新新☆もこほじゃほろみ日記

煩悩と私事のサイト

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あれま

2016-07-11 | 私事
更新をサボっていたらもう7月中旬じゃないの。
さて、私の体調はといふと、まだ生きている。
咳や少々の疲れやすさはありますな。
食欲は普通。集中力は元々無い(^^;)

6月はEGFRT790M遺伝子変異の検査に明け暮れて
一か月かけて結局見つからず、
なぜか耐性がついたはずのジオトリフをまた使うことになった。
本当の耐性?が判明するまで1~2か月かかるのかね。
オプジーボを使うよりは良いかなと個人的には思ってゐる。
だって奏効率20%は低すぎるよ。
某TV番組で夢の薬扱いされたオプジーボだが、
これから効果・副作用の報告がどんどんあがってくるのだろうか。
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嬉しい便りが

2016-05-11 | 私事
嬉しい便りがいわき方面から来たので私は機嫌が良い。(^_^)v
あさってはガンマナイフの様子を診るために病院である。
脳味噌は果たしてどうなっているか。
お楽しみに???
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あれま

2016-05-04 | 私事
のんびりしていたらもう5月である。
ほんに月日の経つのは速いものである。
去年の今頃は1回目の入院が終わりやはり家でうだうだしてゐたな。

さて、仏教では死後をどう説くか。
まず基本は、六道輪廻ですかな。
地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人・天の六つの世界を生前の行いに応じて転生する。
これは前世・現世・来世を繰り返すということでもある。

で、前世の記憶がない処を見ると、生命は連続しているようで
結局連続していないのと同じことじゃないか。
来世に行っても現生の記憶は残らないんでしょうな。
「自分」というものが無くなるという点では同じような気がする。

いわゆる極楽浄土を宗旨とする浄土宗・浄土真宗はまた別の見解があるみたいだけどね。
真言宗も高野山に行く南海電車の終点は「極楽橋」だったな。
禅宗は基本六道輪廻に立っているような気がするがどうでしょう。
日蓮宗はどうなんだ?
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時は春

2016-04-20 | 私事
ガンマナイフはどうということもなく終了し
はや2週間経とうとしている。
入院した部屋からはウグイスの鳴き声が良く聞こえたな。

ここんとこずっとネットの調子が悪かったのだが
業者に見てもらいやっとおちついたようである。
NMLやネットラジオが途切れずに聴けるのはいいね。

来週は1ヶ月ぶりのメインの検診だが
悪性胸水はどうでしょうな。
ジオトリフの耐性がついたと言われたらどうすんだろ。
次はオプジーボかタグリッソ?

さて、キリスト教の死後説、これがけっこうどうでしょう。
分かっているのは、終末論、主の日、主の日の復活と最後の審判。
キリストを信じる者は、最後に復活し、神の国に入れるということ。
これは「自分」としての意識と肉体があるようですな。

では、とりあえず死んだ者は復活までどうしているのか。
これは諸説あるみたい。
カトリックでは私審判と公審判があって、
死ぬとまず私審判を受け、その罪の重さに応じて煉獄の火に焼かれ「清め」られる。
そののち、公審判つまり主の日が来るらしい。
プロテスタントではどう説くのかは知らない。

仏教はこれまた宗派によっていろいろありそうである。
その辺はまた。
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たまには

2016-04-06 | 私事
どうも更新をサボる癖がついてしまっていかん(^^;)

たまには近況でも書こうかの。

現在家にいて、出勤したり休んだり。

転移性脳腫瘍のガンマナイフ治療のため
明日から二泊三日で入院します。
腫瘍は小さいのが数か所。

血液検査結果は概ね良好。
わたすとしてはリンパがもうちょっと欲しいかな。
体重は1年前と比べると12~13kg減ったかな。
咳は全然出ず、息苦しさも特に無い。
でも胸水は、前よりは減ったが、それなりにあるのよね。

あとジオトリフの副作用で、爪囲炎1か所と
薬疹(毛嚢炎)があちこちにできておる。
何故か脚と手首に近い腕、それに腹に多いようである。
顔にはあまり出ないのが幸いですな。

こないだ「胸膜播種はどうなりました?」と主治医に訊いたら
「レントゲンには映らんのですわ」ですと。
今度「原発(福1にあらず)はどうですか?」と訊いてみようかな。

次回は気が向いたらキリスト教の死後説(というより終末論か)
について書いてみようか。
でも仏教が先がいいか(^^;)
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死後

2016-03-19 | 私事
結局、私にとって死の恐怖とは、
自分の「意識」が無に帰するというのが一番の恐怖なんじゃないかなと。
今こうして考えている自分というものが一切無くなるんだよね。

逆に言えば、もし死んでも自分の意識が残るのならば・・・

それは「あの世」が存在するということでもあるし、
自分という存在が「あの世」に移動するだけということでもある。
あの世が果たして良い処かという問題もあるが(笑)
煙のように消滅するよりはマシな気がする。

それが信じられる人にとって、臨終の苦しみへの恐怖はとりあえず別として、
死は意外に怖くないかもしれない。

私はまだ懐疑的だけどね(^^;)

