脳機能からみた認知症

エイジングライフ研究所が蓄積してきた、脳機能という物差しからアルツハイマー型認知症を理解し、予防する!

続ー相貌失認

2008年03月31日 | 右脳の働き

相貌失認にも、さまざまなパタンがあるようです。人の顔の認識についてもう少しお話しましょう。

文藝春秋4月号に、麻生太郎とさいとう・たかを(漫画家)の対談が掲載されていました。
さいとうー略ー目で、頭でスケッチブックを見て、デッサンする。今でもすれ違ったクルマの番号、わかりますもん。カメラで撮っているみたいに。人の顔でも、すれ違っただけで似顔絵を描けるー略ー
麻生:それはすぐに代議士になれる。顔さえ覚えて挨拶できりゃ、最高に政治家向きです。後は名前だけ。
さいとうそれが名前がぜんぜんダメなんですよ。覚えられない。この間もひどい目に遭いましてね。あるパーティーへいったら、若い作家が挨拶に来てくれた。
「珍しいなあ、若い人が近づいてきてくれるなんて」と思いながら挨拶して喋っていたら、その彼がそのうち笑い出したんです。
「先生、僕のこと覚えていないでしょう」というから、
「顔はしっかり覚えているんだけども、どこで会ったか」と聞くと
「私、さいとうプロでお世話になっていたんです」

さいとうさんは、「人の顔を見分ける」「人の顔を覚える」ことがとても得意な人なのですね。

アフリカのお面P1000039atアフリカンアートギャラリー
私などは、映画を見ているときに、前のシーンで出ていた脇役が大きく場面が変わって再登場したときなんかに「あれっ?この人誰だったかしら」と思うことがあります。
そのようなときにはメガネなどの特徴的なことや大柄小柄とかの体つきで理解したり、続けてみているうちに流れの中で納得したりします。P1000043_2

洋画の場合は、人の区別がもっとわかりにくいことはよく経験します。
「誰だっけ?」と思っていると、そのシーンの中で「ジェームス」と呼ばれたりして「ああ、あの人」とわかることもあります。

スマップが登場したとき、香取君は年齢が若く少年ぽかったのですぐに区別が付いたのですが、他の3人がなかなかわかりませんでした。
今となっては、4人4様でなぜかしらと思うほどですが。
どう考えても、当時は名前のほうを早く覚えたと思います。

沖縄の4人組SPEEDのときも同じ。新垣仁絵チャンだけはタイプが違ってすぐに区別が付きましたが、後は時間がかかったものです。

EXILE はまだダメ。みんな違う顔ということはわかりますが、写真を持ってこられて「これはEXILEのメンバーですか?」と聞かれたら全然答えられないと思います。

私の親しい知人にも「人の顔を見分ける」「人の顔を覚える」ことが得意な人がいます。P1000041_2

「一度会った顔は、多分わかると思います」
「例えば、スーパーのレジで隣り合った人と、何日か後に駅のホームですれ違ってもすぐにわかります」
この能力を生かす職業は、ホテルのフロントマンか、レストランのフロアマネージャーかと笑い話をしたことがあるくらいです。

電話で聞いてみました。
「人の名前はどうですか?覚える方?」
笑いながら即答。
「それがほんとに苦手なんです。顔は覚えるんですけど」
「やっぱり。さいとうたかおさんと同じなのね」P1000040

人の顔を区別したり覚えたりするときに、普通は顔貌は右脳主体で、名前は左脳主体で機能するものでしょうが、右脳があまりにも主役を演じると、左脳はあまり利かなくなるということなのでしょう。

3月23日に荒川沖駅で起きた八人殺傷事件がありましたね。
あの事件前に殺人を犯し、「捕まえてごらん」と110番までしていたのですから、駅には刑事さんが配備されていたそうです。
ところが、犯人を取り押さえることができずに、凶行を許してしまったわけです。

あるニュースショーで、その事件のフォローがされていました。
「顔を見分ける」訓練を受けた刑事さんならば、見分けることができたのではないかということが言われていました。
そして実際に、ある人の10年前の写真を見せておいてから、荒川沖駅の雑踏の中からその人を見つけられるかどうかの実験が行われました。
結果にびっくりしました。
ためらうことなく「あの人を」と言って連れてこられた人が、確かに写真の人でした!
10年経ってる上に 、変装というほどではなかったのですが、帽子をかぶっていてむき出しの顔ではなかったのに。

人の顔を見分ける能力も訓練で 伸ばすことができるんですね。でも、向き不向きはあると思います。例えば私は人の10倍の努力をしてはじめて人並みの能力を獲得できるタイプでしょう。
訓練の時期なども影響する可能性もあります。

