水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

逆転ユーモア短編集-72- しんみりとあたふた

2018年01月07日 00時00分00秒 | #小説

 落ちついてくると、しんみりした気分になる。心が安らいで、椅子(いす)にドッコイショ! と座ったような具合だ。ひょっとすると、心は茶などを啜(すす)っているのかも知れない。逆転して、心が騒いだ状態では、しんみりと茶など啜っている場合ではなくなるから、心は椅子から立ち上がり、右へ左へ・・と、あたふたと、し出す。ただ、これは当事者だけが分かる感覚で、赤の他人には皆目(かいもく)、しんみり、あたふた感は分からない。
「ブルマンをもらおうか…」
 とある駅前の古風な喫茶店である。店へ入った渋い感じの中年男がパーコーレーダーが置かれたカウンター席へと座り、しんみりした語り口調で格好よく言った。まるで西部劇に出てくる、カウボーイが酒場へ入った、いい場面に似た雰囲気だ。
「はい。しばらく、お待ちを…」
 老(お)いた店主も負けてはいない。落ちついたもの静かな語り口調で、しんみりと返した。ところが二人とも、言葉とは裏腹に、心はあたふたと焦(あせ)っていた。店主は今にも漏れそうなほどの尿意を感じていたから、あたふたしていた。一方、客の中年男は、店の窓越しに見える駅の乗降客に焦っていた。というのも、待ち合わせた時間が過ぎていたが、一向にその女の姿が見えなかったからだ。態(てい)よく振られた格好なのだが、この男のプライドがそれを許さなかった。必ず来るはずだっ! が、この男をあたふたさせていたのである。
 しんみりとあたふたには、こういう逆転した二面性があるのだが、他人には分からないのだから面白い。

                                


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする