創作日記

 青磁作品を中心に創作しています。
  陶芸作品が出来るまでの過程を、
   日常の暮らしを通して紹介しています。

一輪の

2008年03月30日 | 日記

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   侘び助

先日焼成した作品の窯出しを行った。
ハラハラ、ドキドキしながら扉を開いた。
工房の薄明かりの中に、希望通りの水色が顔をのぞかせた。

今朝薄日がさしていたが、昼も過ぎた頃から小雨が降りだした。
スニーカーを履いて玄関戸を開けたその時、シトシトと降りだした。
これ位の雨どうってことないと歩き始めたが、次第に強く降りだした。

仕方ない、今日の歩きは中止、そう決めて作品の整理を行うことにした。
でもせっかくカメラを首にかけている、何かの被写体が欲しい、家の庭を回ってみた。
この冬は咲かないだろうと諦めていた 侘び助 が冷たい雨の中、一輪花びらを開いていた。

大きさは大人の親指くらい。 かなりの小ぶりの 侘び助 である。
私の背丈くらいの大きさの木、その小枝には3輪の花。
昨年はたわわと言うくらいに、びっしりと花がついていたが、今年は ひとつ、ふたつ、みっつ。
降りだした冷たい雨に耐えるように、しいの木の横でひっそりと咲いていた。

歩きは中止と決めたし、作品の整理を行うことにした。
今回の作品焼成、色は美しい焼き上がりとなったが、青磁釉薬が剥がれ落ち、
作品の半分がダメになってしまった。  なぜ?原因が分からない。
かなりの注意を払って釉薬がけを行ったのに、このような結果になってしまった。

手の込んだ壷5個も、ダメになってしまった。
今日にたどり着くまでに作品の殆どが完成しているが、今回の結果は心が痛む。
しかしいつまでもガックリしているわけにもいかず、気持ちを切り替えて次の作業に移ることにした。

仙台・藤崎個展用の作品はすべて揃い、焼きあがった作品の中から候補を選び出し、
それぞれを再び検品。
厳選した作品だけを出品作品と決定する、そのようにして壷類の作品選びを行った。

青磁、窯変鉄耀、窯変紅彩(辰砂=しんしゃ) の作品39点が揃った。
次は お茶関係の作品、酒器類、そして食器類の選定を行う。
ギリギリまで制作し、窯焚きを行ってきたが、何とか作品もそろい心からホッ。

窓の外には小粒の雨、やみそうにもない。
昼に撮った 侘び助、やわらかい和紙のような花びらが、雨のしずくの重みに耐えてくれるように。
この雨が上がる頃、家の前の鎮守の杜、桜がほころび始めるかもしれない。

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ツクシ

2008年03月25日 | 日記

降っては晴れ、降っては晴れを繰り返し、次第に晴れては降り、晴れては降りに変わる頃、
ようやく春が来たのだなと実感する。
降り続いていた雨もやみ、朝から太陽がやわらかい光を降り注いでいる。
作品の釉薬がけの作業を途中に、歩きに出かけた。

周りの景色にも緑が増え始め、渡り来る風から春の陽気も感じることができる。
何となく甘いような、花の香りさえも風に運ばれて漂ってくるようにも思える。

一ヶ月前には雪の中から顔を出していた ツクシ。
この頃ではすっかり成長し、やわらかい陽光を受け互いに背比べをしている。
こんなにも沢山のツクシ、採取して、茎のハカマを取り除いて湯がき、
酢の物、あるいは胡麻和えにしたら季節感タップリの一品が出来るのに、などと思いつつ、
延々と続くツクシの群生を眺めながら歩いた。

Photo

   ツクシ の群生

ツクシ同様、草モチにすぐにでも使えるヨモギも、やわらかい新芽を出している。
つい先日も熟年のご夫婦が楽しそうに語らいながら、ヨモギを摘んでいた。
草モチ、あるいは団子を作るのだろうか、お二人の姿を見つつ、団欒の光景が見えてくるようだった。

自然がいっぱいのこの地域、探そうと思えばいくらでも生えている、食べられる植物。
土手の傾斜には ワケギ もたくさん芽を出している。
昨年はそれらを採取して ヌタ和え を作った。
香り豊か、加えて無農薬、いろいろな用途に使える ワケギ。 今年はどうしようか。

そうこうしている内、これも土手に植わっている木に羽を休めている小鳥。
かなり遠くから写真を撮ったが、果たしてなんと言う名の渡り鳥だろう。
忙しく飛び回っていて、人が近づくとすぐに飛び去ってしまう。
ツクシを観察しつつ、そのままの状態からシャッターを押した。

