水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

逆転ユーモア短編集-80- 吝(やぶさ)かではない

2018年01月15日 00時00分00秒 | #小説

 [吝(やぶさ)かではない]という都合のいい言い回しがある。私としては積極的にやろう! という気持はないが、どうしてもやってもらいたいと言われるなら、やること自体に不満はなく、やらせていただく・・という積極的な参加を回避(かいひ)する遠回しの了承なのである。この、[吝かではない]という言い回しは、実は非常に強(したた)かで、なかなかの曲者(くせもの)ということに多くの人は気づいていない。この[吝かではない]と発する人の気持は、実は逆転して相当に[吝か]なのだ。もう少し分かりやすく言えば、[吝かではない]のだが、出来れば他の人にお願いしたい・・の意味を含む逆転した逃げ言葉なのである。
 とある法律事務所の中である。
 「念を押すようでなんなんですが、遠山さんは明日からお休みでしたよね?」
「はい! 大岡さんは知っておられると思いましたが?」
「ええ! もちろん知っております。知ってはおりますが、念には念を入れたまで、です」
 所長代理の大岡は妙な言い訳をした。
「それが、なにか?」
 副所長の遠山は訝(いぶか)しげに大岡を見た。
「ははは…いや、どう! ということはないんですが…」
 大岡は語尾(ごび)を濁(にご)した。
「それで、よろしいんですよね?」
「ええ、もちろん! それでいいんですがね」
 大岡は奥歯に物の挟(はさ)まったような言い方(かた)をした。
「えっ? と、言いますと?」
「ええ…、私があなたの代わりに出勤するという訳です」
「えっ?」
「出勤することには、吝かではないんですが、出切れば、他の方に…」
「と言われるのは、休みは駄目だと?」
「いえ、駄目だとは申していないんですが…」
「では、どうしろと!」
 遠山は少しイラついた。
「明日は休みたいんで、明後日(あさって)からでは?」
「それならそうと言われればいいじゃないですかっ! 私は明後日からでも、吝かではないんですからっ!」
 [吝かではない]はその後、事態を逆転させるこの法律事務所の流行(はや)り言葉となった。  

                                


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