ブログ うつと酒と小説な日々

躁うつ病に悩み、酒を飲みながらも、小説を読み、書く、おじさんの日記

誇り

2023年01月08日 | その他

 今朝は7時に起きました。
 平日は6時起きなので、1時間でも余計に寝られると、ずいぶん楽です。
 これが休日の贅沢なのでしょう。
 なんだか食欲が無かったので朝は濃い珈琲を二杯だけ。
 そんな日もあります。

 午前中はユーチューブで遊んでいるうちに過ぎてしまい、近所の蕎麦屋で昼食。
 天ざるを食いました。
 いつの間にか100円値上げになっていました。
 1,200円だったのが、1,300円に。
 わずか100円ですが、様々な物が値上がり傾向なので、塵も積もればで、家計に響いてきます。

 我が国は30年に及ぶ不景気で、給料があまり上がりません。
 そこへ来て物価高。
 嫌になります。

 人間の価値を測るのに、いくらお金を稼いでいるかというのは、単純で分かりやすい指標となります。
 分かりやすいのは勝負事の世界。
 野球でも相撲でも将棋でも、勝て稼げるし、負ければもらえる金は大幅にダウンします。
 実に分かりやすい。

 サラリーマンの場合でも、歩合の要素があれば、成績が収入の多寡に直結します。
 変な話ですが、慰謝料なんかも、相手に対してどれだけの損害を与えたかを測るのは、結局金額です。
 金というのは正直です。

 誰でも大金を手に入れたいと願うでしょうし、高給取りは勝ち組なんて言われます。

 もちろん、収入の金額が人間性を測る指標になることはありません。
 しかし人間性というもの、どういう性質が優れているかを測る物差しは無いでしょう。

 多くの人から好かれる人物もいれば多くの人から嫌われる者がいます。
 しかし100%誰からも好かれる、あるいは嫌われるということはあり得ません。
 どんな悪人にも友人はいるものです。

 私は事務職の公務員ですが、この世界は優劣を測ることが難しく、ゆえに年功序列になりがちです。
 それは多くの平凡な人間にとって、良い制度と言えます。
 年とともに昇進、昇給していくというのは、非常に分かりやすい物差しです。
 実力によって収入が決まるという世界もありますが、実力なんて事務職にとっては曖昧なものだし、皺の数だけもらえる額が増えるというのは凡人にとってありがたいことです。
 とにかく職にしがみつき、辞めなければ良いだけですから。

 世の中金よ、なんていうと偽悪のようにも聞こえますが、人は収入を得るためだけに働いているのですから、偽悪というより馬鹿正直と言えます。

 仕事で自己実現を図るとか、社会に貢献するとか、収入以外のことに働く動機を求めようというのは、貴いことかもしれませんが、私は嘘くさく感じます。

 自己実現なんて、職業でそれを求めることが出来るのは、ごく一部の才能がある人だけだろうと思います。
 凡人が仕事で自己実現やら社会貢献を求めようとするのは、見ていて痛い感じがします。
 才能が無い人が努力する姿ほど哀れなものはありません。

 優秀と呼ばれるのは持って生まれたものが90%、努力は1割くらいじゃないでしょうか。
 もちろん、才能があっても努力しなければ開花することはないでしょう。
 しかし才能が無ければ努力は無駄です。
 子供の頃は、努力すれば報われる、みたいな教育を受けてそれを真に受けてしまいがちですが、それが嘘であることは、ある程度年を取れば誰にでも分かる冷厳な事実です。

 この冷厳な事実に心底気付いた時、凡人は呆然とするしかありません。
 そして己の無能を呪いながら、才能が無くても務まる仕事を探して、「生活」を始めるというわけです。

 世の中はそもそも不公平に出来ています。

 私たち凡人に出来ることは、他人と比べて自分を嘆かないこと。
 さらに言えば、凡人なりの誇りを持ち、それを拠り所にして生きること。
 傲慢なばかりの自信を持ち続けているだけで、私には美しい人に見えます。

 私は誇り高くない人、自己肯定感が低い人、卑屈な人が大嫌いです。
 根拠はなくとも誇り高く生きる人は、滑稽かもしれませんが、好ましい性質だと感じます。

 私もまた、凡人なりに誇り高く生きたいと思っています。
 そうでも思わないとやってられませんから。


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