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   渡り鳥

キジ もそうだが、自然界の鳥達はなぜか人を寄せ付けない、と言うより警戒心が強い。
特にこの地域の鳥達がそうなのか、どこの鳥達もそうなのか。
もう少し近くに、と歩を進めた途端、飛び去ってしまった。

この時季、かなりの種類の渡り鳥たちが飛び交っている。
これから次第にあたたかくなると同時に、またどこかへと旅立つのだろう。
そのようにして季節はめぐっていく。

仙台個展に向けての作品の窯焚き。
いま釉薬がけをしている作業が完了次第、窯詰めをし明日早朝から窯焚きを行う。

先日来の窯焚きも、ほぼ満足出来る焼き上がりだった。
次の作品も良い焼き上がりであるようにと願い、やわらかい午後の陽光を浴びてきた。

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彼岸の頃

2008年03月20日 | 日記

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          3月20日

   静かに佇む、昭和初期の民家

調子の良いことに、窯焚きをしていた日は天気に恵まれた。
ただ風が強く、窯の中の炎を調節するのに少しばかりてこずってしまった。
窯のうしろから煙突が高く伸び、そこから熱などが放出されるようになっているのです。
強い風に炎が引っ張られて、それを食い止めるのに難儀いたしました。

青磁、白磁 の作品を焼く時には、還元焼成を厳密に、かつ計算通りに行う必要があるのです。
還元焼成、いわば蒸し焼き状態にする、といったほうが分かりやすいかも知れません。
極端に言えば必要不可欠な酸素の量を少なくして火を燃やすのです。

煙突から黒い煙が モクモク と昇っている風景をご覧になったことがあるでしょうか。
あれは空気の量が足らないから不完全燃焼の状態なんです。  調度あのような状態にして
窯の炎を調節するのです。  そうすることで微量の鉄分が還元されて青い色に変化するのです。
煙が立ち昇る風景って、風情がありますね。
しかし今問題になっている二酸化炭素の量、その一因でもあるのです。

写真の民家のように、家の中のいろりで火を燃やし、その煙が茅葺屋根の近くから出てくる、
また火を焚くことによって生じる煙が、茅葺屋根の消毒にもなっている、何と合理的でしょうか。
私がまだ小さかった頃、一度だけ屋根の葺き替えを見たことがありました。
町内に一軒だけ残った茅葺の家、その葺き替え作業でした。
町内の全員がその葺き替えに関わっていて、一大事業でした。

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   凛とした 山桜

今年は雪も少なく、日頃の歩きは近くの梯(かけはし)川の堤防ばかりを歩いておりました。
数ヶ月ぶりに訪れた 憩いの森、 渡り鳥の数も少なくなって春がそこかしこに。
大きい樫の木に寄りそうように、おさな木の山桜。
華やかさを競い合っている ソメイヨシノ と比較にならない程につつましく、しかも凛とした山桜。
厳しい冬を越え、春の訪れを知らせてくれているようで 愛おしさ さえ感じてしまう。

散歩道の傍らには、目を凝らさなければ分からないくらいの小花。
それらを観察しつつの散歩は、忙しい日々の中に安らぎを与えてくれる。

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   がけにへばり付いて咲く スミレ

小一時間の散歩を満喫し、
次の窯焚きの準備が待っている家へと車を走らせた。

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キジ

2008年03月15日 | 日記

ピーチク、ピーチク、ピーヨピヨ・・・
どこからともなく舞い降りてくる小鳥の声。
ピーチク、ピーチク、ピーヨピーヨピヨピヨピヨ・・・

空を仰いでみる、姿が見えない、でも確かにあのあたりから聴こえてくる。
目を凝らして見てみるがやはり小鳥の姿は見えない。
まだ3月というのに 雲雀?

昨日の荒れた天候から一気に穏やかになった今日の午後、
窯詰めの作業も終了し、いつものように堤防へ出かけた。
16度もあった昨日より気温は少し下がったものの、それでも13度近くあり暖かい。
私の歩調に合わせ、空高くさえずっている小鳥の声がず~っとついてくるような、
そんな錯覚をするほどに絶え間なく ピーチク、ピーチク、ピーヨピヨ・・・とさえずりが聴こえていた。

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   150メートルほど先の キジ

ここは米どころ、加賀平野。 今年も休耕田が広がっており、麦が植えられている。
昨今、穀物相場が急激に高騰し、小麦の価格が跳ね上がっている。
しかし農業対策で進められている作付け、休耕田に植えられているのは大麦。
家畜用の飼料としてである。
せっかくの先祖代々から受け継がれてきた田んぼ、もっと有効に使えないのだろうか。
家畜の飼料も大切だが、我々の主食の米や小麦を作るようにと何故奨励しないのだろう。

実家の田んぼ、今年も米の作付けは決められていて、3分の1は休耕。
その休耕田には大麦が植えられている。
農業政策、って本当にこんな状態でいいのだろうか。
食料の自給率は39%。 これから先、地球環境が変わって作物が育たなくなった時、
一体どのような状態になるのだろう。 自国民の食物も確保できない政府、って何だろうか?

