若かったと思います。前売り券というよりも携帯を見せて入場する人が主でした。
先日できあがった改訂版「アルツハイマー型認知症は防げる・治せる」でも、高齢期にはネットを使えるようになっておくことと強調しましたが、やはり便利です。
(トーハクの庭園は最近ちょっと有名になってきました)



博物館にしても美術館にしても、事前情報を持たずにその時の出会いを楽しむ方法もありますね。時間と機会がたくさんあるならばそれも楽しいものですが、トーハクにはなかなか行かれません。
(吉宗時代の五重塔。何度か行っているのに初めてしみじみ見ました)
去年11月に10日間ほど沖縄に行き、沖縄の自然、文化、歴史、食べ物など一つずつ感動しました。ブログにたくさんまとめておきましたから興味ある方はどうぞ。沖縄日記-学んだこと
長男と一緒だったので充実した沖縄の旅を楽しむことができました。事前情報なしではありましたが、沖縄県立博物館・美術館(おきみゅう)はなかなか見応えのあるもので、たっぷりと時間をかけて巡りました。

NHKの朝のドラマの舞台が沖縄ということもモチベーションを上げた一助ということも正直に言っておきましょう。
もう一つのモチベーション。この展覧会は沖縄の本土復帰50年を記念して開催されたものです。
私は高校3年生の時、四国の松山市か徳島市かはっきりしないのですが、全国高等学校家庭クラブ研究発表大会に参加しました。その時沖縄の高校生が、費用として「円」ではなく「ドル」で発表した時大きな衝撃を受けました。特に何も考えることもなくボンヤリと高校生活を送っていた私には「沖縄は日本とはいえない!」ことを初めて身近に知った出来事でした。
私は1965年に参加し、それから7年後の1972年に沖縄は日本復帰を果たしたのです。
「家庭クラブ」は継続しているのかどうか、検索してみました。


なんとなんと、今年も全国大会が行われるそうです。しかも70周年記念大会ですって。
全国高校研究発表大会の詳細https://kateikurabu-renmei.jp/meeting/
展覧会に話を戻しましょう。
琉球尚家宝物コーナーだけしか撮影できません。

歴代国王の図から尚家コーナーは始まります。(以下は備忘録です)
国宝 金装宝剣拵(号 千代金丸)

このような日本刀の拵えは見たことがありません。綺麗でした。

見事な衣装の数々。全部国宝です。
紅色地龍宝珠瑞雲紋様紅型綾袷衣装


黄色地鳳凰牡丹扇面文様紅型


紫地桜紅葉蝶流水青海波紋様紅型木綿袷衣装


白地流水蛇籠鶴菖蒲文苧麻衣装

黄色地経縞枡形文様絣芭蕉衣装

工芸品。これらも全て国宝でした。
黒漆葡萄螺鈿箱
色絵紅葉文風呂

緑釉四方燭台
王族の祝宴用調度
御玉貫(うたまぬち)錫製瓶子ガラス玉飾り

金銀酒器 国王が金杯を用いるのです。
朱漆牡丹七宝御籠飯(うくふぁん)


沖縄県立博物館では民俗分野の展示に驚かされました。少し方向性が違っていたので余計楽しむことができたと思います。

アンテナを立てましょう。
「トーハクで琉球展」という情報に接した時、去年の沖縄での体験から始まって、もともと関心ある分野、高校時代の思い出まで興味が湧き上がり、準備段階からワクワク感に浸れました。
東京国立博物館は創立150年ということで、さまざまな記念事業も計画されていることも知りました。
9:30から15:00。滞在時間はなんと5時間以上!もちろん平成館の琉球展以外にもトーハクには面白いところがたくさんあるからですが。
(庭園から見た本館)


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小冊子改訂版ができました。

2022年06月07日 | エイジングライフ研究所から

30年近く前に、二段階方式を導入した市町村の保健師さんたちの活動がしやすくなるようにという目的で「ボケは防げる治せる」という小冊子を作りました。
B5版28ページの小さなものでしたが、市販はせず市町村に収める方式でなんと30万部も出ました。
散歩道で見かけた花たち。シモツケ

