脳機能からみた認知症

エイジングライフ研究所が蓄積してきた、脳機能という物差しからアルツハイマー型認知症を理解し、予防する!

10月の右脳訓練ー銀座で(同窓会)

2017年10月29日 | 私の右脳ライフ

10月21日、東京東銀座の東武ホテルで戸畑高校天籟同窓会総会がありました。
今回のトピックスは、昨年ユネスコ無形文化遺産に登録された、わがふるさと戸畑祇園山笠について8回生の青木先輩にお話しいただくという企画でした。竹内前支部長と同期ということでお話はスムーズに進んでいきました。

「お話」を伺うつもりでしたが、戸畑祇園なら当然お囃子の打ち込みは必須だということで、合計8名の皆さんが上京してくださることになりました。皆『筆頭』がついていることからわかるようにベストメンバーでいらっしゃってくださいました。お仕事を休んで、朝早い飛行機で東京入り、最終便でお帰り。(台風を警戒して少しお早くお帰りでしたが)太鼓はフェリーで運ぶという強行軍!ほんとうにありがとうございました。

今年はまず基調講演から始まります。
「戸畑祇園山笠―神さんの足になった男たち」紹介された青木先輩はステージを横切りフロアーに。お囃子の皆さんが壇上に揃います。
気迫みなぎった太鼓の一打で会場に何ともいえない緊張感が漂いました。打ち手の撥に込めた思いが会場に広がります。激しい息遣いとほとばしる汗とを間近に、聞かせていただくというよりも感じさせていただきました。
笛もきれいなすんだ音ですし、摺り鉦が入るといかにもお祭りムードになりますね。
右端の楽器はチャンパです。友人が後日談として教えてくれましたが、雅楽にも使われるような楽器でリズムをきちんと取ることはとても難しい楽器だそうですが、なかなか聞くことができないくらいのレベルで演奏してくださったそうですね!
お囃子の皆さんが7人になったのは、このレベルの演奏(打ち込み)を私たちに聞かせたいという思いだったこともよくわかりました。

実はこの後、私は写真を撮ることも忘れるほど引き込まれてしまいました。いつか涙が流れ自分ながら何が起きたのかと怪訝に思うほどでしたが、後で、多くの参加者の方々が「感動した」「涙が出た」といわれました…
青木先輩は「みなさんの中にあるそれぞれの故郷戸畑に火を付けたのでしょう」と言われました。
後輩の葉月めこさんが動画をFBにあげてくれましたから、ここにリンクを貼っておきます。いや~本当にその素晴らしさは言葉になりません。ありがとうございました。
たまたま支部長ということで提灯をいただきました。

何という幸運なめぐりあわせでしょう!

私のテーブルには今日の出席者の中で最高齢の上木原さん、天籟同窓会からは、今期で勇退なさった藤本前会長、神田副会長、大道会報委員長。うれしいことに井上関西支部長も出席してくださいました。戸畑高校から山本参事、そして北九州市東京事務所長池永さん。それぞれの皆さんがその方らしいご挨拶をしてくださいました。
私は皆さんに先だっての挨拶でしたが、直前の戸畑祇園囃子の打ち上げの余韻冷めやらない中でしたから、いま受けた感動を伝えたくなるような、内面をさらけ出したくなるような何とも言えない不思議な思いのなかでお話ししてしまいました。私は多くの皆さんの前でお話したり、お一人ずつのお顔が見えるような会場でお話ししたりもするのですが、今までの体験の中ではこのような心理状態は体験したことがありませんでした。
そして失敗も。この皆さんが戸畑から来てくださるに至った経緯の説明がすっぽり抜けてしまい、あきれる司会者に頼んで支部長挨拶第2弾をお願いしてしまいました。ただ、後でお若い出席者の方が「ステキな挨拶でした」とホメてくださり、一安心。
これまた恒例の大福引大会。

