創作日記

 青磁作品を中心に創作しています。
  陶芸作品が出来るまでの過程を、
   日常の暮らしを通して紹介しています。

ドベ(泥)の精製

2008年07月30日 | 日記

一昨日の二十八日、月曜日、石川県内を襲った猛烈な大雨、
金沢市内を流れる二つの川の一つ、女川と呼ばれている浅野川が55年ぶりに氾濫した。
いつも個展をしている金澤画廊、そのすぐ前には浅野川。
刻々とテレビ放映される状況に苛立ちとともに、何事もなければと祈っていた。

二十八日は画廊の休館日、きのう朝一番でお見舞いの電話をかけた。
「 画廊の入り口まで水が押し寄せてきたけど、中には入らなかった、」 と画廊主。
ホッとすると同時に、いつ災害が襲ってくるか分からないので充分に防災を、とお願いした。

今回の集中豪雨は金沢を襲ったらしく、私が住んでいる小松にはそれ程の降雨は無かった。
いつも散歩している梯(かけはし)川、ほんの少しの濁りは見えたけれど水量の変化は感じなかった。

被害に遭われた方々のこれからの後始末、暑い日々で大変だなあと思うことしきり。
あの豪雨が夢のように、今日の空は何事もなかったように晴れ渡っていた。
ただ、夏だというのに湿気が多すぎる。 少し動いただけでも汗が流れ落ちてくる。

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   移し変えた 「 ドベ 」



   この泥の事を
      「 ドベ 」 と言っています

今月初めに行った 粘土作りで精製した泥も沈殿し、 今日はその移し変えを行った。
始めに水色の大ポリバケツで沈殿した泥を 「 どべ鉢 」 に移し変えた。
このまましばらく置いておくと、鉢全体から水分が抜けていき、程よい粘土状態になるのです。

強制的に板の上に乗せて水分を飛ばしてもいいのだが、板も傷むし粘土も均一にはならず。
特に急ぐわけではないので、ゆっくりと自然に水分が飛ぶのを待つことにしました。

Photo_2

   炎天下での 
     「 ドベ 」の移し変え

赤いポリバケツにはそれぞれの原料粘土が混ざり合わさっている。
黄色のポリバケツには、鉄分やゴミを取り除いた 「 ドベ=泥 」。
水色のポリバケツには、黄色のポリバケツで沈殿した「 ドベ 」を更に沈殿させるために、
このように移し変えているのです。

もっと涼しい季節に行えばいいのにと思うのですが、風が強かったり、ゴミなどが飛んできたりして、
どうしても、そして仕方なく、この時季に粘土精製を行うことになるのです。
首には手ぬぐいを巻き、頭には大きめの麦藁帽子をしっかりとかぶり、
ナイロンの前掛けをしての作業。

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   前庭のフルーツトマト 「 アイコ 」

先日の粘土作りと同じく、今日も汗ビッショリに。
気温も30度を軽く超えているので、外でシャワーを浴びることにした。
工房入り口のドアの上に園芸用のシャワーホースを引っ掛けて、即席シャワーの出来上がり。

工房内でスイミングパンツに履き替え、いざシャワータイム。
木陰のところで 「 ひなたぼっこ 」 をしているトラとシロ。 又始まったかと、ジッと私を見ている。
お前達もシャンプーしてやろうか、と近づいたら一目散に逃げて行ってしまった。

ネコって水が嫌いなんですね。 シャワーすればスッキリと気持ちがいいのに、と思いつつ、
安全圏の木陰でこちらを見ているトラとシロに、「 おいで、おいで 」 と呼びかけた。
冷蔵庫には程よく冷えた フルーツトマト 「 アイコ 」 
強い日差しの下、今年のアイコは大きく、美味しく甘く育っている。


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夏野菜

2008年07月25日 | 日記

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   ネギ苗の植え付け

「 ネギ苗の植え付け、もう済ませたよ 」 と母。
「 30センチの溝を掘るのは無理と思うから、手のあいた時に掘って、と言っていたのでは 」
「 お前の仕事のヒマな時を待っていたら何時になるかわからんから、少しずつ掘って植えた」 と母。

先日ジャガイモを掘るのを手伝って、あまりのしんどさに 「 フーフー 」 と言っていたら、
「 たった3、4株掘っただけで、もう疲れたんかいや 」 と。

雨が少なかった今年の畑、地面も乾ききって土がカチンカチンに固まっていた。
それを鍬(くわ)で掘り起こす、そのようにしてジャガイモを掘り起こしていくのです。
そのときに気をつける事、ジャガイモを傷つけないように大きく回りから掘っていくのです。

