オペラファンの仕事の合間に パート2

大好きなクラッシック音楽やフィギュアスケート、映画などを語ります。メインは荒川静香さんの美しさを語るブログ。

ジェフリー・バトル のエルガー

2011年09月30日 21時55分38秒 | 2011-2012年シーズン


今年の「THE ICE」で一番、驚いたのはジェフリー・バトル。

曲目はエルガーの「エニグマ変奏曲」から第9変奏「ニムロッド」(アダージョ)である。

私はイギリスの作曲家エドワード・エルガーの作品が大好きである。

エルガーの作品がフィギュアスケートで登場した記憶がない。

イギリス音楽がフィギュアスケートで登場したのはキム・ヨナのヴォーン・ウイリアムズの「揚げひばり」以来かな?

それにしても「エニグマ変奏曲」がアイスショーで登場するとは!

正に驚き!そして感嘆!

そして感謝!




ミシェル・クワンのラフマニノフ

2011年09月29日 22時56分21秒 | フィギュアスケート



いつもお世話になっているsasha様のブログを見ると2002年ソルトレイクシティ冬季冬季オリンピックの時のミシェル・クワンのフリー「シェヘラザード」の情報。
ふと思ったのは、このオリンピックの時のクワンのSPはラフマニノフだったはずと言うこと。
SPの演技の最後、私の大好きなピアノ協奏曲第3番(有名な第2番より好きです)の第3楽章のフィナーレの音楽に乗っての素晴らしいスパイラルをテレビで見て我を忘れたのがこの時だったはずと思い出し、映像を探すと、すぐに見つかりました。
この頃のミシェル・クワンが一番、好きだな。

荒川静香さんとフレンズオンアイス

2011年09月28日 14時58分53秒 | 荒川静香さん
昨晩も今日の朝も日テレプラスで放送された「フレンズオンアイス2011」と「荒川静香Friendsプラスα」の録画を見てしまった。もう一度、同時期に放送されや「THE ICE2011」の録画を見直さなければと思っているのだが、どうにもならない状況ある。
特に「荒川静香Friendsプラスα」での荒川静香さんのインタビューでのコメント。荒川さんの言葉、一言一句、身にしみる。そして感服するばかりである。

フレンズオンアイスのプロデューサーとして

個人でやってきた実績でのキャスティングよりも、フレンズオンアイスで、その時の人の今を見せる。今の私を見せたい。
過去で止まっているスケーターはいない。旬の人を呼ぶショーでなく「絆」を大切にしたい。
私は人をプロデュースするのが好き。
スケーターのファンの目線で作っている部分がある。

私は幸運にも4年続けてフレンズオンアイスを生で見ることが出来て幸運でした。毎回、ショーを見終わったあと思うことは、「今年も最高だった」ということである。この思いが毎年、繰り返されている。毎年、ほとんどのフレンズたちの顔ぶれが同じなので、これは凄いことである。けっしてマンネリに陥らない凄さ。「スケーターのファンの目線」と言うのが大きなポイントでしょう。
また「絆」と言う言葉を使っていますが、荒川静香さんのフレンズオンアイスに対する思い、こだわりを出演するスケーターたちが一人一人、きちんと理解してショーを盛り上げている。また、それが出来るスケーターしか登場しない。だからこそ、今年、初出演のイリーナ・スルツカヤの登場が感動的だったのである。もし他のアイスショーでゲストで登場していたら単にオリンピックのメダリストの登場ということだけで終わっていたでしょう。
「フレンズ」と「ゲスト」の違い。この違いこそがフレンズオンアイスと他のアイスショーとの違いに違いありません。

いよいよ番組の核心部分。

スケーター荒川静香

(問)今、トリノ冬季五輪の「トゥーランドット」を再現できますか?
(答)簡単にやれば出来るでしょう。しかし、やるとなったら自分の最高のレベルでやりたい。最高のレベルでやる為には練習しておかなければいけません。最高のレベルにする為の練習をずっとやってきた。簡単に出来るなら練習は必要ありません。

(問)ジャンプを跳び続ける理由は?
(答)見せるチャンスはないけれど同じ様に練習している人はいる。やっているスケーターではスティファン・ランビエール。(彼は)ショーでは使わなくても練習では4回転をやっている。面白い。いつまで出来るのか?やっているのが。自分に対する日々のチャレンジが面白いから練習に行く。

