脳機能からみた認知症

エイジングライフ研究所が蓄積してきた、脳機能という物差しからアルツハイマー型認知症を理解し、予防する!

さようなら、Hさん

2007年08月29日 | これって認知症?特殊なタイプ

Hさんの訃報が届きました。
「ほんとうに、お疲れ様でした。どうぞ安らかにお眠りください」と、ご逝去を知らせて下さっている電話の声を聞きながら心から祈りました。

200708291604000 初めてお目にかかったのは平成14年、場所は地区公会堂、ボケ予防教室の会場でした。
その町の保健センターは、「地区を選定して、それぞれの地区にひとつずつ教室をたち上げていきたい。そして自主的に継続していくようにしたい。ボケ予防は正常者から!」という大きな夢を持っていました。
その最初のモデル地区でした。

エイジングライフ研究所として指導したことは「まず脳機能テスト。そしてテスト結果を基にした生活実態の確認や生活歴に言及した生活指導が不可欠。テストなしでは、単なるお楽しみ教室になって、自主活動は夢のまた夢」ということでした。

その教室の開講式の日、何しろ「テスト」を実施するのですから、保健センターのスタッフの皆さんも、緊張感が隠せません。
私も、テスト結果を基にして生活指導を手伝っていました。

テストの担当者が「なんだか普通ではありません」と結果を持ってきました。その時一緒に私の前に現れたのがHさんと奥さんでした。
お二人ともセンスのよいおしゃれな服装でした。それから、全体的に漂う雰囲気も上品なもので、純農村地区でしたから、それはちょっと違和感を覚えるほどでした。

MMSを一読して「これは失語ですね」とテスターに小声で説明しました。
時の見当識は正答なのですが、どうもやり取りがギクシャクしています。
一番の特徴は三段階口頭命令が零点。一文ずつ言っても理解できない点でした。
もちろん模写は完璧です。

活実態は、奥さんは「前とは何か違う。何か起きている」ことは十分に承知していました。
「耳が遠くなったように思えませんか?」という問いに
「そういえば、なんだかトンチンカンなことが多くて」
もともとおしゃれな方だったことを確認したあとで
「今でも、おしゃれでしょ?」と問うと
「ハイ。着るものも気に入ったものがちゃんとあります。ヒゲも丁寧にそります」
MMSの成績が悪いのに、それに比して生活実態がよいときに一番に想定
するのが失語症です。
ピッタリです。
失語症は脳の器質障害ですから、病気かケガをしなかったかどうかを確認していきます。どんなに確認しても何もなかったというのです。

200708291606000 脳に病気かケガによるダメージを受けていないのに、脳機能に異常が起きる。こういうこともあるのですよ。
皆さんが一番わかりやすいのは、遺伝子異常によるアルツハイマー病でしょう。
左脳の言語野に特定した変性疾患による失語症を「緩徐進行性失語」といいます。
詳しくはマニュアルC94P

Hさんはまさにこのタイプでした。
ところが、Hさんは2年ほど前に退職なさっていました。
ちょっと前に、会合での挨拶で見当違いがあったとのことで、なんとなく「あんなに立派な方でも退職したら・・・」の声がささやかれ始めていたようです。

ところが実際は、退職後にもボランティア活動に精を出し、趣味も楽しむ毎日だったのです。穏やかな性格で皆からも慕われていたそうです。
退職後にこういう生き方ができる人たちにとって、脳の老化は加速されるはずがありません。

なんというタイミングの悪さでしょう。退職なさった頃から、言語野の支障が徐々に出始めてきたのでしょう。
私がかかわった緩徐進行性失語の方は、そのすべてが「感覚性失語」のパタンを持って発症していました。
詳しくはマニュアルC95P
「何を言われているのかがわからない」のですから、日常生活には大きな支障をきたします。
一方で話す力は、まだまだ大丈夫ですから余計にトンチンカンが目立つことになります。
もちろん、専門医受診を勧めました。勧めながら、このように指導
してくださるドクターはいらっしゃるだろうかと不安にもなりました。
そのくらい稀なケースといわれています。
(ただ、二段階方式を導入している町の保健師さんで、この緩徐進行性失語を見つけた方が何人もいることを付け加えておきます)