前回話した相貌失認の例は「人の顔を見分けるのが苦手」というレベルではありません。
どんなに訓練しても、お母さんの顔もわからないのです。
「苦手」と「できない」は違います。
「(度忘れして)言葉が出てこない」とよく中年の人たちが言いますが、それと失語症者が「言葉が出てこない」というのは、違うのです。

脳機能に欠けたところがあるというのは、その能力が「苦手レベル」であったとしても、脳機能が普通の人たちにとって理解しがたいものです。
体のマヒですら、理屈ではわかっても実感的には信じられないというのが正直なところでしょう。

脳卒中や事故にあわれた人たちの話や行動の中から、逆に私たちは脳のすばらしい能力を教えてもらうことができます。

P1000029_2 質問。前回のブログの一番下には花の写真が2枚並べてありました。
左の花は、左の花の仲間でしょうか?
それとも右の花の仲間?

右脳主体に花の形をキチンと記憶した人は、すぐに答えられます。

左脳主体に記憶した人は、この花が「トキワマンサク」という名前であることを知らないと、決められません。
あなたは、花を見るとき、右脳派?左脳派?

人の顔のときは、どうも右脳が引っ込み思案になる私ですが、花のときは、ちゃんと右脳が働いてくれるようです。


右脳が壊れるということー相貌失認

2008年03月28日 | 右脳の働き

右脳に障害が起きたときには、その気になってみていくと、ほんとにいろいろと理解しがたいことが起きてきます。
初島に行きました。熱海から25分の船旅です。かもめがえさをねだって付いてきました。
P1000044

左脳が壊れたときに起きる失語症の場合は、「言葉が話せない」とか「理解できない」という後遺症の状態を理解しやすく、理解できれば「言葉を使う」ということは、こんなにも複雑ですばらしいことが脳の中で処理されているのかと感動することになります。

右脳の場合は、なかなかそうはいきません。
なぜなら、言葉を上手に使えると脳の機能には何も問題はないかのように私たちは受け取ってしまうからです。



P1000045 ところで、上の写真の一番大きいかもめと、右の写真のアップのかもめは同じかもめでしょうか?それとも違うかもめ?
「そんなことわかるはずがない!」という声が聞こえてきそうですが、これがかもめではなくて「人の顔」だとしたらどうでしょうか?

「知らない人」でも「同じ人か違う人」ということはわかるでしょう。
と、言うことは老若男女や人種の区別はしたうえで、「知らない人」なら知らないという結論を導き出しているわけです。「知ってる人」なら「誰さん」と名前までわかるはずです。度忘れの場合は名前は出てきませんが。
当たり前ですね。

もうひとつ当たり前の話。
子供の運動会に行って、みんな同じ体操着を着ていても「あっ、あそこにいる」とわが子はすぐわかるでしょう。
そのとき、一人一人の身長・体重・顔の大小・色合い・鼻の高低・目の大小・口の形などなど子供たちの特徴を、全部デジタル情報(数字)で表現した上で、全員相互に比較して、身長・体重・顔の大小・色合い・鼻の高低・目の大小・口の形などなどが「私の子」だと一致するから「この子が私の子」と判断しているでしょうか?
つまり左脳ベースで判断しているでしょうか?
私たちはそんなことをしていません。
「顔」や「姿」そのものを見ただけで「私の子」とわかるのですよね。

このようなやり方で「顔を見分けている」のは右脳です。
右脳が壊れたときに「見えているのに、顔の判別ができなくなる」ことがとても稀ですが起こります。「相貌失認」といいます


昔出会った右脳障害の方で、とても印象的だった方を紹介しましょう。P1000032

N大4年生の男性。バイクに乗っていて自動車に跳ね飛ばされたのです。
幸い体にマヒはなく、言葉の問題も起こりませんでした。

当然「軽い事故でよかった」とみんなで胸をなでおろしたのですが、回復期に入ると、とんでもないことが起きていることがわかりました。





「顔がわからない」のです。
看護婦さんの区別ができないのは、皆同じ服を着ているのですから少しはわかる気もします。でも毎日顔を会わせるたった一人の主治医がわからないのです。

よく観察してみると、新しく知り合った人の「顔を覚えられない」だけではないのです。「顔がわからない」のです。
お母さんがお見舞いに来ても、入室したときには誰が来たのかわかりません。
「今日はどう?」などと声をかけると、顔ではなくその声でお母さんだとすぐにわかります。
「お母さん。今日も来てくれてありがとう」と挨拶ができ、その後は全く普通の会話が続きます。