(問)練習は面白いですか?
(答)ジャンプは面白い。今、クラブの時間帯にも滑っていますが、たぶん私が一番ジャンプを跳んでいる回数が多いはず。誰よりも!やらなくなると、すぐに(ジャンプが)出来なくなります。

私はこのコメントにプロスケーター荒川静香の厳しさと深さを見た!
だから今年のフレンズオンアイスで見せてくれた「スマイル」が感動的だったのである。


私が荒川静香さんを知ったのはいつだったのでしょうか?
1998年の長野冬季オリンピック。日本の女子シングルの代表は、たった一人。タラ・リピンスキーやミッシェル・クワンの活躍の陰で日本代表は13位。そして日本代表がテレビの実況でアラカワ・シズカと言う仙台の高校生であることを知りました。フリーでの転倒も憶えています。
そして数年後、いつだったか、プログラムは何だったか忘れてしまいましたが、テレビである国際大会の放送を見ていて、一人の日本人選手の美しい演技に魅了されました。そして、その選手が長野の時のアラカワ・シズカであることに気が付きました。
あの長野の時の高校生の女の子が、こんなに立派になって!この時、私の心の中でアラカワ・シズカが荒川静香に変わった瞬間と言えるでしょう。
そして感動的だったトリノ冬季オリンピックのフリーの演技の実況放送はリアルタイムで見ることが出来ました。
また四国在住という悪い環境のなかで4年続けて「フレンズオンアイス」を会場に脚を運んで見ることが出来ました。おそらく来年も行くでしょう。
プロに転向しても、ますます深化し、美しさを増している荒川静香さん。
私にフィギュアスケートの本当の美しさ、奥の深さ、そしてアイスショーの本当の楽しさを教え続けてくれている荒川静香さん。
私がフィギュアスケートを見続る限り、荒川静香さんは私にとって最高の存在です。
今回、「荒川静香Friendsプラスα」の録画を見て、ますますフィギュアスケートの持つ魅力に引き込まれた感を強くしました。

次の日曜はいよいよ「フレンズオンアイス2011」第2部が放送されます。
安藤美姫さんが凄いらしい。






五十嵐喜芳氏、死去

2011年09月27日 21時23分12秒 | オペラ
本日の出勤前、新聞の朝刊を見ると、声楽家の五十嵐喜芳氏の死去を知り、たいへん驚きました。
五十嵐喜芳氏の名前を聞いて、懐かしく思うのは私の世代から上の世代でしょう。
私がオペラに興味を持った高校生から大学生時代にかけて、日本を代表するテノール歌手でした。
私が五十嵐喜芳氏の名前を知ったのは中学生の時の音楽の時間。「サンタ・ルチア」のレコードを聴かされた時、その時のテノールの素晴らしい声に驚いたのですが、その声の主が五十嵐喜芳氏でした。
残念ながら、東京での大学生時代、二期会のオペラ公演ばかり行っていたので、藤原歌劇団で活躍していた五十嵐喜芳氏の生の舞台に接することはありませんでした。
しかし十数年前、わが町で藤原歌劇団のガラコンサートがあり、歌うことはありませんでした、ステージの脇で一曲一曲、丁寧に出演歌手や曲の紹介を、なさっていたことを今も、しっかりと憶えています。
オペラのステージの第一線を離れても藤原歌劇団の総監督や新国立劇場の芸術監督を務め、オペラの普及に努めた功績は、たいへん大きいものがあります。
享年83歳。ご冥福をお祈りします。

荒川静香さんの「スマイル」

2011年09月26日 22時52分34秒 | フレンズ・オン・アイス2011
今日も帰宅して昨日、日テレプラスで放送された「フレンズオンアイス2011」第1部の録画を見てしまった。
特に荒川静香さんの「スマイル」は3回、繰り返してして見てしまった。おそらく、寝る前に、もう一度、見るであろう。
「スマイル」はチャップリンの「モダンタイムズ」の音楽。
この映画のラストシーンを飾る素晴らしい音楽。ラストでチャップリンとポーレット・ゴダードが腕を組んで、遥かなたへ続く一本道を歩んで行く時の感動的な音楽。
この感動的な音楽に乗って、純白の衣装に身を包んでの荒川静香さんの演技。
何も言う事がない。
このプログラムに込めた荒川静香さんの思いとメッセージ。
単に美しいと言うだけでない。正に芸術的領域といっても過言ではありません。
本当はTHE ICEの放送の感想もコメントしたいのだが、どうにもならない状態である。
次の日曜は第2部が放送されます。
グランプリシリーズが始まるまで、おそらく私は「フレンズオンアイス2011」の録画ばかり見ているのでしょう。