この時も時間が空いたら手伝うから、と言っていたのに、母が一人で掘ってしまった。
ああ、母の馬力があればもっと仕事をこなせるのに、と思いつつ、
冷房の効いたこの部屋で日記をしたためております。

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   ミカンと加賀カボチャ

春、仙台藤崎個展が終わってから剪定した ミカン。
本来ならば3月中に剪定を済まさなければならなかったけれど、個展を控えていて、
ミカンの剪定どころでなく、作品の選定を優先していた。

去年は全く実らなかったミカン、今年も剪定時季をずらしてしまったので無理と思っていたが
かなりの数のミカンが枝いっぱいに付いている。 大きさもゴルフボールくらいになっていて、
このまま天候にも恵まればきっと甘いミカンが収穫できるだろう。

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   加賀カボチャとミニカボチャ

ミカンの樹の下が風通しの良いように枝を切り落とし、草が生えないようにと植えたカボチャ。
今年初めて 加賀カボチャとミニカボチャを植えた。
加賀カボチャは 美しい! うまそう! と思わせるあでやかな色をしている。

先日収穫して、いつものように調理した。 ん? 味がうすい、宣伝されていた文句よりも期待薄。
収穫が早かったのかな、もっと実が熟すのを待たなければいけなかったのかな?
今日畑に行ったら、いくつかが蔓からはずれ転がっていた、ということは、こんなものか、と。

確かに上品さがあるが、私が感じる限り私の好みの味ではない。
もっと栗のように、サツマイモのように、食べた! うまかった! の感じがほしい。
ミニカボチャは手の中にすっぽりと入る大きさ、一食分には手ごろな大きさ。
さてこのカボチャの味はいかがなものか?

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   蔓(つる)ムラサキ

今年も私の要望を聞いてくれ、母は畑の空いているところに、 蔓ムラサキ を植えてくれた。
その名のとおり、成長し始めると何処までも伸びていく野菜である。
大きくなった葉を収穫し、色々な調理をして楽しんでいる。

そして不思議なことに、蔓ムラサキ には虫が付かないことだ。
何か殺菌作用でもあるのでしょうか? もし気になるようでしたら私の代わりにお調べ下さい。
クセが全く無い、肉厚の葉っぱですので、色々な料理の付け合せに使っています。
特にこの時季、朝にはツルムラサキと果物のジュースを作って飲んでいます。

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   私の掌と同じ大きさ

蔓ムラサキ はとても成長が早く、毎日葉っぱを採ってきています。
魚料理、肉料理、そしてミキサーで細かくしてジャガイモと合わせて ニョキ を作ったり。
もちろん生のままジュースにと。

こうして畑に出かけていくと、さまざまな野菜や母が植えた花達が私を迎えてくれます。
私にとってはそれらを観察することも仕事に繋がっていくのです。
葉の形、成りものの形、種々の花々の形、それらのすべてが私に語りかけてくれ、
私の手から形となって焼物へと変化していくのです。

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レコーディング

2008年07月20日 | 日記

いつの頃だったか、ハッキリと思い出せないが、
自分史を作ってみようという、そのような人々が、かなりいたように思っている。
もちろん現在でも、何らかの形で自分史を作っていられる人もいるであろう。

現役時代は家族の為、社会のために懸命に働き、ある程度の年齢に達したら退職される男性。
そのようなご主人を支え、家庭を守ってこられた主婦の方々や、社会で活躍された女性達。
何かの形で 「自分」 を記録するのも、とても素晴らしいことだと常々思っていた。

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    スタジオの

 エレクトーン と ピアノ

いつも個展を手伝って下さる方が、以前より何かを残そうと模索されていた。
数年前より練習に通い始められた、シャンソン。 そろそろ記録をと相談を持ちかけられた。
う~ん、レコーディングかぁ。 もっと基礎をしっかりやらなければ無理では?その都度話した。

ところが何を思われたか、ご自身の都合でいつの間にか録音を始められた。
あれよあれよと思っている内にCDが仕上がり、試聴版を持ってこられた。
「 NG!」 = 「 NO GOOD! 」 

どこが、何が悪い、と問い詰めてこられたけれど、ダメなものはダメ、CDは立派な記録であり、
破損しない限り永遠にのこる、私の耳で聴く限り絶対に OK は出せない、そう話し説得し、
リズムの練習、歌詞に込められた詩情を確認し、もう一度初めからやり直してもらい、
しばしの期間を練習に費やしてもらい、そしてレコーディングに立ち会うことになった。