「世間の人は、『退職後、ボケた』というかもしれませんが、退職後ボケたのではなく、言語に支障が出る非常に珍しい病気になったのです。生き方が悪いのでも、家族の対応が悪いのでもなく・・・」と説明しながら、進行していく病気ですから、早く治療法が確立して欲しいものと痛切に思いました。

あれから5年たったのですね。

5454aa8bbeaa6fda9688b0de91ee1caf
by うーさん(伝説の伊豆高原日記


二段階方式導入してよかった

2007年08月22日 | 二段階方式って?

冷房を入れないと室内でも33度です。
皆さん、暑さに負けていませんか?
N県T市のKoさんからうれしいメールをいただきましたので、ご紹介します。(メールは青字)

また、ひとつ報告です。
今年のヘルススクリーニングで65歳以上74歳の人に脳いきいきチェックの希望を取り、当日ヘルスの中で毎日行いました。
一人につきMMSからかなひろいまで15分かからずで、後生活の聞き取りと生活指導とで、一人につき30分でしました。
本人も希望しているのでやりやすいこと、若いので話しても理解が早く生活の見直しができそうで、またちょうど大事な時期でもあるので受け入れがよかったことなどで、やる側もとても満足度が高かったです。

ちなみに17日間やって、合計227人でした。
なかにはもちろん小ぼけもいて、指導しました。

みんなで「やってよかった!!」という感想でした。

T市の皆さんの顔が浮かびます。
メールを下さったKoさんの包容力
若いYさんのひたむきさ
ベテランMさんはまじめですよね。
Tuさんは忙しそうだったけど疲れてないですか?
Koさんは、実務研修会のとき、顔を紅潮させて「二段階方式ってマジックなんです」と発表してくれましたね。
あとは若手の皆さんの(^・^) (^。^) (^^♪
T市は事務の方々も、よく理解してくださいました。

Tuyukusa_1
by うーさん(伝説の伊豆高原日記

昨日ブログ掲載の許可はもらっていたのですが、今朝メールをチェックしたら、Koさんから再度のメールをいただいていました。

みんなが毎日苦労だけどあんなことがあった、こんな人がいたとワイワイ。今更ながらこのMMS、二段階方式はすごい
「これってすごい!!ぴったり言いあてるんだよ。感動もの。」

かなひろいぴかぴか、でも想起が減点、何かあるかな?聞いてみる。そうすると年もぴったりあう。そこで相手は涙涙!!

二段階方式では、まずA=脳機能検査を行いますが、それで終了ということはありません。続いてB=生活実態、C=生活歴と聞いていきます。その流れの中で、このような劇的なケースに出会うことがあるのです。
T市は前のメールでもわかるように、そこまでやっているということです。
この場合は脳機能の老化加速は始まっていますが、まだ正常レベルの範囲ということです。

せつなかったんだよね。しばし泣いて、また頑張るって言ってくれます。いくら若くてもあるみたいです。

お客がいない時はヘルスの集団健診の会場で呼び込み、やった人たちは口をそろえて言ってくれます。
「今日、やって良かったな。」

私達が公民館を全区周り、わけ解らないけど出てくれ、やっとやってくれる高齢者達に生活指導するより、私達の目的でもある早い時期での高齢者たちに今回できて大満足です、そのためのマンパワーを集めた甲斐があったと思っています。


高槻先生、こんな思いを言いたかったです。

Koさん、ありがとう。
皆さんの思いはしっかり受け止めましたよ。
全国で、ボケ予防を目指している皆さんにも知っていただきたくて、ブログに掲載させていただきました。
ところで
介護予防だけでなく、住民の幸福感という観点からも、T市から特別表彰を受けてもいいと思うのですが・・・


