この前の日曜の夜、NHKのBSで久し振りに映画「泥の河」を見て深い感動を憶えました。数多い日本映画の傑作の中で傑作中の傑作だと思う。そして、すっかり忘れていた私の幼い頃を思い出し感慨深くなる。
原作は宮本輝、小栗康平監督の1981年制作の作品。
昭和31年、大阪の安治川の河っぷちの安食堂の9歳の息子・信雄と、その対岸にある日、現れた廓舟に住む銀子、喜一の姉弟との交流と別れを描いた作品。
淡々とモノクロの映像で物語が進んで行くが登場人物の一人一人、何と悲しみに満ち溢れているのだろうか!
今回、見直して、一番感銘を受けたのは喜一の姉の銀子である。
銀子、喜一の姉弟が初めて信雄の家に夕食に呼ばれた時、信雄の母親から受け取ったブラウスを着たのち、きれいにたたんで信雄の母親返した銀子。
「楽しかったわ、ごちそうさまでした」
おそらく、自分の母親の職業を薄々知っているのであろう。そして、その為、自分の将来が決して明るいものでないことを、既に悟っているのであろう。その顔の表情の一つ一つに胸が締め付けられる。幼い表情から、そんな自分だけに人の善意に頼らないで生きて行かなければ、という決意が伝わってきて圧倒される。
どうしても、この作品は子役たちに目が釘付けになってしまいますが、子供たちを見守る大人たちの演技も本当に素晴らしい。
信雄の父親役の田村高廣。戦争の悲しみをジッと胸にしまいこんだ悲しさ。私の亡き父も同じだったのだろうか?
そして銀子、喜一の母親役の加賀まりこの美しさ!そして丘へ上がれない悲しさ。現在放送されているNHKの大河ドラマでの怪演と両極端である。
さて年齢を重ねていくと昔のこと、幼い頃のことなど何十年も忘れていて、毎日の仕事や生活に追われているのが現実でしょう。しかし、ふとしたことがきっかけで思い出がよみがえってくることがあります。
今回、映画「泥の河」の見て、たいへんなことを思い出し、そして、あの頃の自分と、この映画の主人公の信雄と重なるものを感じ、居たたまれなくなりました。
私が小学1年の時、仲良くなった同級生がいて、ちょくちょく、その同級生の家(住み家)へ遊びに行っていた。そこはビルで同級生は、そのビルの屋上にたっているプレハブ住宅で住んでいた。何故か屋上へ行くまでの階段や廊下が、たいへんな暗がりだった。この意味が分かったのは、私が大きくなってからである。
私が、ある日、そこへ傘を忘れて帰宅して、後日、私の母が、そこへ傘を取りにいって、びっくりしたらしい。そこは、どう表現したらよいか分かりませんが、いかがわしいホテルだったと、私が成人してから一度だけ母から聞いたことがあります。
しかし私の両親はけっして、その同級生と付き合うのを止めろと言った記憶がありません。その同級性が我が家に遊びに来た時は、私の母は気持ちよくおやつをだしてくれました。
映画で信雄が廓舟の姉弟と親しくなったことを知った時、信雄の父親が言いました。
「昼間は(廓舟へ)行ってもいいが、夜は絶対に行ってはいけないよ」
その頃の私の両親は映画の信雄の両親と、きっと同じ気持ちだったのだろうと思うと何か叫びたくなるような感情になりました。
その同級生は、小学2年生の時のある日、転校して、突然いなくなった。
確か、かわいい妹さんがいた記憶がある。
あれから現在まで、その消息などの情報は全くない。耳に入ってこない。
以前、映画「泥の河」を見た時は、映画についていくのが、やっとでしたが、今回は自分自身と重ねることが出来、前回以上の感慨を持って見ることが出来ました。
たいへん豊かな時代になりましたが、人間には、けっして忘れてはいけないこと、心の奥底の中できちんとしまっていなければいけないことがあるという事を、今回、映画「泥の河」を見て、強く感じました。
今回は、きちんと録画したので、時々、見直して、私自身の中の過ぎ去ったものを見直したいと思います。
原作は宮本輝、小栗康平監督の1981年制作の作品。
昭和31年、大阪の安治川の河っぷちの安食堂の9歳の息子・信雄と、その対岸にある日、現れた廓舟に住む銀子、喜一の姉弟との交流と別れを描いた作品。
淡々とモノクロの映像で物語が進んで行くが登場人物の一人一人、何と悲しみに満ち溢れているのだろうか!