くじ運の悪い私が、どういう訳か毎年当たるのはなぜでしょうか?今年はワインでした~

私の同期生笠井さんが版画、幕田さんが色紙を出品してくださいました。ありがとうございます。
写真は同期の藤吉前幹事長。九州に帰った今でも笠井さんへのお願いやら発送やら、とにかくいろいろと気配りしてくれています。今年もいろいろありがとうございました。
何しろ、九州から関東支部総会に参加してくれる同期生が毎年何人もいるのです。これだけでも大感激です!
とにかく今年の総会は胸がいっぱい。そうすると写真が何も撮れないことがよくわかりました。

二次会は、銀座ライオン。それから友人が銀座2丁目メルサで鎌倉彫の展覧会をしていましたから拝見に。
その後、また西銀座6丁目に戻りました。
銀座で毛利バーというと知る人ぞ知る名店ですが、毛利マティーニを味合うために世界中からお客さんが来るのだそうですよ。私たちは同期生のよしみでときどき伺わせてもらいます。下の写真は9月に行ったとき、プリンセスルビーをいただいてます。

新橋駅から品川駅で乗り換えて新幹線で帰宅。雨のなか、よく歩きましたよ。



 

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10月の右脳訓練―上野で(運慶展)

2017年10月29日 | 私の右脳ライフ

あっという間に10月も過ぎゆこうとしています。先週に引き続き雨の週末で、台風22号の影響で二日にわたってかなりの雨が降っています。
今年の10月はさわやかな10月という印象よりも、お天気が崩れた日が多かったような気もします。
10月20日はよく歩きました。
上野の東京国立博物館で開催中の「運慶展」観賞が目的でした。
この春から何度も韮山町の願成就院に行きました。つい3日前にも友人を連れて拝観に。
今、運慶作の仏像は日本中で31体と言われていますが、そのうちの5体が願成就院にあるのです。ご本尊阿弥陀様を中心に、毘沙門天立像(上の写真。東博正面玄関わきのポスターの右の立像)不動明王立像、矜羯羅童子(こんがらどうじ)像、制迦童子(せいたかどうじ)像。さして上等とも思えないお堂の中に圧倒的な存在感と共に5体運慶作が並んでます。
それまで奈良京都で仏像は作られていたのですが、願成就院のパンフレットによると(抜粋)
「この5体の尊像は、体内に収められていた4枚の五輪塔婆形銘札によって1186年に、この寺の開基である北条時政公の発願によって運慶が謹作した仏像であることが明らかになった。運慶35歳頃とされ、鎌倉幕府の成立にかかわった東日本に現存する最古の運慶仏」
「運慶が初めて世に問うた意欲的で革新的な挑戦作」
「運慶様式、鎌倉彫刻様式の成立として日本彫刻史上に大きな意義を有する運慶の代表作」となっています。
願成就院ではひっそりとお参りできます。
9時半開場ですから10分ほど前に到着。

そのときにはもう100人くらいは並んでいたでしょう。小雨の中を平成館へ進みます。珍しく表慶館も開いていました。

私までが第一陣で入場できました。待っている方々、ごめんなさい。

館内は撮影禁止です。
願成就院に誰かをお連れしてお参りすることそのものが楽しみだっただけでした。だって運慶作の仏像が5体もあってすべて国宝なのですから…上記の解説にあるように、日本彫刻史上のエポックメーキングな出来事だと思いを馳せることはあまりありませんでした。
この夏にお参りに行ったときには、住職の娘さんが「本来ならば門外不出なのですが、今回の展示は興福寺さんのこともありますのでね」と言われた意味が分かりました。
展示は、運慶の立ち位置がよくよくわかるように工夫されていました。
10月26日に願成就院に行ったときに、今の住職の娘さんは、スコットランドの方と結婚されていますが、僧形のその方に「東博ではすばらしい扱いがされていましたよ。それだけの仏様ではありますけどね」とお話ししたら「それはよかったです」とのお返事がありました。
東博では「360度見ることができる」ことがセールスポイントの一つですが、そのような展示の一番最初のコーナーが願成就院毘沙門天立像でした。
いつもお堂で拝見している毘沙門天立像だからでしょうか、裏に回ることにちょっと違和感を覚えました。「お参りする対象なのに…」「じろじろ見ていいものかしら…」と感じるのですね。
晩年の作無著菩薩立像(むじゃくぼさつりゅうぞう、国宝)・世親菩薩立像(せしんぼさつりゅうぞう、国宝)は、そのようなためらいは感じずに、一周して圧倒的な存在感だけでなく精神的な深みまで感じられたような気がします。