「フレンズオンアイス2011」 第1部

2011年09月25日 22時10分52秒 | フレンズ・オン・アイス2011
今日は早帰りの出来る日でしたが、そんな雰囲気でなかったので、残業になってしまった。
大急ぎで帰宅したら9時1分前だった。
今日は夜の9時から日テレプラスで今年のフレンズオンアイスの第1部の放送がある。オープニングから素晴らしかったので大慌てでした。
昨晩はTHE ICEの放送もありましたが、感想のコメントは後日。やっぱりフレンズオンアイス!
オープニングの仙台のキッズスケーターとのコラボのあとの荒川静香さんのソロでの「スマイル」
あの感動がよみがえる!あの美しさに私は会場で不覚にも涙を流してしまいましたが、今回、映像で見直しても同じ気持ちです。何か全てを超越した境地の演技と言うべきか!

Get the Chensudeで登場した石川翔子さんの「ミス・サイゴン」。今シーズンのフリープログラム。
この公演を見たあと、荒川静香さんの振付と言うことを知って、たいへん驚いたのですが、後日、あるブログで石川翔子さんが、せっかく出演するのに名前を公表しなかったのはケシカランと言うコメントがありましたが、それはけっして荒川静香さんの本意ではないと思います。石川翔子さんの出演は本当に直前だったのだろうと思います。
当日のプログラムではGet the Chensudeの次は鈴木明子さんでしたが、当日、プログラムが変更され実際の登場したのはシェーリーン・ボーン姐さんでしたのも、うなずけるものがあります。
テレビでもお判りだと思いますが石川翔子さんを紹介する時、けっして「私が振付しました」とは言わなかった荒川静香さん。
誰も知らない無の状態で自身が振付した石川翔子さんの演技を見て欲しい、そして評価して欲しいという荒川静香さんの気持ちだったと私は信じています。

そして遂に見た!鈴木明子さんの「こうもり」!
私が見た公演の時はSPの「ハンガリー狂詩曲」だったので思わず拍手しました。
あの第2幕大詰めのワルツの部分では、もっと躍動感が欲しいと思いましたが、これから滑り込んで素晴らしいものになるでしょう。
それにしても演技の後半、ウィンナーワルツに乗っての鈴木明子さんのステップの素晴らしさ。最高!
またシンプルですが、舞踏会を思わせる衣装も素敵でした。

これから酒を飲むので本日はここまで。
グランプリシリーズまで休みの日は喜歌劇「こうもり」序曲と「シェヘラザード」のCDばかり聴く日々が続くのでしょう。







浅田真央さんの「シェヘラザード」

2011年09月24日 20時29分42秒 | 浅田真央さん


sasha様から、浅田真央さんの情報を頂きました。毎回、本当にありがとうございます。
残念ながら短い時間、そして音響のためかキンキンして聴き辛い状態なので、全容を知るには11月のNHK杯までのお楽しみです。

交響組曲「シェヘラザード」はロシアのロシア国民楽派5人組の一人のリムスキー・コルサコフが作曲した彼の代表作であり、アラブ民族の民間伝承の集大成である「アラビアン・ナイト」を題材とした音楽です。
R・コルサコフは、スコアの冒頭に、この作品に関する次のような序文を記しているそうです。
「サルタン・シャリアール王は、女性たちが虚偽と不実の固まりと信じて、妻に迎えた女性たちをと信じて、妻に迎えた女性たちを、ことごとく初夜を迎えた後に殺そうと誓った。しかし彼の妃になったシェヘラザードは、毎晩、王に興味深い物語を話して聞かせ、千一夜の間、生命(いのち)をながらえた。王は、その話の面白さにひかれて彼女を殺すのを一日一日と延ばし、遂に残酷なその誓いを放棄してしまった。シェヘラザードが王に語った物語は、世にも不思議なものばかりであり、彼女は、その中に詩人たちの詩や民謡なども織り交ぜて、物語をいっそう面白いものにしていたのである」

