酒田駅から、市街を自転車でこぎ進めていくと、木造の米穀倉庫群、山居倉庫の前に出た。倉庫前に流れる川沿いの道を、海の方へと目指し、酒田魚市場の建物を通り過ぎたら、最上川の河口にある、酒田港の水産岸壁へ。あたりには人気がなく、中~小型の漁船が数隻、岸壁に静かに停泊している。そういえば、駅からの道中でも、ほとんど人とすれ違うことがなかったのを、思い出す。
山形県の、庄内地域の中心都市なのに、ひっそりさびしい街だな、との印象は、漁港の一画にある、さかた海鮮市場に入ると、一変した。2階の食事処、海鮮どんやとびしまは、お昼時ということもあり、ものすごい混雑。市街で人を見かけなかったのは、みんなここへお昼を食べに来たからなのでは、と思うほどだ。
酒田は、日本海に臨む立地から、庄内浜で水揚げされる地魚に定評がある。季節ごとに主な魚を挙げると、春はマス、タイ、甘エビ。夏は岩ガキ、スルメイカ、クルマエビ。秋はハタハタ、カレイ、サケ。冬はタラ、アンコウ、ヒラメなど。酒田の沖合には、暖流と寒流がぶつかる潮目があるため、周辺の海域に棲息する、魚種はかなり豊富だ。特に白身の魚が多く、味もいいといわれている。
この店では、さっき通った酒田魚市場のほか、北は秋田の金浦港から、南は新潟の山北漁港まで、沿岸で水揚げされた地魚を使った料理を中心に、手頃な価格で提供している。休日の昼には、行列ができることも珍しくなく、まだ13時過ぎなのに、すでに終了した料理もあるようだ。
列を整理するおばちゃんに、焼き魚定食の魚は何か、聞いたところ、「ヤナギノマイ」。聞いたことがない分、ローカルさが感じられ、タラ汁と一緒にこれを注文した。酒田港を見下ろす、窓際の席で待っていると、岸壁に停泊している、電球をいっぱい提げたイカ釣り船が見える。
すぐに、運ばれてきた盆には、小さな丼ほどの大きさの汁椀と、赤く細長い焼き魚がのった皿が並んでおり、いかにも漁港の地魚定食風だ。タラ汁は、白身がついたところや、皮やゼラチン質のところなど、様々なアラが入っており、ズッ、トロッ、ツルッとすすり、しゃぶり、と忙しい。
タラ汁に夢中になり、焼き魚を食べるのを、少々忘れてしまっていたほど。ヤナギノマイは白身の魚で、身の味がかなり淡い。身に弾力がある上に小骨が多いため、つかんでかぶりつき、中骨ごとしゃぶって、と、こちらも忙しい。
大漁旗が飾られた海鮮どんやとびしまの店内
食事を終えた客の多くは、1階にある菅原鮮魚店で買い物をしていくらしく、焼き魚とタラ汁との格闘を終えて、足を運んでみた。大きな冷蔵ケースには、開いたり頭を落としたりして、パック詰めされた鮮魚がズラリ。ラベルには水揚げ地が記してあり、ほぼ「庄内産」とあるのはさすが。小振りのクチボソガレイ、キスに似た首長ガレイ、赤く細長いカナガシラなど。ヤナギノマイ同様に、聞きなれないものが多い。
奥の売り場では、下氷の上に丸のままの鮮魚も並べられ、マソイに黒ソイ、真ん丸の赤目フグ、大柄のヤナギガレイなどが、箱売りされていた。その中で、サケに似たずんぐり紡錘型の魚が、1匹売りされているのを見かけて、足を止める。店の親父さんに聞いたところ、川マスという魚で、今の時期なら一番おすすめの、地魚なのだとか。
酒田沖に浮かぶ、飛島名物の手作りイカの塩辛を、みやげに買って宿に引き揚げて、日が沈んでから、宿のご主人に教えてもらった料亭、魚一へと向かった。市街の地魚料理の店のなかではピカイチ、との強いお勧めで、カウンターの端へ座ると、手書き短冊の品書きにある、「酒田の」「酒田名物」の文句に、期待が高まる。