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      スタジオ内の

 イコライザー兼シンセサイザー

金沢市彦三町にある、
ロイヤル・パレス・スタヂオ、鈴木三知子さんのスタヂオで録音が始まった。
鈴木さんは見事なほどのアレンジで、その曲その歌を盛り上げる伴奏をしてくださった。

まずはリハーサル。 この小さな機械の持っているパワーを利かすため、微調整の操作。
肝心の歌は、と言えば???。  それでも何とか日頃の練習の成果も現れ、
彼の歌声を最大限に心地良く響くようにと、イコライザーをその都度調整した。

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 シャンソン、タンゴの伴奏が
  さまざまなコード進行から生まれ出てくる

せいぜい頑張って一日2曲を仕上げるのが精一杯。
私自身の本当の気持ちは 「 NG 」 だが、これが精一杯の成果と妥協。
わずかの間に、難しいリズムも覚えられ、また歌に込められた詩情も表現され、
良しとせずにはいられなかった。

休みも含めて約二ヶ月かけて、私がNGを出した曲、7曲が収録された。
数日で試聴版が仕上がってくるが、それを聴いてどのように感じるだろうか。
哀愁の、味のある声の持ち主なので、それなりに聴くことが出来るのではと願っているこの頃。

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    スタヂオ内の一角



 以前訪れた
 ムーランルージュを思い起こしてくれる

再録音が始まる、ひと月ほど前、氏はフランスに旅立った。
今回の旅には私は同行しなかったが、年配者の一人旅は気がかりで仕方なかった。
本場のシャンソンを聴きたいと計画を立てていたが、夜遅くにクラブに行くことが出来たかと、
毎日ハラハラしていた。
 
宿泊先のホテルに電話しても良かったのだが、電話のベルが鳴っても果たして取れるかどうか。
ならばと思い、毎日ホテルにFAXを送信していた。
仙台のお客様から頂いたアドバイスや、いつ起こるかわからないフランス国鉄のスト情報など。

そして無事に帰られ、こうして再度の録音が始まった。
フランス、パリ、ニースのエスプリが、そこかしこに含まれている録音が出来たことを期待したい。

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錆 焼成

2008年07月15日 | 日記

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       窯詰めの原料

   炎が均一に当たるよう配置

7月も半ば、例年ならば梅雨真っ最中で近くの梯川も水かさが増し、
堤防決壊の恐れのアナウンスがあるのに、今年はお陰さまでそのような心配が無い。
空気には湿気がタップリ含まれているけれど、雨が降らない。
いつも同じ話題を書いているが、やはり温暖化の影響か、空梅雨で終わりそうな今年の梅雨。

粘土作りを行ったり畑で野菜を収穫したり、そのような日々の中、
錆になる原料、10キロあまりの調合ができた。
早朝から窯に火を入れ、ゆっくりゆっくりと温度を上げていった。

この原料の焼成は純粋な 錆 を作る工程。
私の先生だった、「陶磁器の釉薬」 の参考書、若いとき隅から隅まで読み、
きっとこれが青磁原料と信じ、自分でもそれと同じものを作り、あるときには原料会社から
青磁釉薬用の原料としてそれを購入。 しかしどれもこれも青磁には程遠い代物だった。

参考書通りに何回も何回も実験してみたものの、結局なに一つ実現できず。
どうすれば求める青磁色を出せるかと試行錯誤を繰り返し、
たどり着いたのは参考書に書いてあるものでもなく、販売されている原料でもない
自分の調合で作りだす 錆 だった。

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   原料の中の不純物が燃え
     煙となって空へと流れていく
 

錆 と表現していますが、これは 弁柄 の一種でもあるのです。
弁柄格子の弁柄です。 もっと分かりやすく表現すれば、鉄の錆びたもの、です。
純粋な原料を調合して強制的に温度を加えることによって酸化が進んで錆になるのです。

真新しい鉄は銀色をしていますが、何も手入れをしなければ時を得て赤く錆びてきます。
そのような 錆 を独自の方法で作っているのです。
ゆっくりと時間をかけて焼いていると不純物が燃え出して、煙突からは黒い煙が流れ出します。
夕方の空、雨が降っているはずの梅雨の晴れ間の夕空に煙がたなびいています。

数時間が経過し不純物が燃え尽きると煙も出なくなり、それを確かめて火を止めます。
その時間帯が真夜中。 空に星座は見えているものの、煙突の状態は見えません。
そろそろ大丈夫だろうと電池を持ち出し、頃合を見計らって煙突を見ると煙は出ていない。
良し! 温度も希望通りに上がっていることだし不純物も完全燃焼したし、錆作りは終了。