この「アラビアン・ナイト」の物語を題材に豪華絢爛なオーケストラ音楽に仕上げたのが交響組曲「シェヘラザード」である。

第1曲「海とシンドバットの船」
第2曲「カランダール王子の物語」
第3曲「若い王子と王女」
第4曲「バクダットの祭り~海~船は青銅の騎士のある岩で難破~終曲」

私はロマンティックな第3曲の「若い王子と王女」の音楽が大好きです。この音楽はぜひ浅田真央さんに演じて欲しいものです。
過去、「シェヘラザード」の音楽は安藤美姫さんやキム・ヨナも演じていますが、衣装にもよると思いますが、シェヘラザードのイメージに一番、近いのではと思ったりします。

私はこの作品が大好きなので、よくCDで聴きますが、一番よく聴く録音はワレリー・ゲルギエフ指揮キーロフ歌劇場管弦楽団による2001年の録音です。(私が購入した時はPHILIPSでしたが現在はデッカ)



ただフランスの名指揮者ピエール・モントゥーがロンドン交響楽団と1957年に録音(デッカ)した演奏にも愛着があります。

NHK杯まだ、まだまだ時間があります。これから、もっと浅田真央さんの演技は素晴らしいものになるでしょう。
それまで「シェヘラザード」のCDを聴きながら浅田真央さんの演技に思いを馳せることとしましょう。

おっと、これから日テレプラスで「THE ICE」の放送。
忙しい、忙しい。






シュターツカペレ・ドレスデン

2011年09月23日 18時06分13秒 | 音楽
今日は秋分の日。祭日だが、本日は公休。我が家は神道なので、朝一番に神主さんに来てもらって、神棚の前で祝詞を挙げてもらい、神主さんが帰ったら、すぐにフェリーに乗って我が家の墓がある小豆島へお墓参りという忙しさ。
夕方、帰宅してやっとCDを聴く。
去る9月18日に亡くなったドイツの名指揮者クルト・ザンデルリングのCDを聴く。
ザンデルリングと言えばブラームスの交響曲の録音が有名ですが、世間様に背を向ける私が選んだCDはフランクの交響曲の録音である。
1964年のシュターツカペレ・ドレスデンを指揮した録音。



私はフランクの交響曲が大好きである。一番好きな演奏はデュトワ指揮のモントリオール交響楽団の録音(デッカ)ですがドイツ風の重厚な演奏も大好きである。私が持っているCDの中で朝比奈隆が1960年代に北ドイツ放送交響楽団を指揮した録音がありますが、モノラル録音で録音が鮮明でないのが残念だけに、このザンデルリングの演奏は私にとって、たいへん大切な録音です。
多くの方はフランスの香りのある洗練された演奏を好まれると思いますが、ザンデルリングとシュターツカペレ・ドレスデンの組み合わせである。無骨で重厚な演奏であるが、それだけに特に第1楽章でメロディを歌う時は何か後ろ髪をひかれそうな寂しさを感じる。まさに男の音楽、男の心情である。
ブラームスの交響曲で定評のあったザンデルリング。何か共通するものがあるに違いない。
それにしてもシュターツカペレ・ドレスデンの響きの素晴らしさ。厚みのある渋いサウンド。
私はこの時代にスウィトナーが、このオケを指揮した録音を集大成したアルバムを大切にしていますが、このオケの響きでは、この時代の頃のものが私は一番好きです。そう言えばベームがグラモフォンで録音したR・シュトラウスの「バラの騎士」の全曲録音もこの頃だったはず。
後年、私が大学生時代、東京でブロムシュテットの指揮でシュターツカペレ・ドレスデンを聴いた時、私が思っていたような響きを聴くことは出来なかった。
高校生時代、おそらく初来日だった、このオケの演奏会の放送で聴いたザンデルリンク指揮によるブラームスの交響曲第1番の印象が強すぎたのだろうか?NHKには、この時の映像は残っているのだろうか?ぜひ見てみたいものである。
亡くなったザンデルリンクの事を熱く語るつもりがシュターツカペレ・ドレスデンのことが中心になってしまった。
この数年、シノポリ、ルイージとイタリアの指揮者を招いていましたが、いよいよドイツ人のティーレマンの時代になります。
このオケの響きが、これからどう変わるか?注目したいと思っています。