キリスト教では、また仏教ではその辺をどう解説しているか。
時間だけはたっぷりあるので(笑)調べてみよう。
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なぜ

2016-03-09 | 私事
一日早く入院したわけだが、
心にある種の不思議な安心感が生まれた。
実際に闘病という作業に取り掛かったことによる、とりあえずの安堵か。

それとともに思ったこと。
なぜ死ぬのが嫌なんだろうか。
そういうことを考えるのはまだちょっと早いかもしれないけどね。

つまるところ、私の場合、二つの恐怖かな。
一つは、自分という存在が消え去ることの恐怖。
自分という意識が消滅すると言ってもよい。

もう一つは、死への過程で味わなければならない(であろう)、
肉体的苦痛への恐怖。
死ぬほどの苦しみって比喩じゃなくて
本当に死ぬわけだからね。

さあどうする。
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入院

2016-02-27 | 私事
MRIとPETの結果、とりあえず脳および周辺臓器への転移は無いと言われた。
これは本当にホッとした。
まずは死神さんは少し離れたようである。

しかしより一層はっきりしたことは、
右の胸膜全体に悪性細胞が散らばっているとのこと。
これは後で知ったが「胸膜播種」といい大変よろしくない状態である。

これも後で知ったことだが、
胸膜播種があり悪性胸水があるステージⅣの肺がんの場合
1年生存率(5年にあらず)は35%ぐらいだそうですな。
それが5年生存率となるとその10分の1くらいであると。
ま、あくまで統計上の話である。

さらに付け加えると、
その統計の基礎となるのは2004年あたりまでのデータで、最新とは言い難い。
早い話が、わが国で分子標的薬が認可されてからの数値は入っていないのではないか。
リアルタイムでどのくらいの確率になっているかは知るべくもないが
死神さんはそう遠くもない処におわすのかもしれない。

ただしその時は、そこまではっきり自分の状況を把握していたわけではなく、
ただ自分に「なるようになる」と言い聞かせるのが精いっぱいだった。
それとともに早く治療を始めたいと思った。

その夜、私は発熱した。
やはり精神的にまいったせいもあるのかもしれない。
深夜、タクシーで病院に乗り付け、そのまま一日早く入院することとなった。
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さて

2016-02-14 | 私事
MRIとPETまでの一週間の心情はというと・・・

転移していたらやだなという恐れ。
ちょっと不調を感じると転移のせいではないかと思ったり。

一番悪い想像は、
もうあちこちに転移しまくっていて
どうしようもない状況であるとか。
肺がんは脳に飛びやすいとも言うし。

セカンドオピニオンを勧めてくれる人もいた。
私自身それを望んだが、いつどこに行けばよい?
一週間の間にできるのかいな?

従来型の抗がん剤は嫌だな。
苦しみながら死んでいった母親を思い出す。
でもそれは30年も前の話。
今はよほど医学も進歩しているはず。
父親の場合はまたいろいろ異なっていたがね。
でも両親とも大腸がんだった。肺がんではない。

そんなことを考えているうちに、
何となく呼吸が苦しく右胸に鈍い痛みが・・・
病は気から、とも言いきれない。
死への秒読みが始まったことだけは間違いない。
カウント終了はそう遠くない???

そう考える自分はとにかく今現在生きている。
あれこれ考えても結局はなるようにしかならない。
なるようになる。これは諦めでも悟りでもない。
厳然たる事実である。

一日一日をそんな感じで生き、
MRIとPET検査の日を迎えた。
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生存率

2016-02-06 | 私事
まずは「途方に暮れた」というのが正直な気持ちだった。
要するに自分の病気が、完治という意味では「治らない」ことだけはわかった。
「がん」を体内に抱えたまま共存するしかないらしい。
ステージⅣの進行がんは、こうしている間にも全身に転移し、増殖しているかもしれないわけだ。

あとどれだけ生きられるのか。
余命については聞く気が起きなかった。

主治医は薬の耐性の話をした。

「イレッサという薬があります。とても良く効く薬ですが、やがて効かなくなります。
そうしたらタルセバという薬があります。
それも効かなくなったら、ジオトリフ(多分そう言った)という薬があります。
それも効かなくなると従来型の抗がん剤になります。」

私は両親をがん(大腸がん)で亡くしている。
私の中で抗がん剤は最後の手段だった。

思い切って尋ねてみた。
「それが寿命ということになりますか?」
「そう考えて下さって結構です」

もし「あとどれくらい生きられるでしょうか」という形で余命を訊いたら、主治医は答えただろうか。

その時聞かなくて幸いだったかもしれない。
あとで知ったが、
日本における肺がんの死亡率はがんの中で一位。
5年生存率は20%らしい。

主治医「幸いなことに、シフさんの遺伝子タイプはイレッサに有効です」

後で知ったが、EGFR遺伝子変異のことらしい。
とりあえずそれは良かったと思った。
ちなみに分子標的薬という名前を知ったのはだいぶ後のことである。

翌週の金曜日に、転移を診るための頭部MRIとPET-CTを受けることになった。
その後の月曜日からイレッサを飲みながら3週間の入院となる。

当面の予定はたった。
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