必ず、そうしなければ…と思えば思うほど、物事は順調に運ばないものだ。逆転して、どうでもいいと思いながら、出来ないとは思うが、まあ一応やっておこうか…などといった軽い気分でやると、割合と早く終わるものだ。
「川柳(かわやなぎ)さん! どうでもいいんですが、早く済めばこの計算、やっておいてもらえませんかね? いやっ! 無理に、とは言ってませんよ。どうでもいいんですから…」
課長の舟綱(ふなづな)は古参(こさん)で万年平(まんねんひら)社員の川柳に遠慮(えんりょ)気味(ぎみ)にそう言った。同期入社だったこともある。
「はあ、出来ましたら、そうさせてもらいます」
「なにぶん、よろしくっ!」
川柳は舟綱が言った『なにぶん、よろしくっ!』という言葉が妙に気になった。どうでもいいと言いながら、なにぶん、よろしく・・と加えるのは変だ。なにぶんという言い方は、すでにやってもらうことを見越した言葉だからだ。どうでもいい訳ではないっ! と遠回しに言っているのも同然だった。
「はい…」
川柳が腕を見ると、すでに7時近くになっていた。残業は、ことのほか長びき、舟綱が言った計算は、とうとう出来ず、次の日となった。
「どうでもいいあの計算、やってくれました?」
「いや! 残業分は出来ましたが、どうでもいいあの計算は時間足らずで出来ませんでした、どうもすみません」
「ははは…どうでもいいんですから。…どうでもよかないんですよっ!」
舟綱は切れた。その切れた意味が分からず、川柳は訝(いぶか)しげに舟綱を見た。
どうでもいい…と言われれば、どうでもよくないんだ…と逆転して考えた方がよさそうである。
完