当時は、相貌失認の体系だった検査が無かったので、この患者さんに何が起きているのか手探りで検査を始めました。
いろいろな人物写真を用意しました。
 ・天皇陛下・総理大臣・聖徳太子・芸能人・スポーツ選手など。
  全く説明ができないし、指示した人を選び出すこともできません。
 ・日本人と西欧人。区別不能
 ・老若男女。すべて区別不能
ただし、人の顔ということはわかるのです。

続いて、動物絵本(写真)を見ながら動物の区別が可能かどうか調べました。
キリンとゾウの区別ができません。
乗り物絵本(写真)でも同様に乗り物ということはわかりますが、区別は全くできません。

動物や乗り物に関してはイラストのほうが少しわかりやすいようでした。
丸や三角という単純図形はすべて区別も描写も可能です。

たまたま、大学4年生でしたから「顔がわからない」という後遺症を抱えて、どのような職業なら社会人として生きていけるのかと考えてみました。

結論はどんな職業だとしても「顔がわからない」のは決定的に生き難い状況につながるということでした。

考えてみれば、人は社会的な生物として多数の人の中で生活をする訳ですから、その人をその人として認識できることは基本的に必要な能力だといえます。同時にとても高次な脳機能ということでもあるはずです。その能力に欠けるということは、社会活動に支障をきたして当たり前なのですね。

(リッチテキストに変換できなくなりましたので中止します。以下は付録です)




P1000031 P1000035 








 

左はマンサク、右はミズキ。花の形を理解したり記憶したりするのは右脳ベース。名前を覚えるのは左脳ベース。

いずれにしても、この花を見たときに、名前はわからなくとも花の違いさえわかれば上記のケースのような相貌失認はおきていないということになります。


KY=Kuuki Yomenai

2008年03月20日 | 前頭葉の働き

昨日のブログで触れた「KY」について補足します。

以前行った堂ヶ島洋ランセンターのランたちP1000005
KYとは、場の雰囲気・状況を察することが出来ない人のことを指す流行語ですが、今日は脳機能からの解説です。

この場合の「場」というのは「社会生活の場」、もしくは家庭生活の場合でもある程度の成熟が条件です。

赤ちゃんや子供には、もともと「その場の空気を読むこと」は要求されていません。このKYという略語が、若者たちの携帯メールから発生したことを考えてください。

このように「ある程度の成熟」という条件がつくときには、言い方を変えれば、叱責するにしろ、激励するにしろ「その年齢になってるのだから」ということばが文頭に付くことになります。以下の例を見てください。Dsc00814_2

  「その年齢になってるのだから」恥を知れ

  「その年齢になってるのだから」責任を果たせ

  「その年齢になってるのだから」気を利かせろ

  「その年齢になってるのだから」臨機応変にやれ

  「その年齢になってるのだから」我慢しろ

  「その年齢になってるのだから」根気よくやれ

  「その年齢になってるのだから」自分で考えろ

「その年齢になってるのだから」が文頭に付くとき、脳機能から言えば前頭葉が関与していることのサインだと思って間違いないでしょう。

前頭葉は、白紙状態で生まれ、親の価値観を受けながら体験を重ねていくうちに、その人なりの色をつけていきます。
「その年齢になってるのだから」という、この状況をうまく反映してると思いませんか?

場の雰囲気・状況を察する役割は、当然のことながら前頭葉にあります。Dsc00820 
その人らしさの根源をなす前頭葉の働きは実に多岐にわたっています。
発想・計画・工夫・創造 ・好奇心・感動・ユーモアetc
その中でも、もっとも大切な働きに「脳全体の司令塔の役割」があります。

周りの状況を判断して何をどのようにするか、運動野をどのように使うか、左脳をどのように使うか、右脳をどのように使うか、すべて前頭葉が決めているのです。「私の」前頭葉が運動野・右脳・左脳に対して、行動の命令を出す結果、私たちは、ほかの誰でもなく「私らしく」毎日を暮らしていくことになるのです。

確かに、その場の空気を読むのは、前頭葉の機能です。

つまり、最近の若者たちの間に、その場の空気を読むことができない人が増えているのだとしたら、若者たちの前頭葉機能のうちの「脳全体の司令塔の役割」に問題がある人が増えているということになります
若者たちに限らないという指摘もありますが。Dsc00819

それでは何故、前頭葉を障害されている訳でもない、単に右脳を障害されているだけの人たちは「その場の空気が読めないのか」?

マニュアルAの6ページ3頭立ての馬車を読み返してください。
前頭葉が判断するための情報は、右脳や左脳を介して前頭葉に届けられます。
コミュニケーションをしているとき、右脳も左脳も前頭葉もそれぞれの役割を担っています。
右脳は身振りや表情、微妙な言い回しや言外のニュアンスや言葉のトーンなどのアナログ情報を受け取り、前頭葉に伝える。
左脳は言葉の情報を受け取り、前頭葉に伝える。
そしてそれらを基にして、前頭葉はその場の状況を判断して、右脳・左脳に指令を下す。これの連続です。

右脳障害の場合には、前頭葉に渡すべき、身振りや表情、微妙な言い回しや言外のニュアンスや言葉のトーンなどのアナログ情報が、不足または欠落してしまうのです。
左脳障害なら、言葉そのものの情報の不備ということになります。

前頭葉がその場の空気を読むために不可欠な情報は、右脳のアナログ情報でしょうか?それとも左脳のデジタル情報なのでしょうか?P1000029
右脳障害の人と左脳障害の人と会話をしてみるとわかりますが、どう考えてもアナログ情報なのです。障害の程度にもよりますが、右脳障害の人よりも失語症の人とのコミュニケーションの方がやりやすいことに驚かれると思います。
最近の報告で、会話を成立させるのは80パーセントが言語外の情報と読んだこともあります。

どんなに立派な御者であっても、馬自体の能力に問題があるとしたら、判断も的確さを欠くし、その馬を走らせることもできません。
コミュニケーションの場においては、前頭葉機能が万全であることが十分条件。
ただしその前提として、右脳・左脳が十分機能していることが必要条件になります。大方の予想に反して、必要度が右脳のほうが高いということなのです。


右脳が壊れるということー「話す」と「わかる」

2008年03月19日 | 右脳の働き

前回のブログに対して、「右脳・左脳の違いが、わかった」というお返事が来ました。もう少しお話を続けましょう。
(右脳障害の話を続けようと思っていますが、もともとの障害の程度も違えば、障害が同じだとしても後遺症の出方も個々人で全く違います。一般論として書いてあるときは、もっとも特徴的なことと理解してください。右脳障害を持ちながら、ボランティアに励んでる方もいます)

脳に障害がおきて後遺症が残った場合、一番わかりやすいのが運動障害です。
左脳が障害されたら右半身マヒが起こりますし、右脳の障害なら左半身マヒです。
障害された場所が運動野の上部から深部だったら、下肢のマヒです。
運動野の上部から耳のほうへ向かって、上肢から指~顔面~喉と対応しています。
東京に行きました。ホテルは東京タワーのすぐ隣。展望台に上って夜景を堪能しました。
P1000018_1 次にわかりやすいのは、言葉の左脳に障害が起きた場合です。
前回にも書きましたが、 注意しなくてはいけないのが、入力障害の場合です。

喋ることはできるのに、聞き取れない。
聴力の問題で聞こえないのではなく、聞こえるけれどもわからないのです。
あたかも英語を聞いているかのようだといえば、理解しやすいかもわかりません。

喋ることはできるのですが、キーワードが出てこないという特徴もあります。
そのため、発話量は多いのに、何を言いたいのかわからなかったり、単語のいい間違いが多く、トラブルが続出したりもします。P1000026_1

さて、右脳。
私が学生時代(ウーン40年も前!になりますが)には、優位半球・劣位半球という言い方を教わりました。
人間だけにある「言葉」を繰ることができるという理由で、左脳を優位半球といったのです。

右脳が劣位半球。右脳の働きはそんなにも軽んじられていました。

ところが、実際に脳外科で、脳に損傷を受けた多くの人たちに接するうちに、「右脳が劣位である」なんて、それはとんでもない間違いだということがわかってきました。
右脳が残っている時には、一言で言えば「その人らしさ」に変化がないのです。

いっぽう、右脳 に障害を受けた人たちとしばらく一緒にいると、なんとはない違和感のようなものを感じることがよくありました。「そこまでわかっているのならどうしてやらないの?」というような違和感だったり、病識のなさからくる違和感だったり。
例えばこんな会話になります。
  患者「入院中にどうしても、歩けるようになっておかないと、退院してからではなかなか
     リハビリもできないでしょうから、リハビリがんばろうと思ってます」
  私「今日のリハビリ、午前中でしょ?もう済まれましたか」
  患者「はあ、今日は休みました」
理由は「頭が痛い」「先生がえこひいきする」「先生が嫌い」「行く気がしなくて」「リハビリ室が混んでる」などなど。言うに事欠いて「今日は雨だから」といった人もいます。

病識がないのは後遺症なのですが、それでもびっくりします。
検査中、車椅子から突然立ち上がろうとしたり、左口角からよだれが出ることも多いのですが、全くぬぐおうともせず恥ずかしそうにもしない。もちろん洋服の前がはだけていても汚れていても気に留めない。
ベッドサイドがなんとなし乱雑。汚れたティッシュがそこら辺に散らかっている。
夜勤の看護師さんは「右脳障害の人はナースコールが10倍は来る。あわてて行ったら、『明るい』『暗い』から始まって『寂しいからいてほしい』『家に電話かけて』なんだから・・・」と、明らかに困っていました。

