ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

魚どころの特上ごはん76…秋田 『秋田市民市場』で見つけた、ハタハタあれこれ

2008年05月17日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん

 

 地域の人々に、食材を供給する場である市場が、近頃は、観光施設としても機能するように、各地で相次いで、改装されている。秋田市民の、台所的存在だった、秋田市民市場がリニューアルされる、と聞いた時は、あの、古びた体育館のような、建物の中の、素朴な市場風景が、失われないだろうか、気になったものだ。
 後に、秋田を訪れた際、駅に着いたら真っ先に、新装後の市場の様子を伺おうと、足を向けてみた。すると、建物こそ小綺麗になったが、鮮魚、塩干、青果など、扱うジャンル別に店舗が並ぶ、場内の様子は、以前とほぼ、変わっていなかった。
 お客も、地元の常連客が中心らしく、「買ってげれ、買ってげれ…」と、のどかな売り声とともに、各所で難解な方言による商談が、のんびりと繰り広げられている。どうやら、雰囲気は、昔の生活市場のままのようで、まずはひと安心である。

 各通路の上には、通りに集まる店が扱う品の、種別を示した幕が、掲げられている。入ったところの、青果通りには、山菜どころの秋田らしく、由利、白神、比内、本荘など、品札に、周辺の地名が書かれた、山菜が種類豊富だ。
 そのひと筋隣の、塩干・乾物通りでは、タラコ、イクラ、筋子、明太子など、彩り鮮やかな魚卵を、並べる店が目をひく。食欲をそそられる色で、そろそろ昼ごはんが、気になる時間のようだ。
 この市場、リニューアルされた際に、面白い食事処が設置された。市場で買った食材を持ち込んで、自分で七輪で焼いたり、丼飯にのせて、食べたりできるのだ。タラコを数腹、丼飯にのっけたり、イクラ山盛りのイクラ丼も、魅力的だが、狙いはやはり、秋田のローカル魚。市場の東寄りの、お魚通りに移動すると、30軒あまり軒を連ねる鮮魚店の店頭には、秋田近海の地魚が、目白押しである。

 旬の時期なのか、カレイが多く、白い腹をさらしたナメタガレイや、特大のヤナギガレイほか、小振りのホンソッコウガレイ、「男鹿・船川」との品札が添えられたタイバガレイ、ソーコガレイなど。当地の呼び名なのか、聞いたことのない名のカレイも。
 そして、秋田の地魚といえば、何といってもハタハタだ。ほとんどの店で扱っており、「ひと山サービス」、「脂のってます」など、宣伝文句も様々。ひと皿10匹ぐらいで、1000円程度が相場らしく、「今とれてるよ」との、売り声も聞こえる。


秋田市民市場の鮮魚売り場。珍しい地魚が目白押し


 そんな中、お魚通りの中ほどにある、よねや商店では、「男鹿産」の札を添えて、地物であることを、アピールしている。卵入りの「子持ち」は分かるが、メスであることを言いたいらしい、「全部女」との札にはつい、吹き出してしまいそう。

 ここのハタハタは、よく見ると鮮魚ではなく、何かに漬け込んである。店の親父さんによると、「三五八漬」とのこと。塩と麹と蒸し米を、3対5対8で寒仕込みしたものに、ハタハタを漬け込んだ、地元ならではの加工法らしい。
 親父さんに、地物の鮮魚は置いていないのか、聞いたところ、「今は、どの店にもないよ。秋田のハタハタは、もう漁期が終わったからね」。かつて、乱獲の影響で、漁獲量が激減した反省から、秋田沿岸のハタハタは、厳しい資源管理がされていることで、知られる。11月末~12月中旬に、産卵のために、浅瀬に寄ってくるものを狙うため、漁期は12月の数週間程度と短い。この店では、漁期の終わりごろに漁獲した、卵を持ったメスを、三五八漬けにして売っているそうである。
 
だから、今、場内で売っている鮮魚のハタハタは。よそ物で卵は入っていない、と親父さん。うちの地物は卵入りだし、身の味も一味違う、との強いお勧めに、昼ごはんのおかず1号は、これに決定である。親父さんはにっこりしながら、「特大全部子持ち」のスチロール箱から、卵でお腹がポッコリしたのを、選んでくれた。