まずは、地魚のつくりをお願いしたところ、マグロ赤身とトロ、ヒラメ、アマエビ、マダコに、ヤリイカ、フグ、マダイ、ソイ、キンメと、種々様々な刺身が、皿に大盛りで出された。マグロのトロもいいが、キンメの脂がこってり上品。皮つきの鯛は歯ごたえがいいけれど、ソイもプリプリとした、心地良い食感がいい。
刺身に定番の魚介以上に、当地ならではの地魚が好評価な中、イカはなかなかの大健闘。イカソーメン風の細切りにしてあり、表はパキパキ、中はねっとりと甘い。酒田の地酒「菊勇」を、合間にキュッ、とやると、超辛口、沸騰させたような熱燗のおかげで、体の中からボッ、と熱くなってくる。
つくりのイカは、今が旬のヤリイカで、そろそろスルメイカに漁の狙いが変わる、と話すおばちゃんによると、刺身でうまいのは、ヤリイカのほうという。昼食の際に窓から見えた、電灯をいっぱいつけた漁船がイカ漁の船だが、これらはイカを追って、日本海を北上しており、今後は北海道を目指していく。
一方、酒田の地元の漁船は、小型の底曳き網船が中心、とおばちゃん。季節ごとに狙う魚種を変えており、今は甘エビ漁の最盛期らしい。確かに旬らしく、シャックリと激甘、緑の卵もいっぱい抱えている。主な漁獲はほかに、カレイが挙がり、カイバガレイ、口細ガレイ、首長ガレイなど。産卵後の4月下旬からが、味がよくなるそうである。
昼間にさかた海鮮市場で、これらの魚を見た話をしたついでに、親父さんにつくりのフグも、昼間の赤目フグか尋ねたら、「ショウサイフグ。赤目は固いだけで、味がない」。厚めにひいてあるため、かみ締めなくてもフグの味が、じっとりと味わえる。
さらに、タラ汁を食べた話をすると、「今はタラは産卵後で、痩せているから値段は二束三文」。ヤナギノマイについて聞くと、「あれはカサゴの仲間、この辺で一番安い魚で、100円程度かな」。まあ安くても時期外れでも、地物は地物だから、と、笑いながら慰めてくれる。
そこで、親父さん一押しの、庄内浜の旬の地魚を頼むと、これまた昼間に見かけた、川マスの名が挙がった。マスと称するが、もとは川に棲息するヤマメで、海へ下った後に、産卵しに川へと戻ってきたものを、地元では川マスと呼ぶそうである。産卵を控えるため、身が肥えて味がいいことで知られ、サケよりも脂が甘く、品がいいとも。サクラマスとの別名もあるように、酒田を代表する、春の地魚なのだ。
親父さんによると、川マスは山形から秋田にかけて、日本海へ流れ込む大河の、河口付近で漁獲されるという。特に、最上川の河口で刺し網で捕らえたものは、脂がのってうまい、と太鼓判を押す。煮物、焼き物、いずれもよしで、焼き物を注文すると、「これで、4キロぐらい」と、ボウルからはみ出すぐらい大きな、サケよりやや薄いオレンジ色をした、半身を見せてくれた。
脂がたっぷりのった川マス。サケよりも上品な味わい
焼き立てで、ジュクジュク音を立てている、大きな身を箸で割り、醤油をたっぷりかけると脂が出るよ、と教えられてかけ回したら、脂を身にまぶしてひと切れ。脂は、旨みが凝縮されたスープといった味わいで、サケよりも軽く、サラリ。これが、キュッとした歯ごたえの身にからみ、高貴な焼きザケ、といった感じだ。
これは、ごはんのおかずにピッタリだろう、と、茶椀飯を追加して身をつまみ、飯をかっ込み。皮にへばりついた脂が絶品で、サラサラとごはんが進んでいく。空になった、「菊勇」より、茶椀飯のおかわりの方が、欲しくなってしまいそうだ。
早めに飲み始めたので、はしご酒といこう、と思ったら、まだ22時前というのに、どこも店仕舞いしてしまっている。飲んだ締めに食べたかった、魚醤を使った酒田ラーメンの店も閉まってしまったし、今日は早寝して、明日は早起き。酒田魚市場を見物してから、海鮮どんやとびしまを再訪して、本日売り切れだった舟盛り膳で、豪華に庄内浜地魚の朝ごはん、といこうか。(3月下旬食記)