「ボケ」を「認知症」に改めなくてはいけないと思いながら、先延ばしにしていた改訂作業に入ったのが、昨年末。Wordでコツコツと作業を進めていくうち、このまま印刷に回せば完成できるかもという素人考えを持ちましたが、何人かの方が「プロに任せるべき」と教えてくださって、プロの方につながることができました。Wordとは異次元の編集作業ができるといわれました。
そして、いくつかのやり取りの後に初ゲラが送られてきました。それをたたき台にして最終的には5稿までやり取りを重ね、出稿!
ホタルブクロ

6月になると、白い花が目立ちます。ヒメウツギ

作業を進めていくと、私たちの主張の根本的な点は変化していないのですが、もう少し説明した方がわかりやすい点などが次々に明らかになってきました。加筆したので最終的にはA 4版32ページになりました。

小ボケ・中ボケ・大ボケは、お断りしたうえで使っています。
症状の推移をこのようにまとめたものに出会ったことはありません。
巻末にはQ&Aをつけました。アバターはラインのページで自作しました。

認知症を理解するために脳の働きという物差しを持てば、客観的であり、共通理解もできるのです。
シロツリガネヤナギ

さらに重要なことがあります。
誰にでもある正常な脳の老化を超えて老化が進むと小ボケになります。その時なら本人は自覚しています。つまり改善が容易なのです。
脳機能検査の中でも大切な前頭葉機能。実は脳の老化が早まるときには、前頭葉機能から不合格になっていきます。つまり回復可能な早期認知症を見つけるとしたら、前頭葉機能検査が必須。そしてその時なら改善につながりやすいのです。
中伊豆でポピー畑発見

いつからこのポピー畑はできたのでしょうか?見つけた時はうれしかったですよ。

この新しい小冊子が、皆さんのお役に立ちますように。
「認知症になるくらいなら死んだ方がいい」と思っている人。突然認知症にはなりません。徐々に進んでいくものです。認知症の正体を知れば、脳の使い方に認知症予防のカギがあることがわかるでしょう。
「物忘れやちょっとした失敗が続くのは認知症になっているのかもしれない」と内心では心配している人。根本的な解決には脳機能検査が必要ですが、脳が持っている正常老化を理解すると、霧が晴れると思いますよ。
あまり知られてないようですが、アミロイドベータ仮説が否定された今、完成したというのも何か意味があるのではと思っています。この小冊子で認知症の正体を理解していただけたらと思います。

この新芽は植物判定ソフトによれば榎らしいです。

理論的に詳しく知りたい方は、以下のブログもお読みください。

12,765円(2021.5)→5,266円(2022.5)

2022年05月31日 | エイジングライフ研究所から
数字だけのタイトルを見て「これは何のこと?」と思ったでしょう。
花ミョウガ。散歩道で初めて見つけました。

じつはこの数値は製薬会社エーザイの、この1年間の株価の推移です。

株式市場は私にとっては、苦手とする分野の筆頭かもしれません。(ので、誤りがあるかもしれませんが、趣旨をくみ取ってお読みください)
株価というものは、その会社の業績を正直に反映するものでしょう?
去年の6月に12,765円という高値で取引され、これは上場来最高値だったという解説もあって、つまりよほどのGood Newsがあったということを意味していますよね。
ところが、たった半年で、ほとんど半値近くまで株価が下がってしまいました。
年初でほんの少し回復したものの、さらにまた5/26に安値を記録し、今朝(5/31)の新聞によると、エーザイの株価は5,397円でした。この121円の上昇をどう評価するのかは知りませんが、いずれにしても、去年6月の株価の半値以下であることには違いありません。
マンジェリコン(抗糖茶)の花発見。