追悼旧奈川村大野保健師さん

2007年08月12日 | 私の右脳ライフ

悲しいお知らせを聞きました。

今は合併して松本市になっていますが、松本と飛騨を結ぶ街道の要所だった奈川村。野麦峠のある村といったほうがわかり易いでしょうか。
その奈川村の大野良子保健師さんが亡くなりました。

エイジングの活動の初期、請われて講演に行きました。
電話口の大野さんのボケ予防にかける切実な声と、村人の健康を担っているという実践者としての自信に、お会いする期待が高まっていきました。

上高地への入口新島々から、梓川に沿って進み、奈川渡(ながわど)ダムのところで左折、野麦街道に入ります。奈川に沿っていくつかのトンネルを抜けるたびに対岸の山が近づき、その圧倒的な木々の緑にびっくりしたことが思い出されます。
講演は夜でした。丘の上に立っている300人くらい収容のおしゃれな小ホールが会場でしたが、講演が近づいても前のほう1/3くらいに皆さんがいらっしゃるだけで、講師としてはちょっと申し訳ないような気持ちで、助役さんの挨拶を伺いました。
「こんなにたくさんの方にお集まりいただいて」という皮切りの言葉を
「えっ!また。月並みなご挨拶だこと」と失礼にも私は判断したのです。

「実は奈川の総人口は1000人を切っています。そして今日は村にとって大切なこと(松本での会合だったか、有力者の死去だったか)があって、どうしても出席できない人がいたのです。その中で130人も聞いてくれたのですから、ほんとに大成功でした!」と講演の後はニコニコ笑顔の大野さんでした。
この人口比参加率は、私の講演の中で最も高いもので、その後もこんなことはありません。
保健師さんたちは、講演の参加者数にハラハラドキドキしますよね。
参加者集を増やすためには、どこまで住民の方々に周知徹底できたかが鍵になります。それは「全戸配布のお知らせ」ではありません。保健師さんの生の声で、「何のために講演会を企画したか、なぜ聞いて欲しいのか」を伝えることが大切なのです。
どう考えても、大野さんの「住民をボケさせたくない!」という熱意が、皆さんにくまなく伝わったのだとしか思えません。

一昨年、また伺うチャンスがありました。晩秋の頃でしたから、モミジにはちょっと遅かったのですが、
「毎日通っていても、ドキッとするほどきれいな時があるんです。そんな時には車を止めて眺めてしまいます」
「モミジもいいけど、新緑の頃。夏もいいし、冬だってきれい」
「私、奈川がすごく好きなんです。山はいいですよ・・・」

その車中での会話も忘れることができません。
大野さんは言いました。
「これからの保健師の仕事は、糖尿病予防とボケ予防に尽きるんです。
奈川が高齢化率が高いからではありません。
人が生きていく時には、イキイキと生きなくてはその人らしくない。その人の人生を大切にしたいんです。
糖尿病は肉体の緩慢な死、ボケは心の緩慢な死。
もちろん糖尿病には年間600万円、ボケには500万円かかるという面も無視できませんが」
松本から、色づいたりんご畑をぬけて走りながらの小1時間。
大野さんと私は、思いを同じくする同志の心境で心のそこから思いを語りあいました。

大野さん、見事に生きましたね。
大野さんは緩慢な死を生きたのではありません。
ご家族には無念の思いも多々おありでしょうが、ガンに負けることなく、生の一瞬一瞬を自分で選択して精一杯生きた大野さんの姿は、お子様たちに大きな力を与えたことを信じています。

もう、大野さんと会ってお話はできませんが、大野さんの思いも、大野良子という人も私は忘れません。
心からご冥福をお祈りします。

Hanabi1


器質と機能ーCTでわかること、脳機能テストでわかること(続々)

2007年08月06日 | 画像だけにたよらない

重なるときは重なるものですね。7月4日付けブログで取り上げたケースを相談された保健師さんからの、相談です。
まず、A4用紙を見てください。

Situgo197001

この人のMMS得点は2点でした。
命名=1点と模写=1点。
低下順が違うことはすぐわかりますね。
立方体模写の見事さにも注目を!