新シーズンへの期待

2011年09月22日 22時01分53秒 | 2011-2012年シーズン
昨日は公休日、今日、出社すると、血圧が上がりそうな、ロクでもないことばかり。どうせ私が全て悪いのでしょ!いいかげんにしろ!
怒りがおさまらないまま帰宅するとsasha様より素晴らしい情報。今シーズンの浅田真央さんのSPの曲目が私の大好きなR・コルサコフ作曲の「シェエラザード」とのことで、いっぺんに嬉しくなる。ぜひ大好きな第3曲の「王子と王女」の音楽での真央さんの演技を見たい!
気分がすぐれない時は、やはりフィギュアスケートのことを考えるのが一番!
本当はGPシリーズ直前にコメントするつもりでしたが、気分転換も兼ねて少し早いですが、吉例ながら昨年のものを一部修正して私の好きなスケーターを公表します。(敬称略)
なお嫌いなスケーターはいません。誤解の無いように!

一番好きなスケーター        荒川静香
その次に好きなスケーター     中野友加里
そしてその次に好きなスケーター 鈴木明子、浅田真央
その他私の好きなスケーター、注目のスケーター   アリッサ・シズニー、レイチェル・フラット、イリーナ・スルツカヤ、ラウラ・レピスト、クリスティーナ・ガオ、今井遥、石川翔子、鈴木真梨、西野友毬、太田由希奈
私の期待の星            アグネス・ザワツキー、大庭雅
アイスダンス             やっぱりテッサ・バーチュ&スコット・モイア、そしてマイア・シブタニ&アレックス・シブタニ
私のお姉さま             佐藤有香
私の姐さん              シェイリーン・ボーン        
手をつないでデートしたいスケーター 真央さんの姉ちゃん

今年は現在ハマっているアイスダンスを加えました。
荒川静香さんと中野友加里さんは永久欠番。
昨年は注目のスケーターでアグネス・ザワツキーを挙げましたが期待通りの成長振りで本当に嬉しい。私の目に狂いはなかった。(大袈裟な!)
今シーズンは鈴木明子さんのフリー「こうもり」、浅田真央さんのSP「シェエラザード」がクラシック音楽大好きの私にとって、たいへん楽しみです。
また今井遥さんのSPとフリーの振付が佐藤有香さん、石川翔子さんのフリーの振付が荒川静香さんと言う事で期待が高まります。
荒川静香さん、佐藤有香さんの素晴らしいスケーテイングが若い世代に受け継がれて行く!何と素晴らしいことでしょう!胸が一杯になります。
特に今井遥さんのフリーの音楽がミュージカル「マイ・フェア・レディ」です。「マイ・フェア・レディ」のナンバーの中で私は一番「踊り明かそう」が大好きで、この音楽に乗って氷上いっぱいに舞って欲しいスケーターとして長い間、密かに安藤美姫さんに期待していましたが、今井遥さんで実現するとは大きな喜びです。

GPシリーズの初戦は1か月後の10月21日からのアメリカ大会。
やはりフィギュアスケートの考えると嫌なことなど吹っ飛びます。
今は仕事のことより今年暮れの大阪での全日本選手権をどうすべきか思案しています。


 

映画「泥の河」

2011年09月21日 10時32分59秒 | 映画
この前の日曜の夜、NHKのBSで久し振りに映画「泥の河」を見て深い感動を憶えました。数多い日本映画の傑作の中で傑作中の傑作だと思う。そして、すっかり忘れていた私の幼い頃を思い出し感慨深くなる。

原作は宮本輝、小栗康平監督の1981年制作の作品。
昭和31年、大阪の安治川の河っぷちの安食堂の9歳の息子・信雄と、その対岸にある日、現れた廓舟に住む銀子、喜一の姉弟との交流と別れを描いた作品。



淡々とモノクロの映像で物語が進んで行くが登場人物の一人一人、何と悲しみに満ち溢れているのだろうか!
今回、見直して、一番感銘を受けたのは喜一の姉の銀子である。
銀子、喜一の姉弟が初めて信雄の家に夕食に呼ばれた時、信雄の母親から受け取ったブラウスを着たのち、きれいにたたんで信雄の母親返した銀子。
「楽しかったわ、ごちそうさまでした」
おそらく、自分の母親の職業を薄々知っているのであろう。そして、その為、自分の将来が決して明るいものでないことを、既に悟っているのであろう。その顔の表情の一つ一つに胸が締め付けられる。幼い表情から、そんな自分だけに人の善意に頼らないで生きて行かなければ、という決意が伝わってきて圧倒される。
どうしても、この作品は子役たちに目が釘付けになってしまいますが、子供たちを見守る大人たちの演技も本当に素晴らしい。
信雄の父親役の田村高廣。戦争の悲しみをジッと胸にしまいこんだ悲しさ。私の亡き父も同じだったのだろうか?
そして銀子、喜一の母親役の加賀まりこの美しさ!そして丘へ上がれない悲しさ。現在放送されているNHKの大河ドラマでの怪演と両極端である。