東博に行くときは、いつもは上野駅下車公園口からなのです。今回は西日暮里下車、友人宅に荷物を届けて谷中散歩しながら東博へ。先日通った道の復習。なぜ、江戸を感じたんだろうということの確認ですね。道から左の小路はこんな雰囲気。


その道のはす向かいの建物です。


ちょっと先には、昔の建物をリノベーションして今に通用させたギャラリーが。お隣のお寺も江戸期から。

古い建物で、古書・骨董を扱うお店。

鼈甲細工の店、路地を隔てて絵馬や(こんな名前があるのかどうか知りません)

手づくり絵葉書の店。金土日半日、たしかにちょっと「わがまま」でいいですねえ?

江戸指物の店

谷中墓地が終わると東京藝術大学が近くなります。
額縁やさんが。

それでこの日の歩いた歩数は

右脳だけでなく、運動の脳の活性化にも努めた一日でした。



 

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「認知症が死因」?―日経新聞記事より

2017年10月23日 | 二段階方式って?

大きな台風21号が静岡県に上陸しました。伊豆高原は、風も雨もひどかったのですが、ピークは真夜中だったこともあり、朝になって小枝や木々の葉がたくさん道を覆っているのを見て台風の威力を感じる程度で済みました。
Jガーデンから大島を望む。今日の海は南国のような色を見せてくれました。

新聞記事を目にして以来、のどに刺さった骨のように気になっている件についてまとめておきたいと思います。
その記事は、10月14日の日経新聞に掲載されていました。
「『認知症が死因』認識弱く」という見出しに、「えっ」と声が出てしまいました。私の理解と体験からは「『認知症』が直接の死因になることはない」ということは自明の理でしたから。
重度認知症になって、というのは脳機能がどんどん落ちてきてと同義であるわけです。どんどん落ちてきた挙句に嚥下機能までもがうまくコントロールできなくなって誤嚥性肺炎で死に至った時に、認知症が原因と言えるのでしょうか?
脳機能低下により見当識障害がどんどんひどくなってきて、徘徊を起こして、溝に落ちて骨折。入院中嚥下性肺炎を起こしてなくなるというケースは割合によく聞く話ですが、これも認知症が死因となるのでしょうか?
徘徊を起こした挙句に、凍死したり事故にあったりして亡くなった時も、その死因は認知症なのでしょうか?
一般的なイメージとしたら、脳機能低下が進行したら「死に至る」よりも「寝たきりになる」でしょう。そして死に至るためには誤嚥性肺炎がクローズアップされてくるわけです。

記事は日米の診断の差から解説が始まっていました。
「日本では462万人(2012年調査)の認知症患者のうち、死因としては12,000人弱(2016年)しか記載されていない。
アメリカでの認知症患者数は500万人(2010年調査)とそんなに差はないのに、2014年には死因の6番目(93,000人)にのぼる」
その差を説明できる理由として、日本では「直接的な死因を記載する傾向がある」からで、死因が肺炎とされたもののうち「認知症による寝たきり患者が相当数含まれる」ということがあげられていました。
つまり、認知症の進行によって起きてくる歩行や嚥下がうまくいかなくなることによる死亡は、その死因を認知症にすべきだといっているのです。大雑把に考えれば、脳機能低下が進めば死に至るということです。

「お、これは良いアプローチかもしれない」と思いました。なぜならば「様々な症状を引き起こすのは脳機能の問題」だと言っているわけですから。
その喜びもつかの間。下の表が掲げられていました。

私たちエイジングライフ研究所の重症度分類と似ているようでもちょっと違いますが、症状だけで分けることそのものが、客観性がないことに気づいてほしいと思います。
エイジングライフ研究所は下の表のように脳機能という物差しから、「客観的に」認知症重症度を分類します。前頭葉機能を「かなひろいテスト」で、脳の後半領域の認知機能を「MMS」(粗点ではなく換算点の間違い)で測定します。

