トシの読書日記

読書備忘録

ラザール・ベルマンの「巡礼の年」

2013-05-13 12:31:45 | ま行の作家
村上春樹「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」読了



「1Q84」から待つこと4年、やっと村上春樹の長編が刊行されました。前回の小説では、ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」が効果的に使われていたんですが、今回はリストの「巡礼の年」です。CD業界は、さっそくこれを当て込んで再発売を決めたとか。それはさておき…。


やっぱり村上春樹はいいです。物語の作り方に非凡なものを感じます。非凡という表現くらいでは、到底間に合わないんですが。読み出してから、これはなんとなく「ノルウェーの森」の世界に似ていると感じたんですが、読了した今、やっぱりこれはこれで独自の世界を作っていると思いました。


名古屋(なぜか名古屋)の高校でボランティア活動をする5人組グループというのが話の発端です。彼らは親密に、かつ緊密につながり合い、お互いが欠くべからざる関係になっています。男が3人と女が2人。男は赤松と青海(おうみ)。それに主人公の多崎。女は白根(しらね)と黒埜(くろの)。多崎以外のクラスメートは、みんな名前に色がついています。


これがこの作品のひとつのキーポイントになっています。そして、この関係を保ったまま、彼らは高校を卒業し、大学へ進学する。多崎は東京の大学へ入学することを決め、残りの4人はそれぞれ地元の名古屋の大学へ行くことになる。


大学へ入ってからも5人の親交は続き、多崎は長期の休みのたびに名古屋へ帰って彼らと会うことを繰り返す。しかし、大学2年の夏休み、いつものように多崎は名古屋へ帰ると、グループの1人に電話をするのだが、彼から突然「もう二度と誰のところへも電話をかけないでくれ、もうお前とは会うのはやめるから」と一方的に宣告される。


心に深い傷を負った多崎は、それから半年間、死ぬことだけを考えて生きていくことになる。ある夢を見たのがきっかけで、徐々に彼は立ち直っていき、このことは忘れてしまおうと思うようになる。


それから16年。知り合ったガールフレンドの木元沙羅に過去の痛手を打ち明けると、その傷にきちんと向き合うべきだと諭される。その言葉に力を得て、彼は名古屋へ向かう。


「アカ」、「アオ」に会い、事の真相の大まかなところを知ると、今度は彼はフィンランドに住んでいる「クロ」に会いに行く。(「シロ」は10年ほど前に死んでいた)そして…というストーリーです。




テーマはやはり「喪失」と「再生」ということなんだろうと思います。それを如実に表しているところがあるので引用します。フィンランドでクロと話し、長いハグをしていて…。

〈そのとき彼はようやくすべてを受け入れることができた。魂のいちばん底の部分で多崎つくるは理解した。人の心と人の心は調和だけで結びついているのではない。それはむしろ傷と傷によって深く結びついているのだ。痛みと痛みによって、脆さと脆さによって繋がっているのだ。悲痛な叫びを含まない静けさはなく、血を地面に流さない赦しはなく、痛切な喪失を通り抜けない受容はない。それが真の調和の根底にあるものなのだ。〉


多崎つくるは、こういった艱難辛苦を乗り越えて遂に真実にたどり着いた、ということなんだと思います。


例のごとく、いくつかの問題が尻切れトンボになって終わっています。灰田が何も言わず自分の前から去っていったのはなぜか?木元沙羅には自分とは別にもっと深く愛し合っている恋人がいるのか?…。


早くもちまたでは続編が出るのでは、という噂がまことしやかに流れております。



村上春樹の小説は、読み手をぐいぐい引っ張ってのめり込ませる、圧倒的な力があります。今の小説家の中では、そのパワーは文句なしにNO.1でしょう。続編、出てほしいもんです。

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