さて年齢を重ねていくと昔のこと、幼い頃のことなど何十年も忘れていて、毎日の仕事や生活に追われているのが現実でしょう。しかし、ふとしたことがきっかけで思い出がよみがえってくることがあります。
今回、映画「泥の河」の見て、たいへんなことを思い出し、そして、あの頃の自分と、この映画の主人公の信雄と重なるものを感じ、居たたまれなくなりました。
私が小学1年の時、仲良くなった同級生がいて、ちょくちょく、その同級生の家(住み家)へ遊びに行っていた。そこはビルで同級生は、そのビルの屋上にたっているプレハブ住宅で住んでいた。何故か屋上へ行くまでの階段や廊下が、たいへんな暗がりだった。この意味が分かったのは、私が大きくなってからである。
私が、ある日、そこへ傘を忘れて帰宅して、後日、私の母が、そこへ傘を取りにいって、びっくりしたらしい。そこは、どう表現したらよいか分かりませんが、いかがわしいホテルだったと、私が成人してから一度だけ母から聞いたことがあります。
しかし私の両親はけっして、その同級生と付き合うのを止めろと言った記憶がありません。その同級性が我が家に遊びに来た時は、私の母は気持ちよくおやつをだしてくれました。
映画で信雄が廓舟の姉弟と親しくなったことを知った時、信雄の父親が言いました。
「昼間は(廓舟へ)行ってもいいが、夜は絶対に行ってはいけないよ」
その頃の私の両親は映画の信雄の両親と、きっと同じ気持ちだったのだろうと思うと何か叫びたくなるような感情になりました。
その同級生は、小学2年生の時のある日、転校して、突然いなくなった。
確か、かわいい妹さんがいた記憶がある。
あれから現在まで、その消息などの情報は全くない。耳に入ってこない。
以前、映画「泥の河」を見た時は、映画についていくのが、やっとでしたが、今回は自分自身と重ねることが出来、前回以上の感慨を持って見ることが出来ました。
たいへん豊かな時代になりましたが、人間には、けっして忘れてはいけないこと、心の奥底の中できちんとしまっていなければいけないことがあるという事を、今回、映画「泥の河」を見て、強く感じました。
今回は、きちんと録画したので、時々、見直して、私自身の中の過ぎ去ったものを見直したいと思います。

クルト・ザンデルリング死去

2011年09月20日 22時45分58秒 | 名演奏家の思い出
ドイツの名指揮者クルト・ザンデルリングが9月18日、ベルリンで亡くなられました。99歳の誕生日を迎える前日でした。
ブラームスの交響曲での印象が強いようですが、私自身はベートーヴェンとマーラーの録音が気になります。
最近、1980年代にフィルハーモニア管弦楽団と録音したベートーヴェン交響曲全集を手に入れてボチボチと聴いている時なので、その死はショックです。交響曲第6番「田園」の骨太な演奏がたいへん印象に残っていますし、内田光子とのピアノ協奏曲全集も、もっと高く評価して欲しいものです。5番の「皇帝」の演奏は大好きです。この録音は、かねてよりザンデルリングを高く評価していた内田光子の強い希望で実現したと聞いたことがあります。
また、私自身、ザンデルリングの録音で絶対に忘れられない録音にD・クック最終決定版による交響曲第10番があります。もし私が、ザンデルリングの録音を最初に聴かなかったら、この作品の真価に気が付かないままだったでしょう。第1楽章「アダージョ」のみに、こだわっていたかもしれません。
その他にはドレスデンでのフランクの交響曲の録音も良かった。
それにしても、普通の聴き手の多くの方々は、おそらくザンデルリングの録音と言えばブラームスの交響曲全集をイの一番に挙げると思いますが、私はベートーヴェンやマーラー、フランク。やっぱり、私は変?
最後のザンデルリングの追悼の思いを込めて今年の7月のマーラーの交響曲第10番のコメントを再録します。
心よりクルト・ザンデルリングのご冥福をお祈りいたします。