左脳障害後遺症(言葉の障害・右マヒ)を抱えて退院して行った多くの方たちは、どんなにがんばって、与えられた人生を続けていこうとするか。また、家族の支えに感動したことも再々でした。
P1000023P1000024_1

六本木ヒルズ                     レインボーブリッジ

脳外科病棟の病室を思い出します。急性期の緊迫感漂う病室ではなく、病状も落ち着いて退院や転院の話も出始めている方たちの6人部屋。
AさんとBさんが話しています。
Aさん「このごろの若いもんと来たら、見舞いにもなかなか来やあへん。ワシらが若い頃は、親のことは第一にしたもんだが・・・」
Bさん「フンフン。全くね。最近の若者の着とるものといったら男か女かわかりゃあしない!」(と、怒っている=ちょっと的外れ)
Aさん「うちの息子は、もう40過ぎだで、着とるもんはおかしくはないだよ。まあ、仕事が忙しいといえば忙しいもんで、しかたないけどなあ。ここまでよくなれて、ありがたいと思ってるんだが、息子が見舞いにこんのは、寂しいなあ」
Bさん「確かに、あんた、最初はご飯食べるのも下手くそだったねえ。今はちょっとはましになったけど。最初の頃は何言うとるのかモゴモゴ言っとってよくわからんかったよ」
(と、配慮せずズバズバ言う=正しいけれども、いくらなんでも言いすぎ)P1000027_1

ちょうどそこへ、久しぶりにAさんの息子さんがお見舞いにやって来ました。
見る見る相好を崩して喜ぶAさん。
Aさんが「忙しいのに、悪いなあ・・・」と言うより早く、Bさん「だいたい、親の見舞いには、毎日来るもんだ。親を寂しがらせてどうする!」と説教し始めてしまいます。
Aさんが目配せして止めてほしいと伝えるのですが、Bさんは止めません。
Aさんが「まあまあ、Bさんその辺で・・・」と言っても
Bさんは「あんたもさっきから言ってただろ。若いもんが来なくて寂しいと。若いもんにははっきり言うのが一番」とまた滔々とお説教を繰り返しだす始末です。                                                                                   銀座の店のディスプレーP1000006

こういう調子でBさんが会話に加わると、せっかくのお見舞いタイムが白けたものになってしまいますね。
「KY」という言葉を知っていますか?
去年の流行語大賞になり損ねた言葉です。「空気 読めない」まさにこの状態。
困り果てたAさんは息子さんを促して廊下へ出て行きました。もちろんその後は親子二人で楽しそうなシーンが繰り広げられたことは、ご想像のとおりです。
Bさんは除け者にされたのですが、除け者にしたとAさんを非難する人はいないでしょう。

そうなんです。除け者にされても仕方ないBさんが、右脳をやられてしまった人なのです。
相手の心情を気遣えるのが右。言い方に配慮できるのが右。目配せがわかるのが右。困った表情を理解するのが右。もしかしたら、Aさんはお見舞いに来られないほど忙しい仕事をしている息子さんを、自慢したかったのかもしれません。その言葉のトーンを理解するのも右。

つまり、右脳にダメージを受けた人に対して、身振りや表情、微妙な言い回しや言外のニュアンスや言葉のトーンなどの理解を求めるのは、後遺症で下肢マヒがある人に歩けというような、無理な要求というものなのです。P1000033

脳の機能の問題を考えるときには、いつも入力と出力の両方を考慮しなくてはいけません。
運動野でも、「運動」を認知しているときには(入力)、それに対応する場所(出力)が体を動かしていないのに興奮することが確かめられています。
「言葉」の機能は、入力と出力の場所が全く違うように設計されていますが、右脳は、まだ現在のところ渾然としています。
上に書いたのが入力の障害。だから出力の障害を書き加えましょう。

右脳にダメージを受けた人は「KY」だけではありません。
右脳にダメージを受けた人に対して、相手の心情を気遣った、つまり空気を読んだ発言をしてと頼むことや、身振りや表情、微妙な言い回しや言外のニュアンスや言葉のトーンなどに対して配慮を求めたりすることは、後遺症で下肢マヒがある人に歩けというような、無理な要求というものなのです。

