関西出身の僕の、中学校の時の修学旅行先は東京だった。皇居だとか国会だとか東京タワーだとか、そんな場所をぐるりと巡った。だが、不思議な疲れを覚えただけで、実際、それほど印象に残らない旅行だった。関西は、東京に比べれば確かに街としては小さいかもしれないが、そうはいっても一応、日本で有数の都会。都会から都会へ出ても、実際に暮らすというのでもなければ、さほどの印象に残るはずもない。旅行は、旅館からバスでどんどん移動に次ぐ移動といったものだった。僕はバスの中で友達のにきびを潰して遊んでいた。
それはそうとして、その時僕らが泊まった旅館のことが、じつはずっと何となく気になっていた。確か、本郷にある「なんとか別館」とかいう古い旅館だったということは覚えていたのだが、はっきりとした名前は思い出せない。ともかく、東京という大都会に来たというのに、宿泊先はものすごく古くて雰囲気のある旅館で、建物の中がやたらと複雑だった。
あれはどこだったのだろう。時々思い出して、気にはなっていたのだが、それまでで、ずっと捜さず二十年近く東京で暮らしていた。
それを、今朝思い出して、ネットで調べてみた。調べてみると、すぐに分かった。「鳳明館」という旅館の「森川別館」という別館のようだ。どうせ海にゆく天気でもないし、ちょっと捜しに行ってみることにした。
上がその写真。東大のすぐ近くにある。
記憶にあるよりずっと古びていて(二十数年経っているのだから、なおさらだろう)、小さく感じた。でも、間違いない、ここだ。懐かしいが、感無量とか、そんなものは特にない。だが、この雰囲気は、今こそもう一度泊まってみたい気もする。ついでに、本館のほうにも足を伸ばした。「台町別館」というのも本館のすぐ前にあって、そこには「フランス柔道会」と「イタリア柔道会」の御一行様が、同時に宿泊しているようだった。この前のサッカーのことで、館内戦争になっていなければいいのだけれど。
ところで、「森川別館」の前には、驚くべき建物がある。
「本郷館」という、明治38年に建てられたアパートだ。木造三階建てで、現役という、すごいアパート。様々な文人を見守ってきたのだろう。
ただし、内部は見学禁止。おっかない管理人さんが、写真を撮ろうとするだけで、注意しに来たりします。
外国からのお客様も多いですよね。
ちょっと泊まって見たい感じです。
地場が強運を作り出しているのかな??
実は、僕は比較的最近まで、日本の近代文学にはあまり興味がなかったので、この辺りの文学史跡については余り知りませんでした。でも、少し歩いただけでも、相当の史跡がありますね。樋口一葉ゆかりの質屋なんてものもありましたよ。
ぺんぺん草さん、空襲にも、関東大震災にも耐え抜いたようですよ、この建物。既に魂さえ宿っているかもしれませんね。