1997年に世界初をうたって華々しくデビューした認知症薬アリセプト。このエーザイが創薬したアリセプトは、当初から治療薬というのではなく進行を遅らせることができる薬という触れ込みでしたが、実際には症状に働きかける対症療法薬に過ぎず、副作用もかなりあったのです。
けれども「認知症の唯一の薬がアリセプト」という「常識」が世の中を席巻してしまいます。家族は、症状を客観的に見て効果をはかるよりも「医師処方の薬を飲んでいる」という安心感からか投薬を希望し続けるので、ドクターもいったん処方した薬に著効がなくても投薬はやめにくい。副作用が出ると投薬を止められホッとするということをうちうちの声として聞いたこともあります。
何しろ薬価が高いのです。フランスでは使用許可が出ませんでした。厚労省も使用条件を厳しくしたりもしました。
ただ他には認知症薬がないということで、ピークの年間売上高は3千億円を超えて、エーザイは製薬大手になることができました。
その後も、アルツハイマー型認知症の治療薬開発(特にアミロイドβを除去するアプローチ)には、世界の大手製薬会社がしのぎを削ってきたのですが、バイオジェンとエーザイ以外はみな撤退…その開発費用は数十兆円とも言われています。
このブログでも何度か、認知症治療薬については書いてきました。
群盲評象(2018.8)
この世に認知症治療薬は本当にあるのか(2020.11)
認知症治療の新薬発表(2021.6)
ニゲラ

ゲンペイコギク。別名、ペラペラヨメナ。

2021.6にエーザイの株価を上げたできごとは、バイオジェン社と共同で開発してきたアデュカヌマブが、アルツハイマー病の治療薬として米食品医薬品局(FDA)から条件付きながらも迅速承認されたことでした。
その後の迷走ぶりは、御存じの方もいるでしょうが、治験の結果が逆を示しているのに承認したことに対して委員が辞任したり、それどころか欧州では承認拒否。
日本では、2021年12月に厚生労働省は継続審議を決めました。再度の審議には年単位の時間がかかるといわれていますから、行き詰まりは明白です。当然株価に影響していますね。
スイカズラ。別名、金銀花。

薬価が高すぎるという批判もありました。当初アメリカで発表された金額は年間630万円(その後320万円に引き下げられました)で、正直びっくりしました。日本の薬価の方が低く設定されるという報道も目にはしましたが、日本の場合は国民皆保険、しかも高額医療制度もあるわけですから、個人負担が原則のアメリカとは事情が違います。
どこかのドクターが、「国民の期待には応えなくてはいけない、個人負担は少ないわけだから」と話されていました。個人負担は少なくとも、国全体から見れば薬価相当分のお金は必要だし、その原資はどこから生じさせられるのか?高齢者の介護費用が年間12兆円を超している今、ドクターも国民の要望をそのままに受け入れるのではなく国全体を見据えた発言をお願いしたいと心底思いました。厚労省発表の介護費用の推移のグラフ(2021年は予算額)を参考までにあげておきます。

前の記事にも書きましたが、アミロイドβが発病の原因ではない。少なくともアミロイドβが原因とはいえない。という世界の趨勢をどう考えているのでしょうか?
エイジングライフ研究所が主張するまったく新しい視点を、対認知症施策に取り入れられることを心から願います。
ストロベリーキャンドル。

認知症は、前頭葉機能が持っている正常老化に、「趣味なく交遊なく生きがいもないうえに運動もしない」ようなナイナイ尽くしの生活が続くことによって廃用性の機能低下を起こし、老化が加速されてしまう結果、だんだんに症状が進んでくるものなのです。
ナイナイ尽くしの生活習慣が危険であるという、脳の健康を守るための生活改善運動が国全体の動きとしていつになったら起きてくるのかと、切歯扼腕しています。
「5/9、エーザイはアルツハイマー病治療薬「レカネマブ」について、米食品医薬品局(FDA)への段階的承認申請を完了した」というニュースも最近報じられました。アデュカヌマブとは薬のアプローチが全く違うということが「売り」ですが、アミロイドβが原因でないのなら…
株価もその後に、今年の最安値をつけているのですから、株式市場は認知症治療薬に大きな疑問を持っているということになるのではないでしょうか?
季節の花。マルバウツギ