このように脳機能で分類すると
「正常」は前頭葉機能も、脳の後半領域の認知機能も年齢相応の能力を保っている状態。実はこの時「仕事が困難」という訴えはありません。

「小ボケ」は前頭葉機能だけが異常老化を起こしている状態。上表「軽度」のもう少し軽い状態に相当するレベルだと思いますが、この時の特筆すべき訴えは「意欲低下」。脳の司令塔である前頭葉がうまく機能していないことを本人がはっきり自覚しています。社会生活に支障が出てきます。

「中ボケ」は前頭葉のみならず脳の後半領域の認知機能も機能低下を起こしています。ここで初めて家庭生活にトラブルが出てくるのです。この最後の段階で、上表の「TPOに会った適切な洋服が選べない」状態になり、喪服を着ないで葬儀に参列したり、暑い時にセーターを着たりします。でも、この段階ではなだめて入浴させる状態にはなりません。

「大ボケ」は前頭葉機能も脳の後半領域の認知機能もどんどん低下していき、セルフケアもおぼつかない状態となります。上表の「やや重度」にかぶっていますが、「トイレの水を流し忘れる」はもう少し早い段階でも起こりますし、尿失禁と便失禁を同列に並べるのは無理があります。
上表の「重度」は一般的な脳機能テストでは測定できない状態です。エイジングライフ研究所の分類表にはありません。

「右脳と左脳は時分野が違うーその3」この記事の最後に「正常から認知症の移り変わり」として症状の変化がまとめてありますから、興味がある方はお読みください。この多彩な症状解説にはベースに脳機能検査があることをお忘れなく。

認知症を考えるときに、どうして脳機能という物差しを使わないのでしょうか?糖尿病でも腎臓病でも肝臓病でも指標がありますよね…
これは去年の今頃。飛行機から見た富士山火口です。

ついでに「認知症」という病名についても書いておきましょう。
「認知症」という病名は当初から指摘されていたのですがちょっと無理があります。でも厚労省が言い出したとたんに、国中で使われるようになったということは、さすが日本というか一斉に同じ方向を向きやすい国民性なのでしょうね。
まず「認知」ですが、ウキぺデイアの解説を転記すれば「認知とは、心理学などで、人間などが外界にある対象を知覚した上で、それが何であるかを判断したり解釈したりする過程のこと」
いわゆる知覚というのは五感がベースにあるのです。
まず見る、そしてそれがなにかを考える。聴覚からの刺激を受け取り、意味を知る。触られたことも、触られたものも理解できる。というように表現するとわかりやすいかもしれません。いわゆる「知能テスト」で測ることができる能力と言い換えることもできます。

次に「症」です。
「病」は病気の原因(臓器に病理的原因がある)があって、それによる症状が明らかになっているものについて使います。「症」はそのような状態であるということを表しているだけです。熱中症とか脱水症とか感染症とか失語症などありますね。
つまり「認知症」という言葉は、何も言っていません。「認知」がどういう状態であるかがわかりませんから。「認知障害」なら症状を説明していることにはなりますが、既に使われていたということでボツになったとか。

日本語は何でも省略形にしてしまう傾向がありますが、この頃は「あの人、『認知』があるんじゃない?」「絶対『認知』のせいよ」「『認知』の問題は大きい問題です」等と「認知症」を「認知」と省略して使っていますが、とってもおかしいことですよ。
もう一度上記「認知」の説明をお読みください。

何だかとりとめもなく書いてしまいました。この際とりとめもなく画像を2枚あげておきます。記事中に日本とアメリカの認知症患者数が出てきたので、高齢化率をチェックしてみました。そうしたら2016年の人口分布が出てきました。(その他の数字は年度のズレもあり概数です)
まず日本。人口1億2600万人。高齢化率26.86%。65歳以上高齢者は約3400万人。そのうち460万人が認知症だとすると13.5%

多くて重たい高齢者層を、少ない若年層が支えていることがよくわかります。
もう一つショックだったのは、右の折れ線グラフです。いまピークを超えた日本の人口はグラフ最右2100年ではここまで低下と予測されています!
慌てて総務省統計局のデータにあたりました。その試算では、平成107年(2095年)になると5300万と予想されています。

