水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

逆転ユーモア短編集-81- お金持ち

2018年01月16日 00時00分00秒 | #小説

 お金持ち・・という言葉を聞けば、大概(たいがい)の人が羨(うらや)ましくなる。それは、自分達がお金持ちではないからだ。ところが、お金持ちというのは人々が羨むほどでもない存在なのである。逆転の発想でよくよく考えれば、お金持ちでない方が、返って幸せが長続きする場合が多い。その生活がたとえ、侘(わび)しく質素(しっそ)なものであったにしろ、幸せが持続するとすれば有り難い話なのである。それにひきかえ、お金持ちにはお金持ち特有の柵(しがらみ)が付き纏(まと)って離れない。それは手を変え品を変え、お金持ちの隙(すき)や油断をつけ狙(ねら)っている。まあ、よくよく考えれば、そんな人の不幸を狙う手間(てま)暇(ひま)があるのなら、地道(じみち)に働けっ! と怒れる話ではある。
 とある会社の事務室である。
「蛸岸(たこぎし)さぁ~ん!」
「なんですっ!? 烏賊場(いかば)さん!」
「… いや、なんでも」
 蛸岸は最近、社内で理由なくお金持ちになった。その理由を訊(き)き、自分もその恩恵にあやかろうという手合いがひっきりなしで、今朝の烏賊場もその一人だった。
「社内で飛び交(か)ってる私の噂(うわさ)のことですか?」
「ええ、まあ…」
「ははは…別にどうということでもないんですがね」
「どうということもない・・と言われますと?」
「いや、ほんとに。ど~~ってこともないんですよ」
「その、ど~~ってこともない・・と言われるのは?」
「ですから、ど~~ってこともないんですよ。成りゆき、ええ、成りゆきですよ」
「成りゆき・・で、ですか?」
「ええ、そうそう。成りゆき成りゆき、ははは…」
「で、どういった成りゆきで…?」
「どういったも、こういったもありません。自然と、です」
「自然と? そこんとこをお訊きしたいんですが…」
「そこんとこも、ここんとこもありませんよ、ははは…。ただ自然と、です」
「自然とお金持ちに、ですか?」
「誰がです?」
「いえ、蛸岸さんが」
「ええ~~っ! 私がっ!? 私はお金持ちじゃないですよ」
「でも、社内じゃ、そういう噂ですよ」
「ははは…、お金は持ってますがね。屑(くず)鉄ばかりです、ははは…」
 お金持ちは裕福だとは限らない訳だ。

                                


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