理論的に詳しく知りたい方は、以下のブログもお読みください。
 






テレビとパソコンが映らないー事件の顛末

2022年05月18日 | エイジングライフ研究所から

16日、突然テレビ画面がこんなことに。

指示通り放送切換や選局を変えてみました。何も変化がないので「決定」で受信状態をチェックしたら。

BSを調べても赤がずらりと並びます。困ったときのパソコン検索。ところがパソコンの検索画面もこんなことに。

もう少し詳しくチェックしても。

WIFIの状態も、予想どおりというか悲しい結末。

モデムとルーターを調べましょうと思いつきました。

モデムで一番気になったところは、「映像出力」赤点灯ということなのですが、かといって以前がどうなっていたのかはわかりません。(「認証」と「光回線」が点灯していないことに大きな意味があることは、後でわかったことです)
ルーター。

POWERとWIRELESSが点灯。INTERNETとWIFIが点灯していない。ここにも何かありそう…
で、結論は明日朝まで待ってみましょう。朝になったら何の故障もなくもとに復帰しているかもしれないという甘い考えがなかったといったらウソになります。が、当然ですが現実はそんなに甘くない。状態に何の変化もありませんでした。早速お隣に様子を聞きました。「何の異常もない」というお返事に「我が家だけに起きた異常事態」ということを否応もなく納得させられ、復旧への第一歩を始めなくてはいけません。
どこに相談すればいいのか?まずドコモに聞きました。
ドコモ光サービスセンター(0120-766-156)に電話をして、状態を説明したら「その様子ならNTTに相談するように」といわれました。たらいまわしの印象は全くなかったのですよ。
NTT西日本故障受付(0120-444-113)で、再び状況の説明をしました。「電波が届いていないようですから、担当者を訪問させます」という回答でした。なんと電話線の工事が必要な場合があるのでクレーン車で来てくれるのですね。しかもお二人、さらに長く駐車するという理由で交通整理担当の方まで3人で来てくださったのには、びっくりするやら恐縮するやらでした。
ペネロペ満開

早速モデムを見てくださって、「「認証」と「光電話」が点灯していないということは電波が来ていないのです、だから「映像出力」が赤くなります」

説明されてみると、とても納得できます。ルーターの方は点灯していなくてもこれでいいのだそうです。
「電波が途切れるときには、リス、アリ、ハチ、カラスが原因のことが多いですが、これも調べてみなくてははっきりしませんけど」と説明してくださる一方で、小さな器械を扱ってだいたいの切断箇所を確かめていらっしゃるようでした。
敷地の端の引込線が入ってる配電盤だろうということで、外に出ました。

アリが巣を作っていたのです!アリは蟻酸を出すので線が溶けてしまう…原因がわかれば手早く処置してくださって、モデムを確認、「テレビは?パソコンは?」と正常に復帰しているかどうか全部チェックを入れてくださいました。これで終了かと思っていたら「電話は?」光回線が通ったときに、パソコンだけでなくテレビも電話も光回線にしたから、今回はこの3つが同時にダウンしたということがもう一度よく理解できました。
カラーコーンや標識その他の道具を、実に手早くきちんと所定の位置に戻して帰って行かれました。もう一軒回られるとか。きっと到着を今か今かと待っているでしょうね。素早い対応に感謝します。

結果としては、ほんの2日間ほどネットにつながらなかっただけですが、とっても変な気持ちでした。ちょうど電気やガスや水道が当たり前のように使えることと、ネットが使えることは同じ感覚になっているのだと思いました。
一番派手なピンクパンサー

