ねこ庭の独り言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

令和4 年の千葉日報

2022-01-12 18:45:12 | 徒然の記

 新しい令和4年がきたので、いつまでも去年の新聞を読まず、心機一転、1月1日、元旦の千葉日報を読んでいます。

 一面のトップは、喧騒な都内を捨てて、千葉へ移住してきた夫婦に関する全面記事です。

「心安らぐ館山生活謳歌」「都内から移住」「窓から海、会議はオンライン」

 なぜこのような記事が、一面のトップに来るのか。どうやら千葉日報社は、この記事をシリーズものとする計画を持っているようです。カラー表示のサブタイトルと、小さな活字の註記がそれを教えています。

 「千葉に生きる」「持続可能な " まち " へ」( 次回からは社会面に掲載します )

 デジタル社会になれば、わざわざ都会の密集の中で生きなくても、自然の豊かな千葉の街で、ネットを活用して楽しく暮らせますよと、大いなる宣伝をしている記事です。

 私も今は千葉県民の一人で、苦言を呈しても千葉日報を応援していますから、千葉のために頑張る記事に反対する気持はありません。引っ掛かるのは、「持続可能な」という流行語が使われているところだけです。

 どうせ政府の役人が言い出した言葉なのでしょうが、「SDGs」( 持続可能な開発目標 ) で使われている、政府お薦めの「用語」です。せっかく、吉本氏の「幻想」と言う言葉とお別れしてきたのに、今度は、「持続可能な」です。

 「 持続可能な開発目標 」「脱炭素社会」「デジタル社会」と、今年もまた、政府推奨の用語が氾濫する気配が濃厚です。共同通信社の配信記事におんぶされ、日経新聞社に紙面印刷を頼り、読売新聞の販売店のお世話になり、四方八方に気配りしている小さな地方紙ですから、あまり批判をしてはいけません。

 「私たちが暮らす地域は、格差拡大や人口減少など、」「さまざまな問題を、抱えている。」「持続可能な生活をと、まちづくりを始めた人たちの思いを、紹介する。」 

 記事の最後の5行に、「シリーズ報道」の目的が書かれています。いわば、政府公認の「持続可能な企画」です。都内で活躍する人々が、家族ぐるみで続々千葉へ越してきたら、過疎の千葉が生き返ります。何も反対する話ではありません。

 4、5、6、7の4ページにわたっては、千葉県経済界のトップと県選出の国会議員の言葉が、紹介されています。例年は「今年の抱負」ですが、今年は2つの質問への回答です。

 中身は、「2022年の景気の見通し」と「2022年の抱負」なので、結局毎年変わらない記事です。千葉県の経済界のトップ27人、県選出の衆議院議員21名、参議院議員9名の回答が、顔写真と共に掲載されています。これだけの人物を並べるのですから、さすが千葉日報社です。全部読む元気はありませんが、眺めるだけでも参考になります。

 私の選挙区の自民党・衆議院議員秋本真利氏は、顔写真だけで白紙となっています。「締め切りまでに回答がありませんでした」、という注記があります。57名のうち。たった一人だけ白紙です。礼儀知らずというより、善良な「千葉県民」を軽視した、不埒な行為です。これだけ見ても、私が衆院選を棄権する理由が、分かってもらえるのではないでしょうか。

 氏は河野太郎氏の直弟子を自称する、脱原発の提唱者です。菅総理の後輩であるとも自称し、選挙のポスターに活用しています。野党ばかりでなく、自民党にも良識の欠けた人間がいると、千葉日報社が偏らずに教えてくれます。

 私の嫌いな志位委員長も、立憲民主党のクイズ王小西洋之介氏もいます。公明党に移籍すれば良いと思う、自民党参議院議員・石井準一氏もいます。皇室崩壊の先頭に立ち、女性宮家創設を叫ぶ、元総理野田佳彦氏もいます。こうして見ますと千葉県の政治家は、日本の再建に貢献するというより、日本の文化と伝統の破壊に貢献する人物が多いようです。

 変な政治家ばかり紹介しましたが、岸田政権で官房長官として頑張っている松野氏など、普通の政治家もいないではありません。新しい年を迎えためでたい日の記事ですから、玉石混交の政治家の言葉も、寛容の気持ちで読みます。まさに「混乱の千葉」という様相は、私の心情と似ており、親近感を覚えます。

 一番笑わせてもらったのは、17面の文芸欄でした。「日曜俳壇」「日曜詩壇」「日曜歌壇」「日曜柳壇」など、千葉県民の作品が紹介されています。

  神棚に 飾りし神の鏡餅

  喜びて 田作りを噛む入れ歯かな

 「日曜俳壇」の句には味わいがありますが、笑わされたのは「川柳」でした。

  必見の 「忙人寸語」に励まされ

 千葉日報の「忙人寸語」は、いわば朝日新聞の「天声人語」みたいなもので、国民をたぶらかす反日の声です。「ねこ庭」のブログでも何度か取り上げましたが、「忙人寸語」のお粗末さは千葉日報ならではの戯言( たわごと )です。この川柳を選んで載せるという神経の太さ、飾らない手前味噌・・、私は吹き出してしまいました。そして、思いました。

