脳機能からみた認知症

エイジングライフ研究所が蓄積してきた、脳機能という物差しからアルツハイマー型認知症を理解し、予防する!

右脳が壊れるということー「話す」と「わかる」

2008年03月19日 | 右脳の働き

前回のブログに対して、「右脳・左脳の違いが、わかった」というお返事が来ました。もう少しお話を続けましょう。
(右脳障害の話を続けようと思っていますが、もともとの障害の程度も違えば、障害が同じだとしても後遺症の出方も個々人で全く違います。一般論として書いてあるときは、もっとも特徴的なことと理解してください。右脳障害を持ちながら、ボランティアに励んでる方もいます)

脳に障害がおきて後遺症が残った場合、一番わかりやすいのが運動障害です。
左脳が障害されたら右半身マヒが起こりますし、右脳の障害なら左半身マヒです。
障害された場所が運動野の上部から深部だったら、下肢のマヒです。
運動野の上部から耳のほうへ向かって、上肢から指~顔面~喉と対応しています。
東京に行きました。ホテルは東京タワーのすぐ隣。展望台に上って夜景を堪能しました。
P1000018_1 次にわかりやすいのは、言葉の左脳に障害が起きた場合です。
前回にも書きましたが、 注意しなくてはいけないのが、入力障害の場合です。

喋ることはできるのに、聞き取れない。
聴力の問題で聞こえないのではなく、聞こえるけれどもわからないのです。
あたかも英語を聞いているかのようだといえば、理解しやすいかもわかりません。

喋ることはできるのですが、キーワードが出てこないという特徴もあります。
そのため、発話量は多いのに、何を言いたいのかわからなかったり、単語のいい間違いが多く、トラブルが続出したりもします。P1000026_1

さて、右脳。
私が学生時代(ウーン40年も前!になりますが)には、優位半球・劣位半球という言い方を教わりました。
人間だけにある「言葉」を繰ることができるという理由で、左脳を優位半球といったのです。

右脳が劣位半球。右脳の働きはそんなにも軽んじられていました。

ところが、実際に脳外科で、脳に損傷を受けた多くの人たちに接するうちに、「右脳が劣位である」なんて、それはとんでもない間違いだということがわかってきました。
右脳が残っている時には、一言で言えば「その人らしさ」に変化がないのです。

いっぽう、右脳 に障害を受けた人たちとしばらく一緒にいると、なんとはない違和感のようなものを感じることがよくありました。「そこまでわかっているのならどうしてやらないの?」というような違和感だったり、病識のなさからくる違和感だったり。
例えばこんな会話になります。
  患者「入院中にどうしても、歩けるようになっておかないと、退院してからではなかなか
     リハビリもできないでしょうから、リハビリがんばろうと思ってます」
  私「今日のリハビリ、午前中でしょ?もう済まれましたか」
  患者「はあ、今日は休みました」
理由は「頭が痛い」「先生がえこひいきする」「先生が嫌い」「行く気がしなくて」「リハビリ室が混んでる」などなど。言うに事欠いて「今日は雨だから」といった人もいます。

病識がないのは後遺症なのですが、それでもびっくりします。
検査中、車椅子から突然立ち上がろうとしたり、左口角からよだれが出ることも多いのですが、全くぬぐおうともせず恥ずかしそうにもしない。もちろん洋服の前がはだけていても汚れていても気に留めない。
ベッドサイドがなんとなし乱雑。汚れたティッシュがそこら辺に散らかっている。
夜勤の看護師さんは「右脳障害の人はナースコールが10倍は来る。あわてて行ったら、『明るい』『暗い』から始まって『寂しいからいてほしい』『家に電話かけて』なんだから・・・」と、明らかに困っていました。

左脳障害後遺症(言葉の障害・右マヒ)を抱えて退院して行った多くの方たちは、どんなにがんばって、与えられた人生を続けていこうとするか。また、家族の支えに感動したことも再々でした。
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六本木ヒルズ                     レインボーブリッジ