じつは、認知症予防の小冊子の改訂をし終わったところです。初版は25年以上も前。一番変わったのはボケを認知症と言い換えたこと。それと「ネットを使えるようになりましょう」と強調したことです。初版には「ネット」ということばすら出ていません。この25年間で最も大きな変化は、社会の中にネットが組み込まれたことかもしれません。
「詐欺にあったら困るから」「何も困ってない」「この年で今更」などとネットを利用することに拒否感を示す高齢者がいます。ネットを利用してコミュニケーションを楽しみ、そのうえに検索や買い物などが利用できるかどうかは高齢者の生活に大きな差を生むことに直結します。
「この歳になって無理、無理」ということばを聞くたびに上勝町のことを思い浮かべます。四国の小さな町がつまものビジネスを導入して、高齢者を元気にさせ、老人ホームもなくし(今はあるようです)、ごみゼロや若者たちが町に帰ってくるなど、明るい話題に事欠きません。ベースには高齢者がタブレットを駆使して、受注、市場の動向や価格や出荷時期などを自分で決めていくシステムが功を奏したのです。まったく使っていなかった高齢者がタブレットを使いこなして高収入を得るのです。リンクを張っておきますから興味がある方はお読みください。
脚光を浴びた’葉っぱビジネス’の今(2019)
’葉っぱビジネス’の上勝町で高齢者がパソコンを使いこなせる理由(2008)
上勝町(ウィキペディア)

ようこそ!アサギマダラ

2022年05月13日 | 私の右脳ライフ
ここ数年、庭にアサギマダラが来るようになりました。特に加賀野菜の金時草(キンジソウ)を植えた後は、その花が大好物らしく、ずいぶん長く蜜を吸っています。普通は秋のフジバカマに群れ飛ぶといわれているのですが、我が家への飛来は春、5月とか6月なんです。
今年もアサギマダラがやってきてくれました。

去年は6月9日に記事をアップしていました。去年の方がピントが合ってます。


アサギマダラに関してのウィキペディアを貼っておきます。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B5%E3%82%AE%E3%83%9E%E3%83%80%E3%83%A9

今年のアサギマダラには格別の思いがあるのです。
去年、伊勢〜奈良への旅をしました。
その時立ち寄った三重県にある道の駅「茶倉駅」の2階ギャラリーでアサギマダラ写真展が開催されていて、ちょうどお当番をされていた鳥本さんから丁寧に解説していただいて、新しい知識が増えました。
・各地で産卵、蛹で越冬、羽化して北上する。
・そして秋には南下して、産卵。
・そして一年の命を終える。それが旅の蝶と言われる所以。
・アサギマダラを愛する人たちは、生態を理解するため、捉えられたら羽根にマーカーでマークする。
・ネットが行き渡ったので、マークされたアサギマダラの行程が掴めるようになった。等々
鳥本さんがマークした蝶の旅も追うことができたんですって!
ウィキペディアで知識を得やすくなったことはたしかですが、生の経験を肉声で伺うほど、納得できるものはありません。感情までが伝わるからですね。
その鳥本さんからフジバカマの苗が届いたのは、1月末のことでした。思いがけない貴重な苗をいただいて独り占めにするのはあまりにももったいなくて、ピカッとひらめいたのは、最近お気に入りのニューヨークランプミュージアムアンドフラワーガーデン。あそこの海と空をバックにアサギマダラが飛んだら素敵だろうということでした。ちょっとは、ためらったのですが、どう考えても素敵なアイディアだと苗を持って行ってあげることにしました。

なんとなんと!ニューヨークランプミュージアムアンドフラワーガーデンでもちょうど同じアイディアが具体化していて、フジバカマを植える圃場まで決まっているということでした!
でも「これは三重県松阪市のフジバカマですから、別のところに植えてください」とお願いしました。ちゃんと植えてくださったと写メールが届きました。

もちろん我が家でも。

5月になったらこんなに元気になりました。

毎朝、今日は何頭(蝶の単位は頭ですよ)飛んできてくれるかと、ワクワクしながら庭に出ます。多いときは5頭くらい。ヒラヒラと舞う時間は本当に短くて、金時草の花に直行。羽を揃えて閉じた体勢が定まったら、結構静かに蜜を吸い続けます。ちょっと足音を立てたり動きが大きいと、飛び立って、4~5メートルの高さまであがります。「あ。お邪魔してしまってごめんなさい」とは思うのですが、そのシーンは素敵です。
あんまり早い時間には来ていませんし、午後遅くなっても姿が見えません。
金時草はたった一株植えたのですが、放っておいたらこのありさま。