 袋をぶら下げて、店を後に、すぐ隣の鮮魚店、進藤商店でも、ハタハタを見つけた。こちらは鮮魚で、「脂がのっておいしいです」の、札を見ていると、奥から姉さんが出てきた。今は、山陰でとれたハタハタが旬で、身が太く、味がいいのだそう。ただし、オスばかり。メスは、産卵直後で、卵がないからね、と笑う。
 秋田は、全国一の、ハタハタの消費地だけに、漁期が終わった後も、山陰や北陸など、まだ漁を行っている地方から、ハタハタが鮮魚で入ってくる。だから、この時期の市場には、三五八漬の地物をはじめ、旬であるよそ物の鮮魚、さらに、冷凍物や韓国物など、様々な産地、状態のハタハタが、混在している、という訳だ。
 ならば、地物の三五八漬のメスと、食べ比べてみようと、山陰ものの鮮魚のオスを、1匹、この店で買うことに。すると、姉さんが、丸っこい大振りのを選んでくれた。


「全部女(メス?)」とある、よねや商店のハタハタの三五八漬け


 
昼飯のおかずが確保できたところで、ハタハタが入った袋をぶら下げて、食事処焼焼庵へ。市場から仕入れた食材でつくった料理を提供する、市場食堂だが、昼前から夕方までは、市場で買った食材を持ち込んで食べられることで、人気を呼んでいる。

 店のおばちゃんに、市場で買ったハタハタを、自分で焼くから七輪を借りたい、と伝えると、「ハタハタなら、店で焼いたほうが上手に焼けるし、安いよ」。確かに、腹に卵たっぷりの魚の焼き加減は難しそうで、ここは、ハタハタを扱い慣れた、プロの料理人に、お願いすることにした。
 合わせて、味噌汁とご飯も注文。ハタハタ2匹分の代金と、焼き代を含めても、1000円もしないで、「ハタハタ食べ比べ定食」が、頼めてしまった。浮いたお金は、もちろん、ランチビールへと回ることに。

 ピアノのジャズが流れる店内の、テーブル席で待っていると、大皿に、アジぐらいの大きさの、三五八漬のメスと、シシャモより、ひと回り大きいぐらいの、鮮魚のオスが、仲良く並んで出された。
 腹が、卵でボコボコの、メスからとりかかろうと、腹を割った途端、オレンジの小粒が、バラバラとこぼれ出てきた。箸でガバッ、と拾って口に運ぶと、バチッ、ビチッと固く、とんがった香ばしさのおかげで、ビールが進む。
 卵がうまい、三五八漬のメスに対して、鮮魚のオスは、純白の白身がいい味。脂が、じっとり染み出てきて、チーズのような風味が、魅惑的で後をひく。ワタのほろ苦さが、アクセントで、こちらはごはんが進んでしまう。
 そして身の味は、三五八漬のメスも負けていない。頭のつけ根や、背についた身が、シコシコと歯ごたえがあり、漬けて寝かせてあるからか、干物のように味が出てくる。

 卵がある上に、身の味もよかったため、ハタハタ食べ比べ対決は、地物の三五八漬けのメスに、軍配が上がった。とはいえ、どっちもそれぞれ良さがあり、さっき寄った両方の店で、それぞれをおみやげに、買うことにした。
 先に進藤商店で、山陰の鮮魚のオスを買うと、頭とワタを外してくれ、さっと水で流して、塩を振って焼くといい、と、調理法のメモまで入れてくれる。
 続いて、お隣のよねや商店では、再びいっぱい卵が入ったのを、選んでもらう。焼くときは、麹と唐辛子を払って、丸のまま焼くといい、とのこと。「三五八漬けを、肴に飲んだの? 顔がいい色してるね」と、選びながら笑う親父さんに、こっちのがうまかった、と伝えると、ニッと笑って、肩をポンポン。

 今夜は、秋田屈指の夜の繁華街、川反通りへと、繰り出す予定だ。秋田といえば、キリタンポも忘れてはならないし、比内地鶏も気になるし、と、今から酒のお供に、迷ってしまう。市場での、勉強の成果を復習するために、名残のハタハタを、しょっつる鍋で頂くのも、悪くないかもしれない。(3月下旬食記)