Photo_3

   今日窯を開けて錆を確認

   希望通りの錆が出来ている

焼く前の原料はかなりの量があったが、
窯を開けてみると、随分減っている。 減った分だけ不純物が燃え尽きたのだろう。

さあ、これからが完璧な青磁色を出すための原料作りの作業を行わなくてはなりません。
原料を微分になるまで混ぜ合わせ、それを焼いて出来上がった純粋な 錆。
ガッシリと焼き締まった、錆。 再びこれを微分にする作業を行わなくてはなりません。
何度も何度も水を流し、アクを取り除く作業を外で行わなくてはなりませんが、
雨が少ない梅雨でよかった、と思っているこの頃です。

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ザクロ

2008年07月10日 | 日記

雨の少ない北陸の梅雨、とは言うものの梅雨明けは当分先のこと。
そのような日々、歩きの運動に出かけているが、べっとりと体にまつわりつく湿気に辟易し
家に戻る頃には全身がぐっしょりと濡れてしまっている。

桑の実が彩り楽しみにしていたら、急に発生した風雨で全部落ちてしまっていた。
私の子供の頃のおやつ、野や山に実っている草花の実が唯一のご馳走だった。
舌や唇が紫色に染まるほど食べた桑の実、きっと懐かしいと思われる方もいることだろう。

Photo

   堤防脇の ザクロ

遠くを近くを観察しながら歩いていると、少し離れた畑の中に紫がかったオレンジ色の花。
あっ、ザクロ。  程よく美しいオレンジ色をしたこの花に、思わず遠い昔を思い出してしまった。

二十歳代、イギリスでの生活の途中、ヨーロッパ文明に触れようと計画を立て、
住んでいたイーストボーン近くのガトウィック空港からアテネに飛んだ。
朝夕は寒くてセーターが必要だったイギリスから、強烈な光の国ギリシアは至極暑かった。
季節は9月初旬。 枯れ果てた大地にオリーブの木がポツン、ポツンと植わっている。
緑豊かなイギリスと異なり、4時間余りのフライトで降り立ったギリシアは荒涼とし、
荒れ果てた国、と思ってしまった記憶が強く残っている。

しかし古代芸術の宝庫と言えばギリシア、そしてアテネにはアクロポリス。
ミネラルウォーターのボトルを片手に、整理されていない滑りそうな斜面を登って行った。
強い太陽光線がいやおうなしに降り注いできた。
ふっと横を見るとオリーブの木の中に赤い実が見えた。何だろうと近づいてみると、ザクロ。
アクロポリスの丘の途中に見慣れたザクロ。 遠い異国に来た思いが強く感じていた私に、
「貴方の国と一緒だよ」、とザクロが語りかけてくれているようにも感じた。

1

 ミコノス島行き

 大型フェリーの
 デッキにて



 シロス島に寄港

時は過ぎ、数年前の6月後半から7月にかけて再び取材で訪れたギリシア。
若い時に見聞きしたギリシアの生活と芸術、そして歳を重ねてそれ等を観察する現在の私、
記憶は残っているものの、視点や捉えどころが異なっていることに我ながら驚いた。

ごあいさつのページにも書きましたが、私の取材方法は全くスケッチなどをしないことです。
徹底的に目で肌で感じ取り、それを作品に投影する、その様な方法をとっているのです。
若く、思考もそれ程深くなかった頃に比べると、さまざまな経験を重ねてきた今が
すべての事を冷静に受け止め、受け入れられる、そのようにも感じています。

数年前のギリシア取材、若い時には得られなかった事柄が何の違和感も
抵抗もなく取り込め、それが創作に生かせられる事をなぜか不思議にさえ思っているのです。
私の大好きな、心躍るギリシア芸術、せっかくの機会だからとアテネを拠点に、
ひと月かけて島々を巡りました。 その一つがミコノス島です。

3

 夕日を受けながら
 食事した



 リトルヴェニス



 風車左のすぐ近くに
 宿泊ホテル

この写真では分かりませんが、白を基調にした建物が太陽光線を受けて真っ白に浮かび上がり
美しいと同時に、まともに目を開けていられない位にまぶしい。
青い空、何処までも澄んでいる青い海、そして浮かび上がる白の世界。
私にとっては創作意欲を掻き立てる、最高のミコノス島でした。
4日ばかりで次の島へと移動しましたが、もう少しゆっくりと英知、英気を養いたいと思っているこの頃。
出来るならば再びギリシアへ。 それが叶うよう創作に励まなくてはと思っている昨今です。

歩きの途中、ふと目に飛び込んだ 「ザクロ」 の花からギリシア取材を思い出してしまいました。

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