この自然さが気にってくれていると思いましょう。

いろいろ聞いてみると、フジバカマをたくさん植えてアサギマダラを呼ぼうとする試みは、ここ伊豆高原の近くでも何か所かで行われているそうです。ニューヨークランプミュージアムアンドフラワーガーデンもそうですね。
またまた、アイディアがわいてきました。
金時草を植えたら、春に北上していくアサギマダラの、食堂まではいかなくてもカフェくらいにはなれるではないですか!
アサギマダラにこの伊豆高原を「春のおいしい場所」として提供してあげたい。そして秋にもまたフジバカマの蜜を吸いに寄ってもらいたい。春秋二度、ここがアサギマダラの休憩地になれることを楽しく想像しています。
ニューヨークランプミュージアムアンドフラワーガーデンやご近所のおいしいパン屋さん「まねきねこ」にもこの計画をお話ししたら、「いいね!」といってくれたので、着々と準備中です。ご近所で賛同してくださる方はお声掛けください。
花が咲いてしまったので、挿し芽は無理かとも思いましたが、一応挑戦。
水に浸けて。
土に挿して。
根が出たら植え付け。

うまくいっているようです。
あと何人かの友人にも声をかけて伊豆高原にアサギマダラ用のカフェ街を作りたいのです。
鳥本さんにも見に来ていただきたいと、思っています。

認知症に関して理論的に詳しく知りたい方は、以下のブログもお読みください。

 

 

 


2022年4月24日 庭の花

2022年04月24日 | 私の右脳ライフ

気が付けば、すっかり春!日曜日の朝、庭に出てみました。

まず、宝鐸草(ホウチャクソウ)探しに。毎年ひっそり咲く場所を確認に行きました。

嬉しいことに、株が増えてちょっとした群生地になっていました。昔、茶道を教えていただいた先生が「宝鐸草が咲き始めると、今度は稚児百合、苧環、金蘭、銀蘭、えびね。いい季節になって嬉しいやぁ(遠州弁)」とニコニコなさっていたのが思い出されます。

苧環もいろいろ種類がありますね。今はブルー系が絶えてこのピンク系だけです。

計画的に作った庭ではありませんから、横に目をやるとホメリアの大きくなった株が見事なこと。一日花ですが次々に咲くので見応えがあります。

この花はアブチロンと呼ばれることが多いのですが、最初に教えていただいた雲南浮吊木という方が風情がありますよね。
 
 

つるバラのペネロペは植え付けてから20年経って、基部はほとんど木のようになっています。薄いサーモンピンクというちょっと珍しい色に惹かれて植えました。

バラで一足早く咲くのはモッコウバラ。誘引してやってないのに、上手にそばの木によじのぼって見事なものです。

冬紫陽花も色づき始めました。薄い緑色から綺麗な空色になる大輪の額紫陽花です。
 
 

全く取り留めのない庭ですが、どの花も咲けばかわいい。咲く前もかわいい。
多肉植物は割合簡単に増やせます。ゴーラム(宇宙の木)は一芽だか一葉を挿すと着くのです。コツは少し乾かしてから挿すことでしょうか。
 

撮影のために軒下からテーブルに移動しました。手前に花水木、向こう側に紅花常盤万作、間の丸テーブルの上に二鉢置いて写しました。
 
紅花常盤万作の花をアップで。
一番見せたかったのは、私が育てた牡丹。初めて咲かせることができました。
4/10

4/14

4/16

4/17

子どもたちに送ったら「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」との返信がありました。
ちなみに英語では芍薬も牡丹もPeonyというらしいです。牡丹は木だし、芍薬は草なのに…
ひとときの春を楽しみました。
 
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 


 

 

 