脳外科に勤務していた頃、私は脳機能検査をしては、できるだけ生活に即したかたちで障害の内容や程度を、患者さんや家族の方に説明してきました。特に右脳障害の患者さんの家族に対しては丁寧に説明したものです。
ところが、右脳障害を持った患者さんの家族の方は、日常多発する心情を逆撫でされるような事件が後遺症によるものだと「左脳」では理解できていても、「KY」人と、生活を共にしていると「右脳」が音を上げるのです。
家族がヘトヘトになって、家庭介護はもう困難とお手上げになってしまうケースも数多く見てきました。

脳障害の後遺症があると聞いたら、必ず障害箇所を知る努力をしましょう。そして、いくら「話す」ことができたとしても、右脳障害を侮ることのないように、生活実態をよく尋ねてあげてください。


右脳障害後遺症ー右脳が壊れるということ

2008年03月14日 | 右脳の働き

 先日、友人のAさん(70歳女性)から、相談の電話がかかってきました。
「古い友人のBさん(71歳男性)が、今年になって脳卒中で入院したんです。車椅子になったそうですが、それでもちゃんと喋れるしまあまあの状態らしいです。ところが困ったことに、毎日のように私に電話をしてくるんです。
その内容というのが、端的に言えばデートの誘いなんです」。
写真は3月13日の城が崎海岸付近の様子
P1000027  Bさんの話の内容は
・どうしてもAさんに会いたい。

・どこかのホテルまで来てほしい。

・こういう風な服装で来てもらいたい。

・永年の想いを遂げずにこのままというわけにはいかない。

あまりの電話攻勢に困ったAさんが、婉曲に断ると

・貴方に迷惑だろうと、家族が不審がろうと、私には関係ない。

 Aさんの都合も気持ちもまったく気にせず、自分のことだけを一方的に要求してくるんだそうです。

今日は、「脳の働きとその後遺症」が、テーマです。P1000031
保健師さんたちも、卒中後のさまざまな相談を受けることがあるでしょう。
脳卒中と聞いたら、私たちはすぐに病巣がどこかを知らなくてはいけません。

今入院中なら、まずは二つの質問から行います。(以下は右利きの場合です)
「マヒはありますか?」
左右どちらか?右マヒなら左脳障害、左マヒなら右脳障害ということになります。

マヒがあるなら
「手と足とどちらが状態が悪いですか?」
手なら中大脳動脈中心の障害だし、足なら後大脳動脈中心の障害ということになります。

以前、卒中に襲われて、「さしあたり今はマヒもなく、言葉も喋れます」という場合は「ダメージを受けたのは右ですか?左ですか?」と聞いて答えられることのほうが稀です。答えられたら、それで障害箇所はわかりますが、なかなかうまくいきません。P1000028

そのときの質問法はこうなります。
(発病直後は本人には意識障害があったはずですから、家人に聞くほうが正確な情報になります)

「入院したとき、一人で歩けましたか?」
歩けたなら、少なくとも足のマヒはなかったことになります。
危なっかしかったのなら、
「どちら側を支えましたか」の質問で右マヒか左マヒかはっきりします。
車椅子だったのなら、どちらがマヒだったかを、思い出してもらいます。

右マヒなら左後大脳動脈、左マヒなら右後大脳動脈還流域の障害が考えられます。

「食事の時には一人で食べられましたか?」
箸で食べられたのなら、右手のマヒはなかったことになりますし、スプーンを使ったのなら、右手に軽い運動障害があったことになります。
食べさせてあげたのなら、右手にマヒが生じていたことになりますね。

右手マヒが起きた場合の障害箇所は、左中大脳動脈還流域が一番怪しいことになります。P1000005_1

こうして、どこの場所に卒中が起きたのかを推理していくのです。

運動障害があれば、上のように攻めていくと大体のことはわかります。

運動マヒを除いた後遺症を考える時、左脳障害は一言で言えば言葉の障害を起こします。
特に中大脳動脈がらみ(上肢マヒ)だと言葉がうまく言えなくなりますから、最もわかりやすい後遺症ということになります。
下肢マヒを伴うときはちょっと難しいのです。言葉の障害といっても入力障害が主になりますから、言われていることの理解ができません。
とても滑らかに話せるのですが、言いたいキーワードが出ませんから、結局意思疎通が困難な状態になってしまいます。(マニュアルC95p参照)P1000006_1 2/5のサクラはすでに葉桜でした。

もっとわかりにくいのが、右脳障害の後遺症でしょう。
言葉のやり取りにおいてはさしあたり普通です。日本語としておかしいわけでもなく、こちらの言っていることもわかっています。

でも、「何か変なんです」というふうに家族が言います。「とても世話ができません」と訴えることも珍しくありません。

   ・わがまま
   ・自分勝手
   ・状況に合わないことを平気で言う
   ・人のことを平気でけなす
   ・言葉に感情がこもってない気がする、平板な感じ
   ・些細なことで突然泣きだす
   ・そうかと思えば、急に泣き止む
   ・感情が通じないというか異星人みたい

