漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

玄関

2005年05月20日 | 漫画のはなし
印象に残る漫画のはなし:5

「玄関」
高野文子著

 高野文子の処女短編集「絶対安全剃刀」の出版は、ひとつの事件だったのではないかという気がする。
 この短編集によって、あるいは高野文子という天才によって、漫画というジャンルは、その可能性をぐっと広げたのではないか。そう思う。
 この短編集の凄いところの一つは、一作一作が画風が違うという点だ。
 一人の人間が、一冊の本の中で、これだけ違う、しかもそれぞれに完成されたスタイルの画風の作品を並べるというのは、前代未聞だったはずだ。高野文子は、限りなくスタイリッシュでありながら、パーソナルでもあるという、離れ業をやってのけている。
 この粒揃いの短編集の中でも、最も驚異的な作品は多分、老女を幼女として描いた「田辺のつる」だろう。閉じられたドアの向こうに流れる数十年の時間は、読むこちらの胸に重く迫ってくる。
 さて、この短編集の中で僕が一番好きな作品を一つ挙げるなら、ためらうことなく、末尾を飾る「玄関」を選ぶ。余りに好きな作品だから、最初の一ページだけで、ズッと深い気持ちの中に沈んで行く気がする。あらゆる漫画の中で、僕はこれがもしかしたら一番好きな作品かもしれない。