さくらの下で「ゲミュートローゼ」を考える

2022年04月09日 | 前頭葉の働き

今年も桜を堪能しました。
圧巻は、今年初めて出会った三島市玉澤霊園の山桜。樹齢400年ですって。

我が家の稚木の桜(わかきのさくら)2年生でもう花をつけるという、牧野富太郎博士が最も好んだ可憐な一重の山桜です。

伊豆は暖かいので、色鮮やかな寒緋桜も時々目にします。

すごい…

伊豆市、法泉寺の枝垂れ桜。ひっそりと山を背景にたたずんでいました。ここも初見です。

見る人もなく…見事に咲いてくれていました。

聚光院伊東別院に咲く莫眼花(ばくがんか)。禅語で「眼花することなかれ」と読み下し「眼病の時に花でないものを花と見間違うように、真実の花でないものを花と見てはいけない。心を平安に落ち着かせているとそういうことは起きない」というような意味らしいです。

桜守佐野藤右衛門さんが発見し、命名した突然変異の桜です。一重から八重に向かう一番最初の段階がよくわかります。現時点では世界に一本といわれているようです。

この角度はどうでしょうか?ちょっと大ぶりな花でした。蕾ははっきりとピンク色ですが咲くとほとんど白い花になります。考えたらこの桜も始めてみました。アンテナを立てておくと、情報は飛び込んできてくれるものですね。

ところで「ゲミュートローゼ」です。
高校のクラスメートからのメールでこの言葉を発見した時が初対面。プーチンのウクライナ侵攻に絡んで書かれていたので、精神的な疾患を意味しているだろうとは思いました。
じつは私、去年、心理領域初の国家資格公認心理師試験に合格したんです。
近況報告ー公認心理師試験に挑戦
一応、「心理職」と名乗れるのですが、全くこの言葉を知りませんでした!
困ったときの検索頼み。
「「ゲミュート」とは、思いやり、同情、良心などを意味するドイツ語である。 このような高等感情を持たない人を、ドイツの精神科医クルト・シュナイダーは「ゲミュートローゼ」と名づけたわけで、「情性欠如者」と訳される」
シュナイダーは、統合失調症の症状をあげたり精神病の診断に寄与した人で、精神病質の10類型もシュナイダーが言い始めたらしいです。この辺りは確かに勉強したような気もしますが「ゲミュートローゼ」とは書いてなかった…没年が1967年なのでかなり前の方です。つまりずいぶん以前からこういうくくり方はあったということですね。

熱海なぎさ公園の大寒桜。花の間に熱海城が見えました。

私のキャリアは、精神科で心理担当として勤務したところからスタートしました。大学では臨床心理は全くやっていませんでしたから、診察室で出会う患者さんの話に耳を傾けるとびっくりすることの連続。考えたらとんでもない心理担当者だった…と赤面しながら反省しています。
統合失調症の方の話を一生懸命聞いていくと、どこかのところから「わかりません」と音をあげたくなる。うつ病の方には励ましたくなる。そう状態の方に対応すると言い聞かせたくなる。
全部やってはいけないことですから、ひたすら忍耐の日々でした。神経症の方の訴えはこちらも苦しくなる。場面緘黙や不登校や家庭内暴力の子どもたち。それまでに人生で全く体験がなかったことの連続で、仕事をそこから始められたことは、ほんとうにラッキーだったと思います。患者さんたちの話を聞いたり、投影法を主とする心理テストをやったり。箱庭療法もしました。
精神科で働いていたときには、症状を丸ごと理解しようとする、それは目の前の人が感じていることをそのままに受け入れることでもあるのですが、その気持ちは間違いなくあるのですが、本当に難しいことでした。