次にアメリカ。人口3億2400万人。高齢化率15.16%。65歳以上高齢者は約4900万人。そのうち500万人が認知症だとすると10.2%

数字やグラフを見ると、一見説得力がありますが、それは人口分布や高齢化率だけです。
「認知症」の面からアプローチしていった途端に、「何」を「認知症」と言っているのかわからなくなってしまうから。数字は真実を説明しているようでいてそうではありません。
脳機能から客観的に認知症を知るようになってほしいものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 











改正後の介護保険法では「脳血管疾患、アルツハイマー病その他の要因に基づく脳の器質的な変化により日常生活に支障が生じる程度にまで記憶機能およびその他の認知機能が低下した状態」として認知症を定義している。

診断学における感度とは、「ある特徴を備えていない」ことに着目し、「○○を備えていないから、○○ではないと言える」と判断するための指標です。特異度は「○○を備えているから、○○だと言える」と判断するための指標ですから、ちょうど正反対ですね。


テレビの医療バラエティーで取り上げるのは、特異度の高い症状が多い、ということに気づかれたでしょうか。その理由は二つ考えられます。一つは、特異度の高い症状は特徴的で印象や記憶に残りやすく、一方、感度の高い症状は地味なものが多いためです。二つ目は、感度を使って病気がないということを確認するのは、医師でない皆さんにとって難しいためです。感度を使い、「○○という病気ではない」と判断していったとしても、中途半端だと生命を脅かす病気を見落とすかもしれません。


無症状の集団はくも膜下出血である可能性は低いでしょうが、典型的頭痛のある集団はくも膜下出血の疑いが濃厚です。この集団ごとの確率のことを、診断学では「検査前確率」と呼びます。「頭部CTに異常がなければくも膜下出血でないのか」という設問を考える上で、過去2回の連載で解説した「検査のパワー(特異度と感度)」以外の第3の要素として、この検査前確率の推定が非常に重要となります。

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10月の右脳訓練ー韓国の「娘」一家の来日

2017年10月17日 | 私の右脳ライフ

このブログに「私の右脳ライフ」のカテゴリーを設けたのは、脳をイキイキと保つためには「右脳で人生を楽しむ」ということが重要だと訴えたかったためです。
「右脳」の出番というと、さまざまな趣味を楽しむことが筆頭に挙げられます。「私の右脳ライフ」には物見遊山の報告が多いかなと思いますが、右脳の大切な働きに対人関係を楽しむという面があります。(もちろん脳の機能を考えるときには前頭葉が常に関与していることは忘れてはいけませんが、前頭葉をちょっと外して考えましょう)
私が娘のように思っている韓国人一家との付き合いを報告しましょう。
金珠榮(ぽっちゃん)・朴佳乙(佳乙は韓国語で秋の意味。アキちゃん)・朴善哲(てっちゃん)。私が希望して帰国後に送られてきた「今回来日のベストショット」

19年前、韓国で講演を依頼されました。国際会議場での同時通訳付き講演でしたが、「せめて最初の挨拶だけでも韓国語で…」と思って、ちょうど隣町で、日本語を学ぶために留学中の金珠榮さんを紹介してもらいました。初めて会ったのは1998年3月31日でした。
金さんとご主人の朴さん(韓国は結婚後も女性の姓は変わりません)の暮らしている小さなアパートに行ったとき、それだけでこの若者たち(私の長男と同じ年齢)が何を大切にしてどのように生きたいと思っているかわかった気がしました。
リンゴ箱だかミカン箱にかわいい布をかけて机にしてあって、つつましい生活がうかがえました。でもその机の上には最新式のパソコンが2台!
ぽっちゃんは日本語の微妙なニュアンスまで理解できるほどのレベルでしたし、てっちゃんはどこかつたない感じのする発音ではありましたが、話している内容の深さにもびっくり。
大学でパソコン(だけかどうかは知りません)を専攻した二人は、韓国での講演の準備を手伝ってくれました。当時は学会でもまだスライドを使用していた状態の日本に比べて、一歩先を行っていた韓国では「パワーポイントでなくてはだめです」とその準備もしてくれました。
日常的な挙措を見るとき、儒教的な教えが身についている様子は、ちょうど私の娘時代と同じような感じすらしました。
二人との付き合いは今年で20年目に入りました。