別居の娘による30項目問診票は6-6-3.
すると大ボケレベルということになりますが、よく尋ねると脳梗塞の後遺症で左半身麻痺があるための日常生活上の介助と、「家族の名前がわからないのではなく、いえない」ということがわかり、「最近急に中ボケレベルの行動が目立つ」ことを心配していることが判明しました。
A≠B

以下、青色部分は保健師さんによります。
独居。脳梗塞既往あり、左半身麻痺あり。7/19に長女・長男より「少し前から様子がおかしい」と相談あり。
主訴「ろれつが回らない」「言語が変。簡単な言葉がいえない」
→受診の必要性が高いのでまずは医療機関でCTなどの検査をする旨伝える。
7/20受診。「CTとるが問題ないといわれたが、おかしいので一人にして置くのは不安だ」と相談あり。再度詳しい検査をすすめ、その日にMRIとなる。
7/23MRI読影結果、以前の右脳梗塞の他に左脳萎縮ありといわれる。
二段階方式実施。 MMS=2/30 立方体模写=可 動物名想起(1、2) かなひろいテスト中止。

本人は「できない。できない」「バカになっちゃって困る。どうしてこんなになったのか」と質問するたびに言う。名前も「最近わからない」と言い人の名前もあやふやとのこと。

独居で、隣町に住む娘さんが定期的にフォローしており、町の「脳のリフレッシュ教室」にも月1回参加していた。先月の様子も、いつもと変わることなく元気に参加していた。  急速な変化ですから≠C

本人が話せないためはっきりしないが、5月か6月かひどく転倒したらしい。

この町は、二段階方式を導入して、平成14年度から各地区で「脳のリフレッシュ教室」を実施し、次々に自主活動化させています。そのため、このケースの18年度のデータがあったのです。

Situgo188002

このとき、MMS=26/30。立方体模写=可 動物名想起(8、0) かなひろいテスト(7、1+21、可)
本人による30項目問診票5-2-0とA=Bが成立していました。(Cについては確認が必要ですが、生活指導なしの検査はありませんから、確認済みと思われます)
以上が平成18年8月7日の脳機能の状態です。

そして、先月の6月には教室に普通に参加して、今月の7月になって家族がおかしいといい、本人が困惑している。
このような急速な変化は、普通のボケには起こりえません。
脳の気質的な疾患か、精神的に病的な症状が起きたと考えるのが、二段階方式の考え方です。

P1000020_1

隣人の作 完成までに約2年

脳機能テストの分析、本人・家族の訴え、急速な変化からこれは「言葉の問題」が起きていると言うことは、明らかです。
その時、失語症ということばは使いませんが、私たちは病院の受診を勧めなくてはいけません。
でも、受診の結果が「問題ない」といわれたら・・・
上手に他院受診を勧めるでしょう。それでも「問題ない」といわれたら・・・
私たちには、何もすることはできません。
7/4のようなケースなら、後遺症ととらえて生活指導の意味が大きいのですが。
今回は、保健師さんが疑っているように慢性硬膜下血腫(マニュアルC 59P)の可能性も捨て切れませんから、再受診も頭においておくべきでしょう。
他の脳内病変があったとしても、私たちには何もできません。
私たちにできることと、できないことは峻別されていることを自覚してください。今回のように何か脳内病変が起きているに違いないとわかるときには、本当に残念で、悔しいことですが・・・

P1000001_6

カラスウリの花。秋の赤い実とつながらない???

ところで
このケースの場合、利き手が右という前提で推理していますから、一度は利き手を確認しておく必要があります。
利き手が右ならば、「右側に起きた前回の脳梗塞は、左麻痺は残したが、構成能力には後遺症は出なかった。今回は左側に何らかの病変が起き、そのために言葉の問題が出ている」という推理になります。

 


ブログ村

http://health.blogmura.com/bokeboshi/ranking_out.html