(再録)

(前略)
そしてD・クック最終決定版による交響曲第10番。クルト・ザンデルリンク指揮ベルリン交響楽団による1979年ベルリンでの録音。
本当にマーラーが好きな方は第10番と言えば第1楽章「アダージョ」のみでしょう。マーラーの死後、発表されたクック版など、認めることの出来ないものでしょう。
しかし、私は節操の無いクラッシック音楽の聴き手である。やはり、ぜひクック版による第10番の全曲を聴いてみたいという好奇心が強いものがあり、そして初めて手にしたクック版の録音がザンデルリンク盤でした。今は亡き小石忠男氏による、たいへん詳しい解説書もあり、これが、私にとって、この作品の理解を深めるには、たいへん良かった。また解説書に書かれていますが、1908年マーラー夫妻が初めてニューヨークを訪れた時、ホテルの窓から見た殉職した消防員の葬列を見て、マーラーは泣いたと伝えられています。

D・クックが目指したのは、交響曲第10番を完成させるという意図ではなく、マーラーが残したままの交響曲を演奏可能な版に仕上げるということである。ここが大切なポイントである。
とにかく、マーラーに興味がある方は、一度は聴いて欲しい。そして、聴いてどう思うかは各自の自由である。そして少しでもマーラーを理解するのに役立って欲しい。
さて、最近はクック版による録音はラトル指揮ベルリンフィルなどのCDも発売され、私もラトル盤も聴きましたが、ザンデルリンク盤の方が上である。この作品の持つ巨大さ、複雑さがザンデルリンク盤からストレートに伝わってきます。ラトル盤はスッキリしすぎて物足りない。
改めて、今回ザンデルリンク盤を聴いて、第1楽章「アダージョ」も感動的でしたが、第5楽章の冒頭は衝撃的でした。

マーラーは第5楽章の最後のページに、こう記しているそうです。
「お前のために、生き、お前のために死ぬ。
 アルミッシ(マーラーの妻アルマの愛称)よ!」


「荒川静香Friendsプラスα」その2

2011年09月18日 22時01分21秒 | フレンズ・オン・アイス2011
今、日テレプラスでの「荒川静香Friendsプラスα」の放送を見終わったばかりである。

過去の映像も多く流れ、胸が一杯である。今年で6年目であるが私は3年目の第3回から今年まで4年続けてこの素晴らしいアイスショーを見ることを出来た幸運を噛みしめるばかりである。

今年のオープニングでの荒川静香さんの「スマイル」の振付はカート・ブラウニングだったのか!知らなかった。感動的なプログラムだった。

第1回の公演で披露された「トゥーランドット」の映像。この公演の情報は今は失くなってしまった荒川静香さんのファンサイト「しーちゃんパラダイス」で知って、新横浜へ思いを馳せたものである。この時、まさか2年後、自分自身が生で、「フレンズオンアイス」を見ることになろうとは夢にも思わなかった。

今年の「エル・マンボ」のコラボ。全て見せてくれた。あの時の楽しさが蘇ってきた。このコラボは、おそらく語り草になるだろう。

番組の多くは荒川静香さんへのインタビュー。
まさに荒川静香さんの言葉の宝庫!名言、至言ばかり。心に響く。
メモをしていたが書ききれなかった。録画で再度見直し、整理して、後日、紹介したい。

それにしてもインタビュー中の荒川静香さん、本当に素敵!色っぽくてチャーミング!
フッションも素敵!
うっとりとして見ていました。メモをする手が遅かったのも、このためかな?
シフ様は御覧になったのかな?
多くの荒川静香さんのファン、そしてフィギュアスケートを愛する人々に見て欲しかった番組でした。





「荒川静香Friendsプラスα」

2011年09月17日 21時00分10秒 | フレンズ・オン・アイス2011
明日の日テレプラス、午後9時から放送される日本初のフィギュアスケート専門番組の第1回の特集は「荒川静香Friendsプラスα」です。

明日は、スカパ!e2と契約していたら無料で視聴できます。

来月はシェーリーン・ボーン姐さんをゲストに迎えて、フィギュアスケートに欠かせない「振付」の特集らしい。

我が家は財務大臣閣下の厳しい管理下の元、スカパ!の契約チャンネルは2チャンネルと決められている。

今月、日テレプラスにチャンネル変更したため、映画のチャンネルの一つ、減らされてしまった。

来月、GPシリーズが始まったらテレビ朝日系列のチャンネルとも契約しなければいけませんが、そうなったら映画のチャンネルが皆無になります。

困った!困った!


