本塩釜駅から歩いて
そして、塩釜湾を挟んで対岸には、塩釜市魚市場の細長い上屋を望む。周囲には、大型の漁船が行き交っていたり、倉庫が立ち並んでいたりと、こちらは日本有数の水揚げを誇る漁港らしい、活気がある風景が、広がっている。
ここから遊覧船に乗って、松島へ向かうつもりだったが、漁港を眺めているとつい、市場を覗いていきたくなる。駅に戻り、塩釜漁港へと向かう、バスの乗り場を尋ねたところ、「買い出しかい? なら、魚市場に隣接する、仲卸市場を覗いてみるといい」。仲卸市場だけど、一般のお客も買い物ができる、とのことで、先ほど見た、塩釜市魚市場のやや先にある、塩釜水産物仲卸市場を目指した。
教えられた場所には、体育館のような古びた建物が建っており、いかにも昔ながらの市民市場、といった雰囲気。場内は薄暗く、店の軒先にぶら下がる、たくさんの裸電球が、煌々と灯っている。それにしても、場内の広いことといったら。およそ、5000平方メートルの売り場に、350軒以上もの店舗がひしめく様は、日本一の卸売市場、築地の場内を、思い起こさせるほどの、スケールである。
もっとも、売り声がガンガン飛び交うと、いった感じはなく、歩いていると「はーい安いよお~」とか、「買ってってえ~」と、どこかのどかだ。駅の人の話の通り、地元の買い物客や、近隣地域からクルマでやってきた、買い出し客の姿も。これだけの規模の仲卸市場で、小売りもしているところは珍しく、プロ向けの、厳しい目利きにかなった品を、一般客でも買い物できるのが、ありがたい。
場内は、マグロやカツオをはじめ、近海で漁獲される鮮魚、エビやカニなど北洋の冷凍物、さらに、塩干加工品に珍味など、エリアごとに、扱う魚種が分かれている。自分が入ったあたりは鮮魚店街で、三陸沖でとれる魚介を中心に、ローカル色が強い品揃えだ。サンマ、ホッケ、アジなど、大衆鮮魚はもちろん、ドンコ、キチジといった底魚。三陸産の殻つきカキ。捕鯨船の母港、女川の、クジラの赤身やベーコンも並んでいる。
中でも目をひくのが、真っ白でプックリ真ん丸な腹を見せて、ドテッ、と横たわっている、40~50センチほどの丸っこい魚だ。腹にのった品札には、「子持ちナメタ」の、文字。店のお姉さんに聞くと、ナメタガレイとのことだった。平べったい印象のカレイというより、大振りの中華まんのようにも見える。
「三陸沿岸でとれる、ナメタガレイは、腹に子を持つ、この時期が旬。暮れが近づくと、結構な値段になるんだよ」と、話すお姉さんによると、ナメタガレイは地元では、正月の必需品という。切り身を煮つけにして、正月に食べるのが、当地の風習だそうで、賢い人は、安い今の時期に買って煮つけておき、正月まで冷凍しておくのだとか。正月の魚と聞くと、白い腹が何だか、鏡餅のようにも見える。
白い腹をさらすナメタガレイ。正月らしく餅に見える?
全国に数ある、マグロの水揚げ港の中でも、生鮮マグロの水揚げ量は、塩釜が日本随一である。三陸沖や金華山沖の、近海ホンマグロやメジマグロをはじめ、メバチ、キハダ、ビンチョウ、カジキと、水揚げされるマグロの種類は、様々。あたりの店の店頭にも、ホンマグロ、メバチ、ビントロや、「中トロ」「赤身」「近海もの」など、種類も部位も色々な、マグロのさくのパックが、並んでいる。
価格帯もかなり幅があり、表示に書かれた情報だけでは、上手な選び方が分からない。そこで店のおばちゃんに、アドバイスを頂くことに。冬場の今なら、値段はメバチの中トロが一番高く、次がビントロ、あとはメバチやビンチョウの赤身、カジキ、がおよその順、と、パックをひとつずつ指差しながら、ていねいに教えてくれる。
肝心のホンマグロは、と尋ねたところ、「あれは夏の魚だから、この時期はあまり置いていないよ」。日本に水揚げされる、生鮮ホンマグロのうち、塩釜で扱われるのは実に、8割を占める。おばちゃんの話の通り、初夏から夏にかけてが漁期で、金華山沖に北上した、近海ホンマグロの群れを、船団で巻き網で漁獲するという。
マグロの王様だけに、大物で重さ300~400キロ、そして、値段のほうも、キロあたり1万円以上つくこともある、というから、さすがに高価である。「高いし、希少だから、この市場でホンマグロを扱っている店は、あまり多くない」と、おばちゃんが話すように、一般客にとっては少々、高値の花なのかもしれない。
小売りもやっている塩竃水産物卸売市場
その中でも、塩釜の仲買人に評価された、生鮮メバチマグロを、2007年から、「三陸塩竃東もの」と名づけて、塩釜のブランド魚として、PRしている。重さ40キロ以上、脂肪が10パーセント以上など、いくつかの項目をクリアすることが条件で、大間や戸井のマグロに続く、プレミアムマグロになっていくか、楽しみである。
「ホンマグロやメバチマグロは、確かに味がいいけれど、取り扱いと鮮度が良かったら、種類にこだわらなくても、塩釜のマグロはどれもうまいよ」と、おばちゃんが勧める皿には、刺身が数切れのっている。カジキとビントロ、とのことで、試食してみると、ビントロはこってりと脂が強く、カジキは後味に、ほんのり甘い脂の香りが漂う。値段はビントロの方が高いが、比べると、安価なカジキのほうが、好みかも。
試食して検討した結果、メバチとビントロのさくを、見繕ってもらい、塩釜のマグロについて教示頂いたお礼を、おばちゃんに伝えて、市場を後にする。松島遊覧船に乗り込む前に、腹ごしらえをしておきたいところで、生鮮マグロの本場とくれば、マグロの握りをぜひ、味わわなければならない。
塩釜は、マグロ処であると同時に、日本有数の寿司処でもある。1平方キロあたりの寿司屋の軒数が、日本屈指、との説もあるほど。その中から、本塩釜駅近くにある、すし哲を選んで暖簾をくぐる。握りは、マグロをはじめ、塩釜市魚市場から仕入れたネタばかりで、有田焼の皿に、上品に並んで出された。
マグロの握りは、赤身と中トロがあり、まずは中トロから頂くと、脂がかなり濃厚。トロリと舌の上で溶け、身震いしてしまうほどのうまさだ。一方、赤身は対照的に、歯ごたえがサクサク、舌触りはフワリ、と、絹のように柔らかい食感。使っているマグロは、生鮮ホンマグロか、「三陸塩竃東もの」の、メバチマグロとのことで、柔らかくスッキリした味わいなのは、水揚げ港で頂く生マグロならではの、味なのだろう。
食後に乗船予定の松島遊覧船は、さっき訪れた塩釜漁港の、すぐ近くを航行するという。さらに、松島名産のカキの養殖棚も、船から眺められるそうである。生鮮マグロの握りを堪能したところで、塩釜に別れを告げて、追加はカキの軍艦巻きで、松島に御挨拶といこうか。(12月中旬食記)