 「今年も、千葉日報とともに暮らしていこう。」

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4 コメント

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千葉日報雑感 (HAKASE(jnkt32))
2022-01-12 22:58:56
今晩は。前回までの 吉本孝明さんについての貴連載は
、ざっと読みレベルに留まり 拙コメントを載せるに至りま
せんでした。謝 ただ、左傾側の言論人だったらしい事位
は存じております。

今回の貴記事、千葉日報は、拙地元の中日新聞と似た
立場かなとも思います。今は購読していませんが、し
ばしば出入りする近所の喫茶店などで一読する事は
ありますね。

中日紙にも文芸欄はありますが、貴記事からは、どうも
千葉日報の方が高レベルの様にも感じます。

「持続可能」の文言は、どうも国際連合の持続可能な
開発目標という意の「SDG's」を我国政府がそのまま受
け売った様な所からきている様です。我国は官民共、
どうも「国連ブランド」に弱い所がある様です。祖国の
真の独立の為には 是非払拭すべき所ですが、やはり
直ぐは無理でしょうか。

与党の秋本衆議の件は、やはり芳しくないなと拙者も
思います。そういう事だから、野田元総理や小西参議
など、野党側からも突っ込まれ易いのかも知れません。

と申して、拙地元の大村愛知県知事や河村名古屋市長
も、決して芳しいとばかりは申せず、大口を利けない事
は 少しは自覚しております。出過ぎの所あれば、どう
かお許し下さる様。
返信する
「持続可能な」 (onecat01)
2022-01-13 00:11:19
HAKASEさん。

 お久しぶりです。

 そうですか、「持続可能な」は、国連が使い始めですか。だとすれば、納得がいきます。

 「共生社会」「脱炭素社会」も「デジタル社会」もあちらの方から伝わってきましたね、

 国民は「国連幻想」を卒業しつつあるのに、政府は相変わらず「国連」崇拝をやめませんね。注意しなくてならないことは、「男女平等」という言葉を使い、国連が皇室崩壊に動いているところですね。

 国を大切にする保守の学者は、手をこまねいて見ているだけなのでしょうか。保守を任ずる自民党議員諸氏も、危機感を持ってもらいたいですね。

 そういえば大村知事も河村市長も、日本破壊の仲間ですね。今年は、goo事務局の「警告」にも気を使わねばならず、面倒な年になりそうですね。

 寅年ですから、慌てず、騒がず、自分のペースで、左傾の荒野を歩きましょう。貴方は、ドクター・トレインを走らせてください。楽しみにしています。

 コメントを有難うございます。
返信する
新年の連載から窺い知れるもの (成田あいる)
2022-01-14 08:33:52
各紙は新年となると、ある一つのテーマの連載を元旦から始めますね。
「貧困」だったり、ネット界の森羅万象だったり、未成年者だったり…。
千葉日報だけでなく元旦は1面で、休刊日を挟んで翌々日からは社会面と言ういつものパターンです。
この新年の連載で、それぞれの新聞のスタンスが一目でわかります。
「SDGs」もこのところ、盛んに目に耳にする言葉でありますが、独り歩きしているように感じます。

昨年の千葉知事選では、自民県連が「県民意識との決定的乖離があった」と最終報告をまとめるに至りました。
そこには、石井準一氏の「裏切り行為」もありました。
千葉県は、本当に様々な「人材」揃いですね。
この面からしても、ねこ庭様の心境お察しします。

それでも文芸面の作品には、心も心和みました。
このブログではその書籍や新聞の記事も、実際に読まなくても、まるで「疑似購読」しているような気分になります。
今年も、千葉日報の記事に期待します。
返信する
地方紙 (onecat01)
2022-01-14 12:38:07
 成田あいるさん。

 お久しぶりです。

 「各紙は新年となると、ある一つのテーマの連載を元旦から始めますね。
「貧困」だったり、ネット界の森羅万象だったり、未成年者だったり…。
千葉日報だけでなく元旦は1面で、休刊日を挟んで翌々日からは社会面と言ういつものパターンです。」

 こういうことだったとは、今まで気が付きませんでした。そういえば、「貧困」「格差」「アイヌ民族」「多様化社会」などというシリーズ記事も、元旦から始められていたのでしょうね。

 大抵は、国連あたりが提唱する用語だったという気もしています。ネット社会で生き残るためには、大手だけでなく、地方紙も頑張っているわけですね。

 残念なのは、こうした運動のほとんどが、日本の文化や歴史を崩壊させる動きにつながっている点です。

 彼らにすれば、「弱者の代弁」ということなのでしょうが、往々にして極論に走ります。民主主義は「多数決」を原理とする社会ですから、「弱者が全てに優先する」ということになれば、社会は崩壊し、無秩序と混乱の世の中になります。

 「弱者への配慮」「気遣い」は、大切なことですから、彼らがこうして大騒ぎすれば、確かに効果があります。また大騒ぎしなければ、多くの人間は気が付きません。

 極論にならない程度で、「特集記事」を求めても、彼らは警鐘乱打し、記事を売るのが仕事ですから、マスコミの性格上それは無理です。

 読者である私たちが自覚し、彼らの大騒ぎを、冷静に受け止めればいいのだと思います。

 分かったような意見を述べていますが、過去、私は千葉日報の極論「特集記事」で、何度腹立たしい思いをしたことでしょう。

 貴方のコメントで、これが元旦からの地方紙の「パターン」だと知りましたので、寛容の精神で「特集記事」が読めます。

 感謝いたします。
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