リハビリ教室で、脳卒中の後遺症を持った方たちを知っている保健師さんは
「あっ、あの人のことみたい!」と思うでしょう。
よく考えてみてください、その人たちはどちら側にマヒがあるのかを。
どうですか?左マヒでしょう。

つまり上にあげた特徴は、その人の困った性格傾向というのではなく、本来は右脳障害の後遺症として理解されるべきものです。

右脳の機能として、一番簡単な説明はアナログ情報の処理といえばいいのですが、より具体的には日常生活上「言葉ではうまくいえないけど」と前置きしながら話すことを、右脳は処理しているのです。
色の違い、形の理解、音楽、感情などがそれに相当します。Img_0002
Img Img_0001

左の花の絵を見ながら模写する課題に対して、三様の右脳障害の方が描いた図です。私たちはこのような絵を見ることで、はじめて、いくら言葉が話せても大変な後遺症を抱えたということを理解することができます。(左の方と、中の方はドクターから全く後遺症の説明がなかったケースです) P1000005
「左足マヒという後遺症を確認して、つまり右脳障害が起きたことを確認してください。
それが確認できたら、Bさんの電話は現状をきちんと認識して掛けられているのではないということに自信を持ってください。
対応としては、困るということを、婉曲にではなくはっきりと言うことです。言外のニュアンスを理解する能力は右脳にありますから、微妙な表現ではわかりません。
今、Aさんは言語能力だけでコミュニケーションを取っているのです。
『ありがとう』という言葉で『ありがた迷惑、もう二度としないで』ということすら伝えることができるのが私たちの持っているコミュニケーション能力です。
言葉は左脳から出てきますが、言葉以外の情報、声の調子・高低・大小、身振り、表情など右脳を駆使してコミュニケーションは初めて成立します」

はっきり拒絶したとして、電話は掛かってこなくなるでしょうか?
それはわかりません。
でもAさんを守るためには、この説明がどうしても必要だったということです。


脳機能テスト、その後

2008年03月12日 | 二段階方式って?

このブログを読んでくださっている皆さんは、何人くらいの方に脳機能テストを実施しましたか?
「こんなテストをして怒られないかしら」「とにかく最後までやらなくちゃあ」と、保健婦さんのほうがドキドキしてるというのが、テスト初心者の常です。
(写真は、最近の我が家での鉢物です。カトレアは初めて咲かせることができました)

最近の相談例の話をします。
MMSが実質27点クラス(何しろ想起が2点あるのですから)でした。

前頭葉テストは
  立方体模写は不可
  動物名想起は5個
もちろん、この二つのテスト結果から、前頭葉機能に問題があることは想像できますが、肝心の「かなひろいテスト」は未実施でした。

二段階方式は「かなひろいテスト」の成績とMMSの成績とで、脳機能の状態を正常・小ボケ・中ボケ・大ボケと決めるのです。

ボケの早期発見ができないのは、世間に通用している検査法に不備があるという一面があるのですよ。
ほとんどの検査法(知能テスト・認知テスト)は脳の後半領域の能力を測ります。
後半領域の機能が合格していても、前頭葉機能が不合格の人たちこそ、ボケはじめ。
本人の自覚があって改善しやすい小ボケの方たちなのです。
だからこそ、MMSが合格圏である24点以上あれば、前頭葉機能テストが必須になるというわけです。
「かなひろいテスト」は難しいので、MMSが不合格圏になると、どうせできなくなりますから、念のために実施しておくというスタンスで十分です。

「時間も無かったので・・・」と保健師さんは言われましたが
「ちょっと難しい人だったんでしょ?こんな子供だましみたいなことをやったら怒り始めるかもって思ったんじゃない?」
「ほんとのことをいうと、あなたもやりたくなかったのよね」
と、ここまで読んで「ウワー、怖い。そんなに追求されるんだったら質問なんかできな~い」と思わないでいいですよ。だって「やさしく」言いましたもの。

そうそう、質問された保健師さんは
「近々、もう一度訪問してかなひろいテストをやってきます♪」
「また、質問してもいいですか♪」最後にこう言って電話を切られました。
 