それから、毎年遊びに来てくれます。「遊びに」と書きましたが、あるときに真実が判明しました。
「親元に顔を出すのは子供として当然のことです。日本にいたときに親のようにしていただいたことは忘れません」だから毎年来てくれていたのです。感謝するのはこちらの方です。育てていないのに娘が授かったようなものですからね。
それだけではありません。エイジングライフ研究所が新マニュアルを発行した時には、ぽっちゃんがすべての編集作業をやってくれましたし、認知症の地域予防活動の評価ソフトは、韓国でも有数のプログラマーであるてっちゃんが開発してくれました。

今回の来日は「お盆休み」を利用したものでしたが、1週間以上の大型連休は、韓国で初めてだったそうです。
その初めての大型連休を来日に使ってくれ「何もしなくていいんです。ゆっくりお話しできれば」というメールが来ていました。3日から12日まででしたから、いくら何でもと最後はディズニーリゾートを楽しむ計画に私がしました。
後は本当に家中心で暮らしました。今回が一番「里帰り」っぽかったのではないでしょうか。
「海すすき」まつりが始まったばかりの稲取細野高原。車で30分。

ちょうど祭日で、パラグライダーが次々と飛び立っていました。海が霞んでいます。

実は韓国ではプロポーズするところとして、すすき原というイメージがあるのだそうです。と、細野高原は予想外のヒットになりました。
そのまま東伊豆町のクロスカントリーコース3キロに挑戦。

ツリーハウス。

細野高原を満喫した後は、今井浜海岸の「舟戸の番屋」の海鮮バーベキューランチへ。

ランチの後は、海を臨む露天風呂。韓国には火山がないので温泉もない。屋外でお風呂に入る文化もない。という訳で露天風呂は、いつでもとても喜びます。

中学3年生になったアキちゃんの今回の希望は、温泉旅館(露天風呂)、居酒屋(「孤独のグルメ」「深夜食堂」のtv番組の影響とか)などと言っていましたが、たまたま目にした「おそ松くんのフィギュア―」に「うわーおそ松さまだ~」と大喜び。もうひとつ喜んだのが、踏切。日本のアニメはやはり人気があるそうです。その少女向けのアニメでよく使われる別れのシーンが、踏切。
ところが、朴一家が住んでいるところは都会の真ん中の高層ビルですから踏切がない!地下化しているか高架化しているのだそうです。「これが踏切だ」と家族で別れ別れになるシーンを演じたりして撮影タイムが続きました。
私はせっかく来日したのだからと、アキちゃんのためにいろいろと企画しました。タコ焼、キテイちゃんのホットサンド、三角おむすび…
外階段の掃除も頼んだら「虫との戦いだった」と、さすが町の子、びっくりするところが違います。
みんなヒットしましたよ。
近所のポットホールにも連れていきました。まったく怖がらないたくましさに驚きました。下の写真はアキちゃん撮影です。

ちょっと文化的な体験もと、函南町ほとけの里美術館へ行きました。ボランティアの方が説明してくれましたが、その方のご主人は韓国籍の方だそうで「日本の文化は韓国経由で来たのです。だから兄弟」と仏像の解説を超えたお話をしてくれました。

ぽっちゃんは、韓国に帰国後日本語ガイド試験を受けました。当時数百倍だったと思いますが難関を突破して日本語ガイドとして数年活躍しました。アキちゃんが小さい時から来日のたびに日本語の本やおもちゃを持ち帰り一緒に遊んでいたようです。私も童謡がセットされているおもちゃをお土産に持って行きました。スカイプに凝っていた時期もありました。
3人の中で一番発音がきれいなのはアキちゃんです。中学に入って日本語の履修が始まり「言ってることはだいたいわかるのに、言いたいことが言えな~い」と何度か悔しがっていました。