河津桜に似ていますが、これは伊東小室桜。伊東市にしかありません。オオシマサクラとカンヒサクラの自然交配種だそうです。

その後、ドクターの転出があって脳外科で働くことになりました。病気やけがで脳に障害が起きた時に、治療前後の機能の比較、または後遺症として受け入れざるを得ない症状の説明、またその経過観察のために行われる神経心理テストの担当になりました。
一番最初に、脳外科のドクターから言われた言葉にはショックを受けました。
「脳が壊れると、できないことが起きてくる。それはどうしようもないことだから、できないことをよく見なさい。そしてそれをちゃんと説明してあげることが大切。あいまいな希望を持たせることは慎むべきなんだ」
きっと、「そんなぁ!」という顔をしていたのでしょう。
「脳が壊れると、どうしてもできないことはできないんだよ。脳が壊れて手足にマヒが残ってしまった人をどう励ましても、本人がどう頑張っても重い不全マヒの時は動かない。軽ければリハビリで改善できるけども、元通りというわけにはいかない」こんこんとそうおっしゃったドクターの声やたたずまいは、40年近くたっている今でも鮮やかによみがえります。あの時、ドクターはご自分の無力感も伝えてくださったのだと思います。
脳外科での勤務を続けるうちに、「全くその通り。壊れてしまった脳は以前と同じようには機能しない」と私も納得できました。
運動領域は壊れた部分にぴったり一致する運動障害が出てきます。左脳が壊れた人、右脳が壊れた人。そして、当時も現在になってもまだまだ理解されているとは思えない前頭葉に障害が残った人達が、特有の後遺症を示して、その働きを教えてくれました。

我が家で咲く河津桜

そして次の段階になりました。精神科で出会った方たちの症状は、脳の機能不全の面もあるのではないかと感じるようになったのです。症状を脳の機能障害と断じることには、感覚的な抵抗があることは、私にもよくわかります。困った症状に何らかの意味づけをして「全体的に理解してあげる」方が優しいような気がしますよね。
症状を脳の機能障害と考えるというのは、対人関係に問題がある人は、成育歴や現在の環境の影響以前に、対人的な情報を処理する脳の分野に問題があるのかもしれない。と推理するというようなことです。もう少し具体的に書いてみましょう。
例えば重度の認知症になると見当識の障害が起きてきます。今がいつなのかわからない。ここがどこなのかわからない。この人が誰なのかわからない。
夜中に騒ぐ。徘徊する。それに意味づけをして、その行動を理解しようとする立場があります。いっぽうで脳機能から見ると見当識をつかさどっている領域が機能できていない(だから夜中に騒いだり、徘徊したりすることには意味はない)と考えるのです。
どちらが優しいというか、その人に寄り添っていることになるのか考えてみてください。もう一例あげてみます。
脳卒中の後遺症で歩けない人に向かって「なぜ歩けないんでしょうねえ。
過去の何かが影響しているかもしれません。考え方を少し変えてみることはできませんか?」ということと、「命はとりとめたのですが、脳の病気のために残念ながら後遺症が残りました」そして「立てません。車いすを使います。歩行器を使います。装具を付けてリハビリします。杖を使います」ということと、どちらがよりその人の生活のために役立つでしょうか?

伊豆最福寺しだれ。日本で4例目の八重枝垂れ桜。

私の今の仕事は、認知症の早期発見や回復を図ること、それ以前に認知症にならない生活指導をすることです。
カギは、脳機能特に前頭葉機能なのですが、「ゲミュートローゼ」という知らない言葉に出会ったことで、何十年も昔のことを思い出してしまいました。
フロク。
ゲミュートローゼを脳機能から考えると、第一段階としてはやはり右脳の情報をキャッチする能力に欠けた状況を考えないといけないでしょう。生まれつきの問題もあるかもしれませんが、右脳を育てる過程で育てそこなってしまったことも考えないといけないでしょう。母子関係をベースにした感情的な交流が皆無だとしたら、感情を獲得することができませんから。
またわざわざ「思いやり、同情、良心などの高等感情」という表現は「前頭葉機能」そのものを指していると思われます。育っていく間に、種々の体験や決断をし、それを両親や先生や友人たちから評価されて、自分なりの前頭葉の色を付けていきます。そして最終的には「自分で自分の行動を計画し、実践し、評価しながら自己を確立していく」のが人が生きていく道です。
右脳と同様に、生得的に何かが欠落しているのか、一般的な成長過程を体験できなかったのか。いずれにしても前頭葉機能に欠落があるとしか思えません。
伊豆高原桜のトンネル。この日は海が見えていました。


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