昨日は実家の寺で亡父の13回忌。
首都圏に住む親族のみで執り行われました。
父が亡くなってから12年経ちます。
雪がぱらつく寒い日、浅草寺病院にお見舞に行って、その翌日の未明、帰らぬ人となりました。
最後のお見舞いから葬儀、私が激やせしたことなど、父の死をめぐる日々のことは鮮明に覚えています。
私にとっては世界の終わりが来たような、衝撃的な出来事でした。
でも変ですね。
40を過ぎたおっさんが父親の死をそこまで嘆くなんて。
順番だから仕方の無いことなのに。
昨日の法事で久しぶりに顔をあわせた叔父や叔母は当たり前ですが衰えていました。
足が弱くなった者、人工透析になった者、様々です。
私が54歳ですから、みなさん後期高齢者です。
頼るべき子供がいない私たち夫婦の老後がどうなるのか、不安を感じました。
そのなかで一人元気そのものだったのが、87歳を迎える家政婦です。
この人、私が高校1年生の頃から勤めているので、もう38年になります。
長く続ける家政婦が少ないなか、極めて異例です。
学童疎開を経験した戦中派で、しかも実家のお寺の檀家でもあります。
檀家仲間が来れば当然昔話に花を咲かせます。
極めて多い来客の応対、適度な運動になる家事をこなし続けていることが元気の源なのかもしれません。
定命は天の知るところ。
人が知ることではありません。
嘆こうが叫ぼうが亡くなった人が生き返ることはありません。
それでも、私自身が死の床に着くまで、私は亡父がこの世にいないことを嘆き続けるのだろうという予感を捨てきれずにいます。