マリア・カラスの歌劇「トスカ」

2011年09月16日 11時15分19秒 | オペラ
8月末にフレンズオンアイスを見るために泊りがけで東京・新横浜へ行ったため、このところ、たいへん資金繰りの苦しい日々が続いています。こういう時、一番、しわ寄せがあるのがCD購入であろう。しかし、だからと言ってCDの購入を止めることはありません。いかに、より安く自分の聴きたいCDや名演奏のCDを購入するか、日々、情報収集に明け暮れています。

今回、マリア・カラスが1964年録音したプッチーニの歌劇「トスカ」の2枚組の全曲CD(EMI盤)を何と990円で購入しました。
カヴァラドッシはカルロ・ベルゴンツ、スカルピアはティト・ゴッピ。ジョルジョ・プレートル指揮パリ音楽院管弦楽団とパリ国立歌劇場合唱団によるマリア・カラスが40歳の時のセッション録音である。
カラスのトスカと言うとヴィクトール・デ・サパータ指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団、合唱団による1954年の録音が、このオペラの決定盤として有名で、私はこちらの録音のCDは持っていますが2回目の1964年の録音のCDは手にしていなかった。
ただLPレコードは我が家の物置部屋で眠っている。私が高校生の時、初めて買ったカラスのオペラ全曲レコードが1964年録音の「トスカ」である。確か、その頃、NHK主催のイタリア・オペラの公演のトスカの放送を見てこのオペラを知り、またカラスの来日公演の放送を見て衝撃を受け購入したのでしょう。またケースの表紙のカラスの写真にも魅かれたのかもしれません。
久し振りに聴いて本当に懐かしかった。1954年の録音と比べて、確かに声の艶は失われていますが、やはりカラス、表現力の凄さには圧倒されました。一言一言の言葉の凄味は凄い。一度、カラスのトスカを聴くと他の歌手の歌うトスカは本当にきれいごとで物足りない。
第3幕、何か、これからの悲劇を暗示するような哀愁を帯びた動機に乗ってカヴァラドッシが定められた処刑の位置に立つ時のカラスの歌は、本当にゾッとするくらい凄味がある。
オペラは単に聴かせどころを、きれいに歌うだけでない。単に、きれいに歌うだけでなく登場人物の感情をそのまま最高の舞台芸術として表現したカラス。
最近、私のCD購入点数は一時と比べて減ってきていますが、その分、手元にあるマリア・カラスの録音をじっくり聴き直して、オペラの神髄に触れるのも。良いかもしれません。


 

ドラマ「砂の器」

2011年09月15日 22時20分18秒 | テレビ
先週の土曜、日曜にフジ系列で松本清張原作の「砂の器」の放送があり、やっと録画を見終えました。

数年前にもSMAPの中居くんを主役にしたドラマ化もありました。私は原作を読んでいるので、どのように脚色しているか、毎回、それなりに楽しみながらドラマを見ています。

さて今回はいつものように今西刑事が主役でなく相棒の若い吉村刑事の目でドラマが進行していたのは面白かったが、原作では今西刑事の人間味、そして刑事としての執念がストーリーを引っ張っていたので、今回のドラマはやや軽さを感じたのが残念。今回のドラマで初めて登場した若い女性新聞記者は少々余計な存在に感じました。

そして、何故、あの親子が石川の郷里を離れ放浪の旅に出たか?これが「砂の器」の根底に流れる大きなテーマだと考えられますが、今回も、また前回の中居くんの時も、設定を変えていた。現代の時代では難しいのであろう。

「砂の器」と言えば1974年公開された映画(松竹)がすぐに思い浮かびます。あの音楽は本当に感動的で凄かった!正に音楽が主役だった。
私は、この映画のDVDを持っています。やはり、「砂の器」と言えば、この1974年公開の、この映画に、どうしても行き着いてしまいます。
「親子の絆」とは何なのか?私は父親を早く父親を亡くしただけに真摯に向き合いたい。