今回、見直して、一番感銘を受けたのは喜一の姉の銀子である。
銀子、喜一の姉弟が初めて信雄の家に夕食に呼ばれた時、信雄の母親から受け取ったブラウスを着たのち、きれいにたたんで信雄の母親返した銀子。
「楽しかったわ、ごちそうさまでした」
おそらく、自分の母親の職業を薄々知っているのであろう。そして、その為、自分の将来が決して明るいものでないことを、既に悟っているのであろう。その顔の表情の一つ一つに胸が締め付けられる。幼い表情から、そんな自分だけに人の善意に頼らないで生きて行かなければ、という決意が伝わってきて圧倒される。
どうしても、この作品は子役たちに目が釘付けになってしまいますが、子供たちを見守る大人たちの演技も本当に素晴らしい。
信雄の父親役の田村高廣。戦争の悲しみをジッと胸にしまいこんだ悲しさ。私の亡き父も同じだったのだろうか?
そして銀子、喜一の母親役の加賀まりこの美しさ!そして丘へ上がれない悲しさ。現在放送されているNHKの大河ドラマでの怪演と両極端である。
さて年齢を重ねていくと昔のこと、幼い頃のことなど何十年も忘れていて、毎日の仕事や生活に追われているのが現実でしょう。しかし、ふとしたことがきっかけで思い出がよみがえってくることがあります。
今回、映画「泥の河」の見て、たいへんなことを思い出し、そして、あの頃の自分と、この映画の主人公の信雄と重なるものを感じ、居たたまれなくなりました。
私が小学1年の時、仲良くなった同級生がいて、ちょくちょく、その同級生の家(住み家)へ遊びに行っていた。そこはビルで同級生は、そのビルの屋上にたっているプレハブ住宅で住んでいた。何故か屋上へ行くまでの階段や廊下が、たいへんな暗がりだった。この意味が分かったのは、私が大きくなってからである。
私が、ある日、そこへ傘を忘れて帰宅して、後日、私の母が、そこへ傘を取りにいって、びっくりしたらしい。そこは、どう表現したらよいか分かりませんが、いかがわしいホテルだったと、私が成人してから一度だけ母から聞いたことがあります。
しかし私の両親はけっして、その同級生と付き合うのを止めろと言った記憶がありません。その同級性が我が家に遊びに来た時は、私の母は気持ちよくおやつをだしてくれました。
映画で信雄が廓舟の姉弟と親しくなったことを知った時、信雄の父親が言いました。
「昼間は(廓舟へ)行ってもいいが、夜は絶対に行ってはいけないよ」
その頃の私の両親は映画の信雄の両親と、きっと同じ気持ちだったのだろうと思うと何か叫びたくなるような感情になりました。
その同級生は、小学2年生の時のある日、転校して、突然いなくなった。
確か、かわいい妹さんがいた記憶がある。
あれから現在まで、その消息などの情報は全くない。耳に入ってこない。
以前、映画「泥の河」を見た時は、映画についていくのが、やっとでしたが、今回は自分自身と重ねることが出来、前回以上の感慨を持って見ることが出来ました。
たいへん豊かな時代になりましたが、人間には、けっして忘れてはいけないこと、心の奥底の中できちんとしまっていなければいけないことがあるという事を、今回、映画「泥の河」を見て、強く感じました。
今回は、きちんと録画したので、時々、見直して、私自身の中の過ぎ去ったものを見直したいと思います。
いつもお世話になっている方が
私のブログで報告してくださいました。
ご存知かもしれませんが
真央ちゃんのSPの曲が「シェヘラザード」と発表されたようです。
新聞の記事では「可愛らしくてアジア的な
一風変わったシェヘラザードにしたい」
と本人が話していた、ということで・・・
どの楽章を使うのでしょうね~。
音源は、衣装は、、、
タラソワさんのことだから、きっと
いろいろやってくれるのでしょうね~~~
いやいや、本当に楽しみです!
シェヘラザードは大好きな曲ですので尚更。
浅田真央さんのSPの情報、ありがとうございます。
恥ずかしながら、仕事の追われ?まだ知りませんでした。
「シェヘラザード」と言えば、かつてキム・ヨナが演じた作品。
「可愛らしくてアジア的な一風変わったシェヘラザードにしたい」という事なので、原作のイメージに近いシェヘラザードになるのではと期待がふくらみます。
私は第3曲の「若い王子と王女」の音楽が大好きなので、この曲での真央さんの演技をぜひ見たいものです。