そのアキちゃんと話すとき、こちらの言いたいことをわかってもらうために、ゆっくりはっきりしゃべるのはもちろんのこと、表情を豊かに感情をこめて話します。ここが右脳の出番なのです。
そして、アキちゃんの反応にも注意深く目を凝らします。分かってくれたのか、それともどこかで分からなくなってしまったのか。それは質問して答えてもらうことで確認するのではなく、アキちゃんの表情、しぐさから類推するのです。そこがまた右脳の出番。
人との交遊には、言葉はもちろん必要ですが、言葉だけでは楽しく充実した関係性は生まれません。右脳の情報処理能力は必須なのです。

アキちゃんはこんなにかわいいのです。(自撮り)このアプリを私のiPadminiにも入れてくれました。

 

 

 

 

 

 

 

 

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桂花醤作りに挑戦ー前頭葉機能を考える

2017年10月13日 | 前頭葉の働き

春のサクラの花も時期が限られていて心急くものですが、考えてみたら10月になってどこからともなく香って来るキンモクセイも、気が付けば樹本に黄金色のじゅうたんを敷き詰めてしまって、今年もこの香りともお別れだなあと、毎年しみじみと思います。

以前、桂花酒に挑戦してみました。全然おいしくなくてそれ以来キンモクセイは香りだけを楽しむものだと思っていたところ、ランチに利用する仙豆飯店で、デザートの杏仁豆腐にキンモクセイの花が。
尋ねてみると「キンモクセイの花びらを砂糖で煮たものですよ」とシンプルな答えをいただきました。
散歩の途中に、香りに驚かされたキンモクセイの道があります。箱を持って行って、花だけを箱いっぱいいただきました。ネット検索した通りに作ります。
まずピンセットを使って掃除します。枯れた花や、花の茎を取り除きます。

これが気が遠くなるような作業で、たっぷり3時間はかかりました。
創造力を発揮するかけらもない単純作業ですが、やり続けるには前頭葉が大きく関与しています。考えたら「根気よく」という機能は、デジタル情報処理の左脳にも、アナログ情報処理の右脳にもないでしょう!

全部でたったの70g!
ナイナイ尽くしの生活を続けて脳の老化が加速されていくときに、最初に機能低下を起こすのが前頭葉なのです。前頭葉だけがうまく働いていない状態を小ボケと言います。小ボケの方本人や家族がよく訴える症状に「根気が続かない」があります。
掃除をしているときに、最後に掃除道具を片付けていない。洗濯物をたたんでいるときに途中でやめてしまったり、たたんだままで片付けていない。掃除でも炊事でも庭仕事でも、なぜ?と思うように、途中で終わってしまっている。
小ボケの人の一番目立つ症状は、ボーとして何もせず居眠りをしているということで、これは前頭葉がうまく働かないために意欲が出ていないからです。上に述べたように一つずつの作業が途中で終わり、終了しないという状態は、前頭葉の監督不足と考えるといいのです。

よく洗います。
シロップの用意をします。桂花酒がなかったので、代わりにプラムリキュール150g。このような応用編に気づくのも前頭葉機能です。

それにグラニュー糖150g。

花の水を切っている間に、煮溶かします。

花を入れてからは、さっと煮るだけです。

消毒した瓶に入れたら完成。

レシピ通りに作ったのですが、シロップが少なすぎ。
中華料理の「醤」はとろみがあるものですが、桂花醤はさらりとシロップとして使うそうです。そういえば仙豆飯店でもそうでした。香りの付いたシロップと、微妙な舌触りのあるキンモクセイの花びらと、二度楽しめました。
そこで私はレシピを無視して、シロップ200ccをまた作り桂花醤を入れて一煮立ちさせ、花びらをわけました。このような軌道修正も前頭葉の役目なのです。
この判断には、仙豆飯店で桂花醤掛けの杏仁豆腐をいただいた体験が大きく関与しています。知識も前頭葉を支えますが、単なる知識よりも実体験の方が、より自分の前頭葉を豊かに機能させるのです。

きれいでおいしくとても満足のクッキングでした。と評価するのも前頭葉。
今朝はうれしくなって、ホットケーキに少々。寒かったのでおやつには葛湯を練りましたが、そこにも少々。そして、ちょっと食べ過ぎかと反省しました。反省できるのも前頭葉の機能です。



 

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