脳外科病棟の病室を思い出します。急性期の緊迫感漂う病室ではなく、病状も落ち着いて退院や転院の話も出始めている方たちの6人部屋。
AさんとBさんが話しています。
Aさん「このごろの若いもんと来たら、見舞いにもなかなか来やあへん。ワシらが若い頃は、親のことは第一にしたもんだが・・・」
Bさん「フンフン。全くね。最近の若者の着とるものといったら男か女かわかりゃあしない!」(と、怒っている=ちょっと的外れ)
Aさん「うちの息子は、もう40過ぎだで、着とるもんはおかしくはないだよ。まあ、仕事が忙しいといえば忙しいもんで、しかたないけどなあ。ここまでよくなれて、ありがたいと思ってるんだが、息子が見舞いにこんのは、寂しいなあ」
Bさん「確かに、あんた、最初はご飯食べるのも下手くそだったねえ。今はちょっとはましになったけど。最初の頃は何言うとるのかモゴモゴ言っとってよくわからんかったよ」
(と、配慮せずズバズバ言う=正しいけれども、いくらなんでも言いすぎ)P1000027_1

ちょうどそこへ、久しぶりにAさんの息子さんがお見舞いにやって来ました。
見る見る相好を崩して喜ぶAさん。
Aさんが「忙しいのに、悪いなあ・・・」と言うより早く、Bさん「だいたい、親の見舞いには、毎日来るもんだ。親を寂しがらせてどうする!」と説教し始めてしまいます。
Aさんが目配せして止めてほしいと伝えるのですが、Bさんは止めません。
Aさんが「まあまあ、Bさんその辺で・・・」と言っても
Bさんは「あんたもさっきから言ってただろ。若いもんが来なくて寂しいと。若いもんにははっきり言うのが一番」とまた滔々とお説教を繰り返しだす始末です。                                                                                   銀座の店のディスプレーP1000006

こういう調子でBさんが会話に加わると、せっかくのお見舞いタイムが白けたものになってしまいますね。
「KY」という言葉を知っていますか?
去年の流行語大賞になり損ねた言葉です。「空気 読めない」まさにこの状態。
困り果てたAさんは息子さんを促して廊下へ出て行きました。もちろんその後は親子二人で楽しそうなシーンが繰り広げられたことは、ご想像のとおりです。
Bさんは除け者にされたのですが、除け者にしたとAさんを非難する人はいないでしょう。

そうなんです。除け者にされても仕方ないBさんが、右脳をやられてしまった人なのです。
相手の心情を気遣えるのが右。言い方に配慮できるのが右。目配せがわかるのが右。困った表情を理解するのが右。もしかしたら、Aさんはお見舞いに来られないほど忙しい仕事をしている息子さんを、自慢したかったのかもしれません。その言葉のトーンを理解するのも右。

つまり、右脳にダメージを受けた人に対して、身振りや表情、微妙な言い回しや言外のニュアンスや言葉のトーンなどの理解を求めるのは、後遺症で下肢マヒがある人に歩けというような、無理な要求というものなのです。P1000033

脳の機能の問題を考えるときには、いつも入力と出力の両方を考慮しなくてはいけません。
運動野でも、「運動」を認知しているときには(入力)、それに対応する場所(出力)が体を動かしていないのに興奮することが確かめられています。
「言葉」の機能は、入力と出力の場所が全く違うように設計されていますが、右脳は、まだ現在のところ渾然としています。
上に書いたのが入力の障害。だから出力の障害を書き加えましょう。

右脳にダメージを受けた人は「KY」だけではありません。
右脳にダメージを受けた人に対して、相手の心情を気遣った、つまり空気を読んだ発言をしてと頼むことや、身振りや表情、微妙な言い回しや言外のニュアンスや言葉のトーンなどに対して配慮を求めたりすることは、後遺症で下肢マヒがある人に歩けというような、無理な要求というものなのです。

脳外科に勤務していた頃、私は脳機能検査をしては、できるだけ生活に即したかたちで障害の内容や程度を、患者さんや家族の方に説明してきました。特に右脳障害の患者さんの家族に対しては丁寧に説明したものです。
ところが、右脳障害を持った患者さんの家族の方は、日常多発する心情を逆撫でされるような事件が後遺症によるものだと「左脳」では理解できていても、「KY」人と、生活を共にしていると「右脳」が音を上げるのです。
家族がヘトヘトになって、家庭介護はもう困難とお手上げになってしまうケースも数多く見てきました。

脳障害の後遺症があると聞いたら、必ず障害箇所を知る努力をしましょう。そして、いくら「話す」ことができたとしても、右脳障害を侮ることのないように、生活実態をよく尋ねてあげてください。