テストは、生活改善指導のためにするのです。
結果から何点だったとランク付けするためではありません。
脳機能レベルが正確にわからない場合と、自分のテスト結果に自信がもてない場合には、生活実態にも生活歴に踏み込めません。
靴のうえから痒いところを掻くようなことで、表面的な会話に終始してしまいます。
テスターがひるんだ時に、小ボケの中でも防衛的なタイプの場合には「困ることは何もない」と言い張ったり、以下のように強調したりします。
それが正しいとしたら「何故前頭葉機能が不合格なの?もともと前頭葉機能が少し足りない人生を送ってきたということなの?」と強く強く疑問に思わなくてはいけません!そして実像を追求すべきです。
  「料理は得意」→献立は単調で、鍋を焦がすはず
  「新聞は隅から隅まで読む」→ニュースの説明はきっと曖昧
  「日記を書いている」→月並みなことしか書けなくなってるはず
  「趣味も続けている」→本当なら、何故前頭葉機能が落ちたの
  「畑もしている」→いわれてやるときは前頭葉の出番はない
  「友達もいる」→楽しむ頻度は?内容は?
  「旅行にも行く」→直近はいつどこへ?次回はいつどこへ?

 
意地悪をしてるのではありません。
この脳機能ならこの生活実態ときれいに関係付けられるということを確信してください。
(マニュアルB第2章69p参照)
この、自分の、脳機能で生活しているのです、私たちはみんな。

このようにして生活実態を明らかにした後、再度テスト結果に立ち戻り「何故、こうなってしまったのか。いつから生活ぶりが変わってしまったのか」を検査を受けている人とともに、考えていきます。(マニュアルB第3章113p参照)

小ボケは、自分の現在の状態を的確に把握していますし、そしていつから生活ぶりが変わったのかということも理解していますので、そこを整理するお手伝いをすると言うのが、この作業の一番近い説明かもわかりません。
現状の自覚があるからこそ、どこに生きかたの転機があったかを探ることが、その後の生活改善のベースとなるのですね。
テスト結果があれば、その人の現在の脳機能がわかります。
脳機能がわかれば、生活実態がわかります。
脳機能がわかれば、脳の老化が加速された場合にはいつから加速されたかがわかります。これはすべてマニュアル化されています!

とはいうものの「習うより慣れろ」という言葉を聞いたことはありませんか?
これを脳から考えると、言葉で「習う」のは左脳、実践で「慣れる」のは右脳を使うということです。
二段階方式の手法を使うスタート地点にいる保健師さん
とにかく実践してみましょう。テストを実施する以上、ゴールは採点ではなく生活改善指導することなのですよ。そこまでやってみましょう。
疑問点はいつでも聞いてきてください。
「これからもう一度、前のように元気に生きていってくださいね」というメッセージを伝えるために私たちはテストをします。


生活指導したときの保健師さんの言葉
「さすがと言うしかない高槻マジックを皆の前で見せていただき、とてもうれしく思いました」2008年2月
「先生が2年前ですよねと2・3度繰り返し言われたら・・・どうしてか・・・どうしてなんでしょう。ちょうどコックリさんみたいにスルスル喋りだしたんですよね」2008年2月

小ボケの方の言葉
「家を覗かれたみたい」
「占い師みたい」
「どうしてわかるんですか」

これは私個人の話ではありません。
南紀白浜の保健師さんも「超能力者」って言われたんですよね。
確かな手ごたえを感じている保健師さんの顔が、何人も浮かびます。
二段階方式を使った生活改善指導の手法には、このくらい力があります。

(最後の写真はコーヒーの実です)



小布施便り

2008年03月07日 | 認知症予防教室

先日の小布施町の脳のリフレッシュ教室交流会の様子は、この前のブログに書きました。
小布施町在宅介護支援センターの水守さんが写真をたくさん送ってくださいましたので、今日は写真編としてアップしましょう。
たくさんの写真の中から、選び抜かれていることがよくわかりました。全部紹介できなくてごめんなさい。

山王島地区 会長のハモニカ伴奏は、前奏間奏つきの立派なものでした。Img_0167

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北部地区 「さあいよいよ!」の声が聞こえそう。各自、自由な動きに注目。
Img_0170 Img_0175

東部地区 出番前は胸中で復習?本番はのびのびと力がみなぎってます。 
Img_0184  Img_0190

都住地区 見事なくす玉に会場から声が。今度は教えに行ってあげて下さい。 Img_0200

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飯田地区 子供の学芸会を見守るお母さんのようなボランティアさんに感謝。
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大島地区 いつもの教室の和やかな雰囲気が、漂ってきそうです。
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東町・上町地区 今度こそ、見事な南京玉すだれの芸を見てください。
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林・中扇地区 控室のピースは出番前。初登場を楽しんだゆとりの証拠です。
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会場の様子 皆さんほんとに楽しそうでした。温かい笑いに包まれました。
まとめに、「上手でないところがよかった。一方で、発表という目標を持って継続的に努力することも大切」と講評し、講演もやりました。
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