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シロ |
シロの姿が消えてから一年近く経とうとしている。
17年間一緒に暮らした可愛い犬、マコが手の届かないところに旅立ち、
もう二度と動物は飼わない、情けをかけないと自身に誓ったのに、
マコが元気でいる間にも捨て猫たちが我が家に来ていて、
「 お腹がすいたよ~ 」と鳴く声に負け、ご飯を与えていた私。
マコが私に撫でられながら、遠くに逝ってしまったあと、
それまで遠慮していたニャンコたちが一斉に我が家に居つくようになった。
それらの猫はすべて誰かが捨てていったニャンコたち。
人間不信になっていて、絶対に近寄らせないし触らせもしない。
万一体を触ろうものなら鋭い爪と牙で大変な目に遭ってしまう。 そんなことも二度三度。
全部で二十数匹も我が家に来たニャンコたち。 その殆どが女の子。
もちろん子猫たちを引き連れて来た母猫、当然ながら近づくと親子して逃げて行った。
獣医に猫を捕まえられないので薬をお願いしても 「 何とか捕まえて連れて来て 」の返答。
困り果て、私の持っている薬で一匹づつ眠らせ、避妊手術を受けさせた。
猫もバカで無いから、どんな方法を使っても捕まえられなかった。
だから私の薬を小分けして眠らせた。
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台所に上がれるようになった
トラ |
そして残った猫がトラだけになり、シロが家族の仲間入りとなった。
けれど家猫となったシロが、昨年10月に忽然と姿を消した。 あれから一年になろうとしている。
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シロの寝姿 |
シロが居なくなってションボリしていたトラ。
ようやく一人に慣れ、いつも私の近くにいるようになった。
ところがこの夏、8月14日夜から姿を消してしまった。
丁度そのころ、我が家のまわりの空き地や畑では除草剤を撒いていた。
我が家では農薬などの化学物質は使わないので、猫は安心して草など食べていたが、
もしかしたら除草剤のかかった草や、ネズミ防止の毒入りのダンゴを食べたかもしれない、
などと、とても心配し、シロが居なくなった時と同じように昼、夜とトラを探し回った。
8月も過ぎ、9月に入ってもトラは帰って来なかった。
そうこうしている内、金澤画廊個展も始まった。 毎晩帰ってから近くを探し回った。
トラ~、トラちゃん~、と呼んでも応えがない。 ああ諦めるしかないと腹をくくっていた。
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トラの右足の傷 |
個展をあと二日残す17日朝、いつものように新聞を取り入れコーヒーを淹れようと
準備していると、ニャ~ン、と聞こえたような気がした。 空耳だろうと思っていたら、又、ニャ~ン。
か細い声が勝手口の扉のところから聞こえてきた。 まさかトラ? トラ?と呼ぶとニャ~ン。
急いで扉を開けると、そこにトラが! 一ヶ月以上も経って我が家に戻ってきてくれた。
けれどトラは一ヶ月前とは程遠い姿。骨と皮だけになっていて右足までもが異様な形をしていた。
触ろうとすると足を引きずって逃げてしまう。 どうすることも出来ない。
仕方ないので、水と少しのご飯を用意して金澤画廊に向かった。
出かける前に、もしかしたら寝てくれるかもと思い、やわらかい毛布の寝床を作ってやった。
帰ってすぐ勝手口を開けたら、今まで決して寝床に寝なかったトラが寝ていた。
トラ、ただいま、と呼びかけると、弱々しい目を向けて小さくニャ~ンと応えてくれた。
そのトラの声に、急に胸が熱くなり泣けてきた。
出かける前に準備していった、ご飯はそのまま。 水だけが少し減っていた。
捕まえられないならと、これまた手持ちの抗生剤を細かくして、食べ物に忍ばせて与えたが
食べようとしない。 よほど寂しかったのかニャ~ン、ニャ~ンと私を見て声をかけてくれる。
そしてトラの体をよく観察すると、右足が折れているようにも見え、赤い皮膚から血が出ている。
ああ困った、大型連休に入ってしまうし、トラを捕まえることさえ出来ない。
弱ったトラに睡眠剤を与えれば死んでしまう、こまった。
東京のSさんにトラが帰ったこととトラの状態を話したら、「 もしかしたら罠にかかっていたのかも 」と。
そういえばトラの足は異様に曲がっていて、肩から足の流れも尋常ではない。
長い間、罠に架かった状態で、罠を外してくれる人が来るまで痛い思いをしていたのだ。
何とか私の力で、そしてトラの生命力を信じて、そうして二週間。
トラの足の傷は少しずつだが良くなっているようにも見える。 けれどまだ傷口がふさがらない。
ただ帰ってきた時に比べると食欲も出てきた。 心もち顔に肉が付いてきたか?
やせ細った体はそんなに簡単に快復するはずもなく、いまだにガリガリ。
呼びかけに応えてくれる声も以前と同じくらいまで大きくなってきたし、峠は越えたはず。
後はトラ自身の快復力を信じるのみ。 今から病院に連れて行けば怖い思いをさせるだけ。
益々人間不信になってしまう。
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トラとシロ |
十数年我が家に居るトラだが、私が作ってやった寝床には決して寝なかったトラ、
今は自分から寝床に入って寝ている。
怖かったのだろう、痛かったのだろう、さみしかったのだろう、
トラの寝姿を見ていると、また涙がこぼれてしまった。
なんとか傷口がふさがり、これから右足は使えないけれど元気で居てほしいと願っている。
あれほど仲良しだったシロが居なくなって一年、トラにとって最悪の夏になってしまった。
けれどよく負けずに、忘れずに帰って来てくれたトラ、一日も早く元気にと、
安心しきって寝ているトラに、「 トラちゃん 」、とそっと呼びかけた。