耕作面積の小さい農家は米を作ってはならぬ、との法律が数年前に出来上がった。
これまでのような小さい兼業農家は自分で米も作れない、そのような法律である。
これってやはり お、か、し、い・・・・・どうしても納得できない。
 
米あまりだから、米価が高いから、などが理由みたいだが、安全で安心して食べられる米は
自国で作るべきであり、加えて用途の広い小麦も作るべきである。
なのにそのような政策がまったく出てこない、なぜ?
政治家はドンドンと金が入ってくるから、そんな事どうでもいいと思っているのだろうか?
何かの大事が起きたら国民を置いてけぼりにして自分たちだけ安全圏に逃避でも。

今日は食べるものがあるから、特に米を食べなくてもパンがあるから、麺類があるから、
そう思うのは一時の考えであって、実際それは決して保障されるものではないことも事実。
衣、食、住 が満ち足りてこそ幸せであると思う。

空には気ぜわしく小鳥の声、麦畑には新芽をついばむ キジ。
何も考えずに歩くには幸せなひとときである。
歩きながらそこかしこを眺める限り、のどかな田園風景が広がっている。
血となり肉となる食べ物について、現在の状況を貴方はどのように考えますか?
休耕田の麦の新芽を食べている キジ を見て考え込んでしまいました。

散歩から帰って再度窯のチェック。  これで良し!  明日は早朝から窯焚き。
青磁釉、白磁釉、金結晶釉の作品がぎっしりと詰まっている。
私にできること、良い作品を創り上げ、皆さんがご覧になり、お買い求められた時に
幸せな心もちになっていただくこと、それを願いつつ火入れを行います。
順調に窯焚きができるよう、ゆったりとした時間が流れてほしいものです。

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庭からの白山眺望

2008年03月10日 | 日記

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            3月9日 午後3時    ようやく姿を見せてくれた白山

先日焚いた素焼き作品を窯から取り出し、
一つ一つホコリやゴミをはらい、加えて鉄分が浮き出ていないかとチェック。
鉄分が無いようにと粘土を吟味して使っているが、
まれに土の中にごく小さな鉄粉が混ざっていることがある。

それ等を見逃さないように、かなり厳しくチェックしているが、
紙一枚ほどの間に隠れていて見つけることが出来ないことも多々。
その鉄粉は焼いている途中に大きく膨張して溶け出し、釉薬の上に浮き上がってくる、
そうして鉄粉が浮き出てしまった作品はそれでボツ。

せっかく素焼きまで漕ぎ着けた作品、一つでも日の目を見られるようにと
あらさがしのように必死になって素焼きの品をひっくり返したりしていたら目が疲れてしまった。
3月9日は朝から天気も良く、午後から歩きに出かけようと決めていた。
時間も午後3時前、作業の手を休め外に出てみた。

白山が美しく見える、ん、目がおかしいのか?
いや本当に美しく穏やかな姿を見せてくれている。
家に飛び込んでカメラを持ち出した。
霞がかからない内に、上手く写ってくれよと願いシャッターを押した。

少しばかり根を詰めての作業をしたので、そのままカメラを首にかけて歩きに出た。
気温はそれ程低くは無く、防寒着なしで充分に歩けた。

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   オオイヌノフグリ

800メートルほど歩くと堤防。
穏やかな天気でさまざまな小鳥が飛び交っている。
しばらく行くと今時分に咲きだす小さな小花、「 オオイヌノフグリ 」があちらこちらに。
午後の陽光はそれ程強くもなかったが、光線を斜めから取り入れて写してみた。

かなり接近して撮ったのと光のあたり具合が程よく調和し、小花が美しく光に浮かんだ。
どのように表現していいのやら、自然が織り成す美しい姿と彩り。
しばしの間その場に座り込み、この小花が何を語っているのかと耳を傾けていた。

うっすらと汗もかき、このまま穏やかなままに春になって欲しいと願いながら
東の空に浮かび上がる白山を眺めた。

そして今日、朝から強い雨が降っている。
昨日の良い天気はまるで夢のよう。  窓の向こうの白山は厚い雲の中。
工房で静かに作業を続けるには調度よい雨かもしれない。

天候も目まぐるしく変化し、加えて身の回りも慌しく過ごした二、三日。
それでも美しい白山を望めたこと、可愛い花を愛でられたことを幸せに思い、
雨音を聴きつつ日記をしたためています。


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